初めていらっしゃった方へ

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第2回 近代日本の対朝鮮外交 (その1)

  • 2005/04/15(金) 19:11:35

 1868年の明治維新で近代国家としての歩みを始めた日本。

当時の日本外交にとっての最大の課題は、いかにして欧米帝国主義列強による日本の植民地化を防ぎ、独立を維持するかにあった。

 そのために日本は近代産業をおこして国を富ませ、それによって欧米に負けない軍事力を養う”富国強兵策”をとったことは周知のごとくである。

その結果、日本はなんとか独立を維持するめどをつけることに成功するが、心配の種が一つあった。日本の隣国・李朝朝鮮である。

 1854年のペリー来航から日本は鎖国政策をやめ、欧米文化を導入しはじめた。 それから約20年たった明治6年(1873年)の時点でも朝鮮は鎖国政策を維持しており、たいした産業も軍事力も持たない旧態依然とした東洋的専制王朝であった。

 日本史や世界史では明治初期の朝鮮がどのような国であったかが、ほとんど教えられないために、大半の日本人が知識の無い状態である。そこで少しくわしくみていきたい。

 まず外交面から当時を振り返ってゆくが、李朝朝鮮王国は1637年に清の太宗(ホンタイジ)に征服されていらい、中国の清帝国を宗主国とする清の属国であった。

朝鮮の公式な外交関係とは清との宗主国・属国の関係がほぼ唯一であり、それ以外の国に対しては鎖国政策をとって、交流を厳しく制限した。

時々欧米から商船などが通商を求めて来たり嵐で漂流したりして、朝鮮に近づくことがあったが、鎖国政策を理由に欧米の商船を攻撃して撃沈したり、朝鮮に入国した西洋人は死刑にするか、拉致して市民とは隔離し何年も監禁した。

日本とは細々とした関係があったが、日本人は決められた場所にしか入国を許されず、朝鮮を自由に旅行して漢城(ソウル)に出かけるようなことはなかった。

(韓国の歴史教科書では、朝鮮が清の属国であったことは、かくされている。

中国の属国となる場合、中国の暦を受け取りそれを使用することを強制されるため、中国の属国が独自の元号をたてる事は無い。[中国皇帝は領土と時間の両方を支配すると考えられたため]

李朝は建国以来独自元号がなく、1896年に朝鮮独自の元号”建陽”をたてるまでのおよそ500年間、中国の暦を使っていた。

このことからも李朝が中国の属国であったことが分かる。ちなみに1896年は日清戦争で日本が勝利した翌年である。これが何を意味するかは、あとで述べる。

また属国の君主が中国の君主にのみ許される”皇”や”天子”を名乗ったり、公式文書に”勅”といった文字を使用することは禁じられる。

もちろん李朝が中国の属国であった期間は、朝鮮の君主が”皇帝”を名乗ったり、国書に”勅”の字を使うことなど、到底許されなかった。)

 文化面においても、朝鮮は中華思想の影響を強く受け、中華文明こそ世界唯一の文明として崇拝し、それ以外の文明、たとえば西洋近代文明を国の基礎として導入したりすることは無かった。

※中華思想とは、「中国は世界の中心かつ唯一の文明であり、その周囲の民族・文明はすべて野蛮である」という思想である。

それでは当時の朝鮮のエリートが世界をどのようにみていたかを紹介しよう。

50ページ 「中華帝国は、なんと壮大で光栄なことか!中華帝国は世界最大で一番豊かである。世界の最も偉大な人物は全て中華帝国の出身であった。」

52ページ 「ヨーロッパは文明の中心地、つまり中華帝国からあまりにも遠い。 したがってロシア人、イギリス人、フランス人、ドイツ人とベルギー人は人間というよりもずっと鳥や獣のように見える。彼らの言語は鳥がちゅうちゅう鳴くように聞こえる。」

(朝鮮学部大臣 申箕善編集 「儒教徒の緯度と経度便覧」1896年 <イザベラ・バード著 ”朝鮮紀行”に収録>)

この例からもわかるように、李朝朝鮮の指導者も民衆も、アヘン戦争・アロー号戦争の敗北以後、中国が欧米帝国主義列強の侵略と領土分割に苦しめられていたという当時の世界情勢がまったく見えていなかった。

※参考 清帝国第6代皇帝・乾隆帝からイギリス国王ジョージ三世への手紙

「王よ(ジョージ三世のこと)あなたは心から文明を求めているようだ。あなたは使節を送って深く頭をたれ、朕(乾隆帝のこと)の誕生日に際し、国書を差し出し祝辞を述べた。またイギリスの産物を献上することで、良く誠意を示してくれた。」

「汝の大使が自分の目で確かめたように、朕は全てを所有して余すところが無い。」

(この手紙のわずか5、60年後には、”野蛮なイギリス”が”文明国・清”をアヘン戦争で屈服させることになる。)

----------------------------------------
chosenkiko.jpg

朝鮮紀行

◆イギリス人女性旅行家がみた、日本ではまったくと言って良いほど知られていない、日韓併合以前の李朝朝鮮の真の姿をうつした旅行記。これを熟読すれば、日韓併合前後の真の朝鮮の姿が理解できるだろう。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する


・いつもコメント&TBありがとうございます。

アダルト系ブログからの、サイトポリシーに違反したコメント・TBが後を断たないため、受信したコメント・TBを管理人が審査することにしました。

サイトポリシーに違反したものについては予告無く破棄します。

また問題の無いコメント・TBを頂いても表示されるまで少し時間がかかります。 悪しからず御諒承ください。

「管理者にだけ表示を許可する」にチェックを入れると、管理人だけが読める非公開コメントになります。 非公開コメントを下さる方のプライバシーを尊重し、あえてお返事をしておりませんが、「公開コメントでも良いのでレスが欲しい」という方は、非公開コメントにその旨をお書き添えください。
                

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。