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中国が日本に軍事転用可能技術を要求

  • 2006/05/31(水) 00:48:30

 

製品や技術を核兵器開発などに転用される懸念があるとして、政府が輸出を規制している外国企業の一覧表「外国ユーザーリスト」をめぐり、中国が十四社の自国企業の掲載を削除するよう求めていることが二十九日、わかった。

ただ、リストは欧米諸国との情報交換を経て作成しており、日本単独で中国を「懸念なし」とみなすことはできない。日本の安全保障政策の根幹にもかかわるだけに、所管する経済産業省は中国の要求に応じない方針だ。
(産経新聞) - 5月30日3時36分更新



引用記事 

 中国はEUに対して最新兵器の売却を求めているし、アメリカに対しても「対中貿易赤字解消のためにも、アメリカが持っている(軍事転用可能な)技術や製品を売ってくれ」と要求しているが、とうとう日本にまで同じ要求をしてきた。

中国は軍拡のためならば、自国より高度な技術を持っている国に対して、なりふり構わずアプローチしているのがよくわかる。

経産省幹部は「交渉事項にはあたらない」として受け入れない構えだがそれは当然で、強く支持する。

リストに掲載されている十四社には”中国北方工業”など人民解放軍と密接な関係を持つ、軍需企業や研究所が含まれている。

引用記事 

ちなみに”中国北方工業”(NORINCO)は中国軍の戦車や装甲車から小銃までを開発・生産している一大軍産複合体企業である。 そんな”死の商人”に日本の高度な技術が渡ったら大変なことになる。

 これに関連して数週間前にも、中国の秘密エージェントが、アメリカ製の巡航ミサイルや戦闘機のエンジンを中国へ密輸しようとしてアメリカ国内で逮捕されるという事件が報道されている。

引用記事 

記事によれば、戦闘機のエンジンの仕向け先が、中国の瀋陽の国際空港になっていたそうだが、そうであるならばロシア製戦闘機・スホーイ27のライセンス生産もやっていた中国の戦闘機メーカー・瀋陽航空機公司が事件にからんでいた線が濃厚だ。

 中国が合法・非合法な手段を使って、必死になって高度な軍事技術をかき集めようとする様は、冷戦期のソビエトを思い起こさせる。

農奴制に基づく農業国・ロシアから出発したソビエトは、当時の欧米先進国と比べると工業技術では見劣りしていた。

しかし、第2次大戦で同盟国だったイギリスからジェットエンジン、アメリカからB29爆撃機などを手に入れてコピーした。

また、占領したドイツでありとあらゆる略奪を働いて”戦利品”を持ちかえった結果、ソビエトの技術力は格段に上昇した。

その”戦利品”の中にはV2ロケットを開発した技師から、カメラで有名なライカ社の技術者まで、生きた人間がたくさん含まれていた。

 米ソ冷戦が始まり、ソビエトが欧米先進国の同意を得て高度な技術を獲得することが困難となったが、どういうわけか、欧米先進国が何か開発すると、しばらくしてソビエトでもそっくりのモノが出来あがるという事件が続発する。

欧米で○○スキーと揶揄されているアレである。

例えば、イギリスでVC10という旅客機が開発されると、しばらくたってそっくりのイリューシン62が開発され、

英仏が超音速旅客機コンコルドを開発すると、それにそっくりのツポレフ144(コンコルドスキー)を開発すると言った具合に。

 その他にも、アメリカの空対空ミサイル”アムラーム”と同じような機能を持つミサイル”R-77”(アムラームスキー)や、アメリカの巡航ミサイル”トマホーク”そっくりの”トマホークスキー”こと”KH-55”巡航ミサイルもある。

具体例をあげはじめると、きりがないのでこのへんにしておく。

 こうした事実は偶然にしては出来すぎている。

むしろ欧米先進国にもぐりこんだソビエトの秘密エージェントなどが、設計図やノウハウなどを本国へと送ったと考えるのが、自然だろう。

遅れた農業国から出発したソビエトがアメリカと冷戦を40年以上戦えたのは、自国の豊かな天然資源と、欧米から高度な技術を盗み出す優秀なエージェント(スパイ)のおかげだったのではないか。


 ここで中国に話を戻すが、そのようなソビエトから与えられた戦闘機や戦車などをそっくりコピーすることで、世界の軍事大国の地位を確立しようとしたのが中国である。

しかし、もともと欧米のものより技術面で見劣りがするソビエト製兵器の劣化コピーを大量生産したところで、技術面での遅れという問題は解決しない。

当初は欧米先進国も中国に対して武器輸出をしていたが、天安門事件や中国の軍備拡張が「しゃれにならない」レベルまで来ると、ロシアは別としても最新兵器をなかなか売ってもらえなくなってきた。

そこで、中国は日・欧・米にハイテク兵器やそれに転用可能な技術を売ってくれるよう要求するかたわら、アメリカなどに秘密エージェントを送りこんで、本国に軍事機密やハイテク兵器そのものを送ろうと必死になっている。

冷戦時代のソビエトのやり方と全く同じだ。

 その他に懸念される問題が、一旦合法的に入手した欧米の工業製品を中国国内で違法に軍事転用するケースだ。





上の写真は外国の画像掲示板で拾ってきた物だが、アメリカ製旅客機ボーイング737が写っている。(クリックで拡大)

だがよく見ると、もともとついていなかった怪しげなアンテナがついているし、中国空軍の輸送機についているマークが尾翼に見える。違法に軍事転用されたのだ。

雑誌”軍事研究”に、この違法改造旅客機について解説したジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーの記事が紹介されていて、それを読んだことがある。

各種情報を総合すると、この航空機は、人民解放軍の高級将校が乗る空中指揮機で、機体上部の赤丸内は軍事転用された時に装備された衛星通信用アンテナで、機体下部の赤丸ふたつはデータリンク用のアンテナらしい。

 中国は「中国の台頭は平和的なものだ」という主張を必死になって繰り返しているが、全く信用できない。 中国は違法な手段を使ってまで、軍備拡張に死に物狂いとなっている。

中国の軍事費は隠し予算もあわせれば、とうとう日本の2倍の十兆円規模に達したとする分析もある。(中国は「日本の軍事予算は世界第2位としつこく言っていたが最近は聞かなくなった)

中国が覇権主義と新たな冷戦の開始を追及していると考えなければ、何故そこまでして大規模な軍備拡張をするのか、全く理解できない。

 日本・アメリカ・EUなど先進国は、先進技術の中国への漏洩に細心の注意を払い、中国の死に物狂いの軍備拡張に手を貸さないようにしなければならない。

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日本”島サミット”閉幕

  • 2006/05/30(火) 01:08:43

 

沖縄県名護市で開かれていた「第4回日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議」(太平洋・島サミット)は27日午前、2日目の協議を行い、参加各国が日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持をあらためて表明する首脳宣言を採択し、閉幕した。

 小泉純一郎首相は首脳会議の中で、太平洋の島しょ国12カ国と2地域に対し、災害、環境対策などのため2006-08年度の3年間に総額450億円規模の政府開発援助(ODA)を拠出する支援策を表明。閉幕後の記者会見で「島しょ国がこれを活用し、一層の発展、繁栄を達成することを期待する」と強調した。

(共同通信) - 5月27日12時37分更新



引用記事 

 沖縄で開かれていた”島サミット”が閉幕した。

今回参加したのはホスト国である日本と、オーストラリア・ニュージーランド・フィジー・キリバス・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦・ナウル・パラオ・パプアニューギニア・サモア・ソロモン諸島・トンガ・ツバル・バヌアツの十四ヶ国と、ニュージーランド領のクック諸島とニウエの二地域の首脳たちである。

 オーストラリアやニュージーランドを除けば、オセアニア諸国は人口も経済力も小さいので目立たず、日本からの注目度は低いのが残念だが、

なんといっても伝統的な親日国が多く、日本が嫌いで嫌いで仕方の無い国はほっといても、大切にしなければならない国々である。

人口数万の小さな国でも国連での一票は一票である。

海底の下には、手付かずのレアメタルなどの資源が眠っているとみられるが、これら大洋州諸国は広大な経済水域を持っており、将来的には経済的にも重要なパートナーとなる可能性も秘めていると思う。

 近年大洋州諸国では、中国が急速に影響力を増しており、四月上旬には日本のマネをして、パプアニューギニアなど台湾と外交関係がない六カ国を集めた”中国版島サミット”を開き、今後三年間で三十億元(約四百二十億円)の優遇融資を行うと発表したばかりだ。

中国の狙いは、影響力の拡大とともに、親台湾・親日派が多い大洋州諸国の切り崩しにあると思われる。

引用記事 

ナウルやキリバスとの国交樹立をめぐって台湾と中国が激しいつばぜり合いを演じていたし(最近のソロモン諸島の暴動はその余波)、中国は1997年にキリバスの同意を得て”人工衛星追跡基地”を建設したが、どうもキリバスに隣接するマーシャル諸島共和国にある米軍基地を監視するのが真の目的だとする説がある。

もしそうだとしたら、基地や米軍の艦艇・航空機・ミサイルなどから出る電波を傍受しているのではないだろうか。

引用記事 

(やしの実大学は日本と大洋州諸国との深いつながりを紹介しています。一見の価値アリ)

