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民主主議論・総括

  • 2006/05/27(土) 02:20:45

この数日間にわたってなされてきた民主主議論だが、「三輪氏に再度反論する」という私のエントリーに対して、2日以上先方から具体的な反論もないし一向に読解力もついていないようだし、通常の記事のアップも遅れ気味なので、この総括をもって一旦終了としたい。

(実は先方のブログに「数回に分けて(共謀罪)」というシリーズが始まったようなのだが、具体的な反論は今のところ無いし、完結するのを待つのは時間の無駄だから様子をみる)

先方も「民主主義を論じる最低限度の資格」のコメントで、

>話の行き足がついてしまってましたので、そのまま共謀罪の話に絡めての論陣に突入してしまった訳ですね。
>これは、あなたのみならず、クロフネ氏に対しても最後まで済まない事をしてしまいましたかね・・・。

と謝罪しているようなので。

 また、山崎行太郎と言う人物がブログで、「(クロフネは)小泉や安倍の言うことも、することも、ぜーんぶ正しい、文句ある奴は民主主義の敵だ…、とかなんとか喚いている。」と、こちらが言ってもいないような事をわめいている。

こっちは1+1=2って言っているのに、自分のブログでは「クロフネは1+1=3て言っているぞ。あいつは馬鹿だな」と言って、自分のブログの信者と一緒になって笑うという手法が一部ではやっているようだ。

山崎行太郎よ、私のブログのどこに「小泉や安倍の言うことも、することも、ぜーんぶ正しい、文句ある奴は民主主義の敵だ…、とかなんとか喚いている。」なんて書いてある? どこをどう読んだらそう読めるのだ? 

それが指摘できたら相手してやるが、できないのなら相手してやらない。
日本語の不自由なヤツをいくら相手しても時間の無駄だから。

そういえば山崎行太郎という人物、民主党・永田議員のライブドア・ニセメール問題の時、民主党・永田議員側を支持する記事をぞくぞくと書いて、とんだ赤っ恥をかいたやつだっけ。

ますます相手する価値無し。

リンク 

リンク 

リンク 

 それではここからが本題だが、saさんという方のおかげで、わかってきたことがある。

それは今回の議論が、「AはBである」という私の記事(強行採決批判は情けない! )に対して、「何を言っているんだ!クロフネは馬鹿で頭がおかしなヤツだな。AはBに決まっているじゃないか」という具合に、三輪氏が何度も何度も極めて恥ずかしい”壮大な誤爆”をしていたのではないかということだ。

私の主張は一貫して、民主主義システムの否定者を批判しているのであって、小泉政権や共謀罪の是非を論じているのではない事は、普通の読解力がある方なら十二分におわかりいただけると思う。

もっとわかりやすい例をだせば、国民の大多数が「共謀罪なんてろくなもんじゃない」と考えて、それを受けた多数派与党から共謀罪廃止案が国会に提出されたとする。

しかし、少数派野党が採決拒否によって国会の会期切れ・廃案に追い込んでしまった場合、当然、国民の大多数が反対しているのに共謀罪は廃止されないことになる。

この場合でも私はやっぱり「与党は強行採決をするな!」と言って採決拒否をした野党を「情けない。民主主義の原則を否定するなんて民度が低いな」と言って批判する。

私が批判するのはあくまでも民主主義システムの否定者だから。

 で、私と三輪氏の主張の違いは、共謀罪の是非そのもの以外は存在しないように思われる。

共謀罪について三輪氏は何があっても絶対反対。

私は国民の多数派が望むことなら、例え自分は共謀罪に反対していてどんなにイヤでも採決結果は受け入れる、という違いであろう。

(後でもう1回ここに戻ってくるから良く覚えておいて欲しい)

自分から喜んで共謀罪に賛成することと、共謀罪に反対していてどんなにイヤでも受け入れるということの違いを、理解する能力が先方と彼らのブログの信者達には無いとしか思えない。

この二つが一緒のものだと思っているから、私が喜んで共謀罪に賛成していると思って、最初に捨てぜりふのようなコメントを私のブログに書きこんで、論戦を挑んできたのではないだろうか。

三輪氏本人はそれを否定しているが、そうでなければ説明がつかない。

 私の民主主議論の根源をたどると、人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利の問題に行きつく。

他人が自分の将来を決定するなんて奴隷そのものだし、他人が自分の将来を決定して、その結果起こった悪いことを自分がかぶるなんて理不尽なことを良しとする人は少ないだろう。

(もし良しとする人は選挙を棄権してください)

国家の政策というのは、国民ひとりひとりの将来と深く関わっており、国民はそれぞれ一票ずつだけ、自分の将来を決定する権利を持っているわけだ。

ただ、国民一人一人の選択と国家の選択がすべて一致するということは、まず有り得ない。

国民の誰かが必ず、自分の選択とは違う国家の選択を受け入れなければならない。(つまり死に票)

その場合、国家の選択を国民の多数派の選択にした方が、そうした自分の決定とは不本意な選択を受け入れる人の数が少なくて済む。

そこに「とりあえず多数派の意見を正しいとする」という民主主義システムの正当性があると思う。


そして多数派の意見というやつは絶対に不変ではなくて、時間とともに変化し、時には正反対の方向にふれることもあるだろう。

それが民主主義の柔軟性である。 この柔軟性があるかぎり、例え民主主義国家の選択が一度失敗しても軌道修正される。

国民の多数派が「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の価値観を持ち続け、そうした価値観を尊重する政治家を国会に送りつづける限り、まず民主主義が死ぬことは無い。

だから、私はこの民主主義の原則に反する、少数派野党による採決拒否を批判したわけだ。 それは民主主義の死を肯定することだから。

そしてこの原則に従う限り、国民の多数が自分の将来を選択し、起こった結果は良いことも悪いことも自分でかぶるという、人間の基本的権利が守られる。


 ところがどんな理由であれ、一旦「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めてしまうと、

「自分のやっていることは正義なのだから」と言って少数派による支配、つまり独裁体制を正当化する邪悪な連中が国政に登場する道を開くことになる。

間違いに気づいた国民が「お前は自分のやっていることは正義だと言っているが、ただの独裁者じゃないか」と言って批判しても、一旦「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」ということを認めてしまって民主主義を殺してしまっているから、間違いは修正されず、独裁者が権力にしがみつづける限り、民主主義は回復しない。

これの最悪の形はスターリン、金正日のような個人独裁体制。

究極の少数派であるたった一人の人間が、戦争や粛清などを実施することによって何千万・何億という人の将来を勝手に決めて、その結果、多数派である国民の何百万が死ぬような事態を引き起こす。

