初めていらっしゃった方へ

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

強行採決批判は情けない!

  • 2006/05/20(土) 01:00:45

”共謀罪”を新設する組織犯罪処罰法改正案について19日、自民・公明両党は衆院法務委員会での”強行採決”を見送った。

野党の民主党が「”強行採決”が行われれば審議を拒否する」と牽制したことが、大きく影響を与えた。

引用記事 

前日の衆院本会議でも、医療制度改革関連法案が自民・公明両党などの賛成多数で可決、衆院を通過したが、民主党は「強行採決だ」と反発し、同日の国対役員会で「今後、新たな審議日程の協議にはいっさい応じない」方針を打ち出した。

引用記事 

 ”組織犯罪処罰法改正案”や”医療制度改革関連法案”の中身の是非については、わきに置いておくが、

クロフネは昔から、”強行採決”のドタバタ映像をTVニュースで見るたびに、「日本の民度はいつになったら上がるのか」と情けない思いをしてきた。

与党(たいていは自民党)が提出した法案を通すかどうかの多数決を取ろうとすると、野党側は「”強行採決”だ! 数の論理による多数派の横暴だ!」と言って大声で非難し、それでも議長が多数決を取ろうとすると、一斉に野党議員の群れが議長席に殺到し、力ずくで多数決をとらせないようにする。

それをTVのニュース番組がとりあげて、さも”強行採決”が悪のような印象を国民に植え付ける。

”強行採決”時のバカ騒ぎを注意深く見ていると、たまに野党議員の中には、もみくちゃにされながらも笑っているヤツもいて、どうやら出来レースのようだ。

たぶん「自民党が提出した法案成立を阻止できませんでしたが、野党はこのように国民のために体を張って頑張っているんですよ。」というアピールのつもりなのだろう。

だが、与党の”強行採決”を非難してドタバタ劇をおっぱじめる野党もバカなら、野党に同情するマスコミもバカ。

国民もこれ以上、このようなバカ野党とマスコミの低劣なパフォーマンスに踊らされないようにしなければならない。


 まず、日本は民主主義国家である。
そして民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。

(本当に正しいかどうかは、この場合問題にならない。 多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それについては後で話す)

多数派の支持を受けた党・議員が国会で多数を占め、少数派の支持を受けた者はやはり国会でも少数派である。

”強行採決”を非難する野党は多くの場合、「数の論理による多数派の横暴だ!」といって非難するが、民主主義とは「多数派の意見の方が正しいとする数の論理に基づく政治体制」そのものなのである。

野党議員本人は批判のつもりでも、イタイことに全然批判になっていない。

多数派の意見を無視し、少数派の意見の方が正しいとしてそれを政策に採用するのであれば、それは独裁政治である。 少数派が一人ならヒトラーやスターリン、金正日のような個人独裁、集団なら中国共産党のような集団独裁である。

 人類は多大な犠牲を払って、独裁政治から民主主義を勝ち取り、それを維持してきた。

しかし、少数派の民主党が多数派の自民党による”強行採決”を非難するのは、民主主義と日本国憲法を否定していることに等しい。 野党・民主党はプロの政治家の集まりなら、恥ずかしいとは思わないのか?

そして”強行採決”を非難する野党をかばう低能マスコミも、民主政治の何たるかを全くわかっていない。 まったくもってプロの政治ジャーナリストとして失格である。

独裁国家へ亡命して、独裁者をヨイショするお抱えジャーナリストへの転職を勧める。

 ”強行採決”非難を正当化する理由として「話し合いが尽くされていないからだ」と平気で言い訳をする野党議員がいるが、まったく言い訳になっていない。

日本人には「話せば必ずわかりあえる」という”話し合い原理主義者”が多いが、話し合いが尽くされれば皆がわかりあって、必ずそれで国民全員の意見が一致するようになるというのは原理主義者がつくりだした幻想である。