 以上の点を踏まえても、日本政府・外務省が島サミットを開催した意味は非常に大きい。GJ!である。

今後は是非、返礼として首相や外相などが手分けをして、これら国々を直接訪問していただきたい。


援助も大事だが、首脳同士の密な交流も欠かせない。

 今回の島サミットで、日本は総額450億円規模のODAを大洋州諸国へ拠出することを表明したが、それでちょっと思い出したことがある。

太平洋に浮かぶ、ある小さな島国での失業問題を取上げたドキュメンタリーをTVで見たのだが、

その国では先進国の援助を受けたものの島に産業が無いために雇用が生まれず、生活保護を受けた島の若者がやることも無いので、昼間からぶらぶらしたり、ドラッグに走ってしまうといった問題点が指摘されていた。

島の長老が「私達が欲しいのは魚(お金)ではありません。魚を釣るサオと釣り針(産業や雇用)です。それがあれば援助が無くても自立していかれるのです。」とおっしゃっていたのが、印象深かった。

 日本の援助が大洋州諸国のための”サオと釣り針”につながることを希望する。

実際、トンガでは日本の技術指導でかぼちゃの栽培が盛んになって、それが日本に輸出されて、トンガで”かぼちゃ御殿”を建てる人まであらわれたと聞いた。

日本の援助がそういう形だとすてきだなと思う。


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関連記事・◆年内の日韓首脳会談はナシ

韓国人学者が竹島問題を批判

  • 2006/05/29(月) 12:24:09

 韓国人の学者が「韓国の竹島領有の根拠は事実関係の歪曲」と結論づけた論文を発表したという。

【ソウル=黒田勝弘】日韓が領有権を争っている竹島・独島問題をめぐって日本糾弾一辺倒の韓国で、歴史歪曲(わいきょく)を含む一方的な情報注入による過剰な愛国主義や、日本に対する過去イメージ偏重など韓国社会の現状を批判し、「国際的に通用する客観的な事実と論理」の必要性を強調する学術論文が発表され話題になっている。

 このほど出版された『日本学叢書1/日本は韓国にとって何か』(金栄作・李元徳共編、ハンウル社刊)に収録されている玄大松・東京大学東洋文化研究所助教授の「韓国人の独島意識形成過程とその構造」と題する論文で、小学生から大学生まで若い世代に対する意識調査(2001年、約1200人を対象に実施)を分析したものだ。“独島タブー”のある韓国で、韓国側の主張や姿勢に対する韓国人学者の“批判”はきわめて異例だ。

 調査によると「独島は韓国の領土」という意識は小学入学前に48%が持っており、小学生では94%にもなる。この領土意識は大衆歌謡、テレビ、教科書、教師、父母…などを通じて形成され、このうち小学生など若年層ほど大衆歌謡の影響が大きく出ている。

大衆歌謡というのは1980年代以降、韓国で広く歌われている「独島はわれらの地」という歌で、歌詞には島の位置から自然環境、歴史的根拠、日本のことなどが詳しく織り込まれている。とくに古代6世紀の新羅時代から韓国領だったという古文献のことまで登場するため、韓国国民の多くは歌の文句で島に関する知識を得て、そう信じ込んでいる。

しかし論文は古代史の「三国史記」はもちろん、韓国が歴史的根拠としてよく引用する中世の「東国輿地勝覧」や「太宗実録」「成宗実録」なども鬱陵島の記録であって竹島・独島は関係なく、歌の文句を含め「事実関係の歪曲」だと指摘している。

論文はまた、韓国マスコミの歴史問題や「独島」問題に関する日本批判は「過酷なほどだ」といい、調査においてさえ「韓国マスコミは事実報道より反日感情を扇動し」「両国の意見を不公平に取り上げている」とする意見がかなり出ているとしている。

調査では領土問題で「日本の主張にも根拠がある」18%、「日本を刺激すべきでない」9%、「国際司法裁判所で解決」25%、「日韓共同管理」5%、「戦争の可能性」30%などといった結果も出ている。

韓国では過去、韓国の立場を支持する日本の学者の主張や研究はよく紹介されている。今回の論文は日本の主張を支持するものではなく、韓国側の方法論を批判するものだ。論文は結論で「韓国では戦後60年間、学界と言論界が一緒になって客観的事実より植民地支配の記憶と反日感情に訴え、愛国主義を前面に国民に誤った認識を植えつけてきた」と述べている。

【2006/05/22 東京朝刊から】



引用記事 


 これは非常に興味深いと思う。

この韓国人学者・玄大松氏は、「だから竹島は日本のものだ」ということを言っているのではなく、「これまで韓国が主張してきた竹島領有の根拠は事実を歪曲している」という事だけを言っているようだ。

それだけでもちょっと驚きであるが。

また韓国で行われた意識調査でも「日本の主張にも根拠がある」とする人が18%いることもわかった。

 論文では、韓国の古代歴史書”三国史記”の記述はもちろん、韓国が歴史的根拠としてよく引用する中世の”東国輿地勝覧”や”太宗実録””成宗実録”なども鬱陵島の記録であって竹島とは関係なく、”独島はわれらの地”という歌の文句を含め「事実関係の歪曲」だと指摘しているとのことだが、

これは、韓国による竹島領有権の根拠がでっち上げである証拠として、日本側が再三指摘している内容そのままである。

日本側の主張の正しさが一層裏付けられたということが言えよう。

 ところで、玄大松氏は、「だから竹島は日本のものだ」ということを言っているのではなく、韓国の竹島領有権の根拠として「国際的に通用する客観的な事実と論理」の必要性を訴えているとのことだが、

日本側も玄大松氏も指摘するように、”三国史記””東国輿地勝覧””太宗実録””成宗実録”の記述が竹島ではなく鬱陵島の記録であれば、1905年以前に韓国が竹島を領有していたという根拠がほとんど消滅する。

つまり「国際的に通用する客観的な事実と論理」を構築するもなにも、このことによって、韓国による竹島領有権の根拠がほとんどが消え失せたのは明白である。

 さらに興味深いのは韓国人の竹島に対する認識の形成の仕方で、多くの韓国民は”独島はわれらの地”という大衆歌謡を幼少時代から繰り返し歌うことで、「竹島は韓国のものだ」という意識を刷り込まれ、洗脳されていくという点だ。

これには気づかなかった。

独裁国家は、歌や映画といった大衆に訴える力の強い芸術を洗脳のためのプロパガンダとして良く利用するが、それと全く手法は同じだ。

 もっとも、韓国民が漢字を理解でき、その上で”三国史記”を読めば、その記述が竹島ではなく鬱陵島のことを言っており、”独島はわれらの地”の歌詞がインチキだと一発でわかるはずなのだが、

現代韓国人は、たいてい自分と家族の名前、それに”大韓民国”ぐらいしか、漢字を読めないので、”独島はわれらの地”の歌詞がインチキだと理解できないのであろう。

戦後の韓国は民族主義によって、韓国語の表記のハングル化を急速にすすめたため、一部の学者を除いた韓国人のほとんどが、それ以前の記録を直接読むことができなくなってしまった。

なぜなら、それ以前の記録の大半が漢字表記だったからだ。

 このように、何の根拠も無いデッチ上げのプロパガンダによって形成される、「竹島は韓国のものだ」という韓国側の国民感情。

日本の左翼勢力を中心に巻き起こっている、このような韓国民の国民感情に配慮して、竹島やそれに付属する排他的経済水域を「韓国に譲ってあげましょう」とか、「日韓で共同管理にしましょう」といった主張がいかにバカバカしいものであるかが良くわかる。

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関連記事・盧武鉉のクレージーな歴史認識

関連記事・本当のアジア重視とは?

関連記事・韓国は帝国主義国家である

民主主議論・総括

  • 2006/05/27(土) 02:20:45

この数日間にわたってなされてきた民主主議論だが、「三輪氏に再度反論する」という私のエントリーに対して、2日以上先方から具体的な反論もないし一向に読解力もついていないようだし、通常の記事のアップも遅れ気味なので、この総括をもって一旦終了としたい。

(実は先方のブログに「数回に分けて(共謀罪)」というシリーズが始まったようなのだが、具体的な反論は今のところ無いし、完結するのを待つのは時間の無駄だから様子をみる)

先方も「民主主義を論じる最低限度の資格」のコメントで、

>話の行き足がついてしまってましたので、そのまま共謀罪の話に絡めての論陣に突入してしまった訳ですね。
>これは、あなたのみならず、クロフネ氏に対しても最後まで済まない事をしてしまいましたかね・・・。

と謝罪しているようなので。

 また、山崎行太郎と言う人物がブログで、「(クロフネは)小泉や安倍の言うことも、することも、ぜーんぶ正しい、文句ある奴は民主主義の敵だ…、とかなんとか喚いている。」と、こちらが言ってもいないような事をわめいている。

こっちは1+1=2って言っているのに、自分のブログでは「クロフネは1+1=3て言っているぞ。あいつは馬鹿だな」と言って、自分のブログの信者と一緒になって笑うという手法が一部ではやっているようだ。

山崎行太郎よ、私のブログのどこに「小泉や安倍の言うことも、することも、ぜーんぶ正しい、文句ある奴は民主主義の敵だ…、とかなんとか喚いている。」なんて書いてある? どこをどう読んだらそう読めるのだ? 

