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新たなジャパニーズドリームを!(その4)

  • 2009/05/16(土) 00:55:45

 ”新たなジャパニーズドリームを!”第1回はこちら。

 ”新たなジャパニーズドリームを!”第2回はこちら。

 ”新たなジャパニーズドリームを!”第3回はこちら。


 これから日本が目指すべき国家像や理想とする社会について考える連載企画、”新たなジャパニーズドリームを!”今日はその4回目である。

前回では、日本が高度経済成長によって世界第2位の経済大国になる過程で生まれた負の部分である二重経済、つまり国際競争力があって所得も高い都市部・工業地帯と、もうかる産業に乏しい地方との格差について述べた。

こうした都市と地方の格差が問題視されるのは今に始まったことではなく、すでに1950年代から70年代はじめにかけての高度経済成長期から注目され、対策が講じられていた。

 シリーズ第2回では1970年代初めに終わりを迎える”いざなぎ景気”まで日本経済の歩みを振り返った。

この”いざなぎ景気”で日本は世界第2位の経済大国に踊り出たが、この景気の終わりは、実質経済成長率が平均で9%を超えるような高度経済成長期の終わりでもあった。

ベトナム戦争の事実上の敗北や労組の発言力増大による企業生産コストの上昇・ジョンソン民主党政権がめざした大きな政府による「偉大な社会の建設」のため積みあがる財政赤字、そして世界一の債権国から経常収支赤字国への転落、それにともなう基軸通貨ドルの動揺。

60年代から70年代始めに向かってアメリカの国力は急速に衰えていった。

71年夏にはアメリカが金とドルの交換停止を宣言(ニクソン・ショック)し、アメリカの経済覇権の象徴ともいえたブレトンウッズ体制が崩壊、その年の12月、スミソニアン協定で円は1ドル360円から308円へと切り上げられると、日本の輸出が落ち込み景気は底を迎える。

アメリカは米ソ冷戦に勝利しなければならない戦略上、数少ない東アジアの自由民主主義国家・日本が地政学的に重要な意味を持つようになったため、長い間ドルに対して円相場を安く固定するのを認め、日本の輸出産業にアメリカ市場を提供しつつ、日本がさまざまな規制で外国製品から自国市場を保護しながら経済発展を続けてきたことを比較的大目に見てきた。

だが70年代始めにかけて国力が急速に落ちてくると、アメリカにはもはやそうした余裕はなくなっていった。

アメリカの巨大な購買力と開かれた市場・円安・安い資源エネルギー価格。

これまで日本の経済発展に有利に働いてきた世界経済が70年代に入ると何度も低迷期を迎え、日本経済は転換点にさしかかる。
 
 72年に田中角栄内閣が誕生すると一転して国内に目が向けられ、「国土の均衡ある発展」をスローガンに”日本列島改造計画”が開始された。

これが都市部と地方の格差是正・二重経済の解消に向けた最初の本格的な経済政策であった。

その目指すところは、公共事業によって高速道路や新幹線を建設して日本各地を結び、それによって地方の産業発展を促して都市部との格差を無くす、さらに国土全体をバランス良く発展させることで、都市の公害や地方の過疎問題も一挙に解決しようというものだった。

(60年代のアメリカはケインズ主義全盛の時代だが、70年代にその影響が日本へ波及したのかもしれない)

”日本列島改造計画”によって、国を中心に大規模な地方への公共事業が行われたが、不景気による税収不足で公共事業の財源の多くは国債発行(つまり国の借金)によって賄われた。

日本政府の国債大量発行時代の始まりである。

また公共事業は、税収を基本とした政府の一般会計だけではなくて、年金や簡易保険、郵便貯金などを原資とした特別会計の財政投融資でも行われた。

全国各地につくられた公営リゾートホテル”グリーンピア”も田中内閣時に計画されたものである。

もうかる産業に乏しい地方の人々にとって、余剰労働者・潜在的失業者を吸収する役割をも担っていた、役場の職員や公立学校の教師、日本国有鉄道や郵便局の職員など、公務員・公営企業職員の存在は極めて大きかったと言えるだろう。

 この典型的な財政出動によるケインズ主義政策によって、景気は回復してくるが、大規模な財政出動と”日本列島改造”への思惑からの資産インフレ(地価の高騰)、さらに73年10月の第四次中東戦争の勃発と原油価格の急騰(オイルショック)という思いもよらない国外要因から”狂乱物価”と呼ばれる急激なインフレをまねき、74年の消費者物価指数は前年同月比で20%以上も上昇した。