もしそんなことが現実に起こったら気味が悪い。それこそファシズムだろう。

むしろ、どんなに話し合いが尽くされてもわかりあえなくて、意見が多数派と少数派で分かれ、少数派である民主党の意見が多数派の自民党に受け入れられないという事態が発生する事のほうが、可能性としては高い。

 しかし、現実はどんどん前へと進み我々を待っていてはくれない。 国家も現実にあわせてどんどん針路の選択をしていかなければならない。

「話し合いが尽くされていないから意見が一つにならない」といって、多数決を取らずに針路を選択しないのであれば、国家はマヒ状態に陥り、問題は何一つ解決されず国民が苦しむことになる。

だから全員の意見が一致しなくても、いつかは多数決を取らなければならない。

 それを”強行採決”だと言って非難し、議長を力ずくで押し倒して多数決を取らせないようにしたり、野党がその後の審議を拒否したりするのは、暴力による民主主義の破壊であり、少数派による独裁政治の正当化である。

国民はこういったアホ政党に、投票すべきではない。

そういったことを何の疑問も無く平気でやる野党と、本来ならそれを批判しなくてはならないのに、”強行採決”を阻止しようとした野党に同情する低レベルのマスコミ。

だから始めに「日本の民度はいつになったら上がるのか」と言ったのである。

 国会の審議で、少数派の野党が多数派の与党が出してきた法案を批判するのは構わないし、どんどんやって欲しい。

しかし採決の時には、”数の論理”という民主主義のルールに粛々と従うべきである。

当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。

もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。

これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。

(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)

もちろん、多数派与党が失敗していないと国民が判断すれば、政権交代は起こらないが。

 ところが今までの日本では、一見民主主義を擁護しているようでいて実は正反対の少数派が「多数派の横暴だ」などとワケのわからない事をいって、民主主義ルールを守らずに幼稚なダダをこね、

それに対して多数派が毅然と対処しないために、全員の意見を足して参加者数で割ったような、中途ハンパな政策を取ることが好まれてきた。

少数派には野党だけでなく、超然主義の復活をもくろむ官僚達もいる。

その結果、もしそのハンパな政策が失敗しても多数派・少数派みんなの意見を足しているから、誰に失敗の責任があるのかわかりにくく、責任追及がウヤムヤになり、再び同じような過ちを繰り返すというのも、日本型民主主義とオールドジャパン型のリーダー達の特徴だったように思う。

いつまでもそのような失態を繰り返すのであれば民主国家として本当に情けない。  
 
 これからは、多数派与党のリーダーである首相がトップダウンでスピーディーに国家の針路を決断し、野党も国民も官僚も取りあえずそれに従い、成功も失敗も起きた結果はすべて首相と多数派与党が負うというように、簡潔で明快な意思決定プロセスを持たなければ、この日本は激動の世界で生き残ってはいけないだろう。


banner_04.gif

↑あなたのワン・クリックがこの国を変えます。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

>まず、日本は民主主義国家である。
>そして民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。

この時点で貴方の底が見えましたね。
政治を論じる資格ナッシング。

  • 投稿者: 三輪の何某
  • 2006/05/20(土) 12:47:33
  • [編集]

選挙という多数決で少数派を破って議員になったのに、数の論理はよくないってのも不思議な話ですね。

ところで、今の今までクロフネさんではなくフクロネコさんだとばかり思ってました。
思い込みって怖いもんですね。

  • 投稿者: 無名戦士
  • 2006/05/20(土) 16:09:22
  • [編集]

