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第9回 近代日本の対朝鮮外交 (その8)

  • 2005/05/19(木) 22:08:25

 日露戦争になんとか”勝利”した日本は、韓国の保護国化をめざした。

日露戦争中の1904年(明治37年)8月、日本は韓国と第一次日韓協約を締結し、外交顧問スチーブンスと財政顧問の目賀田を送り込んだ。 同時に韓国が外国と条約を締結するときは、日本と相談することも定められた。

(韓国皇帝・高宗が、ロシアのような帝国主義列強に韓国の領土の租借を認め、森林や鉱山の利権を譲渡したことによって、韓国および日本の安全が脅かされた。

また高宗が、韓国の財政が逼迫しているにもかかわらず、王室費の無駄使いを改めなかったことも、韓国の自立を妨げていた。

だから日本としては、外交・財政顧問を派遣して韓国を保護国とし、これらの愚行を止めさせる必要があった。)

 しかし、スチーブンスら顧問に高宗や韓国政府は従わず、しかも高宗が、日本が戦争をしている当の相手のロシアに密使を送っていたことが発覚した。 

日露戦争中の1905年(明治38年)3月に発覚した、上海にいたデシノ・ロシア軍少将に届けられた密書には、高宗がロシア皇帝に日本軍を駆逐するよう懇願する内容が書かれていた。

日本側は高宗を問い詰めたが、「密使はニセモノである」と否定した。

(これ以後、高宗は米・仏・英にも密使を派遣し、発覚するたびに平然とシラをきり、あるいは他者に責任を押し付けた。)

 高宗の”密使外交”と改革拒否に不信感を抱いた日本は、韓国の外交権を制限することを決断した。

1905年(明治38年)11月伊藤博文大使を韓国に派遣し、閣議を開催して韓国側を説得させ、第二次日韓協約を締結した。

(韓国皇帝が”外交”と称して自国を切り売りする”権利”、行財政改革を拒否する”権利”を日本によって奪われると、高宗は密使を列強に派遣して、それらの”権利”を取り戻そうとした。だから日本は韓国の外交権を奪う必要があったのである。

第二次日韓協約締結時の閣議で、李完用学部大臣も「従来わが国の外交なるものは変幻極まりなく、その結果日本は前後二回の大戦争<日清・日露戦争のこと>に従事し、多大の犠牲を供して、ようやく今日における韓国の地位を保全したるもの...」と認めた上で、

「韓国の外交によって東洋の平和を危機に陥れてはならない」として、韓国の外交を日本が監督することについて同意している。

ただ、韓国に派遣された伊藤は、「韓国の外交については日本が監督する。 そうすることによって、韓国政府は内政への専念とそれによる強国化が可能になる。 そのようにすれば、日本と同じように、韓国が自分の力で独立を維持できるようになるだろう。」と述べている。

韓国では日韓併合の張本人のように誤解されている伊藤博文だが、彼は日露戦争で賠償金も取れず、あまりにも多額の戦費がかかったため、「日本に半島統治の余力なし」として日韓併合には反対だったのは有名である。

 このとき、いわゆる”義兵闘争”が勃発するが、韓国の歴史教科書の記述のように「民衆が日本の侵略に対して立ちあがった」というより、「皇帝の民衆を搾取する権利を日本から取り戻すために、民衆自身が日本や韓国政府の改革派閣僚を攻撃した」と言ったほうが正確である。

その意味で当時の韓国民衆の無知蒙昧さは度し難い。

また、韓国の歴史教育で「列強の侵略に立ち向かった」と教えられる、徐載弼の”独立協会”を弾圧したのは、ほかならぬ高宗であった。

みずからの絶対王政の維持をもくろんでいた高宗は、近代的な立憲君主制による韓国の独立をめざしていた”独立協会”を危険な存在とみなし、そのメンバーを抹殺し、言論・思想の自由を奪ったのだった。

私利私欲に目がくらんだ暗愚な指導者の存在。 この事一つとってみても、韓国が独立を失った原因がわかろうというものだ。)

 1907年(明治40年)6月、高宗はまたもや”密使外交”を復活させ、第二回ハーグ平和会議において、日本の韓国に対する干渉に抗議した。しかし、その抗議は他の国々に全く相手にされなかった。(ハーグ密使事件

