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第6回 近代日本の対朝鮮外交 (その5)

  • 2005/05/06(金) 21:13:16

 江華島事件を利用して朝鮮の開国に成功した日本は、その後も決して傍観者的な立場には満足せず、李朝朝鮮の独立保持のため積極的な援助を与えた。

朝鮮国王・高宗の親政宣言によって実父の大院君が失脚したあと、朝鮮の政治を実質的に動かしていたのは外戚(つまり国王の妻の出身一族)である閔氏であったが、日本はこの閔氏に接近して、朝鮮の近代化をはかろうとした。

(歴史の教訓に学ぶならば、君主をさしおいて外戚や宦官が国政を動かすようになると、その王朝の滅亡はそう遠くない)

朝鮮からの視察団・留学生を受け入れるとともに、日本は朝鮮の独立の維持に欠かせない近代的な軍事力の整備のため、旧来の弓矢・刀剣・火縄銃などで武装していた軍隊にかえるため、西洋式の新式軍隊・別技軍を設置させ、日本人軍事顧問団を派遣した。

(韓国側が「日本は当初から朝鮮を侵略する意図を持っていた」としばしば主張していることは以前述べたが、この事実を見てもその主張が何ら根拠のないものであることがわかる。

はじめから侵略するつもりなら、朝鮮の軍事力を強化するために日本が最新式の軍隊を創設させたり、日本人軍事顧問団を送るようなバカなマネはしない。

また閔妃<のちの明成皇后>が、当初日本に援助を求めていたことは韓国の歴史教育では巧妙にボカされている。

おそらく”国母”といわれ、憎き日本に殺された”悲劇のヒロイン”が、実は日本と協力していた過去を持つなどということが発覚するのはまずいからであろう)

 別技軍の創設と優遇は、これまで給与の遅配などで冷遇されてきた旧軍の不満をますますつのらせた。

1882年(明治15年)この動きをみた失脚中の大院君は、国政をほしいままにする閔一族を葬り去り、もう一度権力を自らの手中にするために旧軍をあおって暴動をおこさせ、閔一族と軍事顧問をつとめていた日本人を襲わせた。 これを壬午軍乱という。

この暴動で閔氏派の政府高官の他に、何の罪も無い日本人7人が虐殺された。

しかし、高宗の后・閔妃は命からがら王宮を脱出し、宗主国・清に軍隊の派遣を要請した。 清は軍事介入をおこなって大院君を捕らえ、暴動を鎮圧した。

このため閔妃は親日派から親清派へとくらがえし、清を手本とした限定的な近代化によって、あくまでも東洋的専制王朝を維持しようとするようになった。

そして宮廷内でも、これまでの清との宗主国-属国の関係の維持と両班支配体制の保存に熱心な、事大党とよばれる守旧派官僚が大勢を占めるようになる。

さらに清は馬建常・袁世凱と三千人の兵を駐留させて、朝鮮の内政・外交を指導させるなどして影響力をさらに強めた。 

日本は朝鮮より暴動の賠償金を受け取ったが、朝鮮における日本のプレゼンスは大きく後退してしまう。

朝鮮内部の仲間割れ・不毛な権力闘争によって、日本の朝鮮近代化の試みの第一歩は挫折したのである。

そして清軍をひきいれ、朝鮮がますます独立を失うことになっても、閔妃と事大党政権は自らのおかした過ちの重大さすら理解できなかった。

もともと閔妃が日本と協力して近代化をめざそうとしたのも、政敵の大院君が鎖国攘夷派だったからそのあてつけにといった程度で、確たる思想・信念があってのことではなかったらしい)

 このような状況を苦々しい思いでみている人達もいた。独立党とよばれる、朝鮮の青年貴族官僚たちである。

彼らは日本に留学して明治維新によって近代化をなしとげた日本の姿に学び、朝鮮の清からの独立と明治維新をみならった本格的な近代化の推進をめざしていた。 独立党の代表的な人物としては金玉均や朴泳孝などがあげられる。

 1884年(明治17年)清仏戦争の開始で朝鮮駐留の清軍が手薄になったところを好機とみた、金玉均らをリーダーとする独立党はクーデターをおこし日本もこれに協力、閔妃を中心とした事大党政権を打倒しようとした。これを甲申事変という。