この悪い結果をかぶるのは、将来を決定した少数派の独裁者本人ではなくて、他者に自分の将来を決定された多数派の国民だ。

死ぬのは国民で、将来を決定した独裁者は一切の責任が問われないとは何という理不尽なことだろうか。
 人間の基本的権利が全く無視されている。

だから私はどんな理由であれ、「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」ということを認めないわけだ。

 しかし三輪氏は「共謀罪は民主主義を殺した戦前の治安維持法の再来だから。自分は絶対に正義なのだから」という理由で、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めよということを主張し、この例外を認めない私に「民主主義の死を結果的にでも受け入れるのか」と言って批判しているようだ。

だが「共謀罪は民主主義を殺す」という三輪氏の主張が絶対的に正しいのかどうか誰が判断するのか、その判断の結果の責任を取るのは誰かという重大な問題がある。

もし国民多数派が選択した共謀罪制定が正しい選択だったとしたら、少数派の三輪氏の意見を採用して多数派を無視した結果、共謀罪が制定されなかった事によって発生する不利益は、自業自得で三輪氏もかぶるかもしれないが、正しい判断をして共謀罪制定に賛成していた、何の責任も無い国民の多数派もかぶることになる。

もし三輪氏が究極の少数派で、日本国民でたった一人共謀罪に反対していて、残りの一億三千万人が賛成していた場合、たった一人の判断の間違いが、残りの一億三千万人を苦しめることになる。

これがいかに愚かなことであるかは先ほどの、スターリン、金正日のような個人独裁体制の例で示した通り。


もし三輪氏の「共謀罪は民主主義を殺す」という主張が正しくて、残りの国民の判断が間違っていた場合で、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めて共謀罪を廃止したら、

一旦民主主義の危機は去るかもしれないが、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を一旦認めた以上、邪悪な意図を持って制度を悪用するヒトラーのような独裁者志望の人間に、道を開くことになる。

これによって結局民主主義は死ぬ。
ドイツ・ワイマール共和国が死んだのは好例だろう。

このように、「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めて、一旦民主主義の原則を否定すると、遅かれ早かれ民主主義は死に、独裁体制が出現してしまう。

だから私は例外を認めないわけだ。

 ところで、国民の多数派が「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の価値観を持ち続け、そうした価値観を尊重する政治家を国会に送りつづける限り、まず民主主義が死ぬことは無いのだが、

もし万が一、三輪氏の主張が正しかったのに、一億三千万人の間違った意見を採用して共謀罪が制定され、その結果日本の民主主義が死んだら、自分の決断によって起こった悪い結果をかぶるのがやっぱり多数派の一億三千万人という事実は動かない。

起こった結果は最悪だが、最初に言った民主主義の根源となっている「人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利」は最低限守られたことになる。

少なくとも一億三千万対一(一は三輪氏のこと)で、多数派である一億三千万の権利は守られるわけだ。

ここにも少数派ではなく、多数派を尊重する民主主義の原則があらわれている。

 で、私はこういう民主主義の失敗を喜んで認めているわけではなく、そういうことが起こらないように、必死になって日々ブログで記事をアップし続け、「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の原則の否定である、採決拒否(裏返せば強行採決批判)を批判し続けているわけだ。

私の意見を国民の多数派が受け入れてくれる限り、以上のような失敗は起こり得ないから。

ここで、最初の問題、

>共謀罪について三輪氏は何があっても絶対反対。私は国民の多数派が望むことなら、例え自分は共謀罪に反対していてどんなにイヤでも採決結果は受け入れる、という違いであろう。

>自分から喜んで共謀罪に賛成することと、共謀罪に反対していてどんなにイヤでも受け入れるということの違いを、理解する能力が先方と彼らのブログの信者達には無いとしか思えない。

ということに帰ってくるわけだ。

 私が言っている「多数派が正しい」とするループの中に入っている限り、民主主義が死ぬことはない。 三輪氏の「ループから出る例外を認めよ」ということを認めると容易に民主主義を殺すことが出来るようになる。

だから私は三輪氏を再三批判しているわけだ。

 それでは「多数派が正しい」という原則を守っていたのに万が一、民主主義が死んでしまい独裁体制が生まれてしまったらどうするかというと、国民全体が立ち上がって民主化革命を起こすしかない。

自分の選択の結果の後始末を自分でつけるのは当然だろう。

1990年前後に東欧で共産主義独裁体制を民衆が倒したような。

大多数の国民に軍隊が応援してくれれば、ポーランドやチェコで起こった無血革命になるし、また、国民+軍隊VSセキュリタテ(秘密警察)の銃撃戦による流血革命となったルーマニアのようになるかもしれない。

フランス革命だってアメリカ独立戦争だって、民主主義はそうして生まれたのだから。

でも私はドンパチなんて出来る限りやりたくないから、こうして原稿料もらえなくても、一生懸命記事をアップし続けているわけである。

(ちなみに三輪氏は私が、「憲法第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」に違反していると主張しているが、全くばかばかしい)

 これまで述べてきたことは民主主義の基本理論で、当たり前だと思っていたが、これを理解できない人が多いのに改めて驚いた。

日本の民主主義もまだまだだなと思うとともに、「強行採決批判は情けない!」の記事を書いて良かったと思う。

最後に、三輪氏や彼の取り巻きのような「少数者による国家の針路の選択」つまり独裁体制を肯定する者は、理性で感情をコントロールするのが苦手で、自分の感情から発生した「自分は正義だから」で独裁政治を正当化するという共通の特徴を持っている。

自称していることだし彼らは極右主義者のようだが。

それは”左翼”を解剖する(その2)で述べた通りだが、

>私は極左と極右、いいかえれば共産主義とファシズムは、独裁体制という名の一つのコインの裏表だと思っている。

>独裁体制を「格差社会阻止・平等社会建設」というタテマエで正当化したのが共産主義、独裁者のカリスマ性や自民族優越主義などで正当化したのがファシズムで、ありとあらゆる悪徳にまみれ、ろくでもないという意味では、共産主義もファシズムも全くいっしょだった。

という私のエントリーの正しさが改めて裏付けられたように思う。

だから私は民主主義を否定する極左と極右それに超然主義者を批判しているわけである。

民主主議論についてはほとんど述べ尽くしたと思うので、これをもってこの議論はお開きとしたい。

(「三輪氏に再度反論する」と、この記事に対する具体的な反論が氏からあればお受けする。

なお土日はゆっくりさせてもらうが、三輪氏の読解力に改善が見られず、こっちは1+1=2って言っているのに、自分のブログでは「クロフネは1+1=3て言っているぞ。あいつは馬鹿だな」と言って、自分のブログの信者と一緒になって笑うという手法を使い続けるなら今後は無視する。

また、私を「馬鹿」とか「頭がおかしい」と根拠無く罵ったことについて謝罪がない場合も、返答を拒否する権利を留保する)


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クロフネさんVS三輪さん

 クロフネさんと三輪さんが、「共謀罪”を新設する組織犯罪処罰法改正案の強行採決を見送った」という記事を発端として「民主主義のあり方」について論戦をしていらっしゃいますが、

  • From: 子供達の未来 |
  • 2006/05/30(火) 19:07:38

クロフネ氏が敗北を認めた

3回に渡りエントリーを建てていたクロフネ氏との論争ですが、クロフネ氏が敗北を認め、敵前逃亡を宣告致しましたので、当方の勝ちを宣言致します。参考エントリーは以下の通り<a href="http://pride.arrow....

