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チグハグな日本の援助戦略

  • 2005/10/25(火) 23:56:25

 2005年版政府開発援助(ODA)白書が外務省によってまとめられたが、そこにはODAの「5年間で100億ドル積み増し」の必要性が強調されているという。

http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20051025-00000026-mai-pol


 日本がODAを戦略的にどのように活用すべきかは、日本が目指している安保理改革と常任理事国入り問題とも密接に絡むものである。

それをふまえるならば今回のODA白書に示された、これからの日本の援助政策の方針は、「代表無くして課税無し」の大原則のもと日本の国連分担金の減額を求めている、日本の国連改革政策と全くチグハグな感じが否めない。

 最近、日本の一部世論や外交官のなかには日本の国連改革政策を、単に「国連分担金をケチってやろう」とか「常任理事国入りできなかった腹いせに日本は分担金を減らそうとしているのだ」といった風に、

手段を目的であるかのようにカンチガイしたり、問題を矮小化したりするものがいるので、もう一度本来の意味を確認しておきたい。

http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20051018-00000053-kyodo-int


 日本が求めていることは「代表無くして課税無し」である。これは近代以降の市民社会・民主主義社会における”権利と義務の大原則”であるのは言うまでも無い。

だからボルトン・アメリカ国連大使もこの考え方を支持してくれているのだと思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20051019-00000055-mai-int


これをわかりやすく具体的に言えば、日本が国際援助や国連の活動費(分担金)で重い負担をする代わりに、日本が国際社会で十分働けるように、それにふさわしい発言権・代表権(国連で言えば常任理事国のポスト)を国際社会が与えるのか、

それとも国際社会が日本に発言権・代表権(常任理事国のポスト)を与えるのはふさわしくないと判断するのなら、日本は国際社会で十分な貢献をすることができないから、日本が負担していた援助や国連の活動費をその他の国で肩代わりしてやっていく事を受け入れるのか、

「二つのうち国際社会はどちらを選びますか?」という事である。

同時に「中国やロシアのように国連を自分たちの都合の良いように好き勝手にいじくり回しながら、国連分担金をケチってろくに払わないなんて不公平は許しません」ということである。

 で、国際社会の選択は「日本に代表権・発言権は与えない」ということだったから、「前もって言ってあったとおり、日本への課税額は少なくなります」という権利と義務の当たり前の原則を求めているだけなのである。

それを単に「日本は国連分担金をケチっている」とか「常任理事国になれなかった腹いせ」などとカンチガイしてもらっては困る。

それとも大島国連大使は「アメリカ独立戦争は、植民地アメリカ市民のイギリス本国に対する単なる腹いせ。フランス革命はフランス市民のブルボン王家への単なる腹いせ」で済ますおつもりなのだろうか。

もう一度言うが、「代表無くして課税無し」は近代以降の市民社会における”権利と義務の大原則”である。

 ここで話を最初に戻すが、「代表無くして課税無し」で国際社会への重過ぎる負担の削減を求めている日本が、ODAを5年で100億ドル!も積み増すというのは、だからチグハグだと言っているのだ。

もちろんODAを直ちにゼロにしろというつもりも無いが、ここでODAを増額してしまえば、現在日本が国連改革問題で是正を求めている今までの不公平、

つまり「代表無くして課税だけあり」の日本と「代表あって課税は無し」の中国やロシアの存在といった不公平をこれからも日本は受け入れます、という間違ったメッセージを国際社会に発信する事になってしまう。

それは同時に「日本は国連改革をあきらめました。安保理もこのままでイイです。」という宣言でもある。

 現在日本は国連改革と常任理事国入りを求めていたのではなかったのか? 

それなのになぜ国際社会に「安保理はこのままでイイです」というメッセージを発信しようとするのか?

「ODAは外務省の公共事業」とはよく言ったものだが、ODA増額は予算の増える外務省の省益かもしれないが、現時点での日本全体の国益ではない。

前にも言ったが日本という国は、一方では国連改革と常任理事国入りの運動をやっているのに、もう片方ではその足を引っ張るようなことをする。

 コンセンサス社会の日本は戦前からそうだ。

陸軍・海軍・関東軍・政府外務省、これらがそれぞれ勝手に日本の戦略をたてる司令塔となって、自分たちだけで勝手に決めて勝手なことをして、失敗しても結局誰も責任をとらない。

そもそも日本全体として責任の所在がどこにあるのかもはっきりしない。


戦後もそうだ。 ある官房長官は首相の方針とは全く違ったことを会見で勝手にぺらぺらしゃべり、勝手に裏でコソコソ動いたりする。

政府系の金融機関・国際協力銀行などはその象徴で、日本が中国から日本の海底資源を必死に守ろうとしている一方で、中国の東シナ海ガス田パイプライン建設に、国際協力銀行が130億円も融資して、日本全体の足を引っ張っていたのは有名な話だ。