この経済危機によって景気は再び後退、田中内閣の目算はもろくも崩れ去った。

オイルショックによって、日本経済は景気の悪化と物価の急騰が同時進行するスタグフレーション、戦後初めてのマイナス成長、経常収支の赤字転落という苦境におちいった。

 70年代半ばは世界経済を引っ張るアメリカが、当時戦後最悪とも言われる不況に陥っていた時期で、76年に登場したカーター民主党政権は77年のロンドン・サミットにおいて、貿易赤字が拡大して苦しいアメリカに代わり貿易黒字国に回復していた日本や西ドイツが内需を拡大させて世界経済を引っ張る”機関車論”を提唱。

(最近流行った、アメリカに代わって中国の内需で世界経済をひっぱるデカップリング論は、なんというデジャブ)

西ドイツはインフレ悪化を招くとして同意しなかったが、日本はアメリカの要求を受け入れて6.7%の経済成長を国際公約、そのための公共事業を拡大させた。

これによって景気は上向きかけたが、1979年のイラン革命と第二次オイルショックという、またしても想定外の国外要因によって景気は後退し輸出も急減、何とか2%台のプラス成長を確保したものの経常収支は赤字に転落した。

公共事業を行っても予想外の世界経済の動きにほんろうされて景気回復の腰骨を再三折られ、国の累積債務だけが積みあがっていった。

その後財政悪化が問題視されるようになり、鈴木善幸内閣は1980年を”財政再建元年”とし、新規国債発行を抑えるようになっていく。

 だが、オイルショックによって日本企業は省エネルギー化・省資源化を進め、国内に厳しい排ガス規制が敷かれたことで日本車の低燃費化・低公害化もいちじるしく改善し、77年には鉄鋼に代わって自動車が輸出の稼ぎ頭となった。

さらに”マイクロエレクトロニクス革命”によって、従来の重厚長大産業から半導体製造などの軽薄短小型ハイテク産業の輸出も活況を呈するようになる。

 81年に誕生したレーガン政権の政策も日本経済には追い風となった。

レーガン政権は減税と歳出削減による”小さな政府”を目指したが、減税が実施され、”赤い帝国”ソ連を倒すために軍事予算が拡大された反面、各方面からの抵抗で政府の歳出削減はあまり進まず、”大きな政府”のまま財政は悪化していった。

インフレ退治とともに財政赤字・貿易赤字のいわゆる”双子の赤字”をファイナンスする必要もあったのだろうが、高金利・ドル高政策がとられた。

これによって日本は爆発的に対米輸出を拡大させ、70年代の低迷から急速に立ち直ることになった。

レーガン政権の”強いアメリカ”政策は、安い原油価格とともに最終的に90年代はじめのソ連崩壊を導き、世界中の左翼運動に大打撃を与えた。

私はレーガン政権にとても感謝しているが、高金利・ドル高政策はアメリカの国内産業をさらに弱体化させることになる。

巨額の対日貿易赤字が続き、競争力の強い日本製品の流入で失業するアメリカ人も増え、アメリカの対日感情も極めて悪くなっていった。

 巨額の双子の赤字に耐えられなくなったレーガン政権は、85年に高金利・ドル高政策からの転換とそれへの協力を日本を含む西側先進各国に求め、プラザ合意をまとめた。

これによってわずか数年のうちに1ドル=約240円から120円前後まで切り上がるという急速な円高が進み、円高不況におちいった日本の製造業は生産コストの安いアジア各国に続々と進出していった。

(その裏返しとして80年代末から90年代にかけての東南アジア諸国の急成長がある)

雇用吸収力が高いと言われる製造業の国外脱出によって、日本国内の産業空洞化が深刻な問題となり、コスト削減のために工場のオートメーション化が進んだことによっても、日本人の働き口減少につながった。

特に、進出していた大企業の工場が海外に出て行ってしまった地方の経済的打撃は大きかったことだろう。

政府は円高不況の対策として財政出動による公共事業を拡大、不況対策に加えアメリカの双子の赤字を埋めるマネーの流れを阻害しないよう、アメリカの金利引下げに合わせて実体経済に関係無く日本の政策金利も引き下げたため、(インフレを懸念する西ドイツのブンデスバンクはアメリカの要求に抵抗した)過剰な流動性が土地や株の急騰によるバブル経済を発生させた。