  • From: 三輪のレッドアラート |
  • 2006/06/07(水) 18:43:59

民主主義

皆さんが民主主義に關して色々書かれてゐるので、私も少し關聯することを書かうと思ふ。(×関連)前にも書いたが、私の價値基準から云へば、最上の價値は大多數の國民が幸せに暮せることに有る。それが滿たされるのであれば、民主主義であらうが、軍事獨裁政權であらうが、言

  • From: 日本の傳統(伝統)を守らう! |
  • 2006/06/11(日) 10:36:02

この記事に対するコメント

クロフネさんを支持します

「多数決原理の否定は、民主主義に死をもたらす」と、おっしゃるクロフネさんを支持します。戦後、60年以上たつのに、この多数決の原理がよく分かっていない日本人が、多いのですね。かくいう私も実は、クロフネさんのエントリを読むまでよく分かっていなかったクチです。蒙を啓いて頂いてありがとうございました。ミケ

  • 投稿者: 屋根の上のミケ 
  • 2006/05/27(土) 07:27:30
  • [編集]

初めまして、私はクロフネ氏に賛成です。特に「私の民主主議論の根源をたどると、人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利の問題に行きつく。」これです。まさにそのとおり。
自己責任からの民主主義、それは2000年前のイエスの思想や彼の教宗教倫理から生まれたものだと記憶しています。だからこそ「人」には「慈愛」が必要であり、またそれはどのような「基軸」であり「モラル」であるのか。民主主義には常に「心」のあり方が問われてきたようです。

  • 投稿者: 百式
  • 2006/05/27(土) 11:16:21
  • [編集]

三輪氏ですか・・・・・
あの方は「右翼」を自称している割にはなぜか共産主義を賞賛しているという摩訶不思議な思考をお持ちなんですよね。
どうも三輪氏の文章を読んでいると革労協論客の某氏を連想してしまいます。
なんだかな~(笑)

  • 投稿者: 榛名
  • 2006/05/27(土) 12:22:53
  • [編集]

お疲れ様でした。

エントリ本文から逸脱した旨のコメントになることお許しください。

彼らは「当たり屋」に似ていると思います。今回、クロフネさんはかなり運が悪すぎた。私が最後に思ったことはタチの悪い人たちに絡まれてしまった、ということだった。

そのせいでエントリー3回もつかって総括せざるをえないことになってしまったクロフネさん、痛み入ります。。

私が今回彼に一番欠如していたのは読解力以上にモラルだと思う。このブログの初コメントにもかかわらず、挨拶もなしに。いきなり「民主主義を語る資格無」とイチャモンをつけた。

こういう人間とはやはりマトモな議論ができないということがよく分かりました。そしてネットとはそういう人間にも分け隔てなく意見を言う場所が与えられているということ、そのことも良く分かった出来事だと思う。

ただ、こういうマナーを守れない人に言いたい。現実の社会では誰にも相手にされなくなるということ忘れないでほしい。

  • 投稿者: sa
  • 2006/05/28(日) 03:17:28
  • [編集]

こんばんは、クロフネさん。
今回の強行採決の件とは別に、三輪氏に共謀罪に関する考え方を私は2回質問しました。その要点をまとめてみたんです。なんとなくお知らせしたく、コメントとさせていただきました。

◆◇◆要約◆◇◆

★第一回目★

●質問

・共謀罪が危険だと言う氏は、共謀罪のどこが危険と言うのか?
・共謀罪が危険と言うならこの法律に関する国際条約に批准している国は危険な(民主主義を崩壊させる)法律を制定している危険な国となるのと同じだと私は思うのだが、氏はどう思うのか?
・それとも日本で今取りざたされている法案が危険と言うのか?
・では海外と同じ基準の共謀罪なら危険ではないのか?

●回答

・共謀罪は戦前の治安維持法と同じだ。(言論弾圧ということがいいたいのだろうね)
・治安維持法の罰則は最大なもので死刑にまでなった、だから危険だ。
・治安維持法は戦後の日本を暗黒の国と誤解させるもっとも恥ずべきもの(=共謀罪もそのようなものと考えているのかな?)
・とにかく危険なんだ。
・治安維持法は民主主義を崩壊させるものだ。

●感想

・質問の諸外国が国際条約に批准し国内法を整備していることは民主主義の崩壊にならないか?という質問には無回答だ。
・共謀罪自体が悪法というなら日本は国連の条約を破棄しなければならないということになるが、その辺についてどう考えるのだろうなぁ・・・?


★第二回目★

●質問

・氏は自民党案が危険と言うのか?
・では民主党案ならOKか?
・それとも社民党(ここでは「福島みずほ」)と同じでこの法律自体がだめなのか?

●回答

・福島瑞穂女史と一緒にすることは無礼な物言いだ。一緒にするな。すげぇむかつく
・共謀罪には全面的に反対だ。だが福島瑞穂女史が反対している理由と同じではない。反対している理由は これらのこと(文中で例をいくつか挙げる)からだ。
・福島瑞穂女史はカスだ。

●感想

感想
・反対の理由は違うんだろうけど全面反対っていう目指すところは福島瑞穂女史と同じなんだなぁ。
・そういえば前回の質問で回答してもらえなかったこと&さらに疑問に思ったことについても質問しておけばよかった な。


★総論★

・氏は理由はいろいろありそうだけど、共謀罪には全面反対だ。
・国際条約のことはあまり考えてないようだ。
・文体が過激であるめんからこの法律に対してナイーブになり、冷静さを欠いているようなのでこれ以上の質問は 無意味だ。


◆◇◆リンク◆◇◆

★一回目★

http://pride.arrow.jp/klingon/log/eid310.html#comments

★二回目★

http://pride.arrow.jp/klingon/log/eid320.html#comments

  • 投稿者: sa
  • 2006/05/28(日) 19:53:00
  • [編集]

はい、三輪です♪
ちょっとだけ覗いてみましたら、やはりと言うかこう言う感じなんですね。
私のブログで晒しますね。

特にSA氏。貴方って卑怯者の鏡の様な屑ですね。
流石クロフネ氏の取り巻きです。
結論ありき、後は言い訳ですか。

  • 投稿者: 三輪の何某
  • 2006/05/29(月) 17:38:46
  • [編集]