連名で失礼します

三輪の何某さん

>この時点で貴方の底が見えましたね。
政治を論じる資格ナッシング。

こちらこそ、この時点で貴方の批判の底が見えた気がしますが。

大方、私が共謀罪新設に賛成しているんだと思って、カーっと頭に血がのぼって脊髄反射で書きこんだんじゃないですかね。よく読んだんですか、私の記事。

あなたこそ私の記事を論じる資格ナッシングじゃないかと思うんですが。

まあ、たとえそうじゃなくてもお付き合いしますけどね。他の読者さんにも疑問に思った方がいるかもしれないから。

>>民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。

これは動きません。それとも少数派の意見を採用する政治体制のことだとおっしゃりたいのでしょうか。

もし私が共謀罪新設に反対だったとしたら自民・公明両党を全力で批判しますけど、与党が考えを変えないまま採決が行われた結果、法案が可決されたら、どんなに私が不満に思ってもその結果は受け入れます。 そのあとにやっぱり与党を批判はしますが。

なぜなら与党が現在の多数派国民の代理者であり、それを受け入れるのが民主主義のルールだから。

 結局のところ、貴方は一方で民主主義を肯定していながら、他方では「共謀罪新設反対という自分の意見は絶対に正しいんだから」という理由をつけて、民主主義のルールを否定することを正当化しているんですよ。

その矛盾がわかりませんか。

そして自分を民主主義の擁護者だと”僭称”している。

民主主義とは常に正しい選択がなされるという政治体制のことではありません。

間違ったら軌道修正が行われる体制のことです。

そのメカニズムは以下に書いたとおりです。

>当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。

>もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。

>これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。

>(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)

多数派の間違った意見が政策として採用され、あとで間違ったと気づいた国民によって政権交代が行われ、政策が修正されるなんて一見ムダなコストに見えますが、それが必要最小限のコストであるのは、少数派による独裁体制のコストと比較すると良くわかります。

 もし少数派の意見が正しいとする体制つまり独裁体制で政策の誤りがあった場合、その修正も行われなければ独裁者の責任も問われないということがしばしば起こります。

なぜなら独裁者が己の非を国民の前で認めることは、しばしば国民による独裁者打倒の動きへとつながるからです。

だから独裁者は、情報統制やプロパガンダなどで己の失敗を全力で隠そうとします。

北朝鮮の金氏独裁体制が何十年も国民を苦しめていますが、情報統制と「北朝鮮国民が苦しいのはアメリカと日本のせい」といったプロパガンダで、国民の不満をそらし、なかなか政策の修正も行われなければ、一切の金日成・金正日の責任も問われません。

その結果、国民は苦しみ続けることになる。 これが独裁体制のコストです。

一方、民主主義は国民が政策を決め、その結果起こったことは良いことも悪いことも最終的にかぶるのは、政策を決めた国民自身です。

その結果に不満だったら国民は、政策を変えるだけです。

この場合の国民とは、多数派のこと。

これが民主主義のコストです。

民主主義体制維持のコストと独裁体制維持のコスト、どちらが高くつくかは一目瞭然でしょう。

ここに気がつかない貴方は、底が浅いと言わざるを得ません。

民主主義体制のもとでは、あれこれ理由をつけて民主主義を殺すことを正当化する者が現れますし、そうした自由さえあるのが民主主義です。

ワイマール共和国から生まれたヒトラーのような極右主義者が代表例ですが、私はあなたに同じニオイを感じました。

最後に余談ですが、そもそも強行採決と言う造語がおかしいと思います。

最低限、意見の違う者同士がお互いの意見をそれぞれ述べる機会が与えられたら、多数決が取られても問題はないと思います。

それを少数派がグダグダ言って、多数決を取られるのを拒否するということは、やはり民主主義の否定に他なりません。

強行採決ではなくて、「少数派が民主主義の否定を強行したのを阻止した」と言い直すべきでしょう。



無名戦士さん

>選挙という多数決で少数派を破って議員になったのに、数の論理はよくないってのも不思議な話ですね。

ホントに日本の野党とマスコミはレベルが低いです。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/21(日) 01:59:30
  • [編集]

民主制度の根本は多数派工作に在り

私もクロフネ氏の意見に賛成です。
三輪の何たらの戯言は見苦しい限りですね。主張が正しければ支持者を確保出来るはずです。出来ないのなら自分の思考のどこかに穴があるのですよ。
自分勝手な自己の無謬性を信じて他人をけなすのは、過去エントリーで批判された左翼思考の典型例で醜い限りです。

