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去りゆく小泉政権に思う

  • 2006/09/27(水) 00:47:58

 自民党の安倍新総裁が、昨日の首相指名選挙で賛成多数により第90代首相に選出され、安倍内閣が発足した。

私が気になる外務大臣ポストは、”ケンカの仕方を知る男”こと麻生太郎氏が留任した。 新首相をはじめ安倍内閣の皆さんには、あらためて日本の舵取りをしっかりとお願いしたい。

安倍政権についてはこれから書くこともあろうから、今日は、去りゆく小泉政権について思うところを述べたい。

 2001年に小泉政権が発足した当初は、正直ここまで長期政権になるとは思わなかったし、ここまで日本が変わるとも思わなかった。

これまでの日本は、政策よりも派閥の論理で内閣の人事が決められがちで、そうした政治家の政策の弱さを官僚に頼ることで補おうとし、そこに官僚がつけこんで民主主義のルール違反すれすれで、超然主義的に日本の政策が決められ実行され、そのシステムを利権目当ての財界がバックアップするという、いわゆる政・官・財の癒着システムが支配してきた。

官僚は首相経験者も含めて政界に多くの人材を送り込んできたから、官・官・財の癒着システムだったといっても過言ではないかもしれない。

このシステムは戦後日本の高度成長期にはそれなりに機能したと言えるが、80年代にもなれば、制度疲労のヒビがそこかしこに入っているのは誰の目にも明らかだった。

そして92年、官僚出身首相率いる宮澤政権下で、リクルート事件の汚職スキャンダルの記憶も新しいまま佐川急便事件が起こり、政・官・財の癒着システムがどうしようもないぐらいに限界を迎えていた。

 これに対して、政治に関心がないとさんざん言われていた国民もちゃんと
”お灸を据えた”。 翌93年の総選挙で細川連立政権が誕生し、「永遠の与党」と思われていた自民党は敗北を喫し下野した。

ただ細川連立政権は、思想信条がバラバラの雑多な寄せ集め集団で、小沢氏ひきいる新生党と社会党などが反目し、当然のことながら自民党を割って出た新生党有力者を除いて、政権担当能力もまったく未熟だった。

94年6月に羽田内閣が総辞職すると、小沢氏の手法に反発する社会・さきがけ両党は自民党に連立相手をくら替えし、自・社・さきがけによる村山連立政権が誕生する。

これによって国民に”お灸を据えられた”はずの自民党は、反省も国民の信頼を回復する努力もなく政権に返り咲いた。

国民によって与えられた日本の構造改革のチャンスは、首相ポストに目がくらんだ社会党の裏切りによって失われ、自民党の族議員は息を吹き返した。

このあたりから日本は”失われた十年”に突入したのではないかと私は思っている。


内政では、14兆円規模の財政出動による景気回復策の失敗に不良債権処理の先延ばし、外交では日本の土下座外交を決定づけたともいえる村山談話発表に、イタリアサミットで体調を崩した村山首相が不用意にも「オリーブオイルに当たった」と発言し、イタリアのオリーブ農家から「オリーブオイルはイタリアが世界に誇る健康食品だ!」と大ブーイングを浴びるという失態のおまけまでついた。

この政権のやることなすこと全てが悪かったとは言わないが、社会党は戦後日本憲政史に残る、最低最悪の政治屋集団だったと思っている。

96年に橋本政権が誕生し、用済みになった村山氏と社会党は予定通りポイ捨てにされ、まさに間抜けなピエロだった。

 この後、橋本・小渕・森の各政権でも改革が叫ばれ、このとき手をつけられたものはその後の小泉構造改革へとつながっていくのだが、このころの短命政権は、自民党の古いしがらみを引きずっていたために内政・外交政策の諸改革が不充分で、特に土下座外交についてはほとんど手付かずのままだった。

 そしていよいよ小泉政権の登場となるわけだが、人事や首相個人の発言でのいわゆる”サプライズ”や、争点をひとつに絞ってそれに反対する”抵抗勢力”を明確にする、ワンフレーズ・ポリティックス&劇場型政治で、国民に複雑な政治をわかりやすくし、なおかつ興味を持たせた功績は大きい。

そのことによって、三位一体の改革という政・官・財の癒着システム打破をしやすくしたことに、小泉氏の政治手法の特徴があった。

ワンフレーズ・ポリティックスについては、ヒトラーの再来と批判されたりもしたが、チャーチルも「演説に、欲張っていくつもの論点を入れても聴衆は理解できない。しかし、ひとつの論点を様々な角度からこれでもかこれでもかと論じるのはやってよい」と言っているとおり、演説の基本と言えるものだ。

つい論点を欲張って記事を書いてしまう私には耳が痛い。

ともかく小泉氏に特徴的な政治手法によって、郵政事業や道路関係四公団の民営化・特殊法人改革が前進することになる。

外交においても、首相による靖国参拝を復活させることで中国・韓国など特定アジアに対する土下座外交打破の第一歩を踏み出し、ピョンヤンへ乗り込んで拉致被害者を一部取り返した。そして日米同盟関係をかつてないほどに強固なものとしたのである。

好調な世界経済の追い風にも乗り、マイナス成長から日本経済を引き上げ、マーケットの信頼も得て株価も上昇した。

 もちろん、小泉政権はすべてがバラ色だったわけではない。

 小泉前首相自身、「政策に弱いのではないか」「これでは丸投げではないか」などと指摘されたし、”サプライズ人事”で田中真紀子氏を外相に据えたことによって、外交面で少なからぬ悪影響を残した。

2004年のサッカー・アジアカップ中国大会の時の反日暴動もそうだったのだが、昨年中国全土で発生した大暴動のときは、動揺が外交にもあらわれて腰が定まらずフラフラしていた。

そのときは、当ブログでも「小泉政権はもう限界」とさえ言ったこともあった。

しかし政権の終盤にかけて、小泉氏の権力基盤が磐石のものとなったことで、外交も内政もブレが無くなりしっかりしたように思う。

 まだまだ改革が不十分なところ、小泉政権が積み残してしまったところもある。過ちもあったかもしれない。

いったん動き出した物体は慣性の法則が働くので、同じ方向に動くかぎりたいした力はいらない。 だが動いている物体の方向転換をする場合、最初に一番力が必要になる。

小泉政権は、日本という図体のデカイ国を方向転換するために必要とされる、大きな力を最初に与えたという意味で、非常に大きな意義があった。

もちろん、方向転換した日本の新しい針路は「普通のことが普通にできる国」だ。


口で言うのはやさしいが、日本が普通の国になるのを望まない中国・韓国や、政・官・財の癒着システムの甘い蜜が恋しい国内勢力といった強い慣性の法則のパワーを打ち破るほどの強いパワーを発揮した小泉前首相の実行力とそれにともなう苦労・心労は並大抵のものではなかったと思う。

 まことに僭越ながら私が小泉政権に点数をつけることが許されるならば、75~80点はあげたい。

私は特定の政治家を100%絶賛することはしないが、逆に完璧でなければ全く評価しない、自分の望む政策を100%実施してくれなければ売国奴といった狭い見方にも陥りたくない。

政治家が実行した政策を是々非々で評価するのが成熟した大人というものではないだろうか。

「継続は力なり」で小泉前首相が開始した改革を次の政権が継続しなければ意味がなくなるので、安倍政権にはしっかりとやってほしいと思う。

というわけで、国民のひとりとしてクロフネは、小泉純一郎氏に心からの「ありがとう」を言いたい。

そして、ひとまずゆっくりと心身を休めて5年間に蓄積した疲労を癒したあとに、再びご活躍されることを願っている。


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