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第8回 日本の対中政策の失敗(その2)

  • 2005/03/06(日) 15:16:32

 前回では、サッカー・アジアカップでの暴動に象徴される、現在の中国の激しい反日運動は、決して大昔からあったわけではなかったこと、そしてその転換点は92年前後にあったことを述べた。

それでは92年に中国では何があったのか?

それは小平の後継者として根っからの反日主義者・江沢民が中国の最高権力者としての階段を上りはじめた時だったのだ。

 中国では天安門事件が象徴するように、人民解放軍を掌握できるかどうかが権力のゆくえを左右する。その意味で官僚あがりの江沢民は決して有利な立場にはいなかった。

しかし、江沢民は後継者争いのライバルで軍に強い影響力を持つ楊尚根・楊白冰兄弟を92年に失脚させ、軍の長老を味方にとりこんで93年にはとうとう国家主席に就任した。

一方外交面において、当時(92年)の中国は、89年の天安門事件での市民虐殺を非難されて、国際的な孤立に苦しんでいた。

その苦境から脱するために中国が目をつけたのは”日本の天皇”だった。

中国は”日中友好の増進”などと、言葉たくみに天皇訪中を認めるよう日本政府に求め、中国国内の親日・歓迎ムードを高めた。そして日本は何の疑問もなくこれに応じた。

 しかし中国の真の狙いは”友好”でもなんでもなく、”日本の天皇”を利用して、天安門虐殺事件に対する国際的な中国制裁の輪をたち切ることだった。

中国は日本を”国際的な中国制裁のためのくさりの、一番弱い輪”(銭其シン元中国外相の回顧録より)とみていたのである。

 事実天皇訪中で、天安門事件はうやむやになり、結果としてこれが西側欧米諸国の中国制裁解除のGOサインとなってしまう。

ともかくこの時点で現在のような激しい反日運動はなく、むしろ中国政府が天皇訪中を成功させるために、けんめいに親日ムードをもりあげていたのである。

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