初めてコメントさせて戴きますm(_ _)m

三輪さんとの遣り取りは、双方の論点がずれているように見受けられ、何を争っているのかいまいち理解できませんでした。
なので、争っている部分についてコメントはできません(T_T)

で、クロフネさんにお聞きしたいのは、以下の点です。


『多数派の意見を全体の意見として決定するという民主主義の原則を一旦崩壊させてしまうと、少数派による独裁支配に道を開いてしまう』というお話しがありました。

ここの部分について、私の読解力によると、前段部分の場合(原則を一旦崩壊させてしまった場合)であっても、依然として、少数派は多数派に数で勝てないので、結局、少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定するのはあり得ないのではないかと考えてしまうのですが、そうすると、後段の部分(少数派に独裁支配の道を開く)と相違してしまうのです。

なので、前段と後段との間の論理展開について、もうちっと丁寧に解説して戴けるとありがたいです。

なにぶん、読解力がないもので、すみません。

お時間のある時で結構ですので、よろしくお願いします。

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/05/29(月) 21:08:58
  • [編集]

連名で失礼します

屋根の上のミケ さん

>蒙を啓いて頂いてありがとうございました。

もしお役に立ったのであれば幸いです。

百式さん

>初めまして、私はクロフネ氏に賛成です。特に「私の民主主議論の根源をたどると、人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利の問題に行きつく。」これです。まさにそのとおり。

この基本的人権は大切ですよね。

三輪氏に欠けているのは正にこの点です。

榛名さん

>三輪氏ですか・・・・・
あの方は「右翼」を自称している割にはなぜか共産主義を賞賛しているという摩訶不思議な思考をお持ちなんですよね。

極右と極左は容易に転向します。だからじゃないでしょうか。
詳しくはトップページから”左翼を解剖する(その2)”をどうぞ。

saさん

質問ご苦労様でした。

結局、三輪は自分にとって不利な質問は一切答えずですか。

>私が今回彼に一番欠如していたのは読解力以上にモラルだと思う。このブログの初コメントにもかかわらず、挨拶もなしに。いきなり「民主主義を語る資格無」とイチャモンをつけた。

同感ですね。あのようなモラルの無い人間が独裁者になったら日本もおしまいです。

三輪の何某

完全論破されて反撃できないから、話題のすり替えか。

しかも、こっちのコメントでは「わるいわるい、いそがしくってね」と低姿勢でいながら、自分のブログでは強気になって「クロフネは馬鹿で頭がおかしい」とか言っていたお前が言えた義理か?

謝罪はどうなった?

ともかく私のエントリーに対する具体的な反論はどうなっている?論破されてトンズラか?

せっかく”名誉の撤退”のチャンスをくれてやったのにお前の愚かさにほとほとあきれたよ。

今後の出方次第では”最終兵器”を出すからな。

通りがかり さん

>依然として、少数派は多数派に数で勝てないので、結局、少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定するのはあり得ないのではないか

いえ、少数派が多数派を押しきっても良いという風に前提条件を転換しているわけですよね。原則を一旦崩壊させてしまったのですから。

だから少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定するのも許されるということになります。

少数派が武器で多数派を黙らせることだってあるでしょうね。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/29(月) 23:10:38
  • [編集]

通りがかりさんへ

クロフネさんはお忙しそうなので、勝手に説明します。お許し下さい。(笑)

>(原則を一旦崩壊させてしまった場合)であっても、依然として、少数派は多数派に数で勝てないので、結局、少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定するのはあり得ないのではないかと考えてしまうのですが、

クロフネさんのご指摘のように、少数派が法案内容の批判から発展して、多数派の議事運営の手続きを批判し、「強行採決」と名付ける戦術で、法案の採決が出来ない事態に陥れば、消極的ながら少数派の意見が通ってしまうことになります。
このゴネ得のような場合は、少数派による独裁と類似の現象といえるでしょう。
勿論、民主的手続きを無視した多数派の横暴によって、独裁的な議事運営の危険も発生します。

従って、民主主義を守るためには、①当該法案が、多数決によっても奪えない基本的人権を侵害していないか。②法案審議が民主的手続きを侵害していないか。の両面からの検討が必要です。
どちらか一つ、または双方を侵害することによって、多数派にも少数派にも独裁への道が開かれてしまいます。
しかし、①と②は明確に区別されるべきで、クロフネさんの記事では、②を論じておられると思います。
この①と②をごっちゃ混ぜにすると、②で少数派は何をやっても構わないような発想になるのでしょう。
そうした勘違いの人のために、このブログの議論が混乱しているように思います。

ところで、①②の判断は、誰が、いつ、どこで行なうのかという問題があります。
つまり、基本的人権を侵害した法案か、民主的手続きを侵害した法案かの最終判断は、誰が行なうのかの問題です。
結論は、主権者たる国民ですね。
①言論の自由と②選挙制度を保障すれば、少数派が多数派となる可能性もあります。
その結果、当該法案の①②の問題もクリアーできるはずです。
そのため本来、議会少数派には、①の争点を国民に提示し、②の民主的手続きの適正を監視する役目が期待されております。
逆に言うと、本当は形式的議論ではなく、当該法案が①②を実質的に破壊するものでないかを「具体的」に論じる必要があると思います。

  • 投稿者: trip
  • 2006/05/30(火) 00:39:03
  • [編集]

たびたびすみませんm(_ _)m

解説ありがとうございました。

ところで、私の読解力が足りないせいか、まだちょっと分かってないのですが、
少数派が武器を使ってよいということになれば、少数派が民主主義の原則を破る手続を経ようと経るまいと、少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定することは可能だと、私は考えてしまいます。

ですが、クロフネ様の解説からは、少数派が民主主義の原則を破る手続を経ないことには、武器の使用が少数派には認められないと、読めてしまいます。また、少数派が武器を使用することなく多数派の意見を抑えられるとも、読めてしまいます。


ですので、お手数をお掛けしますが、(1)少数派が民主主義の原則を破る手続を経なければ少数派が武器を使用できない理由と、(2)少数派が武器を使用しなくても多数派の意見を抑えて少数派の意見を国家の将来を決定することができる理由とについて、もう少し詳しく説明して戴けますか?

お時間のあるときで結構ですので、よろしくお願い致します。

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/05/30(火) 10:44:32
  • [編集]

名無しの方

クロフネさんの代理でお答え戴いてありがとうございます。

ですが、私の聞きたかったことは、当該法律(共謀罪?)について強行採決すべきか否かではありません。
いろいろ書いて戴いたのにすみませんm(_ _)m

で、名無しの方のご説明の前段部分で分からない点が一つ。

『「強行採決」と名付ける戦術で、法案の採決が出来ない事態に陥れば、消極的ながら少数派の意見が通ってしまうことになります。』のくだりなんですが、
多数派が強行採決できないとなれば、多数派の意見も少数派の意見もどちらも通ることはないと、私は思うのですが、
少数派の意見が通ってしまうと仰る理由ってなんですか?

