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KなんてYめなくていい。

  • 2007/10/16(火) 23:50:34

 そろそろ、今年の流行語大賞は何かということが、人々の話題にのぼる季節となった。

で、今年の流行語大賞候補に”KY”というものがあるそうだ。

その意味するところは、K(空気)(読めない)で、社会の空気を読めない困った人を指して使われるらしい。

 このブログにも、「空気読めないコメントでごめんなさい」とか「スレを汚してすいません」と言ってコメントする方がおられる。

私は、ぜんぜんそんなことは思ったことないのだが。

むしろ私個人としては、世界全体で国際化・グローバリズムが急速に進展するこのご時世になっても、KYという言葉が生まれ、場の空気を気にする風潮が色濃く残る、現代日本社会に強い違和感を感じる。

 
 そもそも”空気が読める社会”というのは、社会の大多数のメンバーが、ほぼ同じ考え方・価値観を持っているために単一の空気を形成することが可能で、だからこそ言語というコミュニケーション手段を使わなくても、「空気を読む」ことで他人の考え方・価値観が理解できるということが大前提になっている。

”場の空気を読む文化”に代表されるような、譲り合いや相手への思いやりの精神を持って、和を持って尊しとなす日本文化が私は好きだし、良いところもいっぱいある。

相手への気遣い・思いやりについては、以前より薄れたかもしれないが、やはり日本人が世界一だと思う。

 しかし、日本社会に依然として強く残っている、”空気を読む能力を重要視する文化”というのは、日本人が世界を相手に活動する場合、かえって障害になるだろう。

なぜなら、世界というのは、さまざまな文化・宗教・言語を持つ人たちの混沌とした集まりであり、場の空気を読むことの大前提である、単一の空気が形成されっこないからである。

となれば、さまざまな文化や言語を持つ人たちの集まった社会に適合した文化の方が便利であり、単一の文化・言語の成立が前提となっている、場の空気を読む文化というのが、世界交流に役に立たないのは無理もないことであろう。

こういうことを言うと、へんなところで国粋主義を発揮したり攘夷をとなえる連中が、「外国文化にかぶれやがって」と非難するのであろうが、それは日本文化が負けたとか劣っているということでなくて、世界村という”郷”に入らば郷に従え、というだけのことである。

もし現在の世界が単一の文化・言語・宗教で成り立っていれば、空気を読む文化を奨励していたかもしれない。


 それでは、否応なしに国際社会のサバイバルにのぞまなくてはいけない日本にとって、空気を読む文化にどういう不都合があるか。

”空気を読む能力を重要視する社会”においては、善悪などの判断基準を、価値観や哲学として自分の内面に構築するというよりは、社会が作り出した空気(=マニュアル)、つまり他者に任せてしまいがちになる。

そして「お前は空気が読めない」と他のメンバーから非難されるのを心配して、自分の考えを主張することを自己規制するようになる。

自分の考えよりも場の空気を優先するわけである。

また、単一の空気が形成されている社会では、みんながほぼ同じことを考えているので、いちいち言わなくても、相手の言いたいこと・考えていることがわかってしまうがゆえに、言語というコミュニケーション手段が重要視されなくなり、言外の意味をいっしょうけんめい推理しようとする文化が発達してくる。

日本では、「おーい(=○×子=奥さんの名)、あれ(=新聞とってくれ)。」で、コミュニケーションできてしまったりするのが好例だが、これも奥さんが、ダンナが言ったことにはまったく表されていない、言外の意味をいっしょうけんめい推理してくれるおかげで、コミュニケーションが成立しているのである。

日本文化が濃密な高齢世代になればなるほど、日常会話を「あれ・それ」で済まそうとする傾向があるのではないだろうか。

だが、文化・言語・宗教が違う人が集まる国際社会では、「空気を読め」と言われても、そんなことはまず不可能である。


つづく


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「空気を読んでそれに合わせろ」

前回の続きです。 「空気を読め」をやり方と考える私はクロフネさんとはまったく逆の「空気を読んでそれに合わせろ」と主張したいと考えております。 以下、クロフネさんと私の二つの意味の違う「空気を読む」があり、それぞれ自分の思う意味で「空気を読む」を捉えて書い

