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足利事件と裁判所の罪

  • 2009/06/06(土) 01:52:44

 平成2年、栃木県足利市で起こったいわゆる足利事件で、無期懲役が確定し服役中だった菅家利和さんが釈放された。

9年前、有罪を確定する時に最高裁が証拠として認めたDNA鑑定と、最近行われたDNA再鑑定の結果が食い違ったため、再審が行われれば菅家さんに無罪が言い渡される可能性が高いと東京高検が判断したためだ。

参考記事 


 再審の結果がまだ出たわけではないが、菅家さんに無罪が言い渡されれば、17年ものあいだ無実の罪を着せられた人が刑務所に入れられていたわけで、こういうことは絶対にあってはいけないと思う。

ところで、ほとんどのマスコミに加え日弁連や輿石・民主党参院議員会長のような政治家も検察や警察を一斉に非難しているが、まったくもって奇怪なことに、無実の人を有罪と間違って断定した裁判官への批判はほとんど聞かれない。

確かに検察や警察の手法に問題があったのなら正さなければならないが、検察が起訴しようが警察が自白を強要しようが、裁判所が誤って有罪判決を下さなければ無実の人が17年も刑務所に閉じ込められるようなことはなかったのであり、この冤罪事件で一番罪が重いのは最高裁を頂点とする裁判所であろう。

ほんらい国民の人権を守るのが役目と説明されていた最高裁を頂点とした裁判所が、国民から身体の自由を奪い最悪の人権侵害をしてしまったという、この冤罪事件の持つ意味はとてつもなく大きい。

最高裁判所裁判官といえば日本最高の知性であり法の専門家であるはずだが、彼らとて、この世の真実をすべて知っているわけでもなければ、絶対に間違いを犯さないということが可能というわけでもないという、これこそこの世の真理であることが、誰にも否定できない事実となった。

これはとてもとても重要な真理である。

この真理は同時に、おのれの良心に従って良かれと思ってやるにしろ、何がしかの悪意を持ってわざとやるにしろ、最高裁の裁判官が過ちを犯し、本来合憲とすべきところを違憲と判決を下し、違憲とすべきところを合憲と判断してしまう可能性が、いくらでもあることを示しているからだ。

それは、憲法によって主権を持つと決められた国民が選んだ代理人の集まる国会でつくられた法が、国民から選挙によって選ばれたわけでもない、ただの公務員にすぎない裁判官の主観的判断によって否定されるということであり、最高裁が民主主義を否定するということでもある。

基本的人権の中で最も大切なのは、国家から制約や強制を受けずに自由に行動する権利である自由権ではないかと思うが、最高裁のミスで無実の人が17年も刑務所に入れられたのと同様、国家(最高裁)が国民の代表である国会の決定を否定すれば、主権を持つ国民の自由権を奪うことになるのである。

超長期計画を練り、悪意を隠し持った複数の人間が示し合わせて最高裁判所裁判官をめざし、もしそれが実現すれば”裁判官ファシズム政治”も可能になるのではないだろうか。

最高裁裁判官が憲法をわざとねじまげて解釈して判決を下し、法の創造を行ってしまうのである。

日本の民主主義制度のこうした欠陥を指摘する声というのは寡聞にして知らない。

 むしろ日本の法学会では「”人権”に違反するのであれば最高裁は民意も国会も無視して良い。むしろそうすべき。だからこそ違憲立法審査権というものがある」という考え方が多数派のようだ。

どうやら私は少数派のようだが、だからといって私の考えが自動的に間違っているわけでも、多数派の声によって圧殺されて良いわけでもないだろう。

確かに、”人権”の内容が全国民にとって納得のいく、絶対に間違いの無いことが証明できるものであればそれでも良いかもしれないが、”人権”という言葉は美しいが極めてあいまいであり、個々の裁判で”人権”の中身を具体的に定義しそれに基づいて判断をくだす裁判官がいくらでも間違いを犯す可能性をはらんでいる以上、こうした考え方には重大な欠陥があると思われる。

実際、足利事件では最高裁の判決が結果的に国民の人権を奪っていたわけで、「”人権”に違反する」と考えた最高裁が民意も国会も無視した結果、主権を持つ国民の自由権を奪ってしまうという事例はいくらでも起こりうる。

 ここから先の話はあまり深入りしないが、結局どのような法制度にしたところで100%ファシズムの出現を防止するなんてことはできないだろう。

これまで述べてきたように裁判官が民主主義を否定するか、ナチス政権誕生の例のように国民が否定するか。

はたまた法的手続きを一切ぶっとばして、軍がクーデタを起こすか。

軍事クーデタはこの際わきに置いておくが、

私は、国民に外れ馬券を買って損する権利が認められているように、国民には自らの選択の結果、間違いを犯す権利があり、過ちを犯した結果発生した損害を国民自身がかぶるのは少なくとも理にかなっていると思う。