もし、再度訪れることがあって、気が向くようでしたら、読解力のない私に詳しく教えて下さいませんでしょうか。宜しくお願いします。

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/05/30(火) 17:45:53
  • [編集]

すみません。

名無しさんではなく、trip さんですね。
コメント欄の端をよく見てませんでした。ごめんなさいm(_ _)m

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/05/30(火) 17:55:49
  • [編集]

通りがかり さん

>少数派が武器を使ってよいということになれば、少数派が民主主義の原則を破る手続を経ようと経るまいと、少数派が多数派の意見を無視して国家の将来を決定することは可能だと、私は考えてしまいます。

ええ、そうです。少数派が「自分は正しいのだから」といって自らの行動を正当化するのを認めると、採決拒否のような民主主義への小さな反逆から、
軍事クーデタのような大きな反逆まで認めてしまうことになります。

>(2)少数派が武器を使用しなくても多数派の意見を抑えて少数派の意見を国家の将来を決定することができる理由

再三申している通り、採決拒否が例としてあげられます。
採決すれば多数派の意見が採用されるのに、採決を拒否することで多数派の意見が廃案となり、結果的に少数派の意見が通ることになります。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/30(火) 20:55:44
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またまたご回答ありがとうございましたm(_ _)m

(1)については理解できました。
少数派が、民主主義の原則を破る手続をすることも、武器を持ちだしてクーデターを起こすことも、どちらも同じという訳ですね。
極端な言い方をすれば、採決拒否はクーデターということ。
仰りたいことは分かりました。


(2)についてはやはり理解できませんでした。
trip さんへの質問と同じになってしまいますが、
「採決を拒否することで多数派の意見が廃案となり、結果的に少数派の意見が通ることになります。」というくだりで、
多数派が強行採決できないとなれば、多数派の意見も少数派の意見もどちらも通ることはないと、私は思うのですが、
少数派の意見が通ってしまうと仰る理由ってなんですか?

ここが分かればスッキリすると思いますので、お手数ですが、解説して戴けますでしょうか。宜しくお願いします。


  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/05/30(火) 21:24:50
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通りがかりさん②

>私の聞きたかったことは、当該法律(共謀罪?)について強行採決すべきか否かではありません。

当該法律とは、多数派と少数派の意見が対立する人権問題の限界事例的な一般法律のことで、具体的な法律を指しておりません。
あくまでも形式論、抽象論で書いていますよ。

それに「強行採決すべきか否か」なんて、私はどこにも書いてませんけど。
しかも、「強行採決」の使い方、理解の仕方が間違っています。
少数派が「多数派の強行採決だと主張して、無理に採決を阻止する戦術」のことを言います。
多数派が主導するような意味で使用すると混乱を起こします。

>多数派が強行採決できないとなれば、多数派の意見も少数派の意見もどちらも通ることはないと、私は思うのですが、
少数派の意見が通ってしまうと仰る理由ってなんですか?

多数派がA法案の成立を目指す立場、少数派はそれを阻止する立場。
あるいは、多数派がB法案を廃止・改正する立場、少数派がそれを阻止する立場。
採決ができなければ、多数派の意見は通らず、少数派のA法案の不成立、B法案の廃止・改正阻止という意見が「消極的」ながら通ったことになります。
それだけのことです。理解できましたね。

以上は、このブログでクロフネさんが何度も解説されていると思いますので、まず関連の記事をよく読みましょう。

  • 投稿者: trip
  • 2006/05/30(火) 21:38:45
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このタイミングでコメントを許可制にした時点で「逃げた」、というふうにしか私には見えません。
どっちの主張が正しいとかいう以前の問題です。ご苦労様。
多数決が現時点での最良の方法ではありますが、それが至高の決定方法なのか、その危うさを認識しているかの根本的な違いがありますね。

  • 投稿者: katsu
  • 2006/05/31(水) 04:22:38
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すべての読者さんへ

 katsuという人物が「このタイミングでコメントを許可制にした時点で「逃げた」、というふうにしか私には見えません。どっちの主張が正しいとかいう以前の問題です。ご苦労様。」という悪意に満ちあふれたコメントを残しました。

このブログの常連さんならご存知でしょうが、エロ系ブログからのコメント・TBが多発したためかなり以前にコメント・TB共に許可制にしていました。(昨年秋ぐらいだったでしょうか)

それに、ブログのコメントというのは管理人が削除しようと思えばいくらでも削除できますし、コメントらんを廃止することだってできます。

しかし私の記事への批判を含めて、サイトポリシーに違反したもの以外は一切削除せず、表示してあります。

そうした原則に私が忠実だったのは、三輪の捨てゼリフコメントを削除しなかったことからも、民主主議論や北城氏の記事に対する批判への私の反論がちゃんと残っていることからも明白です。

私の最初の記事から今まで、過去のエントリーのコメントらんを確認していただければ動かぬ証拠として残っております。

 もし自分にとって都合の悪いコメントを削除しようとするようなひきょうな人間ならば、そもそも一切の批判コメントを削除するでしょうし、議論の過程で論破された形跡を残すようなことはしないでしょう。

 私は自分の主張に対して確固たる自信があるので、誰が読んでもいいように、コメントらんの議論の過程はすべて公開してあります。
(コメント主が非公開を望んだ場合を除いて)

自らの主張の矛盾を指摘されてもいわゆる”バカの壁”を築いて一切無視し、都合の悪い質問には返答を逃げて、どんなに論理的に破綻したムチャクチャなコメントでも、とりあえず反論しておけば「勝ち」なんだといった妄想にとらわれた連中の主張と、

私の彼らに対する反論のどちらが正しいかは読者の皆さんの判断に任せましょう。

民主主義論争以前、このブログの平均アクセス数は1日1100ぐらいだったのですが、アクセス数が減るどころか今まで一度も突破することがなかった1500の壁を越え、多いときは1800に近づくようになりました。

皆様の変わらぬご支持を実感しております。

最初に三輪にインネンをつけられた時は「やれやれ。とんだ災難だな」と思いましたが。

「バカ」とか「頭がおかしい」といったあからさまな誹謗中傷など、サイトポリシーに違反したコメントについては容赦しませんが、今後もこの姿勢を変えることなく、ブログを続けて行きたいと思います。