  • From: sadatajpの「基本を押えて」 |
  • 2007/10/21(日) 19:27:42

「空気を読む」

今回のエントリーは「外交と安全保障をクロフネが考えてみた。」の「KなんてYめなくていい。」に触発されてのものです。クロフネさんは「空気が読めない」の“空気”をその場の支配的な考え、或いは相手の考えだと考えて先のエントリーを書いてます。クロフネさんの前提

  • From: sadatajpの「基本を押えて」 |
  • 2007/10/21(日) 19:28:20

この記事に対するコメント

空気を読むというのは悪いことではないと思います。私個人はすごく良いことだと思ってます。
ただ、必ずしもその空気に合わせる必要は無い。その空気に干渉して空気を変えたっていい。重苦しい雰囲気を和やかにさせるとか弛んだ空気を引き締めるとか、それを空気の変化を読みつつ加減して行う。壊さないように適度に変化させるように。そうして良い空気をその場に作る。悪い空気にならないよう調節もする。以前の日本社会はこれをやってたように思います。
また、かつての日本人はその場の空気に合わせて話し方から姿勢から表情まで変えていました。今の日本人は何時でも何処でも同じ態度で通そうとします。通そうというよりその一つの態度しか取れないという感じ。かしこまった場でかしこまった態度が取れない。ざっくばらんに打ち解ける場で打ち解けることが出来ない。また見知らぬ空気を読む観察も苦手で、違う空気を放つ新入りを引き入れるのも苦手。そう感じます。そういった空気の変化に対応出来ない結果としての”KY”なのではないでしょうか。

今の“KY”はかつての「空気が読めない」とは違うような気がします。今言われてる”KY”は単なる「空気を読む」でなく「空気を読んで“それに合わせる”」であり「空気を読んで“その空気を変えない”」なのではないでしょうか。空気の変化に合わせる柔軟性を失って、一定の空気にしか合わせられなくなって、結果空気の変化を嫌うようになっての”KY”なのではないでしょうか。嫌う方にも嫌われる方にもそれを感じます。

  • 投稿者: sadatajp
  • 2007/10/17(水) 02:42:46
  • [編集]

空気は誰が造るか?

空気をマスコミが造っているが現状である。奴等が世論を騙る。
その空気を必死に読んで適応するなぞ、愚かなことだ。
日本のマスコミが洗脳機関に成り果てた時代に、奴等が造る空気を読み、適応するなぞ、知性の崩壊だ。
空気を読みすぎて洗脳されていることに気づかないのは哀れである。

  • 投稿者: 寄稿人
  • 2007/10/17(水) 09:37:56
  • [編集]

空気嫁といえば、あさぴーが安倍ちゃんに対してそういう子供じみた罵詈を浴びせてましたね。
しかしそれでは、最近はさすがにあまり使わなくなってきましたが、”右傾化という空気”に鈍感な愚民どもにたいして「グンクツの音が・・・」と警鐘を鳴らしていたのはなんだったのでしょうか?
空気などという曖昧模糊とした実態のないものに支配されない慧眼の持ち主を自認していたように思いますが、それが根拠も理屈も示されない「空気」なるものを読めとは・・・
とっくの昔に崩壊してはいますが、進歩的思想に対して批判的な者はどんな手を使っても潰せという「空気」がアサヒの巣には充満してるんでしょうね。

  • 投稿者: hj
  • 2007/10/17(水) 10:52:01
  • [編集]

KYと言うヤン語

空気を読めないことがそんなにアレな事なのかは良く解りませんが、声の大きな人に引っ張られるのを止めようとするとよく言われます。私は余り気にしていませんが・・・。

意味のある主張は尊重されるべきであり、ともすれば合理的な反論を認めないことにもなりかねない「空気を読む」という圧力は、日本全体が左翼気質を多く有していることになると思います。もっとも、戦国の世のような力が制する時代であっても「きついことを言う」家臣が居たのに、現代の官僚組織または官僚類似の組織では異なる様相を呈しています。