1990年4月、日銀はバブル退治のために急激な金利引上げに転じバブル経済が崩壊、日銀による急ブレーキで、シートベルトをつけない人がフロントガラスを突き破って車外に放り出されるように、日本経済は致命的な打撃を受けた。

以後、長く続くデフレ不況時代がはじまる。

 92年アメリカでクリントン民主党政権が誕生する。

「日本がアメリカに代わって世界覇権を狙っている」という妄想にでもとりつかれたのか、クリントン政権はそれまでの共和党政権と違い、巨額の対米貿易黒字をかかえる日本を露骨に敵視し、中国の反日原理主義指導者・江沢民と組んで日本を徹底的に叩いた。

彼らの対日経済政策は、正に「日本窮乏化政策」と呼ぶにふさわしいものだった。

当時、MIT教授だったポール・クルーグマンが提唱した”マサチューセッツアベニュー・モデル”が対日政策に取り入れられたと言われているが、クリントン政権は要人の口先介入で極端なドル安・円高を仕掛け、バブル崩壊で日本経済が弱っていたにもかかわらず、ドル円市場は95年4月には1ドル=79.75円の史上最安値をつけるまでになった。

またクリントン政権はブッシュ(父)政権が89年に始めた”日米構造協議”にいっそう力を入れ、94年に大規模小売店舗法の大幅な規制緩和、さらに対米赤字改善策として90年に公共事業430兆円実施で決まっていた”公共投資基本計画”を、95年から2007年までの13年間に総額630兆円実施に拡大することを強く要求し、日本にこれを飲ませた。

現在ここまで日本の財政が悪化して財政の自由度が奪われてしまったのは、クリントン政権による対日圧力の結果である”公共投資基本計画”の影響が大きい。

アメリカの圧力に屈して”公共投資基本計画”を最初に飲んだのは海部内閣であったが、海部内閣の実態は、海部首相という操り人形を動かす豪腕・小沢一郎幹事長という構図である。

田中派に源流を持ち、竹下・金丸そして小沢一郎という領袖を輩出した経世会は建設族の代表であり、アメリカからの圧力であったとは言え、630兆円の”公共投資基本計画”は願ったりかなったりであったことだろう。

さらに同年、クリントン政権はあの悪名高い”年次改革要望書”を日本に付きつけるようになる。

この時期のアメリカは、巨額の対米貿易黒字をかかえる日本に対して、「復讐のための内政干渉」と批判されてもしかたがないようなヒステリックな外交を繰り返していた。

 高度経済成長期の負の遺産ともいえる日本経済の二重構造。

「国土の均衡ある発展」をスローガンとした”日本列島改造計画”以降、国による公共事業を中心とした都市部・工業地帯から地方への所得移転政策によって、都市と地方の経済的格差や二重構造の解消が図られた。

それをわかりやすい図にすると以下にようになるだろう。

二重経済

(クリックで拡大)

       

二重経済2

(クリックで拡大)

高度成長期が終わり、日本が世界第2位の経済大国となったことで世界の目も厳しくなった。

輸出産業の高い競争力を支えていた安い円が圧力をかけられて円高に誘導されるたびに日本の製造業は世界へ出て行ってしまい、その分だけ人々の働き口は少なくなり、バブル崩壊以降、国内に残っている企業も競争力維持のためのコスト削減を理由に低賃金の非正規労働者を増やした。

また、たびかさなる不況も原因となり国の税収が不足するようになった。

それでも巨額の国債を発行することで財源を確保して公共事業は続けられてきた。

しかし現在の日本において、地方は相変わらず儲かる産業に乏しく、過疎化・高齢化がすすみ、都市部と地方の格差がほとんど解消されていないのは誰の目にも明らかである。

一体、どこでボタンの掛け違いがあったのだろうか?

次回へ続く




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はじめまして。

70年代から始まった都市と地方の格差を埋めようとする「ケインズ主義政策」は、恣意的な運用があまりに大き過ぎ乗数効果の低下をもたらしたためではないでしょうか?

日本においてもヒックス、ハロッドやサミュエルソンの著書が紹介され60年代からは本格的な総需要管理政策が運用されていました。昭和40年不況までは財政均衡主義、40年不況を境に赤字国債発行が始まりましたが、当時は財政歳出よりも税率調節と金融調節によりマクロ経済政策を行っていました。

高度経済成長期はジニ係数は高かったものの、課税後所得伸び率は低>中>高所得層の順に高かったと言われます。第一次オイルショックを境にジニ係数は急に低くなりましたが、経済成長率は低まりました。コストプッシュインフレという予想外の事態に大蔵省・日銀がうろたえたのは仕方がなかったとしても、高度経済成長期は東京にも大阪にも流入していたのに70年代は移動が膠着化、80年代に入りふたたび流動化が始まりましたが東京にばかり流入し大阪への流入は滞りがちでした。

これはなぜなのか?