あと不快なフレーズに「議論が尽くされてない」と言うのもありますね。
少数派の議事妨害が目的で、議論なぞする気がないクセによく言うよ、野党ども。

  • 投稿者: サンダー
  • 2006/05/21(日) 06:36:32
  • [編集]

クロフネ氏に賛成。

民主党は「強行採決」などおろかな発言をする前にやることがある。
国民多数に支持される政策の研究である。

日本のような自由主義国家では
十人寄れば十個の利害、十個の意見表明がある。
それを放置していれば何も決まらない。政治は機能しない。

このような自由主義国家では
民主政治による他、政治は不可能だ。
民主政治は多数決原理に基づく。
国民多数派の意思によって行われる。
少数派の意見はそれが正論であろうと実行されない。

少数派が言う、数の横暴、数の論理こそが民主政治の原理である。
少数派がもし自らの政策を実行したいと言うのであれば、
多数を取れるように政策を工夫すべきだ。
このことは自由主義社会の常識である。

この常識を知っていて表明しないマスゴミは論外。


  • 投稿者: docdoc
  • 2006/05/22(月) 15:20:49
  • [編集]

連名で失礼します

サンダーさん

>あと不快なフレーズに「議論が尽くされてない」と言うのもありますね。
少数派の議事妨害が目的で、議論なぞする気がないクセによく言うよ、野党ども。

妨害によって時間切れを狙い、法案成立を阻止するというのも、民主主義のルールに対する深刻な違反だと私も思います。 

結局、多数派が提出した法案が成立しなかったことによって、少数派の意見が通ったことになりますから。

docdocさん

>少数派が言う、数の横暴、数の論理こそが民主政治の原理である。
少数派がもし自らの政策を実行したいと言うのであれば、
多数を取れるように政策を工夫すべきだ。
このことは自由主義社会の常識である。

 ここに民主政治の大切なところが凝縮されていますね。

docdocさんのおっしゃったことが、早く日本国民の大多数の常識となって欲しいところです。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/22(月) 21:34:44
  • [編集]

こんにちは、はじめまして。たまたまとおりすがったものです。この件について三輪氏はクロフネさんの記事内容を誤読して、勝手にキレてるのではないかなぁ、、、と思いました。

私はクロフネさんがおっしゃっていることのどこに問題があるのか、三輪氏のいってることがさっぱりわかりませんでした。なので以下のコメントを彼の記事に送っておきました。↓


こんにちは。共謀罪にのことネットでたどってたら、こちらにたどりついたものです。

共謀罪のこと、まだまだ知識不足で勉強中なのでいろいろと勉強させてもらいました。ありがとうございます。

記事の件のブログ記事、読みました。三輪さんの所見もよみました。三輪さんがは「民主主義」って言葉の定義を論じるところで、クロフネ氏のが言う「多数決のシステム」を論じていることから的外れなのでは?と思いました。クロフネ氏の記事で「民主主義」という言葉でこの点が説明されているので、そのように書かれたのだろうかと思いますけど、彼が言いたことって多数決のシステムを妨害することは皆で作ったルールに駄々をこねる子供と同じだからルールはルールでちゃんと守ろうよ、といってたのでは?と私は思うんですけど、三輪さんはどのように思ったんでしょうか?

多数決って複数の人間がそれそれ異なる意見・考えもっていて、その集団が一つの決定を作る手段でありルールですよね?