管理人クロフネ

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/31(水) 22:48:53
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少数派が棄権しても定足数みたせば決議する前提が成立しませんでしょうか?具体的に衆議院の議席数と反対少数派の数つけあわせてませんが、与党3分の2あるということですから、少数派が全て棄権しても、定足数的にも決議的にも問題なく、強行採決は可能と思うのですが?
そのような旨を青木参議院議員等が含み発言していたと理解していました。よろしければ、どうすれば少数派の意見が間接的にでもとおるのかもう少しご説明いただけますと幸いです。

通りがかりさんにされた説明ではどうもいまひとつ意図がよめません。

私は、それでも通さないのは実は、「与党自身が強行採決だけはやりたくない」のではないか?と考えています。

  • 投稿者: 通行人
  • 2006/06/01(木) 10:44:34
  • [編集]

いろいろ勉強になりました。


trip さま、ご回答ありがとうございましたm(_ _)m

「当該」とか「消極的」という言葉の使われ方でちょっと混乱してますが、仰りたいことは理解しました。

「多数派が強行採決できないとなれば、少数派の意見が通ることになる」とは、要するに、多数派の意見が全体の意見として決定されてしまうのを少数派が「阻止」できるという意味であって、少数派の意見を全体の意見として決定できるという意味では、決してないということですね。であれば、「消極的ながら少数派の意見が通る」と仰らず、当初より「少数派が阻止できる」という語句を用いて戴ければ、解釈に問題が生じないと思います。

ただ、このように「少数派が阻止できる」と変えたところで、多数派の意見が通るのを阻止することが、どうやって、(武器を使わず)少数派に独裁支配の道を開くのかが、未だ分かりません。読解力がなくてすみません(T_T)

それと、trip さんの解説では、『民主主義を守るため、①審議対象となっている法案が人権を侵害するものであるか、②審議が民主的手続を侵していないか、これら両面を検討すべきで、特に、②の問題は、選挙制度を保障すれば、解決できる。』という話しですが、②の問題は、選挙が終わった後、法案審議における手続の話しなので、選挙制度とは関係ないように思います。


さて、今まで、クロフネさんやtrip さんに質問してばかりだったので、私の考えを(拙い知識しか持っていませんが)述べてお終いにしたいと思います。

私が思いますに、
民主主義の本質は、最終的な採決を行う前に、
多様な意見を持ち寄り、問題点をつまびらかにし、
必要あらば、互譲を含む理性的対話をもって、
意見を修正し、それら手順を踏むことによって
『十分に審議をし尽くす』ところにあります。

従って、民主主義の本質である審議を蔑ろにする
ような行為、すなわち、審議を殆ど行わない
『強行採決』や、審議に参加しない『審議拒否』は、
何れも、民主主義の本質を踏みにじり、延いては、
民主主義を崩壊させることになると、考えます。

つまり、私から見れば、『審議拒否』だけでなく、
『強行採決』であっても、民主主義が崩壊します。

そして、『強行採決』と『審議拒否』の一方又は両方を
肯定するということは、民主主義の本質である審議が
不要と言っているに等しいですから、そうであるなら、
「民主主義」=「単なる多数決」と結論付けられて
しまうのも仕方がないと言えます。

思うに、単なる多数決ならば、審議を行う必要がないので、
国会も不要です。
選挙に勝った多数派が、単純に採決を行って
意のまま法案を通せばよいのです。
国会はなんのためにあるのでしょうか。
審議をし尽くす必要があるからこそ、
国会が存在するのではないでしょうか。
民主主義を実践するために国会があるのだと思います。

民主主義を守るためには、審議において、
『強行採決』や『審議拒否』はすべきではありません。


以上が、私の考える民主主義です。


そして、懸案の『採決拒否』ですが、
『強行採決』が民主主義を崩壊させるものである以上、
その崩壊を阻止するための手段として認められても
良いのではないかと、考えます。

但し、『強行採決』に対してではなく、
十分に審議され尽くした後の採決に対して
『採決拒否』することについては、
そんなことあり得るかどうか知りませんが、
もしそうなれば、皆さんの仰る民主主義の原則通り、
少数派の参加の有無に拘わらず、
厳正なる多数決をもってバッサリと
決めてしまえばいいと思います。
この場面で民主主義うんぬんを議論する必要は
ないと思います。


長くなってすみませんでした。
いろいろ勉強になりました。
ありがとうございましたm(_ _)m

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/06/01(木) 13:54:34
  • [編集]

たびたびすみません。

「当該」の使い方は正しいかも。
私が勝手に混乱してました。
すみませんでした。

では、ばいなら。

  • 投稿者: 通りがかり
  • 2006/06/01(木) 14:15:39
  • [編集]

通りがかり さん

>十分に審議され尽くした後の採決に対して『採決拒否』することについては、

>そんなことあり得るかどうか知りませんが、もしそうなれば、皆さんの仰る民主主義の原則通り、少数派の参加の有無に拘わらず、厳正なる多数決をもってバッサリと決めてしまえばいいと思います。この場面で民主主義うんぬんを議論する必要はないと思います。


私が記事4本をかけて述べてきたことは、通りがかりさんがおっしゃった、この部分の事です。

ただ、何をもって「審議され尽くした」と考えるかは人それぞれの主観ですよね。

100年ぐらいやらないと審議が尽くされていないと考える人もいるかもしれませんし、「事実上の採決拒否にもちこんでやろう」という悪意をもって、永久に「審議され尽くした」と言うつもりが無い人もいるでしょう。

これでは議会の機能が停止したも同然です。

私は記事中で一言も「審議なんて必要無いからすぐさま多数決に持ちこめ」と言っておりません。

当然それには明確に反対しておきますが、「審議され尽くしていない」という言い訳を悪用して採決を永久にのばそうとするような人達を認めることは出来ませんし、悪用されないような、なんらかの確実な歯止めが必要だと思います。

これでこの議論を終わりにします。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/06/02(金) 21:27:47
  • [編集]

>民主主義の本質

>民主主義の本質は、最終的な採決を行う前に、多様な意見を持ち寄り、問題点をつまびらかにし、必要あらば、互譲を含む理性的対話をもって、意見を修正し、それら手順を踏むことによって『十分に審議をし尽くす』ところにあります。

通りがかりさんのこの立派なご意見には、全く異議はありません。
お互い大きな食い違いはないので、これで終わりにしたいと思いますが、最後に残った宿題だけ片付けます。
ありがとうございました。

>ただ、このように「少数派が阻止できる」と変えたところで、多数派の意見が通るのを阻止することが、どうやって、(武器を使わず)少数派に独裁支配の道を開くのかが、未だ分かりません。

