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叱れない日本人

  • 2007/06/22(金) 23:00:57

 日本人は、個人主義的な欧米人より集団主義の傾向が強いとされる。

だが、日本人が集団主義を志向することと、集団・組織の運営が上手いかどうかは別というか、集団主義を好む割には、日本人は集団・組織の運営が下手クソなのではないかと思うことが多々ある。

以前にも触れたが、日本人がつくる集団・組織は、リーダーが大局を見て戦略的な決断を下し、部下はそれに従うというトップダウン型よりも、集団の構成メンバー同志で根回しを行ってまずコンセンサスをまとめ、その意見をトップに上げて、よほどひどいものと思われない限りトップも「ウム」と言って、認可するという、ボトムアップ型組織が好まれる。

この日本型ボトムアップ組織には良いところもあるのだが、組織そのものを死に導くような欠陥もかかえている。

それは、組織を正常に運営し、失敗をおかした時の損失を最小限で食い止め、組織のさらなる繁栄を促すような、公平・正当な人事評価が苦手という点である。

特に指摘したいのは上が下を叱れない、厳正に処罰を与えることが出来ないということだ。

 それでは戦前・戦中の軍部から、日本的組織がかかえる欠陥の具体例を見ていこう。

1939年、満州国とモンゴルの国境でノモンハン事件と呼ばれる日本軍とソ連軍の武力衝突が起こる。

日本軍の苦戦が明らかとなった5月の第一次ノモンハン事件の結果、軍中央部は事態の不拡大を方針とするが、現地にいる関東軍のある作戦参謀が、「能否ヲ超越シ国運ヲ賭シテ断行スベシ」式の軍事行動拡大方針を決めて準備を整え、作戦がもう後戻りできない段階で中央に報告するといったことを繰り返した。

これに対して大本営も明確な中止命令を出さない。

大本営は、軍中央の「空気を読んだ」関東軍が自発的に作戦を中止するよう期待していたのだが、なぜそんなまどろっこしい事をしていたかといえば、組織の和を重要視するあまり、暴走する関東軍の参謀たちの感情を損ねることを異常に恐れていたからである。

(満州事変の時の、関東軍・石原莞爾独走という前例を認めてしまったせいもあるだろう)

現地の関東軍の参謀たちは「まず作戦拡大ありき」だから、大本営から明確な中止命令が来ないので、どんどん武力衝突をエスカレートさせていく。

それでも大本営は中止命令を出さず、投入兵力の制限といった遠まわしの命令でもって、軍中央の”空気”を伝えようとするが、現場は全く意に介さない。

結局、ソ連軍の攻勢で日本軍の敗北が決定的となった8月になっても、関東軍が軍事作戦を継続させる姿勢を見せたため、慌てた大本営はようやく9月になって明確に中止命令を下した。

組織内の和を重視し相手の感情に配慮するあまり、のちに幕僚統帥と呼ばれるような、組織の指揮命令系統を無視して「うまくいけばやった者勝ち。失敗すれば誰かのせい」とばかりに暴走する部下を上が叱れないのである。

しかも、ノモンハン事件に関わり、独断専行で軍に重大な損害を出した二人の作戦参謀は、形だけの”左遷”で処罰を免れ、まもなく参謀本部作戦課長・作戦班長として復帰、ガタルカナル戦やニューギニアのポートモレスビー攻略戦を指導して再び大損害を出すことになる。

この作戦参謀のうちの一人は「自分の立てた作戦が採用されないなら辞めてやる」が口グセだったという話もどこかで聞いたが、「だったら辞めろ」と上が言えないところに、「和を持って尊し」となす日本型組織の重大な欠陥があるように思う。

現代の企業で言えば、会社の命運を左右するような決断を、地方支店の副支店長と副支店長代理が独断専行で下し、会社が大損害を受けて倒産の危機に陥っても一切おとがめ無し。数年後には本社に栄転していて、社長以下だれも叱責できないといったところだろう。

こんな会社が存続できるだろうか?