例え話をします。子供たちが10人いました。これから皆で何かして遊びましょうと意見を出し合ったところ、鬼ごっこ、ドッヂボールの二つがでました。鬼ごっこをやろうといった人が4人、ドッジボールをやろうといった人が6人います。どちらか一つしかできない状況において、多数決で決断する場合はドッヂボールをやることになるでしょう。。。がこの多数決で決める、ということを鬼ごっこ派の4人の子供たちが多数決決定手段を拒否し、駄々をこねて泣き出す子供がいて、結局皆で遊ぶことができなくなってしまいました。←こういうことを大の大人がするべきではない、ということをクロフネ氏は言っていたのではないかと思うんですけど・・・。

この点から、三輪さんが共謀罪の支持不支持の論議と、この多数決の尊重をごっちゃにしてしまい、クロフネ氏の記事を誤読されたのではないかなぁ、、、と私は思ってしまったんですが…いかがでしょうか?


三輪氏から返事があったらまたお知らせします。では。

  • 投稿者: sa
  • 2006/05/24(水) 14:39:52
  • [編集]

saさん

>この件について三輪氏はクロフネさんの記事内容を誤読して、勝手にキレてるのではないかなぁ、、、と思いました。

私も彼の読解力には疑問を感じています。あと矛盾した主張にも。

>三輪氏から返事があったらまたお知らせします。では。

お手数をかけます。よろしくお願いします。

鬼ごっことドッジボールの話は非常にわかりやすい的確なたとえ話だと思います。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/24(水) 23:51:48
  • [編集]

三輪氏からお返事ありました。

クロフネさん、こんにちは。どうもです。

さて、三輪氏から昨日送った私がコメントにお返事が来たのでお知らせさせていただきたくコメントさせていただきます。以下、三輪氏からいただいたコメント返信です。

>sa様

そんな簡単で、決定を間違っても痛くも痒くもない様な事例なら良いのですけどね。

また、プレイヤーが子供ならまだ許せるのですけどね。

ともあれ、クロフネ氏が議会でのせめぎあいを、小学校の校庭での遊び程度の認識しかしてないのなら、彼の物言いにある程度の説明はつきますね。


さて、コレ拝見しましてやっぱり誤読されてらっしゃるのだな、と確信しました。なので以下のような再コメントを三輪氏のほうに遅らせていただきましたので、ご案内させていただきます。

こんにちは。共謀罪にのことネットでたどってたら、こちらにたどりついたものです。

共謀罪のこと、まだまだ知識不足で勉強中なのでいろいろと勉強させてもらいました。ありがとうございます。

記事の件のブログ記事、読みました。三輪さんの所見もよみました。三輪さんがは「民主主義」って言葉の定義を論じるところで、クロフネ氏のが言う「多数決のシステム」を論じていることから的外れなのでは?と思いました。クロフネ氏の記事で「民主主義」という言葉でこの点が説明されているので、そのように書かれたのだろうかと思いますけど、彼が言いたことって多数決のシステムを妨害することは皆で作ったルールに駄々をこねる子供と同じだからルールはルールでちゃんと守ろうよ、といってたのでは?と私は思うんですけど、三輪さんはどのように思ったんでしょうか?

多数決って複数の人間がそれそれ異なる意見・考えもっていて、その集団が一つの決定を作る手段でありルールですよね?

例え話をします。子供たちが10人いました。これから皆で何かして遊びましょうと意見を出し合ったところ、鬼ごっこ、ドッヂボールの二つがでました。鬼ごっこをやろうといった人が4人、ドッジボールをやろうといった人が6人います。どちらか一つしかできない状況において、多数決で決断する場合はドッヂボールをやることになるでしょう。。。がこの多数決で決める、ということを鬼ごっこ派の4人の子供たちが多数決決定手段を拒否し、駄々をこねて泣き出す子供がいて、結局皆で遊ぶことができなくなってしまいました。←こういうことを大の大人がするべきではない、ということをクロフネ氏は言っていたのではないかと思うんですけど・・・。

この点から、三輪さんが共謀罪の支持不支持の論議と、この多数決の尊重をごっちゃにしてしまい、クロフネ氏の記事を誤読されたのではないかなぁ、、、と私は思ってしまったんですが…いかがでしょうか?