独立党はさっそく、朝鮮の独立と清への朝貢の停止、奴隷制度の廃止を含む市民平等の原則、官僚の汚職防止などを定めた14ヶ条の政綱を発表した。

しかし、またしても閔妃が清に救援を求め、清は圧倒的な兵力で軍事介入して朝鮮人独立派官僚や在朝日本人を殺害、クーデターは失敗した。

その後日本と清は甲申事変の事後処理のため、天津条約を締結した。
天津条約では、以後朝鮮に出兵する場合に日清両国は事前に相手に通告することなどが定められた。

 この甲申事変の失敗は日本の政界から知識人層までを大変失望させた。

それまで官民にかかわらず日本社会に、「欧米のアジア侵略には、日本・中国(清)・朝鮮の三カ国が協力して対抗すべきであり、そのためには、いちはやく近代化に成功した日本が中国や朝鮮の発展を助けて近代化をうながすべきだ」という考え方が強く影響を与えていた。

朝鮮を開国させて日本が軍事援助を与えたのも、このような考え方の延長線上にあるものであるし、政界にとどまらず民間においても日本の知識人層が、金玉均や朴泳孝ら独立党をはじめ”中国革命の父”孫文らを援助していたのである。

福沢諭吉はその代表であり、慶応義塾に独立党の人々を受け入れて教育を受けさせ、彼らに資金援助までしていた。

しかし壬午軍乱と甲申事変の二つの事件から、アジアの近代化を妨害しているのは欧米帝国主義列強というよりはむしろ、近代化と独立の意義を全く理解しない朝鮮の守旧派政権と、旧来の華夷秩序の維持のため属国・朝鮮の外交や内政に介入してくる、中国(清)自身にほかならないことを日本はイヤというほど思い知らされた。

だから失望したのである。

(これ以後、福沢諭吉の”脱亜論”のように「近代化の必要性を理解しない中国や朝鮮に期待するのはやめて、日本はひとり近代化をすすめ、中・朝は悪い友人であるから世界から日本はその同類と思われぬよう、交流を絶つべし」といった意見があらわれた。

福沢の”脱亜論”をいきなり歴史の流れから切り取って読むと、人種差別思想と錯覚してしまいがちだが、歴史の流れを理解した上で読めば、言わんとしているところは至極まっとうなものである)

 1886年(明治19年)には、清が当時の最新戦艦”定遠””鎮遠”を含む北洋艦隊を長崎に寄港させて、朝鮮独立党への支援をうち切るよう日本を恫喝した。 また長崎に上陸した清国水兵が暴動をおこし、日本の警官30人が死亡した。

同年、清の政治介入に嫌気が差した閔妃と事大党政権は、ロシアの朝鮮保護を求めて”露朝秘密協定”を締結しようと謀った。 この協定にはロシアの永興湾(元山)使用許可条項が含まれており、それはロシア長年の念願であった朝鮮半島に不凍港を獲得することを意味した。

しかし、この動きをかぎつけた袁世凱が激怒し、高宗の退位を迫って交渉を止めさせた。

一方、ロシアによる朝鮮半島への南下の動きをみたイギリスはそれを牽制するため、東洋艦隊を対馬海峡に面する巨文島に送って、約1年間占領させた。

(自分で清軍を朝鮮に引き込んでおきながら、それが嫌だからと今度はロシアを引き込もうとし、それに呼応してイギリスが半島情勢に介入せざるを得なくなる。 閔妃と高宗・事大党政権の愚かさは、ここに極まれり)

もはや日本政府には、朝鮮が自発的に近代化政策をはじめて独立を維持することに期待する時間的余裕は無くなりつつあった。

これら一連の事件を背景として、日本は朝鮮の近代化を妨害する清の影響力を排除して日本による朝鮮内政の直接介入を可能にし、それによって朝鮮の近代化達成と独立維持を考えるようになってゆく。

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この記事に対するコメント

なるほど!!

「脱亜入欧」ってそういう意味だったんですね。
要点だけ詰め込まれた偏重教育のせいか、
はたまた自虐史観に基づく教育のせいか、
差別的なニュアンスしか感じられませんでしたが、
パアッと霧が晴れたようでスッキリしました。
ありがとうございましたv

それにしても昔の日本人ってすごく戦略的だったんですね。。。。
今の与党にそういう人が10人いれば、
10年で日本の地位が変わるような気がしてしまいました。

  • 投稿者: コリコリ
  • 2005/05/06(金) 23:31:13
  • [編集]

>なるほど!!

>それにしても昔の日本人ってすごく戦略的だったんですね。。。。

 確かにおっしゃるとおり、現代日本人と比べると、明治時代に日本の国政を担っていた人達からは、段違いに戦略とか思想・哲学といったものを感じます。

もちろん明治時代以降の日本の戦略がすべてうまくいったわけではないんですけれども...

  • 投稿者: クロフネ@管理人
  • 2005/05/08(日) 01:27:57
  • [編集]

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