それが指摘できたら相手してやるが、できないのなら相手してやらない。
日本語の不自由なヤツをいくら相手しても時間の無駄だから。

そういえば山崎行太郎という人物、民主党・永田議員のライブドア・ニセメール問題の時、民主党・永田議員側を支持する記事をぞくぞくと書いて、とんだ赤っ恥をかいたやつだっけ。

ますます相手する価値無し。

リンク 

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 それではここからが本題だが、saさんという方のおかげで、わかってきたことがある。

それは今回の議論が、「AはBである」という私の記事(強行採決批判は情けない! )に対して、「何を言っているんだ!クロフネは馬鹿で頭がおかしなヤツだな。AはBに決まっているじゃないか」という具合に、三輪氏が何度も何度も極めて恥ずかしい”壮大な誤爆”をしていたのではないかということだ。

私の主張は一貫して、民主主義システムの否定者を批判しているのであって、小泉政権や共謀罪の是非を論じているのではない事は、普通の読解力がある方なら十二分におわかりいただけると思う。

もっとわかりやすい例をだせば、国民の大多数が「共謀罪なんてろくなもんじゃない」と考えて、それを受けた多数派与党から共謀罪廃止案が国会に提出されたとする。

しかし、少数派野党が採決拒否によって国会の会期切れ・廃案に追い込んでしまった場合、当然、国民の大多数が反対しているのに共謀罪は廃止されないことになる。

この場合でも私はやっぱり「与党は強行採決をするな!」と言って採決拒否をした野党を「情けない。民主主義の原則を否定するなんて民度が低いな」と言って批判する。

私が批判するのはあくまでも民主主義システムの否定者だから。

 で、私と三輪氏の主張の違いは、共謀罪の是非そのもの以外は存在しないように思われる。

共謀罪について三輪氏は何があっても絶対反対。

私は国民の多数派が望むことなら、例え自分は共謀罪に反対していてどんなにイヤでも採決結果は受け入れる、という違いであろう。

(後でもう1回ここに戻ってくるから良く覚えておいて欲しい)

自分から喜んで共謀罪に賛成することと、共謀罪に反対していてどんなにイヤでも受け入れるということの違いを、理解する能力が先方と彼らのブログの信者達には無いとしか思えない。

この二つが一緒のものだと思っているから、私が喜んで共謀罪に賛成していると思って、最初に捨てぜりふのようなコメントを私のブログに書きこんで、論戦を挑んできたのではないだろうか。

三輪氏本人はそれを否定しているが、そうでなければ説明がつかない。

 私の民主主議論の根源をたどると、人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利の問題に行きつく。

他人が自分の将来を決定するなんて奴隷そのものだし、他人が自分の将来を決定して、その結果起こった悪いことを自分がかぶるなんて理不尽なことを良しとする人は少ないだろう。

(もし良しとする人は選挙を棄権してください)

国家の政策というのは、国民ひとりひとりの将来と深く関わっており、国民はそれぞれ一票ずつだけ、自分の将来を決定する権利を持っているわけだ。

ただ、国民一人一人の選択と国家の選択がすべて一致するということは、まず有り得ない。

国民の誰かが必ず、自分の選択とは違う国家の選択を受け入れなければならない。(つまり死に票)

その場合、国家の選択を国民の多数派の選択にした方が、そうした自分の決定とは不本意な選択を受け入れる人の数が少なくて済む。

そこに「とりあえず多数派の意見を正しいとする」という民主主義システムの正当性があると思う。


そして多数派の意見というやつは絶対に不変ではなくて、時間とともに変化し、時には正反対の方向にふれることもあるだろう。

それが民主主義の柔軟性である。 この柔軟性があるかぎり、例え民主主義国家の選択が一度失敗しても軌道修正される。

国民の多数派が「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の価値観を持ち続け、そうした価値観を尊重する政治家を国会に送りつづける限り、まず民主主義が死ぬことは無い。

だから、私はこの民主主義の原則に反する、少数派野党による採決拒否を批判したわけだ。 それは民主主義の死を肯定することだから。

そしてこの原則に従う限り、国民の多数が自分の将来を選択し、起こった結果は良いことも悪いことも自分でかぶるという、人間の基本的権利が守られる。


 ところがどんな理由であれ、一旦「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めてしまうと、

「自分のやっていることは正義なのだから」と言って少数派による支配、つまり独裁体制を正当化する邪悪な連中が国政に登場する道を開くことになる。

間違いに気づいた国民が「お前は自分のやっていることは正義だと言っているが、ただの独裁者じゃないか」と言って批判しても、一旦「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」ということを認めてしまって民主主義を殺してしまっているから、間違いは修正されず、独裁者が権力にしがみつづける限り、民主主義は回復しない。

これの最悪の形はスターリン、金正日のような個人独裁体制。

究極の少数派であるたった一人の人間が、戦争や粛清などを実施することによって何千万・何億という人の将来を勝手に決めて、その結果、多数派である国民の何百万が死ぬような事態を引き起こす。

この悪い結果をかぶるのは、将来を決定した少数派の独裁者本人ではなくて、他者に自分の将来を決定された多数派の国民だ。

死ぬのは国民で、将来を決定した独裁者は一切の責任が問われないとは何という理不尽なことだろうか。
 人間の基本的権利が全く無視されている。

だから私はどんな理由であれ、「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」ということを認めないわけだ。

 しかし三輪氏は「共謀罪は民主主義を殺した戦前の治安維持法の再来だから。自分は絶対に正義なのだから」という理由で、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めよということを主張し、この例外を認めない私に「民主主義の死を結果的にでも受け入れるのか」と言って批判しているようだ。

だが「共謀罪は民主主義を殺す」という三輪氏の主張が絶対的に正しいのかどうか誰が判断するのか、その判断の結果の責任を取るのは誰かという重大な問題がある。

もし国民多数派が選択した共謀罪制定が正しい選択だったとしたら、少数派の三輪氏の意見を採用して多数派を無視した結果、共謀罪が制定されなかった事によって発生する不利益は、自業自得で三輪氏もかぶるかもしれないが、正しい判断をして共謀罪制定に賛成していた、何の責任も無い国民の多数派もかぶることになる。

もし三輪氏が究極の少数派で、日本国民でたった一人共謀罪に反対していて、残りの一億三千万人が賛成していた場合、たった一人の判断の間違いが、残りの一億三千万人を苦しめることになる。

これがいかに愚かなことであるかは先ほどの、スターリン、金正日のような個人独裁体制の例で示した通り。


もし三輪氏の「共謀罪は民主主義を殺す」という主張が正しくて、残りの国民の判断が間違っていた場合で、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めて共謀罪を廃止したら、

一旦民主主義の危機は去るかもしれないが、「少数派が多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を一旦認めた以上、邪悪な意図を持って制度を悪用するヒトラーのような独裁者志望の人間に、道を開くことになる。

これによって結局民主主義は死ぬ。
ドイツ・ワイマール共和国が死んだのは好例だろう。

このように、「少数派が民主主義の原則を破り、多数派の決定を無視して国家の将来を選択して良い」という例外を認めて、一旦民主主義の原則を否定すると、遅かれ早かれ民主主義は死に、独裁体制が出現してしまう。

だから私は例外を認めないわけだ。

 ところで、国民の多数派が「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の価値観を持ち続け、そうした価値観を尊重する政治家を国会に送りつづける限り、まず民主主義が死ぬことは無いのだが、

もし万が一、三輪氏の主張が正しかったのに、一億三千万人の間違った意見を採用して共謀罪が制定され、その結果日本の民主主義が死んだら、自分の決断によって起こった悪い結果をかぶるのがやっぱり多数派の一億三千万人という事実は動かない。

起こった結果は最悪だが、最初に言った民主主義の根源となっている「人間(成人)は自分の将来を自分で決定する権利があり、その決定によって起こったことは良いことも悪いことも、決定した本人がかぶるべきだという、人間が持つ基本的権利」は最低限守られたことになる。

少なくとも一億三千万対一(一は三輪氏のこと)で、多数派である一億三千万の権利は守られるわけだ。

ここにも少数派ではなく、多数派を尊重する民主主義の原則があらわれている。

 で、私はこういう民主主義の失敗を喜んで認めているわけではなく、そういうことが起こらないように、必死になって日々ブログで記事をアップし続け、「とりあえず多数派の意見を正しいとして国家の選択とする」という民主主義の原則の否定である、採決拒否(裏返せば強行採決批判)を批判し続けているわけだ。

私の意見を国民の多数派が受け入れてくれる限り、以上のような失敗は起こり得ないから。

ここで、最初の問題、

>共謀罪について三輪氏は何があっても絶対反対。私は国民の多数派が望むことなら、例え自分は共謀罪に反対していてどんなにイヤでも採決結果は受け入れる、という違いであろう。

>自分から喜んで共謀罪に賛成することと、共謀罪に反対していてどんなにイヤでも受け入れるということの違いを、理解する能力が先方と彼らのブログの信者達には無いとしか思えない。

ということに帰ってくるわけだ。

 私が言っている「多数派が正しい」とするループの中に入っている限り、民主主義が死ぬことはない。 三輪氏の「ループから出る例外を認めよ」ということを認めると容易に民主主義を殺すことが出来るようになる。

だから私は三輪氏を再三批判しているわけだ。

 それでは「多数派が正しい」という原則を守っていたのに万が一、民主主義が死んでしまい独裁体制が生まれてしまったらどうするかというと、国民全体が立ち上がって民主化革命を起こすしかない。

自分の選択の結果の後始末を自分でつけるのは当然だろう。

1990年前後に東欧で共産主義独裁体制を民衆が倒したような。

大多数の国民に軍隊が応援してくれれば、ポーランドやチェコで起こった無血革命になるし、また、国民+軍隊VSセキュリタテ(秘密警察)の銃撃戦による流血革命となったルーマニアのようになるかもしれない。

フランス革命だってアメリカ独立戦争だって、民主主義はそうして生まれたのだから。

でも私はドンパチなんて出来る限りやりたくないから、こうして原稿料もらえなくても、一生懸命記事をアップし続けているわけである。

(ちなみに三輪氏は私が、「憲法第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」に違反していると主張しているが、全くばかばかしい)