自ら正しいと信じることを自由に求められない世の中は、美しくないと思います(プンドル局長調)。

  • 投稿者: クマのプータロー
  • 2007/10/17(水) 12:49:41
  • [編集]

はじめまして、三浦介と申します。以後よろしくお願いします。m(._.)m

メニューにある講座、全て拝読させていただきました。特に中国の外交術についてが興味深かったです。大変勉強になりました、ありがとうございます。

これからもがんばって下さい。失礼します。

  • 投稿者: 三浦介
  • 2007/10/17(水) 13:40:51
  • [編集]

どうせ「KY」って言っても、安倍内閣がらみで「揶揄半分」に語られるのが落ちです。
今年の流行語大賞は「アサヒってる」の方が、断然いいと思う!

  • 投稿者: アサピー嫌い
  • 2007/10/17(水) 15:53:48
  • [編集]

KYってオッサンの間でしかはやってないでしょ


  • 投稿者: 無名戦士
  • 2007/10/17(水) 17:55:50
  • [編集]

sadatajp さん

おっしゃりたいことは、わかったのですが、ちょっと本文の論点とは、ずれているようです。

別に日本人同士が国内で空気を読みあっている分には、問題ないんです。

その空気を変化させるのかさせないのかも含めてです。

その続きは、次回の転結で述べる予定です。


寄稿人さん

>空気をマスコミが造っているが現状である。奴等が世論を騙る。

マスコミがとりあげるものだけが、スキャンダルになっていましたね。

そういえば、福田政権発足後、ほとんど止まりましたが。


hjさん

>とっくの昔に崩壊してはいますが、進歩的思想に対して批判的な者はどんな手を使っても潰せという「空気」がアサヒの巣には充満してるんでしょうね。

まさしく全体主義だと思います。

まったくいやらしい空気です。


クマのプータロー さん

>意味のある主張は尊重されるべきであり、ともすれば合理的な反論を認めないことにもなりかねない「空気を読む」という圧力は、日本全体が左翼気質を多く有していることになると思います。

確かに、合理的な反論であっても認めない風潮はありますね。

屁理屈なんて言葉がありますし。


三浦介さん

こちらこそ、はじめまして。三浦さん。

あたたかい応援に勇気付けられます。


アサピー嫌い さん

”KY”も実はアサヒった結果だったりして(笑)


無名戦士さん

それだと、いくぶんか希望があります。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2007/10/17(水) 23:47:19
  • [編集]

歴史潰し?

KYと言えば朝日珊瑚事件だと思っていたのですが・・・。朝日新聞は自らの黒歴史を塗り潰すために別の意味を作り出してるんじゃないでしょうか?

  • 投稿者: 初心者
  • 2007/10/18(木) 00:45:17
  • [編集]

KYという言葉が暴走しないことを望みます。
外国人だって空気は読みますよ。ただ、自分の考えあってこそのKYです。
今の日本は、自分の考えはともかく、とにかくまず合わせちゃえという、言ってみれば「考えなくても良いKY」が多いのではないでしょうか・

  • 投稿者: KK
  • 2007/10/18(木) 03:52:08
  • [編集]

初心者さん

確かにありましたね、朝日のサンゴ事件。

それがKYとからんでいるのかどうかは、ちょっとわかりませんが。


KKさん

>今の日本は、自分の考えはともかく、とにかくまず合わせちゃえという、言ってみれば「考えなくても良いKY」が多いのではないでしょうか・

それがKYを流行らせようとしている人たちの狙いであるならば、怖いことですよね。

>外国人だって空気は読みますよ。ただ、自分の考えあってこそのKYです。

ええ、外国にだって相手を思いやる心はあります。日本の場合、それが強く過ぎる気がします。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2007/10/18(木) 23:20:20
  • [編集]

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