初めていらっしゃった方へ

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第6回 忘れ去られた内戦

  • 2005/02/16(水) 06:56:29

 ここでいったん話を1979年に戻す。79年におこった大事件の内のもう一つ、アフガニスタン内戦を取り上げなければならない。

 アフガニスタンで王制が打倒され、ついで社会主義革命が勃発すると、1979年にソ連はそれを口実にして大軍をアフガンに侵攻させた。

アフガンをソ連の衛星国・勢力圏として確保すれば、ソ連の同盟国インドといっしょに、アメリカ・中国の同盟国であるパキスタンをはさみ撃ちにできるし、同じくソ連の同盟国・イラクを支援することもできるからである。

問題はアメリカの出方だが、カーターはすっかり臆病風にふかれてしまっているので、ソ連軍のアフガン侵攻を指をくわえて見ているだけだろう、クレムリン(ソ連)がそう読んでの作戦であった。

 これに対してアフガンの民衆が立ち上がり、ソ連軍に対しゲリラ戦を挑んだ。 
アフガニスタン内戦の開始である。

アメリカは遅まきながらアフガンのゲリラ組織を支援し、他のイスラム国家からも義勇兵がアフガンへ続々と駆けつけた。 

その中にはサウジ人で後にアル・カイダの指導者になるウサマ・ビン・ラディンや、後にイラクで日本人を誘拐・殺害することになるヨルダン人、アブ・ムサブ・ザルカウイの姿もあった。

 アフガンゲリラは善戦し戦闘は10年に及んだ。 
ソ連経済は疲弊し、ペレストロイカをかかげるゴルバチョフが、1989年にソ連軍のアフガン撤退を決断する。

アフガンゲリラがとうとう十万のソ連正規軍を追い払ったのである。そして92年にはアフガンのナジブラ社会主義政権が倒れ、ゲリラ側の勝利が確定した。

 これでアフガンに平和がやって来るかと思いきや、ゲリラ各派がアフガンの支配権をめぐって仲間割れ、再び内戦を開始してしまった。

内戦のプレーヤー達の主なものをひろってみると、スンニ派で最大人口を誇るイラン系パシュトゥン人主体のヘクマチアル派、スンニ派でイラン系タジク人のラバニ・マスード派、スンニ派でトルコ系ウズベク人のドスタム派、シーア派でモンゴル系ハザラ人のマザリー派などである。

そして国境を接するパキスタン・タジキスタン・ウズベキスタン・イランや地域大国のインド・サウジなどが、それぞれお気に入りのゲリラを支援していた。
そのゲリラがアフガンを統一すればアフガンへの強い影響力を持つ事ができるからである。

 ただ、ソ連軍が撤退したこともあってアフガン内戦への西側先進国の関心は急速に失われてゆき、周辺国は別にしても”世界から忘れ去られた内戦”になりつつあった。

しかし忘れ去られたアフガンが、世界を戦慄させる集団のゆりかごになるとは、この時誰も予測してはいなかった。

----------------------------------------

★関連図書―もっと詳しく知りたい方は...
20050523161226.jpg

アフガニスタン―戦乱の現代史

◆大国に翻弄され、複雑な背景を持つ多民族国家・アフガニスタンの現代史をとりあげた入門書。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する


・いつもコメント&TBありがとうございます。

アダルト系ブログからの、サイトポリシーに違反したコメント・TBが後を断たないため、受信したコメント・TBを管理人が審査することにしました。

サイトポリシーに違反したものについては予告無く破棄します。

また問題の無いコメント・TBを頂いても表示されるまで少し時間がかかります。 悪しからず御諒承ください。

「管理者にだけ表示を許可する」にチェックを入れると、管理人だけが読める非公開コメントになります。 非公開コメントを下さる方のプライバシーを尊重し、あえてお返事をしておりませんが、「公開コメントでも良いのでレスが欲しい」という方は、非公開コメントにその旨をお書き添えください。
                

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。