 これまで述べてきたことは民主主義の基本理論で、当たり前だと思っていたが、これを理解できない人が多いのに改めて驚いた。

日本の民主主義もまだまだだなと思うとともに、「強行採決批判は情けない!」の記事を書いて良かったと思う。

最後に、三輪氏や彼の取り巻きのような「少数者による国家の針路の選択」つまり独裁体制を肯定する者は、理性で感情をコントロールするのが苦手で、自分の感情から発生した「自分は正義だから」で独裁政治を正当化するという共通の特徴を持っている。

自称していることだし彼らは極右主義者のようだが。

それは”左翼”を解剖する(その2)で述べた通りだが、

>私は極左と極右、いいかえれば共産主義とファシズムは、独裁体制という名の一つのコインの裏表だと思っている。

>独裁体制を「格差社会阻止・平等社会建設」というタテマエで正当化したのが共産主義、独裁者のカリスマ性や自民族優越主義などで正当化したのがファシズムで、ありとあらゆる悪徳にまみれ、ろくでもないという意味では、共産主義もファシズムも全くいっしょだった。

という私のエントリーの正しさが改めて裏付けられたように思う。

だから私は民主主義を否定する極左と極右それに超然主義者を批判しているわけである。

民主主議論についてはほとんど述べ尽くしたと思うので、これをもってこの議論はお開きとしたい。

(「三輪氏に再度反論する」と、この記事に対する具体的な反論が氏からあればお受けする。

なお土日はゆっくりさせてもらうが、三輪氏の読解力に改善が見られず、こっちは1+1=2って言っているのに、自分のブログでは「クロフネは1+1=3て言っているぞ。あいつは馬鹿だな」と言って、自分のブログの信者と一緒になって笑うという手法を使い続けるなら今後は無視する。

また、私を「馬鹿」とか「頭がおかしい」と根拠無く罵ったことについて謝罪がない場合も、返答を拒否する権利を留保する)


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北城氏の靖国批判を笑う

  • 2006/05/25(木) 00:34:51

 24日づけ産経新聞朝刊に「靖国提言は変えていない」という記事が載っていた。

 経済同友会の北城恪太郎代表幹事は、23日の定例会見で、9日に発表した首相の靖国参拝の再考を求めた提言について、「賛否両論、多くの意見が来ており、そのすべてに真摯に耳を傾けているが、同友会の提言の内容が変わるわけではない」と、同友会として提言内容を改める考えの無いことを示した。

(略)

また17日に首相と会食した際、「お騒がせしました」と話したことについては「提言内容を変えたわけではない」とし、提言について謝罪したとの見方を否定した。



 皆さんは、北城恪太郎氏の発言をどのように感じただろうか?

私には、極めて不誠実で一体何を考えているのかわからない不気味な人物の発言に思える。

経済同友会の提言として、いったん首相の靖国参拝を批判しておきながら、
実際に小泉首相に会うと「お騒がせしました」と謝罪して先の発言を撤回したかのようにふるまい、その後改めて靖国参拝に反対しているからである。

 たとえ北城氏が靖国参拝に反対だったからといって、私は怒りを感じたりはしない。

北城氏も国民みんなが納得するよう、論理的にご自身の考えの正しさを証明なさればいいだけである。 もっとも、矛盾に満ちているだろうから批判することになるだろうが。

それを会う人ごとに、発言をころころ変えていては、極めて不誠実で一体何を考えているのかわからない不気味な人物と思われても仕方ないだろう。

 私はどちらかというと欧米人的な考え方に近いと思っているのだが、日本人でもあるので北城氏がどうしてそのような矛盾にあふれる言動をしたのか、わからないではない。

これまでの日本社会は、皆が同じということが前提となっている社会であった。 裏返して言えば「出る杭はうたれる」わけで、多くの場合、皆と違うということはそれだけで悪なのである。

だから日本人は他者と意見が食い違うことを異常に恐れる。 自分が悪くないと思っても意見が対立した相手にすぐに謝る。

逆に、日本列島以外の世界で普通に行われているような、交渉で意見の違いを双方がはっきりとぶつけ合い、時には議論で相手をねじ伏せるようなことは、日本列島内の価値観からすれば悪以外の何物でもないのである。

日本列島以外ではそうした価値観は通用しないのであるが、多くの日本人にはそれがわからない。

そうした極めてドメスティックな日本人の一人が北城氏である。

しっかりとした哲学を持たないために自分の頭で善悪を判断することもできず、他人が右と言えば右へフラフラ、左と言われれば左へフラフラ。

挙句の果てに大切なロバ(財産)を川へ落っことした、あの少年と老人の話そのものである。

靖国参拝に反対するかと思えば、「お騒がせしました」と謝罪したかのような態度を見せ、再び靖国参拝に反対するという北城氏の発言は、まさしくこれだ。

グローバル化の進展で、世界と日本の交流が深まる中、このようなタイプの人が日本の財界の顔というのは、どうなのだろう。

 そもそも、靖国問題や歴史認識問題など日中外交摩擦の原因は、北城氏のように「相手が怒っているからとりあえず謝っておこう」と考えて「おさわがせして申し訳ない」と言うような、保守本流を僭称する(実際は左翼臭い)自民党宏池会の指導者に代表される、何の哲学も持たない日本のリーダー達が、中国や韓国が日本へ内政干渉をしても良いという”不平等条約”を安易に認めたことに端を発している。

そして不平等条約の撤廃を求める現在の日本の足を再びひっぱっているのが、やっぱり北城氏のようなおよそ国際社会が見えていない、ずぶずぶの日本人である。

私は日本人が一枚岩となって、「中国の内政干渉は今後一切認めない。かつて結んだ”不平等条約”は撤廃する。」と主張すれば、靖国問題がこれほどの大騒ぎにはならなかったと思う。

しかし、北城氏のような日本人がいるから、中国も韓国も”不平等条約”がこれからも維持できるんじゃないかと考えて、益々ファイトを燃やし、問題がややこしくなるのである。

 ところで、中国の言い分を何の疑いも無く鵜呑みにする北城氏に代表される東京を中心とする経済同友会に対して、関西経済同友会の提言は「中韓の言い分に惑わされず毅然として臨め」という正反対の内容のものだったことは、皆さんもご存知だろう。

これは非常に面白いと思う。

いわゆる”オレオレ詐欺”の被害額を、東京を中心とする関東と大阪を中心とする関西とを比較すると、圧倒的に関西の方が少ないことは良く知られているが、このことと靖国問題に関する東西の財界の意見の違いは、おおいに関係があると思う。

商売に関して言えば、関東人は5000円の値札のついている商品を欲しいと思えば、売り手のつけた値段に何の疑いも無く、黙って5000円札を出すだろう。
そこに交渉の余地はゼロであり、そうした希薄な人間関係が原因となって、深い洞察力は生まれない。

しかし、関西人なら売り手のつけた値段を鵜呑みにせず、「高いがな。ちょっとまけて~な」と言って、値切り交渉をはじめるだろう。

ここで交渉と濃密な人間関係が発生し、人と人との関係への深い洞察力が養われる。

誤解を恐れずに言えば、同じ日本人でも関西人に比べ関東人は、人間関係の構築テクニックが稚拙でウブなんじゃないかと思えるのだ。

(差別になってしまうから全ての関東人がそうとは言わないけれども)

だから関東人は、オレオレ詐欺の犯人の言葉を真に受けて、あっけなくだまされて何百万も犯人の口座にまんまと振り込んでしまう。

逆に関西人は、他人の言うことをそのまま鵜呑みにしないから、オレオレ詐欺の被害が少ないのではないだろうか。

 私は「首相が靖国参拝を中止しなければ、日中関係は大変なことになる」という主張は、中国政府による世界で一番タチの悪いオレオレ詐欺だと思っている。

関西経済同友会は、靖国問題というオレオレ詐欺を簡単に見破ったが、東京を中心とする経済同友会は、あっけなくオレオレ詐欺にひっかかって、「首相は靖国参拝を中止せよ」などと口走るのである。

 民主党の前原・前代表は靖国参拝に反対していたが、「中国の軍拡は脅威だ」と言っただけで、中国政府要人との会談を拒否された。

靖国などは数ある口実のひとつであって、本当のところ中国政府とちょっとでも意見の違う日本人は、徹底的に排除されるのである。

北城氏も言うように、日本は、首相の靖国参拝に反対しても許される多様な価値観が存在する社会だが、中国は、共産党政府のやり方を批判すれば、思想犯用の強制収容所が待っている。
(これについては北城氏は全く目をつぶっている。)

この事実こそ「日本の首相が靖国参拝を中止しなければ、日中関係は大変なことになる」というのが、中国政府による、世界で一番タチの悪いオレオレ詐欺である証拠だ。

結局中国が望んでいることは、日中友好という掛け声とは裏腹に「中国が主人、日本は奴隷」という関係だ。

中国によるオレオレ詐欺が見ぬけない、北城氏に代表されるような、しっかりとした哲学を持たないために自分の頭で善悪を判断することもできず、他人が右と言えば右へフラフラ、左と言われれば左へフラフラといった、極めてドメスティックな日本人の存在が、靖国問題の本当の元凶だと思う。

逆に、同じ日本でも関西の文化は世界の常識にちょっとだけ近いのかもしれない。 

そして日本人の外交官を養うなら、日々「おっちゃん、まけて~な」という交渉を行っているタフネゴシエーター・関西人が良いのかもしれない。


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三輪氏に再度反論する

  • 2006/05/24(水) 07:21:50

 先日の、三輪の何某(名前を間違って覚えていたようで訂正する)に反論するという私の記事に対する、三輪の何某氏の反論が先方のブログにアップされたので、まずはご覧頂こう。