少し考えたことがあるのですが、もし60年代に課税後所得伸び率を低>中>高所得層の順に高めようとするとき(税率による可処分所得の伸び率誘導ではなく)労働組合のボスの利権争いと恣意的な運用に任せていたら、はたして高度経済成長は実現したのか?夾雑物だらけの状態になり波及経路がおかしくなったのではないか・・・?と思うのです。

効率性と公平性のトレードオフ(二律背反)の両立という命題からすれば、各所得層の課税後所得伸び率を平準化することと各地域の課税後所得伸び率を平準化することは、消費性向を限界まで高め、投資機会を限界まで高めることにつながります。低所得層を救え・地方を救えという人道上の考えとも合致しますが、純粋に効率性・合理性の観点から最善なのです。

所得に対する累進課税と同じように本来なら経済成長の条件を底上げするはずの「国土の均衡ある発展」が行き詰まったのは何故なのか。それは、田中派~竹下派による ・恣・意・的・な・ 運用であったため、夾雑物だらけになってしまったからではないか・・・と考えるのです。

オールドケインジアンに対するハーヴェイロードの前提批判はよく知られていますが、ニューケインジアンは裁量的な運用は肯定しても恣意的な運用はできるかぎり否定します。私も今はこの立場です。


では、課税後所得伸び率が地域別で見てフラット化することを「国土の均衡ある発展」とするとき、国会議員の利益誘導に頼らずに実現するにはどうすればいいのか?所得税の地域別バイアスというのを考えたことがありますが住所不実記載が増えそうなので、ちょっとダメそうです。

そこで考えたついたのですが、固定資産税の累進課税はどうでしょうか。大都市圏がコスト高・地方がコスト安になれば、海外移転の前に地方へ移転しようという流れをつくれます。地方にとっては言わば通貨切り下げに似た効果があります。一筆別に加減されますから、駅前と駅裏通りの差レベルでもピンポイントで累進課税ができます。標準税率は1.4%とし、一筆別の累進課税とします。国が集めて、各市町村には「仮に標準税率1.4%で課税したときの税収」分を譲与金として支払います。垂直的調整ですね。

所得課税も国・地方のものを共同税にし、均等割などという人頭税的なものなんかなくして、地方に渡す地方交付金を固定資産税の垂直的調整比率に比例させてミクロ調整のうえ支払えば、8~9割自治が達成され、国庫補助金の恣意的な運用はかなり減るのではないか・・・?地方が生活を賭けて利益誘導に長けた汚職議員を連続当選させ大都市圏住民の恨みを買うことなく「国土の均衡ある発展」を実現することができるのではないか?と考えるのです。

  • 投稿者: HM
  • 2009/05/16(土) 09:16:09
  • [編集]

 こちらこそ初めまして、HMさん

超力作コメントありがとうございます。

>所得に対する累進課税と同じように本来なら経済成長の条件を底上げするはずの「国土の均衡ある発展」が行き詰まったのは何故なのか。それは、田中派~竹下派による ・恣・意・的・な・ 運用であったため、夾雑物だらけになってしまったからではないか・・・と考えるのです。

私も同感です。

恣意的な運用によって、「均衡ある発展」とはあまり関係の無いことに公共事業が使われてしまい、乗数効果も低下してしまったのではないかと思われます。

>そこで考えたついたのですが、固定資産税の累進課税はどうでしょうか。

これはとても良いアイデアのように思われます。

現代はネットなんかも発達していますから、これを実施すれば地方でやった方が良いビジネスはそっちの方へいくのではないでしょうか。

ただ、どこを税の軽減地域にするか、その線引きの匙加減が新たな利権とならないよう、監視が必要ですね。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2009/05/17(日) 00:24:12
  • [編集]

オールドドリームとアメリカ

田中角栄の「国土の均衡ある発展」、日本列島改造計画とは地方の工業化を目指したものでありこれも一つの古きジャパニーズドリームであったことに間違いはないのだろう。
ただ問題は未だにそのオールドドリームの形を忘れられない、抜けきれないところか。
それにしてもこうして戦後日本の経済史を現在まで振り返ってみると如何に今までのジャパニーズドリームがアメリカの存在なくして成立して来なかったかがハッキリしてしまうな。
新たなジャパニーズドリームの鍵としては米国からの脱却というのも重要になるかもしれない。

