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第3回 イスラム原理主義の防波堤としてのイラク

  • 2005/02/15(火) 22:28:28

 西側先進国やサウジ・クウェートといったGCC諸国が、イランで勃発したイスラム原理主義革命を封じ込めるために目をつけたのは、サダム・フセインが支配するイラクであった。

 これまで西側先進国の敵対国であったイラクを防波堤にすることで、イランから押し寄せる原理主義革命の波を防ごうとしたのである。(外交に永遠の敵無く永遠の味方なしとはよく言ったものである<苦笑その2>)

このため西側諸国やGCC諸国から、さまざまな援助がイラクに流れ込む事になる。

こうした国際社会の追い風を受けてフセイン大統領は、イランに対して戦いを挑む事を決意する。
これが1980年からはじまるイラン・イラク戦争である。
フセインにとってこの戦争の目的は、

1.混乱が収まりきっていないうちに、イランの原理主義革命をつぶしてしまう
2.イラク領土の拡大とイラン油田の奪取

の2点にあったと思われる。
しかし、イラク軍よりはるかに多くの犠牲を出しながらもイラン軍はがんばり、フセインの短期決戦の思惑は大きく外れて戦争は長期化の様相を見せ始める。

 フセインは、イラン反政府武装組織である”ムジャヒディン・ハルク”を支援して、イランの内側から体制転覆をはかると、イランもイラク国内のシーア派反政府組織イスラム革命最高評議会(ちなみに2005年のイラク国民議会選挙で第一党になったのはこのグループである。)を支援してフセイン体制転覆をはかるなど泥仕合となる。

毒ガス弾頭のミサイルまで使用したフセインだったが、戦争の泥沼に益々はまってゆくばかりであった。

 この戦争中の1981年には、フセインが核兵器保有をめざし砂漠のど真ん中に”原子力発電所”を建設した。

しかしイスラエルの諜報機関”モサド”がかぎつけ、施設に送電線がいっさい無いことからこれを核兵器工場と断定。
イスラエル空軍機がイラク領内に侵攻し空爆、施設は完全に破壊された。(バビロン作戦

実はイスラエルとイラクは国境を接しておらず、中間にあるヨルダン領空をイスラエル空軍機が侵犯・往復することで、イラクの核施設の空爆を可能にし、イスラエル空軍機を基地に帰還させる、というイスラエル政府がとった行動は国際法無視もいいところであった。

当然ヨルダンは抗議したがイスラエルは無視。
それが自分の何倍もの軍事大国イスラエルに対してヨルダンが取れる、せいいっぱいの行動であり、世界各国も一応イスラエルを非難したが、「フセインの核保有がなくなってホッとした」というのが偽らざるホンネであった。

フセインの毒ガス兵器使用と核開発、イランのイラク国内のシーア派武装組織援助といった出来事が、さらにのちのちの出来事の伏線となってゆく。

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★関連図書―もっと詳しく知りたい方は...
20050523145734.jpg
モサド、その真実―世界最強のイスラエル諜報機関


◆ぐるりと敵国に囲まれていながら、戦略的縦深に欠ける小さな国土、少ない人口などの弱点を抱えるイスラエルが生き残るために絶対に必要だったのは、質の高い情報の確保だった。
国家の命運を左右する大役を担ってきた諜報機関・モサドをとりあげた興味深いレポート。

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