(決してファシズム政治を望んでいるわけでも、それが道徳的に正しいことだと思っているわけでもないが)

だが、国(裁判官)の誤った判断の結果起こった損害を、それを選択をしたわけでも望んだわけでもない国民が負うよう強制するのは基本的人権である自由権の侵害であり、絶対に許せないことだと考える。

それは衆愚政治の危険性と同様に、「”人権”に違反するのであれば最高裁は民意も国会も無視して良い」という主張もまた、”人権”の美名のもとに民主主義を否定する単なる偽善に堕落し、あるいは悪意を持った人物に利用される危険性を常にはらんでいる。

日本では、”人権”や裁判官・憲法に対する性善説というか、それらを絶対に間違いの無い神聖なものとして崇拝する傾向が非常に強いように思われるが、それは極めて危険だと思う。

こうした性善説から人権擁護法案のような考え方が出てくるのだろう。

今回の足利事件で、マスコミや日弁連をはじめとする多くの人が検察や警察を厳しく非難しても、宇都宮地裁→東京高裁→最高裁と、無実の人を17年も刑務所に閉じ込めてしまうような間違った判断をくだし続けた裁判官をどういうわけかあまり非難しない理由は、根は同じではないだろうか。

 日本にとって民主主義は外国から入ってきた借り物であろうし、近代以降の日本が、法や司法制度・統治システムをつくるときにお手本としたのがイギリスであったり独・仏であったり、はたまたアメリカであったりとゴチャ混ぜになっていて、いまだに混乱していてうまく整理できていないのかもしれない。

もしかしたら「真の民主主義とは英米法の立憲主義のことである」と考える人は、私の考え方に違和感を感じるのかもしれない。

だが、私は英米法の立憲主義がこの世で唯一の民主主義だとは思わないし、それを盲目的に崇拝したくもない。

(英米法の立憲主義は、ねずみが自分たちを食らう猫の首に鈴をつけようとする童話と似ているように思われる。

つまり、それがうまくいけばそれほど完璧な手段はないが実現そのものがきわめて難しく、人が頭の中で想像し憧れることはできるが、永遠に到達することのできない理想郷のようなものに見える。

その理由はもちろん、たとえ裁判官であっても絶対に間違いを犯さない人間はいないし、将来にわたってもそれは変わらないであろうからだ)

私はどちらかというと大陸法の立憲主義の考え方のほうが抵抗が少ない気もするが、GHQ民生局のアメリカ人が草案をつくった日本国憲法に違和感を感じ、こうした記事を書いているのはそのせいかもしれない。

 なお、私がこのように考え自らのブログで文章として表現する自由もまた、基本的人権によって認められている。




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この記事に対するコメント

>まったくもって奇怪なことに、無実の人を有罪と間違って断定した裁判官への批判はほとんど聞かれない。

確かにそうですね。報道関係との間に不文律でもあるのでしょうか。
それともアンタッチャブルである事の害の側面なのか。

今回のエントリーはとても深く考えさせられました。ありがとうございます。

  • 投稿者: blue
  • 2009/06/06(土) 09:16:05
  • [編集]

■「一卵性双生児以外は分かる」 足利事件で有名になったDNA鑑定のすごい中身―過信すれば同じことの繰り返しに?

こんにちは。足利事件は、考えさせられることが多くあったと思います。特に科学技術への妄信は、とんでもないことになるという格好の事例となったと思います。人間が行うことには、どんなことでも誤りがあるものですが、日本では、未だに誤りがあってはならないという考えでいろいろなシステムが組まれているいるような気がします。特に、年金の事務処理や、情報の取り扱いなどにそういった面が見受けられます。今後こういった考え方は改めていくべきと思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。

  • 投稿者: yutakarlson
  • 2009/06/06(土) 11:37:06
  • [編集]

blueさん

>確かにそうですね。報道関係との間に不文律でもあるのでしょうか。それともアンタッチャブルである事の害の側面なのか。

「裁判官や司法制度・日本国憲法にだって誤謬はある」ということを認めてしまうと、日本にとても根強い「法は存在するからこそ正しい」という法実証主義の害毒の部分が白日の元にさらされてしまいます。

そして国民から「じゃあ憲法の問題点を改めなければ」という議論が出てくれば、左翼勢力が恐れる憲法改正への道が開かれるからこそ、裁判官の間違いを指摘し批判することはマスコミ・”人権”弁護士・多くの法学者・裁判官など左翼勢力にとって正にタブーなのでしょう。

戦後の左翼イデオロギー教育の元凶というと、たいてい日教組があげられますが、私は法学会が”ラスボス”だと思います。


yutakarlsonさん

>フール・プルーフ(利用者が誤った操作をしても危険に晒されることがないよう、設計の段階で安全対策を施しておくこと。正しい向きにしか入らない電池ボックス、ドアを閉めなければ加熱できない電子レンジ、ギアがパーキングに入っていないとエンジンが始動しない自動車、などがフールプルーフな設計の例である)