前にも言ったが、日本のエリート層は限られた細かい分野では優秀なのかもしれないが、トータルでみればバッカじゃなかろうか。

 日本の国家戦略は最終的には首相が責任を持って決断し、首相がトップダウンで実行させよ。

(それが失敗すれば、当然国民が選挙で首相を取り替えることになる)

今回のテーマである援助戦略で言えば、外務省のODAや国際協力銀行のような政府系金融機関など、各種国際援助の窓口を一本化して首相か外相の完全なコントロール下におき、日本の国家戦略にそった形で矛盾が無いように、援助を実行せよ。


(はっきりいえば、もう国際協力銀行など必要ない。廃止せよ。)

そして日本が求める「代表無くして課税無し」という権利と義務の大原則が適用される公平な国際社会が実現するように、日本は訴え続けるべきである。

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だから、お役人という連中は

 拝啓、クロフネさん。

 今回の、御主張、読んでいて、唖然としました。
 小生は、我が国の常任理事国入りに反対し、足を引っ張っているのは、てっきり、中韓露等の外国だけだと思っていたのですが、まさか、身内に、そんな馬鹿なことを主張している連中がいたとは、思いませんでした。

 国連と言う組織自体、戦勝国の利権争奪クラブという体質が、色濃いわけで、日本が、国益に合わないのであれば、負担を、減らすように、要求、または、交渉することは、独立国家として、当然の権利であり、利権争奪に明け暮れている中露、そして、一方的な私怨と嫉妬で反対している韓国に、我々を非難する資格は、無いと思います。

 また、政府開発援助についても、実態にあわないものは、変更、または、廃止するのも、我が国の権利であり、このことについて、金を受け取っている国、例えば、中国から、いちいち、難癖をつけられる筋合いは無いと思います。

 クロフネさんが、例に出し、また、指摘しておられた大島国連大使にしても、外務省の役人どもにしても、全体で国益を見て行動するという発想が、全く欠けているかのような観があるのには、改めて、唖然とさせられました。

 ただ、もともと、官僚などというものは、政治家が、大本の方針を作成し、指導し、押さえつけてこそ、初めて、その実力を発揮できるものと、小生はおもいます。

 思えば、戦後(特に、冷戦後)の我が国は、政治家主導で、国益を踏まえた外交を、展開した例が、あまりなく、(ご指摘のように、その逆は、いくらでもありますが、)そのため、現在、小泉首相も含めて、大局を見て、国益を確保する外交ではなく、各勢力による省益、私益確保の外交が、体質として、身についてしまったように思えます。

 もちろん、ご指摘のとおり、この流れは、戦前から、存在していますが、しかし、戦後、特に、この流れ、または、体質は、悪化してきていると思います。(少なくとも、戦前は、河野洋平、加藤紘一のような、あからさまな売国奴は、存在できませんでしたから。)

 国連改革も、重要ですが、同時並行で、我々国民が、メール、ブログ等を使って、政治家の意識改革も進めていくべきだと思います。

 いい加減、金をばら撒いたら、皆が、喜んでくれるというような、馬鹿旦那的な思考と、政策作成の過度の官僚依存からの脱却、これを、政治家の側に、教育していくべきだと思います。

 駄文、長文、失礼しました。

  • 投稿者: アメリカ在住
  • 2005/10/26(水) 02:15:50
  • [編集]

アメリカ在住さん

>ただ、もともと、官僚などというものは、政治家が、大本の方針を作成し、指導し、押さえつけてこそ、初めて、その実力を発揮できるものと、小生はおもいます。

>いい加減、金をばら撒いたら、皆が、喜んでくれるというような、馬鹿旦那的な思考と、政策作成の過度の官僚依存からの脱却、これを、政治家の側に、教育していくべきだと思います。

この問題はいずれ取り上げねばと思っているのですが、近代日本の政治システムで一番問題だったのが、民主主義と超然主義の相克でした。

ご存知とは思いますが、超然主義とはわかりやすく言えば「行政というものはその道のプロたる官僚に任せておけば良いのであって、民衆から選ばれた政党政治家なんぞはだまっておれ!」というものです。

江戸幕藩体制からいきなり政党政治への転換など不可能ですから、ある程度超然主義政権が続いたのは仕方の無いことでした。

その後、自由民権運動と国会開設で日本の民主主義がよちよち歩きをはじめますが、大正・昭和デモクラシーのあとの軍部独裁で息の根が止まります。

で戦後の民主国家・日本となるわけですが、超然主義(官僚主義)が100%死んだわけではありませんでした。

しかし私は、小泉首相の三位一体の改革が成功すれば将来は明るいと考えています。

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2005/10/27(木) 00:34:36
  • [編集]

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