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おかしなトラバが来ていました・・・・。

外交と安全保障をクロフネが考えてみた。 三輪の某に反論する

だそうです・・・。では、その反論に対して更に逐一反論です。

>最近の私の記事、強行採決批判は情けない!に、「三輪の某」という方から、

>>この時点で貴方の底が見えましたね。政治を論じる資格ナッシング。

>というコメントを頂いた。

まずもってこの人は目が悪いか、漢字の学習をまともにやっていなかった人の様だなと。
そういう印象を私は貴方に抱きました。

>それに対して反論のコメントをしておいたのだが、政治を論じる資格が無いとまでタンカを切っておきながら、あっけなくトンズラというのだろうか。

そしてこの人は自分が常に注目されている人だと思っている様だ。
と言う印象も抱きました。

平素、私は貴方のブログにはほとんど目を通していません。

>当ブログの信用にもかかわる問題なので、コメント文をそっくり記事にして再度反論を試みる。

はいはい。



あまりに長文な上に輻射量が凄い電波なので続きは後半で。
>こちらこそ、この時点で貴方の批判の底が見えた気がしますが。

>大方、私が共謀罪新設に賛成しているんだと思って、カーっと頭に血がのぼって脊髄反射で書きこんだんじゃないですかね。よく読んだんですか、私の記事。

いえ、それは深うがちですね。
私は貴方に民主主義を語る資格、あるいは資質がないと言っているだけです。

「日本がどんどんおかしくなってきているのは、言って見れば日本人が民主主義を最低のレベルですら理解できなくなってきているから。
そう言う結論になってしまうのだろうか。」

この後に「そして」と言う言葉を挟んで、日本国民の向かっている危険な方向性について別段として共謀罪を述べるつもりだったんです。
ただ、中座してその後に書き始めたので、「そして」と「そして」の間に本文部分を書いてしまいました。「そして」以下の内容も重複していますしね。
誤解を与えた事にたいしてはお詫びを致します。

>あなたこそ私の記事を論じる資格ナッシングじゃないかと思うんですが。

思うのは勝手です。でも、現実は厳しいですよ。

>まあ、たとえそうじゃなくてもお付き合いしますけどね。他の読者さんにも疑問に思った方がいるかもしれないから。

別に付き合わなくても良いですけどね。
平素から私は貴方のブログをほとんど読んでいませんし、今までも引用すらしていなかった筈です。
無理しなくても良いですよとだけは言っておきます。


>>民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。
 これは動きません。それとも少数派の意見を採用する政治体制のことだとおっしゃりたいのでしょうか。

ストライクアウト!

多数派が正しいと言うのは前提ですか?それならば、その前提はどこから導き出されるのですか?
もしもこの前提が正しくなければ、貴方の出す結論は必ず間違いと言う事になります。

前提と結論の関係は「三段論法」をGOOGLEで検索すれば、日本語を読む能力と高校生程度の学力があれば理解可能かと思われます。

ちなみに、これは動きます。

もしも「多数派が必ず正しい」と言うのが民主主義の前提ならば、「民主主義政体を採用する世界各国において議会で少数派の意見が認められている事実」をどう説明するのでしょうか?

「多数派(与党)」が正しいと言うのが動かない前提ならば、国費を使って開催する議会で「正しくない少数派(野党)」が国費の浪費を伴う質疑を行う事は民主主義に反してはいませんか?

と、この事実の指摘一つで「多数派は必ず正しい」と言う前提が誤りだと証明できます。

>もし私が共謀罪新設に反対だったとしたら自民・公明両党を全力で批判しますけど、与党が考えを変えないまま採決が行われた結果、法案が可決されたら、どんなに私が不満に思ってもその結果は受け入れます。 そのあとにやっぱり与党を批判はしますが。

つまり、事後に文句は言っても、間に合う間に危険な政治の動きをチェックする働きはしないと言う訳ですね?
これは「多数派が必ず正しい」と言う間違った前提に沿った方向性なのでしょうか?

YamaguchiJiro.com 2005年04月07日 05年4月:イギリスに見るチェックアンドバランスの巧みさ

小泉首相の様に結構な権力を振るってきたブレア首相に対して、議会、メディア、そして市民がチェックを行う動きが強まってきたと言う記事です。
成熟した民主主義ではこのチェックと言う行いが重要になります。
それをしない事は「民主主義を理解していない」事であり、チェックを受けない民主主義は独裁者の国の政治と全く変化ありません。

>短期間の観察ではあるが、上院にせよ、メディアにせよ、権力に対するチェックという役割を十分に演じていることに、イギリス政治の奥の深さを感じた。

まあ、この結びだけ見ても、民主主義かくあるべしと言う方向性が象徴的に理解できる所でしょう。

>なぜなら与党が現在の多数派国民の代理者であり、それを受け入れるのが民主主義のルールだから。

>結局のところ、貴方は一方で民主主義を肯定していながら、他方では「共謀罪新設反対という自分の意見は絶対に正しいんだから」という理由をつけて、民主主義のルールを否定することを正当化しているんですよ。

>その矛盾がわかりませんか。

>そして自分を民主主義の擁護者だと”僭称”している。

馬鹿かお前は?(ぷつんと行きました)

民主主義に反する法律を、国民の選んだ代理人が制定する。
(指摘がありましたので加筆します。共謀罪を反民主主義の法律と私が主張するのは以下のエントリーでの記述に拠ります。 2006.05.22 Monday 小泉は絶対権力を求めるのか?)

それこそが「国民に対する裏切り」だろうが?

その事実を指摘する事が「民主主義のルールの否定」か?

お前みたいな馬鹿が居るから、保守勢力の事を「プロ奴隷」と侮蔑する下種なサヨクが出て来るんだよ。

言っておくぞ。
日本国民は小泉に対して「日本のためになる事、日本人のためになる事を行う」その約束で小泉に「権限を委譲した」だけだ。

選挙で選ばれた小泉が日本国民の生殺与奪を握る危険な法律を制定しようとしたら、そんな小泉に「約束違反だ!」と声を上げるのは当然だろう?

と言うか、こんな頭のおかしな事をよくも人前に平気で公表できるな、お前。

真剣、お前ってどうかしてるだろ?

>民主主義とは常に正しい選択がなされるという政治体制のことではありません。
>間違ったら軌道修正が行われる体制のことです。

あのね・・・ちみ・・・。
前段に書いている事と正反対の事を次に書いてるんだけど、その矛盾について説明できる?

>そのメカニズムは以下に書いたとおりです。

以下に書いた?

以下のとおりでしょ?

「以下」ってのはこれから読む文章で、「書いた」と言われても困るんだけど?
日本語きちんと理解できてる?

>>当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。

>>もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。

>>これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。

つまり、もう小泉がどんな悪い事しても手遅れだから、クロフネ流民主主義風味ルールの犠牲になって、皆さん小泉さんに共謀罪でかたはめられなさいと言う事ですか?

>>(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)

問題になると思うが?

>多数派の間違った意見が政策として採用され、あとで間違ったと気づいた国民によって政権交代が行われ、政策が修正されるなんて一見ムダなコストに見えますが、それが必要最小限のコストであるのは、少数派による独裁体制のコストと比較すると良くわかります。

ちみの言っている事は、多数派は合法的に独裁ができると言っている訳なのだが?

>もし少数派の意見が正しいとする体制つまり独裁体制で政策の誤りがあった場合、その修正も行われなければ独裁者の責任も問われないということがしばしば起こります。

戦前の治安維持法は三年で刑罰の上限が死刑にまでアップされた。
治安維持法それ自体の修正を阻止する為に・・・。

>なぜなら独裁者が己の非を国民の前で認めることは、しばしば国民による独裁者打倒の動きへとつながるからです。

>だから独裁者は、情報統制やプロパガンダなどで己の失敗を全力で隠そうとします。

小泉がセコウしている理由ですね?
文藝評論家=山崎行太郎のブログ 『毒蛇山荘日記』 - 「まだセコウしてますか?」「2ちゃんねる」が日本を救う。(笑) 

>北朝鮮の金氏独裁体制が何十年も国民を苦しめていますが、情報統制と「北朝鮮国民が苦しいのはアメリカと日本のせい」といったプロパガンダで、国民の不満をそらし、なかなか政策の修正も行われなければ、一切の金日成・金正日の責任も問われません。

>その結果、国民は苦しみ続けることになる。 これが独裁体制のコストです。

だから、日本国民も民主主義のチェック制度をきちんと働かせるべきだと私は思うのだけどね。
そうでなかったら、北朝鮮を笑えない方向性に進みかねないから。

>一方、民主主義は国民が政策を決め、その結果起こったことは良いことも悪いことも最終的にかぶるのは、政策を決めた国民自身です。

>その結果に不満だったら国民は、政策を変えるだけです。
>この場合の国民とは、多数派のこと。

>これが民主主義のコストです。

クロフネ流民主主義風味独裁政治については良く理解できた。
ただそれだけだね・・・。

「多数派でない者は国民ではない」と言う様な、やけくその放言にも聞こえる文章で、格調とかは探しても見つけられない所が凄く良い感じだ。

>民主主義体制維持のコストと独裁体制維持のコスト、どちらが高くつくかは一目瞭然でしょう。

>ここに気がつかない貴方は、底が浅いと言わざるを得ません。

>民主主義体制のもとでは、あれこれ理由をつけて民主主義を殺すことを正当化する者が現れますし、そうした自由さえあるのが民主主義です。

>ワイマール共和国から生まれたヒトラーのような極右主義者が代表例ですが、私はあなたに同じニオイを感じました。

はいはいw
民主主義を殺す事を正当化する者ね。
それは一人の独裁者志願の極右主義者では実行は不可能だろうと理解できない所が君の痛い所だね。

ヒトラーは死ぬまでドイツ国民の支持を集めていたのを知らないのかね。
むしろ、民主主義を殺したのは、民主主義を望まなかったドイツ国民全員だと思うよ。
外国からやって来た、内乱や騒擾で何度も逮捕された様な、そんな危険な男に全権を委任した、そんなドイツ国民の総意と、そんな穴にはまり込んでしまった過程こそをしっかりと分析すべきではないかね?