”フールプルーフ”という言い方もあるのですね。勉強になりました。私は”フェイルセーフ”のほうがなじみがあります。

機械はもちろん国家システムの設計に至るまで、人間は必ず間違うからそれを前提として間違いが起こっても致命傷にならないよう”安全装置”をつけておくというのは非常に大切なことなのですが、ほとんどの日本人はこの重要性が理解できないんですよね。

日本人は、安全装置をつけずに一生懸命人間の方を完璧にしようとするのですが、そんなことは土台不可能なわけです。

だからこそ、「日本国憲法や裁判官は存在することそれ自体が正しい根拠」という矛盾だらけの法実証主義や裁判官実証主義(私の造語です)に陥るのだと思います。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2009/06/07(日) 11:56:02
  • [編集]

>国家(最高裁)が国民の代表である国会の決定を否定すれば、主権を持つ国民の自由権を奪うことになるのである。

おっしゃる通りです。
私が法学の授業で習ったのは、事実上の判例立法が行われる現実が
ある事です。

それまで明文化もされず、何の問題も無かった事でも、突然人権
という概念に絡めれば違法で処罰できる現実です。

国民ではなく、裁判所が常識を決めるとしてる所は驚きました。

法の世界にいるのは左翼が多く、自分の気に入らない事だけは、
たとえ仲間内でも永遠に争っています。

見てると原理原則を持ち出すのが有利ならそれを使用するのです。
どう考えても、手段なんか選んでません。

学者に至っては、学者の数だけ学説があるなどとやってるのです。

  • 投稿者: ガースカット
  • 2009/06/07(日) 14:56:19
  • [編集]

一つの問題点は

裁判を通じて、知人の弁護士と親しく話し合ったのですが、結局我が国の法曹人は司法研修所で一元に教育されて、何故か強固な師弟関係が結ばれるのです。
その中で、いやその前に師匠は概ね公務員、つまりは判事以上の裁判官ですな。
検事は、どうなのか(師匠に成るのか?)は知りませんが。
要は検事も判事も定年退職すれば弁護士と成り、我が国の法曹界は、そう言う人間が選民意識で固まった仲良しクラブと成りつつあり、これを真剣に批判すると、自社の顧問弁護士の成り手が居なくなったり、次回自社が絡む裁判で負ける公算が高くなる、それでマスコミも法曹界に阿て、ますます法曹界は世間知らずで夜郎自大な連中の溜り場と化し・・・
後は自分達が楽してる分、汚れ仕事を押し付けている警察に対する気遣いも有るかとは思うのですが。
まあ何にせよ由々しき状況では有ります。

  • 投稿者: 火天大有
  • 2009/06/07(日) 16:24:52
  • [編集]

一応

一応、最高裁裁判官には、最高裁判所裁判官国民審査という制度があり、任官後初の衆議院選挙の際と、10年後に国民の審査を受ける制度になっています。

まあ、どれだけ実効性があるか、と言われれば私も疑問符ですが。。。

近々総選挙がありますが、有効活用できるよう、考えていかねばなりませんね。
(裁判官の判決に簡単に国民がアクセスできるようにする、等)

  • 投稿者: ヤザワ
  • 2009/06/07(日) 23:18:54
  • [編集]

ガースカット さん

>私が法学の授業で習ったのは、事実上の判例立法が行われる現実がある事です。
>それまで明文化もされず、何の問題も無かった事でも、突然人権という概念に絡めれば違法で処罰できる現実です。

裁判官の主観的正義によって成文法が無視され、恣意的な法の創造が行われているのではないでしょうか。

最近の国籍法改正はその好例だと思います。


火天大有さん

>裁判を通じて、知人の弁護士と親しく話し合ったのですが、結局我が国の法曹人は司法研修所で一元に教育されて、何故か強固な師弟関係が結ばれるのです。

なるほど、貴重な情報ありがとうございます。

法曹界で成功するために師匠におもねるというか、師匠のとる学説を盲目的に崇拝してしまう弟子が多いとすれば、非常にゆゆしき事態ですね。

その学説がイデオロギー的に偏向していればなおさらです。


ヤザワさん

>一応、最高裁裁判官には、最高裁判所裁判官国民審査という制度があり、任官後初の衆議院選挙の際と、10年後に国民の審査を受ける制度になっています。

私もそのことを考えていて、最高裁裁判官の任期をたとえば4年とか決めて、国民にしっかりとした情報を与え選挙で選ぶようにすれば弊害を軽減できるのではないかと思います。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2009/06/10(水) 01:03:38
  • [編集]

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