「組織の和」や「相手の感情」を最重要視する日本型組織では往々にして、その人物の功罪をありのままに評価し、それを基に昇進・降格させ、決断の結果成功した人には、学歴・試験の席次に関係無く昇進させて組織全体のやる気をアップさせ、失敗した人は処分してすぐに改めさせ、失敗から学んだ経験を組織全体にフィードバックして、同じ失敗を繰り返さないようにするという当たり前のことが、出来ていないのである。

日本型組織において、明確に失敗と評価を下して処分を与える時というのは、もう取り返しのつかない重大レベルの失敗であることが多く、そうなると名誉挽回のチャンスを与えられず「腹を切らされる」ことになる。

それ以外は「動機は正しかったのだから」「かわいい部下のやったことだから」と言って、失敗が見逃されやすい。

その結果、失敗した本人も組織全体も軌道修正のチャンスを失い、小さな失敗が積もり積もって、ある時大爆発することになる。

むしろ失敗は失敗として、適切に評価して人事に反映させ、失敗を認めてちゃんと責任を取る代わりに、失敗した人に再チャレンジのチャンスを与えるようにした方が、健全かつ強い組織がつくられるように思うのだが。

 こうしたことは、何も昔に限った話ではない。

近年問題になっている学級崩壊でも、先生の言うことを聞かずに大騒ぎする、立ち歩くといった児童に対して、親が子供を叱れないということが、まずその原因だろう。

いや最近では、親自身が裕福なのに子供の給食費を払わない、「記念撮影の時、自分の子供が真中に座っていない」といって職員室に怒鳴り込んでくる始末らしいからどうしようもない。

そして学校や社会が、非常識極まりない親を「叱れない」のである。

年金問題でも、社会保険庁が10年前からデタラメを繰り返していたにもかかわらず、誰も実質的な責任を問われずに、罰も受けない。

国民から苦情を受けても、社保庁職員にとっては痛くもかゆくも無いから、同じ失敗を10年の長きに渡って繰り返し続ける。

参考記事 

問題の深刻さが判明するのは、社会保険庁という組織が瀕死の病人になってからである。

(ちょうどボーナスの時期だが、社保庁全職員については減俸・賞与無しは当たり前だと思うのだが、まさか今ボーナスが出ていたりはしないだろうな?)

 日本の外交にも全く同じ現象が見られる。

韓国・中国・北朝鮮といった日本の周辺国が、領土・領海の問題や歴史教育・戦没者慰霊問題で、どんなに理不尽でどんなにムチャクチャな要求や行動をとったとしても、日本は特定アジアを「叱れない」。

日本は”アジア”の仲間との和を大切にすべきという感情に基づく”大アジア主義”のせいであろうが、相手の感情へ配慮することを最優先にし、厳しい処罰を下さない。

特定アジア諸国が無鉄砲な反日行動によって、自業自得で落とし穴に落ちそうになっても、日本自身が先回りして落とし穴のフタを下から支えてやるようなことをする。

その結果、韓国・中国・北朝鮮と日本・台湾で構成される東アジアは
学級崩壊の状態である。

特定アジアの反日政策と、それに対するこれまでの日本外交を見ていると、「不愉快きわまりない出来レース」あるいは「官製談合」といった言葉がぴったりだと思う。

もちろん、「出来レース」あるいは「談合」の唯一の被害者は日本国民である。

 アジア文化には、人情味あふれるところなど良い点もあるが、しばしば感情が暴走して理性を失い、冷静かつ合理的判断が出来なくなりがちという重大な欠点があるように思われる。

日本型ボトムアップ組織がかかえる問題点を見てきたように、まだまだ日本にも、そうしたアジア的欠点が色濃く残っており、それを改善しない限り、特定アジアとどっこいどっこいの勝負を繰り返していくことになりかねない。

感情最優先で適正な人事評価が出来ず、情報軽視・補給能力無視、「能否ヲ超越シ国運ヲ賭シテ断行スベシ」(出来るかどうかなんてぶっ飛ばせ、何が何でも国の命運を賭けてやるしかない)では、日本の真の独立なぞ夢のまた夢だろう。