今の小泉内閣と類似の点が多いかも知れないよ。
特に君の様な勘違いした国民達がヒトラーに権力を与えた事も、読解力さえあれば理解できると思うがね。

ただ一人の男が民主主義の国を乗っ取った。悪いのはヒトラーだけだ。
それこそが思考停止だろう?

それに加えて、君の中では、ヒトラーと並ぶ程に悪い奴が私か?
ちょっと私に言葉で撫でられた位で大した切れ方だな。凄い凄いw

>最後に余談ですが、そもそも強行採決と言う造語がおかしいと思います。

>最低限、意見の違う者同士がお互いの意見をそれぞれ述べる機会が与えられたら、多数決が取られても問題はないと思います。

>それを少数派がグダグダ言って、多数決を取られるのを拒否するということは、やはり民主主義の否定に他なりません。

>強行採決ではなくて、「少数派が民主主義の否定を強行したのを阻止した」と言い直すべきでしょう。

もう、君の内部世界のローカルルールの精髄と言えるセリフだね。
狭くて歪な世界観がほとばしるような、そんな結びだ。

本当に感心するしかないわ・・・。
立派立派。
本気でここまで話通じないってのは、わざとやってるとしか思えないけどね・・・。

こんな馬鹿な事を恥も感じずに、衆人環視の下で力説できる輩も居るんだなと・・・。

君へのお返事は以上ね。>クロフネ氏

先方のブログ 


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 一読してみると、民主主義論とは関係の無い、話のすり替えや「馬鹿」「頭のおかしな」といった、あからさまな罵倒の数々。
私はそういった罵倒はしなかった。 相手を罵倒しなくても自分の主張の正しさは論理的に証明できるからだ。

一方三輪氏は、自分の主張の矛盾やほころびを指摘されて狼狽し、精神的余裕を全く失っているのが「馬鹿」「頭のおかしな」といった言葉から手に取るようにわかる。

こちらは罵倒なんかせずに、あくまでも冷静かつ論理的に論破していく。

それから、本題に入る前にこれだけは指摘しておこう。

>そしてこの人は自分が常に注目されている人だと思っている様だ。
と言う印象も抱きました。
>平素から私は貴方のブログをほとんど読んでいませんし、今までも引用すらしていなかった筈です。

 私の「強行採決批判は情けない」という記事に対して、最初に捨てゼリフのようなコメントを書きこんだのは君だろう。 だから私はそれに対して反論をした。

その後、君のブログに行って見たら、私の記事の「民主主義とは多数決である」という部分を引用した「民主主義を論じる最低限度の資格」という私への批判記事まで発見したよ。このウソツキ。

「自分が常に注目されている人だと思っている」も何も、そもそも今回の論争のきっかけをつくったのは君なわけで、何をわけのわからないことを言っている?

で、このブログのコメントでは「ごめんごめん、忙しくてね。」なんて言っておきながら、自分のブログに帰ったらとたんに強気になって「この人は自分が常に注目されている人だと思っている。」だの「馬鹿で頭がおかしい」だのと。

君のウソとアンフェアーぶりには全く呆れた。

>誤解を与えた事にたいしてはお詫びを致します。

お詫びをしている割には、その後の罵倒文はいったい何?
全然誠意が見えない。


 それでは本題に入る。


>>民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。
 これは動きません。それとも少数派の意見を採用する政治体制のことだとおっしゃりたいのでしょうか。

>ちなみに、これは動きます。

>もしも「多数派が必ず正しい」と言うのが民主主義の前提ならば、「民主主義政体を採用する世界各国において議会で少数派の意見が認められている事実」をどう説明するのでしょうか?
「多数派(与党)」が正しいと言うのが動かない前提ならば、国費を使って開催する議会で「正しくない少数派(野党)」が国費の浪費を伴う質疑を行う事は民主主義に反してはいませんか?
と、この事実の指摘一つで「多数派は必ず正しい」と言う前提が誤りだと証明できます。


これについては、最初の私の記事「強行採決批判は情けない」で書いたとおり。 君に全く読解力がないようなので本当に疲れるが、議論の出発点をもう一度そこから引用する。

民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。 (本当に正しいかどうかは、この場合問題にならない。 多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得る)

「多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得る」と書いているのだから、 私が多数派の意見が100%正しいということを言っているのでは無いことは明白。

君、議論の前提が理解できた?

もし多数派の意見が絶対的に正しいのであれば政策にその意見が反映されている限り、経済不況や失業率の上昇・公害問題の発生などといった失政を政府がおかすことは有り得ないということになる。

しかし現実は民主主義国家の政府だっていくらでも失政をおかす。

だって多数派とは言っても国民は聖人君子ではないのだから当たり前。

失政によって多数派国民の支持を失えば、議会などで多数派政党と少数派政党が入れ替わり政権交代が起こる。それによって失政に修正が加えられる。 これが民主主義システム。

君はこれを矛盾していると言ったが全然矛盾していないのは明らか。

 で、私が言っているのは多数派と少数派の意見が対立した場合、民主主義はどちらの意見を政策として採用するかということ。 そして採用されるのが正しいのか間違っているのかは関係無く、常に多数派の意見の方だと言っているわけ。

君がここで提起した少数派の意見が採用されるうんぬんは、

もし多数派と少数派の意見が一致した場合、例えば審議を重ねて少数派の意見が多数派の同意を持って取り入れられれば、少数派の意見が政策に採用されることもある。

しかし、これは独裁政治のように少数派が暴力などによって政策をごり押しし、多数派の同意を得ることなく政策実施を強行したのではなくて、あくまでも民主的な話し合いによって多数派の意見を変えさせた、あるいは多数派の同意を持って政策に採用されたということだから、多数派の意見が採用されるという民主主義の原則に反してはいない。

結局最後は、多数派の同意と彼らの票によって少数派の意見が反映された政策が採用されたにすぎなく、少数票が多数票を打ち破ったというわけではない。

そんなことが起こったらそれは民主主義の原則から逸脱している。

よって動きますというあなたの主張は間違い。わかった?

私が少数派野党の”強行採決”批判、言いかえれば採決拒否を批判しているのは、前述のように民主主義のルールに従って多数派を納得させること無く、採決拒否による審議の時間切れで多数派の主張を廃案に追いこむことを狙い、結果的に少数派の主張を実現しようというものだから。

それは完全に民主主義の原則から逸脱している。

ましてや採決を取ろうとした議長を力ずくで押し倒すなど言語道断だと言っている。



>>もし私が共謀罪新設に反対だったとしたら自民・公明両党を全力で批判しますけど、与党が考えを変えないまま採決が行われた結果、法案が可決されたら、どんなに私が不満に思ってもその結果は受け入れます。 そのあとにやっぱり与党を批判はしますが。

>つまり、事後に文句は言っても、間に合う間に危険な政治の動きをチェックする働きはしないと言う訳ですね?

どうすれば「事後に文句は言っても、間に合う間に危険な政治の動きをチェックする働きはしない」と読めるのか?まさしく読解力ゼロ。

間に合う間、つまり採決の前に「全力で批判しますけど」って書いてあるじゃないか。
何、イギリスの話まで持ち出して、とんちんかんな事を言っているのかね?

こっちは1+1=2って言っているのに、自分のブログでは「クロフネは1+1=3て言っているぞ。あいつは馬鹿だな」と言って、支持者を増やす魂胆か?

新しい戦法だな。こっちのコメントに書きこむのを避けた理由はそれか?


>民主主義に反する法律を、国民の選んだ代理人が制定する。
(指摘がありましたので加筆します。共謀罪を反民主主義の法律と私が主張するのは以下のエントリーでの記述に拠ります。 2006.05.22 Monday 小泉は絶対権力を求めるのか?)

>それこそが「国民に対する裏切り」だろうが?その事実を指摘する事が「民主主義のルールの否定」か?