単純にいえば、民主的過程を経ないで少数意見が通ることは、独裁ですね。
「十分に審議をし尽く」したとしても、また少数派の審議・採決拒否により、たとえ定足数の問題がなく、少数派不在のまま審議・採決ができるとしても、それを多数派の横暴であるとする少数派の抗議があり、マスコミも同様のキャンペーンをしたとすれば、多数派にとってはダメージになります。
(現在、「小泉独裁」というレッテルを貼り、その政治手法を批判している人たちがいるのは、ご存知の通りです。批判は結構ですが、「独裁」と呼ぶのは感情論ですね。)
国民の多くに支持されている議会多数派としても、国会運営がやりにくくなります。
つまり、「多数派が悪者、少数派が正義」のような印象を植え付けることによって、多数決の骨抜き、民主主義の破壊という問題が隠蔽され、少数派の意見が正当化される、つまり独裁的現象に陥る危険があります。
両派が冷静に「十分に審議し尽くす」ことで修正・譲歩・妥協が行なわれる健全な民主主義とは異なる、情緒的雰囲気を国民の間に醸成させることが民主主義には一番危ないと思います。
こうして少数派が世論を誘導して、次の選挙で多数派になれば、一気に独裁的な政治手法・政権となるかも知れません。
多数派も悪いイメージを回避するために少数派と取引したら、「十分に議論をし尽くす」べき民主主義の理念とは遠いものですね。

>『民主主義を守るため、①審議対象となっている法案が人権を侵害するものであるか、②審議が民主的手続を侵していないか、これら両面を検討すべきで、特に、②の問題は、選挙制度を保障すれば、解決できる。』という話しですが、②の問題は、選挙が終わった後、法案審議における手続の話しなので、選挙制度とは関係ないように思います。

これは言葉足らずで、説明不足の私のせいですが、
①は法律の「内容」の観点、すなわち「人権」保障の観点。
②はその法律を定める民主的「手続き」の観点を指すものです。
そして、一旦採決が行なわれて①②に問題があると思われる法律が成立した後、その修正は、①表現の自由という「人権」が保障され、国会外での議論が活発に行われ、②その民意を反映する選挙制度という「手続き」が保障されていれば可能であるという意味です。
国会内の民主的手続きだけでなく、国民の意思決定の民主的手続きである選挙制度が保持されれば、民主主義は守られる、というように広く捉えて戴ければと思います。

  • 投稿者: trip
  • 2006/06/02(金) 21:29:19
  • [編集]

まず最初にやらなけらばならないことをやっておきます。
「クロフネさん、申し訳ありませんでした」
これは私の早合点で、コメントを許可制にしたタイミングにおいて誤解していたことです。
この点に関しましては言い訳はありません。
本当に申し訳なく反省しております。

これからも日本のためになる言論を展開していただきたい。
三輪さんとぶつかってもあなたの論を曲げずにいてください。
それが日本の将来のためになると信じます。

  • 投稿者: katsu
  • 2006/06/05(月) 04:05:10
  • [編集]

ん、結局は仲間内で自慰にふけって、敵前逃亡と現実逃避でしまいかね?

いささかお粗末ではないかね?
「民主主義政体で、少数派の意見を議会内で徹したせいで独裁体制が成立した例を挙げる」それだけで君の勝ちなんだよ?

見てきたような事を言ってたが、結局は妄想に基づいた講釈を垂れただけかね?
違うと言うなら、きっちりと「民主主義政体で、少数派が議会で意見を徹したせいで独裁体制が成立した例」を挙げて見せろよ。

できないならクロフネは妄想で物を言っていた。できるなら私が無知で間違っていた。

白黒はすぐに着くだろう?
さっさと事例を一つで良いから挙げてみなよ。
それで自分が勝てるんだから。もったいぶらずに挙げてみれ。

  • 投稿者: 三輪耀山
  • 2006/06/06(火) 21:51:05
  • [編集]

katsu さん

>まず最初にやらなけらばならないことをやっておきます。
「クロフネさん、申し訳ありませんでした」これは私の早合点で、コメントを許可制にしたタイミングにおいて誤解していたことです。
この点に関しましては言い訳はありません。 本当に申し訳なく反省しております。

わかっていただけたら、それで充分です。コメントありがとうございました。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/06/07(水) 00:43:40
  • [編集]

三輪耀山

>私を「馬鹿」とか「頭がおかしい」と根拠無く罵ったことについて謝罪がない場合も、返答を拒否する権利を留保する

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/06/07(水) 00:46:14
  • [編集]

クロフネさん民主主義論はどうなさったんでしょう?
返す言葉がなくなると返答を拒否する権利を留保するのはいかがなものでしょう。三輪さんのおっしゃるとおり、クロフネさんの理論で「少数派の意見を議会内で徹したせいで独裁体制が成立した例」を挙げたら論破になるのでは。もっとも、挙げられないから、返答拒否されているというのが本音でしょうけど。

  • 投稿者: 名無し
  • 2006/06/07(水) 14:09:36
  • [編集]

突然で失礼します

 現状こそ完全に噛み合っていないながら、論の着眼点には意義があると思い、一連の議論には目を通させていただきました。

>「民主主義政体で、少数派の意見を<b>議会内で</b>徹したせいで独裁体制が成立した例を挙げる」

 この三輪様の指摘については、おそらく実例を挙げる事は不可能でしょう。
 なぜなら、世の民主→独裁への移行のほぼすべては、

<b>「多数派としての決定権を悪用して少数独裁システムを成立させた後、独裁による他者の弾圧を開始」</b>

という手法で行なわれているからです。
 軍事クーデターなども、その時点では多数国民の支持を受けているケースがあります。
 では、ナチスの全権委任法なども含めて、これらは(多数派が支持したから)「民主政治の範囲内」でしょうか?

 もちろん「否」です。

 <b>「少数意見が多数派を封殺できるシステム」を成立させる</b>事は、そもそも民主政治における禁則事項です。それをやってしまった瞬間に、その政治は民主制でなくなるのです。
 独裁体制を無限容認する法律や、軍事クーデターの結果論的無罪放免は、民主政治上決して行なわれてはならない(罰されなければならない)のです。

 その意味で、今回の主題「野党・民主党の共謀罪における採決阻止は民主政治の否定か?」についてですが……「ぎりぎりグレーゾーン」というのが私の意見です。
 今回、「審議拒否を繰り返した挙句に自分で出した対案も蹴って反対」などという振る舞いは、民主政治の根幹である

「最終的には多数決によるが、意思決定の前提として<b>多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が成立する</b>こと」

を真っ向否定しているので、前例としてはかなり危険な部類になったかと思います。(今後同様の手法で、「よい法案」が潰される懸念もあります)
 民主党とて法律家のブレーンくらいいるのだから「条約を満たし、かつ共謀罪法案のような恣意的運用を受けない」対案をきちんと作ればそれで済んだ話です。