とまぁ、こんな感じです。これでクロフネさんの主張の本質を三輪氏が読み取ることができない場合はどうしよう...って思っちゃいます。以上、報告まででした。

  • 投稿者: sa
  • 2006/05/25(木) 12:04:17
  • [編集]

通りすがりですが

はじめまして。
ウェブ上をうろうろしていて、このブログに行き着きました。
丁度、クロフネさまと三輪某さまその他のコメント等を拝読したところです。

わたしは三輪某さまの御意見に必ずしも同調する者ではありませんが、クロフネ様の御意見に同調できません。以下理由を手短に。

1.我が国は間接民主制を採用しており、代表者が議論を尽くしその結果としての多数意見に従うことがルールとなっているのはその通りです。そこでは議論を通じて個々人としての議員が意見を変え得ることが前提とされます。しかし現在の政党政治の中でそのような党の意見に反する動きはほぼ出ない状況になっています。せいぜい与党内での摺り合わせと与野党間での妥協があるのみです。そのような状況から考えると、クロフネさまの御意見の理論的前提が少々揺らいでいるように思えるのですがいかがでしょうか。

2.民主主義は多数意見をもって是とする政治体制ですが、そこでは手続の適正が厳しく問われることはいうまでもありません。そして1.とも関連しますが、手続の適正とは、クロフネさまの御意見の前提としますと議員個人が議論の結果意見を変えることがあり得、かつ、それに従って行動できることがその内容になるようにおもわれます。しかるに、現実の政治状況はそれをほとんど許さず、例えば、意見が変わったとして、それに基づいて行動すると政党から処分される状況にあります。そうであれば、クロフネさまの御意見の前提条件を欠き、形式的に手続を践んだのだからいいということにはならないのではないでしょうか。

学のない年寄りの愚論だとお笑いくださって結構です。御意見をお聞かせくださればとおもいます。

  • 投稿者: 田中助六
  • 2006/05/25(木) 13:54:09
  • [編集]

田中助六 さん

>現在の政党政治の中でそのような党の意見に反する動きはほぼ出ない状況になっています。せいぜい与党内での摺り合わせと与野党間での妥協があるのみです。そのような状況から考えると、クロフネさまの御意見の理論的前提が少々揺らいでいるように思えるのですがいかがでしょうか。

>クロフネさまの御意見の前提としますと議員個人が議論の結果意見を変えることがあり得、かつ、それに従って行動できることがその内容になるようにおもわれます。しかるに、現実の政治状況はそれをほとんど許さず、例えば、意見が変わったとして、それに基づいて行動すると政党から処分される状況にあります。

この場合についてはすでに論じています。

与党と野党が話し合いのすえ、野党が与党側を説得できなかった、できたとしても処分を恐れて与党の各議員が意見を変えなかった等、意見の一致をみなかった場合は、採決となります。

そうなれば多数派与党の意見が原則的に採用されるでしょう。

その後は、

>当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。
もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。
これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。
(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)
もちろん、多数派与党が失敗していないと国民が判断すれば、政権交代は起こらないが。

というプロセスをたどります。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/05/26(金) 19:55:30
  • [編集]

コメントしてもいいですか?

はじめまして、暴君竜(と今決めました)と申します。
まず、最後のコメントから半年以上たっちゃった当コラムにコメントします事、お許し下さい。
(意味のある行為かどうかは自分でも判りません…)

当コラム「強行採決批判は情けない」ですが、”最終的”に「多数派」の意見が法案となり、その意見が間違っていた場合には(且つ致命的な場合には)政権交代によりその間違いを正す=民主主義である事には同意します。
が、田中助六氏のご指摘も捨て置けないものと考えます。