先ほど、「もし多数派の意見が絶対的に正しいのであれば政策にその意見が反映されている限り、経済不況や失業率の上昇・公害問題の発生などといった失政を政府がおかすことは有り得ないということになる。

しかし現実は民主主義国家の政府だっていくらでも失政をおかす」と言ったが、

多数派国民が選んだリーダーが失政という形で国民を裏切った例は史上いくらだってある。 水俣病や薬害エイズ問題など、国家が国民を裏切って”横暴”を働くようなことはいくらでもあるんだよ。

何度も言うように、代表を選ぶ国民は聖人君子じゃないんだから。

そうした失政のうちで最悪のものは、民主主義のルールに違反するような政策を実施するものだ。

たとえば軍隊や警察の力を背景に、与党以外の政党の解散を命じたり、民主的な憲法を停止または改変するといったような。

つまり最初は合法的に権力の座についた者が民主主義を殺すという実例はいくらでもあるわけ。

そうした実例のひとつとしてヒトラーをあげた。
アジア・アフリカ諸国でも現職大統領が憲法を修正して任期を撤廃し終身大統領、つまり独裁者になることが多々ある。

あんたのブログの読者が日本国憲法は民主主義を否定することを禁じているから独裁政治の出現は有り得ないみたいなことを言っているようだが、「殺人を法で禁じておけば殺人は絶対起こり得ない」と言っているのと同じ机上の空論。

合法的に首相になったものが自衛隊に命令を下し、統合幕僚長など制服組トップがそれに同意すれば軍事独裁を確立できる可能性はゼロではない。

また、悪いのは独裁者個人だけだとは一言も言っていない。
当然、選んだ国民も悪い。

それは「多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得る」と私が書いた点からも明らか。

だからマスコミやブログが民主主義の否定者を厳しく批判しなければならないんだよ。そして私は今ここでそうしてるわけ。

 あんたに極右のニオイがすると言ったのは、あんたが「民主主義を論じる最低限度の資格」で、

>民主主義国家と名乗る資格のある国家が「国家と国民を害する制度を可能な限り忌避する」と言う特質を備えようとしていた事を理解できる筈だ。

と言っている通り、民主主義国家だっていくらでも失政をおかすという事実を軽んじていること。

これを逆に言えば、国民を害するような政府に民主主義を名乗る資格がないかのような主張をしている。

たとえ多数派の意見を反映していても国民を害するような政府に民主主義を名乗る資格がないと言うのなら、”民主的ではない”多数派の意見を少数派が「こっちの意見の方が正しいのだから」と言って押しきってもよいという主張につながりかねない。

これは民主主義の原則を否定しかねない危険な考えだ。

>>だから独裁者は、情報統制やプロパガンダなどで己の失敗を全力で隠そうとします。

>小泉がセコウしている理由ですね?

>今の小泉内閣と類似の点が多いかも知れないよ。
>特に君の様な勘違いした国民達がヒトラーに権力を与えた事も、読解力さえあれば理解できると思うがね。

三輪氏が、少なくとも民主的なルールに従って日本国民の多数派が国会に送り出した与党自民党の代表・小泉首相を独裁者呼ばわりしているところからも、
あたかも多数派の代表たる小泉首相が悪の独裁者で、それに反対する少数派であるはずの三輪氏の方が正義の民主主義者であるかのような、民主主義の原則を否定した非常に危険な考え方を持っていることがうかがえる。

極右主義者(極左も)は「自分が正しいから」と言って民主主義を否定することを正当化する論法を良く使うのでそうしたニオイがすると言ったまで。


>それは一人の独裁者志願の極右主義者では実行は不可能だろうと理解できない所が君の痛い所だね。

極右を「一人くらいなら大丈夫」と言って見逃して後で大量増殖すると、大変なことになるのでね。厳しく批判しなければならない。

 最後にまとめると、私は民主主義の否定者を批判しているのであって、小泉政権や共謀罪の是非を論じているのではない。

君は小泉政権や共謀罪を否定するのと同時に民主主義の原則まで否定してしまっている。


その違いね。

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テポドン2開発準備完了か?ほか グローバルインテリジェンス(5/23)

  • 2006/05/23(火) 00:03:17

 世界がめまぐるしく動いているのに、ノ・ムヒョンの竹島バカ騒ぎなどで、やりたくてもなかなかできなかったので、今日は久しぶりにこのシリーズ。


◆テポドン2開発準備完了か? 

 北朝鮮でテポドン2の発射準備がすすめられているようだ。
テポドン2は、射程4000~4300kmで2段式の中距離弾道ミサイルである。(雑誌”軍事研究”のデータ)

一部の軍事専門家からは、テポドン2の実用化には技術的にかなり問題があると言われていた。

失敗した時のための”保険”だったのか、北朝鮮がロシア製の弾道ミサイル・R-27(NATOコード:SS-N-6”Serb”)をひそかに輸入したので「テポドン2はダメかな」とクロフネは思っていたのだが、開発は継続していたようだ。

もちろん、発射実験に成功しなければ意味がないであろうが。

 ところで、なぜこの時期にテポドン2の発射準備なのかと言えば、テポドンを日本やアメリカに撃ち込んで、戦争をおっぱじめようというわけではないと思う。

もしそんなことをしても、後が続かない。 北朝鮮の通常戦力に日本やアメリカを占領するような力は皆無だからだ。 逆にアメリカ軍の猛反撃を食らい、金正日政権は崩壊するだろう。

軍事力の行使には必ず目的があり、それを冷静に見極めないといけない。

 では、テポドン発射準備の目的は何かと言えば、やはり行き詰まった米朝関係の打破ではないだろうか。 

北朝鮮は核兵器開発の放棄を拒否したため、アメリカからの金融制裁を招き、麻薬やドル紙幣偽造で儲けた外貨をいれてある海外口座を封鎖された結果、北朝鮮の権力中枢の資金が枯渇状態にある。

苦しいながらも北朝鮮は六ヶ国協議への復帰を拒み、2009年に任期の切れるブッシュ共和党政権の次に、かつてのクリントン政権のような北朝鮮に同情してあっさりとだまされてくれるような民主党政権誕生に望みをかけ、引きこもり戦術を取ったように思われる。

そこで今回のテポドン発射準備だが、「本当に2009年まで引きこもり戦術をやったら経済的に金正日政権が崩壊してしまう」という北朝鮮側の焦りが、「”テポドン発射カード”をちらつかせて、何とか行き詰まった米朝関係に突破口を開けたい」というアイデアを生んだのではないだろうか?

 もしそうなら日本やアメリカがテポドン発射に大騒ぎして、譲歩を前提とした交渉を北朝鮮に提案したりすると、相手の思うツボになってしまう。

北の意図を冷静に見極めなければならない。


関連記事・北朝鮮の保有する弾道ミサイル


◆米軍再編のために自衛隊削減 

 日本政府は、在沖縄海兵隊のグアム移転費など米軍再編関連経費の財源を確保するため、2009年度までの中期防衛力整備計画(総額24兆2400億円)を見直し、正面装備の予算などを削減する方針を固めた。

 日本という国は、”専守防衛””武器輸出禁止”など、つまらない禁じ手が多すぎて、そのためにムダな防衛費がかかってしょうがない。 おかげで削減してはいけない防衛予算にまでシワ寄せが来てしまう。

周辺国の中国・韓国・北朝鮮は”専守防衛”や”武器輸出禁止”といった政策はとっておらず、弾道ミサイルや巡航ミサイルといった”攻撃的兵器”を配備もしくは開発中で、自国の防衛産業のために世界中にどんどん武器輸出を行っている。

なんで日本だけが律儀に、周辺国の誰もやっていない”専守防衛”などといった空想的防衛政策を守らなければならないのか、全く理解に苦しむ。

沖縄にいるアメリカ海兵隊のグアム移転に3100億円も出すなら、その分で射程2000Kmぐらいの巡航ミサイルを自衛隊の護衛艦や潜水艦・戦闘機に装備した方が、よっぽど安上がりではないだろうか。 

しかも3100億円がパーにならずに、日本が独自の判断でつかえる戦力として残る。これは大きな違いだ。

北京や上海、ソウルや平壌に直接報復できるような防衛体制をとっておけば、
中国・韓国の無謀な領土領海拡張主義や北朝鮮の弾道ミサイル攻撃・特殊工作員テロへの抑止力となると思うのだが。

それを、アメリカ海兵隊のグアム移転費などをひねり出すために、自衛隊の正面装備(つまり護衛艦とか戦闘機とか)の予算を減らすというのだから、政府は何を考えているんだか頭が痛い。

中国や韓国、北朝鮮は軍拡を急ピッチですすめているというのに、優先順位が違う。

日米交渉の時に「防衛費を削らなくてはならなくなるから、そんなに負担できない」とアメリカに良く相談すれば良かったものを。

 アメリカが米軍再編のための経費負担を日本に強く求めたのは、GDP比1%に抑えられている日本の防衛予算を、外圧によって増額させようとしたのではないか?と私は勘ぐっていたのだが、もしそうなら、とんだ逆効果だったようだ。

関連記事・クロフネの防衛力整備計画(その1)


◆イラク新政権発足 

 シーア・クルド・スンニの各派が閣僚ポストの配分をめぐって対立を深めていたイラクで、新政権が20日ようやく発足した。 しかし、治安維持を担当する国防相と内務相のポストは依然決まっていない。

それでもフセイン政権崩壊後3年で、選挙によって成立したイラク新政権がなんとか発足したことは大きい。

問題は山積だが新政権が軌道に乗って、早く自衛隊を含む多国籍軍が撤退できるようになることを望む。

特に米軍には、中国の軍拡と覇権主義、それに北朝鮮などの核兵器拡散問題の方に、早く本腰を入れて欲しい。

 イラク新政権の発足を取上げたついでに、世界の気になる新政権についてもふれておこう。

中東では、イスラエルのオルメルト新政権が今月はじめに誕生している。

オルメルト首相は、前任のシャロン首相がすすめた、ヨルダン川西岸地区の重要なユダヤ人入植地を維持するための分離壁を建設し、パレスチナ側の合意の有無にかかわらず、一方的に国境線を画定する”パレスチナ分離政策”を継承するものと思われる。

他方パレスチナ側は、”大統領”にあたるPLO主流派ファタハのアッバス議長と、原理主義政党ハマス主導の内閣との対立が激化している。

パレスチナ問題は、パレスチナ側の”仲間割れ”でややこしくなってきた。

 欧州のイタリアでは、中道右派のベルルスコーニ政権が倒れ、中道左派のプローディ新政権が今月17日、ようやく発足した。

左派のプローディ首相は、前政権が重視したアメリカとの”大西洋同盟”ではなく、フランス・ドイツなどEU重視を表明している。
 
EUのその他の国では、フランスの次の大統領は今のところ、現職シラク大統領の中道右派・国民運動連合(UMP)の候補者ではなく、リベラル政党である社会党の候補になりそうである。