 なお、「与党の強行採決」そのものが批判されるのは、単に「国民の多数意見と議会の多数派が一致しない」という「議会制民主主義の欠陥」であり、同列に論じられるべきではないでしょう。(もちろん、世論のニーズに反するのが明らかな法律案を多数の力でゴリ押しするのは「民主政治の否定」に繋がる)
 要は、「よい法律の時は採決阻止を批判するが、悪い法律の時は採決阻止を歓迎する」のは国民の怠慢・ダブスタに過ぎない……という事であろうと思います。
 議会制民主主義、特に日本のそれにはいろいろと欠陥も目立ちますが……それでも、根幹の部分を安易に否定してはならない。そういう事ではないかと。

 蛇足。
 共謀罪については、「「組織」の定義がもっと厳密に定まれば賛成」です。
 日本国防の懸案・スパイ防止法にも連結していく一歩となる法律でしょうから、慎重にかつ毅然として法整備を行なうべきであると思います。


 長文失礼致しました。

  • 投稿者: タマネギ愛国者
  • 2006/06/07(水) 22:18:55
  • [編集]

はじめまして。
夜中に眠い目をこすりつつ、議論の流れを追わせていただきました。

ざっと読んだ感想ですが、そもそも三輪氏がクロフネ氏の述べる意見を原始的な民主主義そのものだと勘違いしたところから話がややこしくなっているような気がします。

少数意見を尊重し、多数派の暴走を防ぐ等、注意しなければならない点はいくつもあるけれど、そもそも民主主義の基本である多数決を逸脱することがあってはならない、という立ち位置は双方とも共通すると思うのですが、三輪氏はクロフネ氏が単純な多数決だけで物事を決定する古い考えの持ち主だと思い込んでいるような印象を受けました。

また、クロフネ氏側の極論に近い意見(独裁云々)に対してもいろいろと言っていますが、三輪氏の要望する
>「民主主義政体で、少数派が議会で意見を徹したせいで独裁体制が成立した例」
を挙げろというのはかなり無茶な要求に聞こえます。それならば
>「民主主義政体で、少数派が議会で意見を徹しても独裁体制が成立しなかった例」
を彼らは挙げることができるのでしょうか。
寡聞にして、私は民主主義政体において少数派の意志が常に優先されるような国家を知らないのですが。

  • 投稿者: 斜め読み
  • 2006/06/08(木) 03:05:53
  • [編集]

連名で失礼します

タマネギ愛国者さん

お説拝見いたしました。私もおおむね同意見です。

>「少数意見が多数派を封殺できるシステム」を成立させる</b>事は、そもそも民主政治における禁則事項です。それをやってしまった瞬間に、その政治は民主制でなくなるのです。

>要は、「よい法律の時は採決阻止を批判するが、悪い法律の時は採決阻止を歓迎する」のは国民の怠慢・ダブスタに過ぎない……という事であろうと思います。
 議会制民主主義、特に日本のそれにはいろいろと欠陥も目立ちますが……それでも、根幹の部分を安易に否定してはならない。そういう事ではないかと。


まったくもって同意します。

なお議会の多数派と国民の多数派のズレについては新しいエントリーで取上げました。

コメントありがとうございました。



斜め読みさん

>そもそも三輪氏がクロフネ氏の述べる意見を原始的な民主主義そのものだと勘違いしたところから話がややこしくなっているような気がします。

三輪が私の主張をねじまげて解釈しているのは、最初の最初からの問題ですね。

>「民主主義政体で、少数派が議会で意見を徹しても独裁体制が成立しなかった例」を彼らは挙げることができるのでしょうか。
寡聞にして、私は民主主義政体において少数派の意志が常に優先されるような国家を知らないのですが。

私もそのような民主国家を知りません。

鋭いご指摘ありがとうございました。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/06/08(木) 22:18:10
  • [編集]

こちらこそどうもです

 結局、民主主義システムを一言で(誤解を恐れず)述べるとするなら、

「もめたら国民の多数意見で行こう」

 という決定プロセスを共有する政治形態、と言えるのではないでしょうか。
 よって、この前提を破壊するようなシステムの改変が行なわれたら(ナチスのような例)それは民主主義政治でなくなる、と。

 今回のように、「与野党が法案を出して対立→与党が野党案を受け入れ→野党が法案成立拒否」という流れは、今後「野党は与党の政策を如何なる手段であれ否定する事が許された」というような認識の悪しき前例とされるのではないかと危惧しますね。
 管理人様の主張・危惧もそこに焦点があるのだと思いますが……
 (逆に三輪様の論は「多数派の暴走こそ危険」「法案成立がもめるのは多数側の(悪法提出という)罪」という点を主として危惧しているので前提が噛み合わない)

 「多数派が絶対悪の場合は少数による抑止もやむなし」という(緊急避難的な)価値観にどこまで許容範囲を認めるか、という事ですかね……
 まったく認めなければ全体主義になりますし、認めすぎるとアナーキズム・英雄主義に傾倒してしまいますから。
 (その絶対悪を民主的手法で選択してしまう多数国民が存在する、というやりきれなさがこの前提仮定にはありますが)

  • 投稿者: タマネギ愛国者
  • 2006/06/10(土) 00:59:18
  • [編集]

お久しぶりです。
一連の民主主義論の記事、読ませていただきました。素晴らしいです。(・・・と同時に、当たり前のことすらわからない人たちが多かったことに驚き。)
この民主主義シリーズの記事は、ぜひトップページにアップしていただきたいです。毎度のことながら、こんなに素晴らしい記事が眠っていることを知らなかったので。。。申し訳ないです。浪人生であるために、あまり時間がないもので・・・。

  • 投稿者: MagnuM
  • 2007/06/13(水) 08:15:42
  • [編集]

MagnuMさん

>一連の民主主義論の記事、読ませていただきました。素晴らしいです。

どうもありがとうございます。

民主主議論に関する一連のエントリーを残せたことは、私にとっても大きな収穫でした。

議論の過程で、アクセスを多数稼がせてもらいましたが、結果的に多数のアラシも呼び寄せてしまい、書きたい記事がまともに書けなかった時期でもあります。

というわけで、当分現状のままということでご理解ください。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2007/06/14(木) 00:38:00
  • [編集]

 すごいコメント数ですね 
 左の人は多数者の横暴ってよくいいますよね。よく市の図書館にある週刊金正日で読みました。
 あれって自分が多数者になったときはどう説明するんでしょうか。この発言自体空気を読めていないと思いますがどうでしょうか。
 

  • 投稿者: 右ですが
  • 2007/10/21(日) 03:48:48
  • [編集]

右ですが さん

>左の人は多数者の横暴ってよくいいますよね。よく市の図書館にある週刊金正日で読みました。
>あれって自分が多数者になったときはどう説明するんでしょうか。

その時は正義の多数派となるのでしょう。

彼らは人間脳でなく爬虫類脳で考えますから、矛盾には気づけません。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2007/10/23(火) 00:40:17
  • [編集]

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