脱亜論の福沢諭吉先生の言葉を借りれば、「我ハ心二オイテ亜細亜東方ノ悪弊ヲ謝絶スルモノナリ」である。


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賛成

この項含めて、官僚喝破の前二つ実に賛成で慧眼だと思います。私成りの補足させて戴くと、全ての日本人に必要なのが自覚と志と神仏に対する畏れでは無いかと考えます。まずは自分の寄って立つ立場の自覚、国民から乖離した国民を睥睨する外務省の人間なのか国民の下僕で国益の代行者なのか、生活の安定の為に役人に成って無責任にふんぞり返るのか、それとも国民の為に国益を追求する仕事にやりがいを求めて官僚に成るのか、そして自分が何故こんな形状なのかすら判らず、今次の瞬間に何が起きるかも実は解からないのに神仏や超常現象(きらいな表現ですが)を否定して世の全てを唯物論的に解釈して傲慢にも正義感を否定する輩、ここで一つ罰当たりという単語と神様や仏様が見てるぞと言う言葉を思い出して見ませんか。

  • 投稿者: 火天大有
  • 2007/08/22(水) 18:05:49
  • [編集]

火天大有さん

私も、人間の傲慢さの戒めとして、神仏を大事にするというのは、大変重要なことだと思います。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2007/08/23(木) 21:37:59
  • [編集]

3つの価値観

確か東條英機は死刑執行を目前にしてこれからの日本国民には宗教的な価値観を養う教育しなくてはならないというようなことを述べたと記憶しています。
なるほど、戦前の日本は国の御為という価値観に偏向し過ぎて(その反動か戦後教育というのは逆におそろしいまでの個人主義に陥りましたが)価値の多様性というものが乏しかったのでしょう。
ですから我々は一つの価値観のみを絶対視するのではなく私的な個人、国民としての公人、そしてその何れでもない宗教人といった内なる三権分立を築き上げ各々が各々の価値観を牽制しつつも高め合うような心の持ちようを目指すべきような気がします。
もっともこれはそう容易なことではないでしょうが…

  • 投稿者: ニートネスニート
  • 2008/02/25(月) 01:55:23
  • [編集]

日本に必要なもの

私は20年前から、日本に必要なものは、次の二つだと言ってきました。
1.出来るだけ公平な報道をするマスメディア。2.政治家、官僚、企業のトップに優秀な人が就くシステム。
この二つが出来れば、後は何もいりません。元々日本人はレベルが高いのです。
この二つを出来ないように、邪魔をしているのは、サヨクだと思います。

  • 投稿者: 八目山人
  • 2008/02/25(月) 12:10:30
  • [編集]

ニートネスニートさん

>我々は一つの価値観のみを絶対視するのではなく私的な個人、国民としての公人、そしてその何れでもない宗教人といった内なる三権分立を築き上げ各々が各々の価値観を牽制しつつも高め合うような心の持ちようを目指すべきような気がします。

国民としての公人と宗教人の二つは、戦後日本においては軽んじられてきました。

それが現在の体たらくの原因でしょう。

私自身も大きなことは言えませんが...


八目山人さん

>元々日本人はレベルが高いのです。

いつか書きたいと思っているのですが、日本人は末端の兵士や下士官ぐらいまでは気配りが効いて非常に能力が高いと言われます。

しかし、将軍クラスになるとボンクラが多数派になってしまう。

優れた人事評価システムが無いからでしょうが、日本はいわば「羊に率いられた狼の群れ」です。

そして「狼に率いられた羊の群れ」に負けてしまう。

早急になんとかしないといけません。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2008/02/26(火) 21:52:46
  • [編集]

 日本は叱るべき中国、北朝鮮をしかれずに謝罪をし、中国、北朝鮮にしかられていますよね。しかることができればアジアもずいぶんよくなると思いますが

  • 投稿者: ソラフネ
  • 2008/02/26(火) 22:24:08
  • [編集]

ソラフネさん

東南アジアとか台湾なんかも期待していると思います、叱れる日本を。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2008/02/28(木) 00:52:49
  • [編集]

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