民主主義の流れを極端に単純化すると
1.代議士(政権党)を選ぶ
2.議会で喧喧諤諤の議論をする
3.採決する
4.また代議士(政権党)を選ぶ

となりますが、田中助六氏は「2.議会で喧喧諤諤の議論をする」での、日本的民主主義の現状における問題点を指摘している事になるかと思います。
①.議会で実のある議論をし、少数(主に野党)意見に理があれば部分的~大幅に法案に取り込む。
→実のある議論かは兎も角、これは割合出来てますね。むしろ野党の方が(ばかり?)駄々をこねている印象を受けます。
②.議会で実のある議論をし、場合によっては自分の意見を変える。
→これは与野党とも全く出来てません。田中助六氏の指摘どおりです。
(実のある議論も必要ですし。党是&選挙時の重要公約に拘わる重要法案以外では、党議拘束すべきでは無いと思うのですが)

クロフネさんの仰るように、選挙による政権交代システムにより民主主義の最低ラインはクリア出来ていると思います。が、議会での議論が実のあるものになり、田中助六氏の指摘のようなプロセスを経ることが出来るのならば、”政策の致命的間違い~出戻りコスト”を減らすことが出来ると考えます。

以上です。

  • 投稿者: 暴君竜
  • 2006/12/15(金) 03:46:40
  • [編集]

暴君竜さん

この話題は結局”民主主義論総括”

http://gaikoanzenhosyo.blog4.fc2.com/blog-entry-306.html

まで行ったのですが、私として言いたいことは議論し尽くしましたので、失礼ながらこれ以上はやりません。

ただ、まったくお返事しないのも失礼ですので一点だけ述べます。

>議会で実のある議論をし、場合によっては自分の意見を変える。

私は、「話し合えばみんな分かり合えて意見が完全に一致する」という”話し合い原理主義”には同意しません。

話し合いで一方の議員の意見が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。いや変わらないほうが圧倒的かもしれません。

意見を変えたくても党議拘束うんぬんという話も含めてです。

(党議拘束が我慢ならないなら離党すればよいと考えます)

しかし国家機能のマヒ状態を防ぐには意志決定をしなければなりませんし、そのためにはある程度議論したら採決をしなくてはなりません。

採決によって、多数派の政策が実行され、その結果の良し悪しは国民によって判断され、その判断によって次の国会の多数派が決まる。それで良いと思います。

あと、民主主義体制で議会や政府がミスをするのは避けられないと思いますし、それは必要最低限のコストだと思います。

なにしろ選ぶ国民が聖人君子では無いのですから。

暴君竜さん、コメントありがとうございました。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2006/12/15(金) 22:04:27
  • [編集]

わざわざコメント頂き有難うございます

>私は、「話し合えばみんな分かり合えて意見が完全に一致する」という”話し合い原理主義”には同意しません。

私も「話し合い原理主義」には賛同しませんし、一致しないことの方が多いのは当然と思います。(純粋な議論でも意見は一致しませんが、議会では思惑・打算・利害の不一致があるのですから、なお更とおもいます)。ある程度議論が行われた後、採決しなければならないのも同意します。

若干の温度差があるようには思いますが、このように意見がの一致しない点をはっきりさせるのも、議論の面白みと思います。

わざわざコメントを頂き有難うございました。

ps.
これから「民主主義論総括」を見させていただきます。

  • 投稿者: 暴君竜
  • 2006/12/18(月) 01:27:07
  • [編集]

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する


・いつもコメント&TBありがとうございます。

アダルト系ブログからの、サイトポリシーに違反したコメント・TBが後を断たないため、受信したコメント・TBを管理人が審査することにしました。

サイトポリシーに違反したものについては予告無く破棄します。

また問題の無いコメント・TBを頂いても表示されるまで少し時間がかかります。 悪しからず御諒承ください。

「管理者にだけ表示を許可する」にチェックを入れると、管理人だけが読める非公開コメントになります。 非公開コメントを下さる方のプライバシーを尊重し、あえてお返事をしておりませんが、「公開コメントでも良いのでレスが欲しい」という方は、非公開コメントにその旨をお書き添えください。
                

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。