  • 投稿者: ニートネスニート
  • 2009/05/17(日) 05:19:12
  • [編集]

検索してみてください

B層
共謀罪
北朝鮮人権法
911真実
新憲法草案

  • 投稿者: お願い
  • 2009/05/17(日) 13:41:27
  • [編集]

 今、これから日本を襲う外圧、内部の問題はエネルギー資源の高騰、労働人口の激減、人口減少に伴う地価の下落です。この圧力に対して取りうる方策は人口を集積するしか日本に残された道はないように思います。今地方で暮らしている保護があるから暮らしていけるという人たちはやはり保護をなくすべきです。それでも暮らしたい人は労働生産性も向上するはずです。私が言いたいのは大きな流れ、自然のエネルギーの法則を無視した政策なり行動はいつかは限界に達し破綻すると思うからです。それより大きな波、力に乗って相乗効果を上げるためにはどうしたらいいのか?を考えたほうが賢いと思います。田中角栄の均衡ある国土発展勢力が考える日本よりたぶん私が考える東京大阪等鉄道網が発達している地域に人口がますます集中するようになるでしょう。しかも環境はいまより住みやすく自然にやさしい環境を実現しつつ。
 みなさんも考えてみて下さい。自分が会社を起業しようとしたらどういう場所で起業しようと思うか?そしてどういうインフラがあったほうがよいか?利益はどのくらい見込めるか?そうすれば地方での起業はほとんどの人が敬遠するはずです。それほどまでに人口が分散していることのデメリットが多いのです。

  • 投稿者: ななしの経営者
  • 2009/05/17(日) 15:49:14
  • [編集]

ニートネスニート さん

>田中角栄の「国土の均衡ある発展」、日本列島改造計画とは地方の工業化を目指したものでありこれも一つの古きジャパニーズドリームであったことに間違いはないのだろう。

このあたりは次回で触れる予定ですが、当時の情勢からして、地方に産業をおこすための優遇政策というのは必要だったと思います。

問題は、今なおほとんど効果が出ていないという点ですね。

> それにしてもこうして戦後日本の経済史を現在まで振り返ってみると如何に今までのジャパニーズドリームがアメリカの存在なくして成立して来なかったかがハッキリしてしまうな。

保守派の方はなかなか理解していただけないのですが、アメリカが戦後経済、とくに金融や基軸通貨の面で覇権を握っていたから、当然の話ですよね。

ということは、日本もこの分野にアレルギーを持って遠ざかるのではなく、力をいれないといけないということです。

これまでの日本は、特定アジアに対するのと同様、いくらなんでもアメリカの金融政策に譲歩しすぎです。


ななしの経営者さん

ななしの経営者さんのお説も一理あると思うのですが、食料確保や水資源としての森林保護をどうするかという点を考えると、地方をすべてほったらかしというわけにもいかないように思われます。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2009/05/19(火) 00:34:55
  • [編集]

変に納得

私は最近まで、どうして昨今の我が国は事実上役人で有る『各種団体』とそれが徴収する『各種協賛金』や『手続き料』等の税外税が余りに莫大なので、我が国はとんでもない役人天国で、張り巡らされた搾取の構図は生半可では無いとして、日々悲憤慷慨していましたが、今回の記事で少し納得しました。
役所や各種団体を余剰労働力の受け皿としたとならば、教育と目標が正しければ、それなりの効果を発揮したと思います。
しかし残念ながら現状では単なる国民搾取の機関に成ってしまって、経済再建の足を大きく引っ張っている。
クロフネさんの続きに期待します。

  • 投稿者: 火天大有
  • 2009/05/19(火) 15:19:38
  • [編集]

火天大有 さん

> 役所や各種団体を余剰労働力の受け皿としたとならば、教育と目標が正しければ、それなりの効果を発揮したと思います。しかし残念ながら現状では単なる国民搾取の機関に成ってしまって、経済再建の足を大きく引っ張っている。

お役所にしろ、国鉄や郵便局にしろ、失業対策の安全弁としての役割が大きかったと思います。

しかし、いつしかそれが自己目的化してしまったんですね。

次回はそのあたりを考えてみたいと思います。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2009/05/20(水) 15:26:11
  • [編集]

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