高宗に対して、忍耐の限界に達した伊藤博文統監と韓国の内閣は、高宗を退位させ、実子の純宗を即位させた。

そして7月に第三次日韓協約を締結して、日本は韓国の内政に強く介入するようになった。

 一方、日本による韓国の保護国化と平行して、日露戦争中の1905年(明治38年)の日英同盟協約改定、アメリカのタフト陸軍長官と交わした覚書、いわゆる桂-タフト協定をかわきりに、その2年後に締結された、日仏協約・日露協約などで、日本は韓国を保護国とすることについて国際社会からの同意をとりつけた。

 日本による韓国の保護国化がすすむにつれて、山県有朋や寺内正毅ら軍部は日韓併合を主張したが、伊藤博文や曽禰荒助など歴代統監はあくまでも併合に反対であった。

しかし韓国側の無理解で遅々として進まない改革にお手上げの状態となった伊藤は、1909年(明治42年)6月に韓国統監を辞して帰国後、桂太郎首相や山県の「日韓併合やむなし」という説得を受け入れた。 それでも日韓併合実施は「今後5~6年様子を見て」ということになった。

 ところが同年10月ハルビンで伊藤博文が安重根に暗殺された。
皮肉にも韓国人によって日韓併合慎重派の重鎮が倒されたことで、1910年(明治43年)8月日韓併合が行われた。

(「伊藤が日韓併合推進の張本人」という安重根の単なる妄想から、明治日本は偉大な政治家を失った。

第二次日韓協約の時の”義兵”といい、安重根といい、彼らの無知蒙昧さは全く度しがたい)

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この記事に対するコメント

ふう。バッチリ理解できたかどうか分かりませんが、「侵略」とか「植民地化」ではなく「併合」というあたりに当時の日本の気負いが感じられるように思いました。
と、ここまで書いてふと思いましたが、「併合」って言うのはあまり耳にしない言葉だと思うのですが、当時ではそういう国対国の関係はほとんどなかったのでしょうか。日本が韓国を「植民地化」しなかったのはなぜでしょうか?それこそ維持できるだけの国力が日本にはなかったということなのでしょうか。

  • 投稿者: コリコリ
  • 2005/05/19(木) 23:04:55
  • [編集]

併合

>当時ではそういう国対国の関係はほとんどなかったのでしょうか。

中央アジアを併合したロシアや、アイルランドを征服したイギリスなんかが該当するかと思われます。
まだまだ他にもあると思うので、調べてみてください。

>日本が韓国を「植民地化」しなかったのはなぜでしょうか?

それは本文でも書きましたが、”大陸に対するロマン”でしょう。
当時は日本が中国・朝鮮を助けて近代化させてやり、三カ国の同盟で欧米列強に対抗すべきだという意見が支持されておりました。

ですから、日本が助けてやれば朝鮮も近代国家になれると信じられていたのです。 朝鮮に近代産業をおこし、ソウルに帝国大学をつくって教育に力を入れ、なるべく近代日本人に近づけようとしました。

しかしその結果は朝鮮から恨みを買うことに... いらぬおせっかいだったということでしょうか。

ただ日韓併合後しばらく経つと、日本にとって朝鮮が単なる”緩衝地帯”から意味合いが変わって、”植民地”的な要素が出てきます。

それについては第二部で。

でも歴史教科書シリーズは資料集めが大変なのでしばらく先になりそうですけど。 

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2005/05/20(金) 22:59:54
  • [編集]

「ロマン」かあ。この期に及んで確かに憧れみたいなのはあります。西のほうとか行ってみたいです。
続編期待してます!

  • 投稿者: コリコリ
  • 2005/05/20(金) 23:04:03
  • [編集]

韓国皇帝の退位について

韓国皇帝の退位は、伊藤が退位させたのではありません。伊藤が条約違反は宣戦布告に値すると指摘し、韓国政府が閣議で退位を決めて皇帝に進言したものです。拙著「間違いだらけの高校日本史教科書」で詳説。ご希望なら当方まで連絡してください。

  • 投稿者: 小田洋太郎
  • 2005/06/13(月) 01:35:52
  • [編集]

はじめまして、小田洋太郎さん

このあたりの記述は、「植民地朝鮮の研究」(杉本幹夫著)を参考にして書いたのですが、密使事件のあと伊藤は抗議文を出していますよね。

それを受けて韓国政府の宋秉・李完用両大臣が高宗に退位を迫り、しぶしぶ高宗が受け入れたという認識で書きました。

伊藤の抗議文の詳細な内容にあたれなかったので、このような記述にしたのですが、抗議文の内容には高宗が退位するかしないかは含まれていなかったということでしょうか。

(伊藤の抗議文の全文をネットで読めると大変ありがたいのですが)

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2005/06/13(月) 23:19:24
  • [編集]

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