イギリスでは、リベラル政党ながら中道右派のような政策を取ってきたブレア労働党政権が支持を失い、次は保守党出身の首相になりそうな感じだ。

EU情勢は独裁国家・中国へのEU製ハイテク兵器輸出問題と大きく関わっている。 イギリスとドイツのメルケル連立政権に期待したい。


◆欧州で新国家誕生 

 セルビア・モンテネグロからのモンテネグロ共和国の分離独立の是非を問う国民投票が実施され、賛成票が55.4%と独立に必要な「55%以上」の規定を上回った。

これでモンテネグロの独立が国際社会からも承認されるもようだ。

セルビア・モンテネグロは、セルビアとモンテネグロ両共和国とから成り、セルビア共和国内には、アルバニア人が多く住むコソボ自治州と、マジャール人(ハンガリー人)が多く住むボイボディナ自治州がある。

コソボ自治州の独立問題とからみ、セルビア人はモンテネグロ独立を快くは思っていなかったが、国際社会から孤立ぎみのセルビアと離れて、独立とEU加盟を望むモンテネグロ人の熱意の方が強かったようだ。

一つの国に、二つの文字(西欧アルファベット・キリル文字)、三つの宗教(カトリック・ギリシャ正教・イスラム)、四つの言語(スロベニア・クロアチア・セルビア・マケドニア語)、五つの民族(スロベニア・クロアチア・セルビア・モンテネグロ・マケドニア人)、六つの共和国(スロベニア・クロアチア・ボスニア・セルビア・モンテネグロ・マケドニア)があると言われた、かつてのユーゴスラビアは本当にバラバラになってしまった。

 ところでサッカー好きのクロフネとしては、モンテネグロ代表がどうなるのかも気になる。

かつてミランなどでプレーしたサビチェビッチや、ジェフ千葉でプレーしたマスロバルはモンテネグロ人だと聞いたことがある。

モンテネグロは小さな国だが、サッカーでは意外に強大国かもしれない。


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三輪の某に反論する

  • 2006/05/22(月) 21:44:43

 最近の私の記事、強行採決批判は情けない!に、三輪の某という方から、

>この時点で貴方の底が見えましたね。政治を論じる資格ナッシング。

というコメントを頂いた。

それに対して反論のコメントをしておいたのだが、政治を論じる資格が無いとまでタンカを切っておきながら、あっけなくトンズラというのだろうか。

当ブログの信用にもかかわる問題なので、コメント文をそっくり記事にして再度反論を試みる。

----------------------------------


こちらこそ、この時点で貴方の批判の底が見えた気がしますが。

大方、私が共謀罪新設に賛成しているんだと思って、カーっと頭に血がのぼって脊髄反射で書きこんだんじゃないですかね。よく読んだんですか、私の記事。

あなたこそ私の記事を論じる資格ナッシングじゃないかと思うんですが。

まあ、たとえそうじゃなくてもお付き合いしますけどね。他の読者さんにも疑問に思った方がいるかもしれないから。

>>民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。

これは動きません。それとも少数派の意見を採用する政治体制のことだとおっしゃりたいのでしょうか。

もし私が共謀罪新設に反対だったとしたら自民・公明両党を全力で批判しますけど、与党が考えを変えないまま採決が行われた結果、法案が可決されたら、どんなに私が不満に思ってもその結果は受け入れます。 そのあとにやっぱり与党を批判はしますが。

なぜなら与党が現在の多数派国民の代理者であり、それを受け入れるのが民主主義のルールだから。

 結局のところ、貴方は一方で民主主義を肯定していながら、他方では「共謀罪新設反対という自分の意見は絶対に正しいんだから」という理由をつけて、民主主義のルールを否定することを正当化しているんですよ。

その矛盾がわかりませんか。

そして自分を民主主義の擁護者だと”僭称”している。

民主主義とは常に正しい選択がなされるという政治体制のことではありません。

間違ったら軌道修正が行われる体制のことです。

そのメカニズムは以下に書いたとおりです。

>当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。

>もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。

>これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。

>(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)

多数派の間違った意見が政策として採用され、あとで間違ったと気づいた国民によって政権交代が行われ、政策が修正されるなんて一見ムダなコストに見えますが、それが必要最小限のコストであるのは、少数派による独裁体制のコストと比較すると良くわかります。

 もし少数派の意見が正しいとする体制つまり独裁体制で政策の誤りがあった場合、その修正も行われなければ独裁者の責任も問われないということがしばしば起こります。

なぜなら独裁者が己の非を国民の前で認めることは、しばしば国民による独裁者打倒の動きへとつながるからです。

だから独裁者は、情報統制やプロパガンダなどで己の失敗を全力で隠そうとします。

北朝鮮の金氏独裁体制が何十年も国民を苦しめていますが、情報統制と「北朝鮮国民が苦しいのはアメリカと日本のせい」といったプロパガンダで、国民の不満をそらし、なかなか政策の修正も行われなければ、一切の金日成・金正日の責任も問われません。

その結果、国民は苦しみ続けることになる。 これが独裁体制のコストです。

一方、民主主義は国民が政策を決め、その結果起こったことは良いことも悪いことも最終的にかぶるのは、政策を決めた国民自身です。

その結果に不満だったら国民は、政策を変えるだけです。

この場合の国民とは、多数派のこと。

これが民主主義のコストです。

民主主義体制維持のコストと独裁体制維持のコスト、どちらが高くつくかは一目瞭然でしょう。

ここに気がつかない貴方は、底が浅いと言わざるを得ません。

民主主義体制のもとでは、あれこれ理由をつけて民主主義を殺すことを正当化する者が現れますし、そうした自由さえあるのが民主主義です。

ワイマール共和国から生まれたヒトラーのような極右主義者が代表例ですが、私はあなたに同じニオイを感じました。

最後に余談ですが、そもそも強行採決と言う造語がおかしいと思います。

最低限、意見の違う者同士がお互いの意見をそれぞれ述べる機会が与えられたら、多数決が取られても問題はないと思います。

それを少数派がグダグダ言って、多数決を取られるのを拒否するということは、やはり民主主義の否定に他なりません。

強行採決ではなくて、「少数派が民主主義の否定を強行したのを阻止した」と言い直すべきでしょう。


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強行採決批判は情けない!

  • 2006/05/20(土) 01:00:45

”共謀罪”を新設する組織犯罪処罰法改正案について19日、自民・公明両党は衆院法務委員会での”強行採決”を見送った。

野党の民主党が「”強行採決”が行われれば審議を拒否する」と牽制したことが、大きく影響を与えた。

引用記事 

前日の衆院本会議でも、医療制度改革関連法案が自民・公明両党などの賛成多数で可決、衆院を通過したが、民主党は「強行採決だ」と反発し、同日の国対役員会で「今後、新たな審議日程の協議にはいっさい応じない」方針を打ち出した。

引用記事 

 ”組織犯罪処罰法改正案”や”医療制度改革関連法案”の中身の是非については、わきに置いておくが、

クロフネは昔から、”強行採決”のドタバタ映像をTVニュースで見るたびに、「日本の民度はいつになったら上がるのか」と情けない思いをしてきた。

与党(たいていは自民党)が提出した法案を通すかどうかの多数決を取ろうとすると、野党側は「”強行採決”だ! 数の論理による多数派の横暴だ!」と言って大声で非難し、それでも議長が多数決を取ろうとすると、一斉に野党議員の群れが議長席に殺到し、力ずくで多数決をとらせないようにする。

それをTVのニュース番組がとりあげて、さも”強行採決”が悪のような印象を国民に植え付ける。

”強行採決”時のバカ騒ぎを注意深く見ていると、たまに野党議員の中には、もみくちゃにされながらも笑っているヤツもいて、どうやら出来レースのようだ。

たぶん「自民党が提出した法案成立を阻止できませんでしたが、野党はこのように国民のために体を張って頑張っているんですよ。」というアピールのつもりなのだろう。

だが、与党の”強行採決”を非難してドタバタ劇をおっぱじめる野党もバカなら、野党に同情するマスコミもバカ。

国民もこれ以上、このようなバカ野党とマスコミの低劣なパフォーマンスに踊らされないようにしなければならない。


 まず、日本は民主主義国家である。
そして民主主義とは少数派より多数派の意見の方が常に正しいとする政治体制のことである。

(本当に正しいかどうかは、この場合問題にならない。 多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それについては後で話す)

多数派の支持を受けた党・議員が国会で多数を占め、少数派の支持を受けた者はやはり国会でも少数派である。

”強行採決”を非難する野党は多くの場合、「数の論理による多数派の横暴だ!」といって非難するが、民主主義とは「多数派の意見の方が正しいとする数の論理に基づく政治体制」そのものなのである。

野党議員本人は批判のつもりでも、イタイことに全然批判になっていない。

多数派の意見を無視し、少数派の意見の方が正しいとしてそれを政策に採用するのであれば、それは独裁政治である。 少数派が一人ならヒトラーやスターリン、金正日のような個人独裁、集団なら中国共産党のような集団独裁である。

 人類は多大な犠牲を払って、独裁政治から民主主義を勝ち取り、それを維持してきた。

しかし、少数派の民主党が多数派の自民党による”強行採決”を非難するのは、民主主義と日本国憲法を否定していることに等しい。 野党・民主党はプロの政治家の集まりなら、恥ずかしいとは思わないのか?

そして”強行採決”を非難する野党をかばう低能マスコミも、民主政治の何たるかを全くわかっていない。 まったくもってプロの政治ジャーナリストとして失格である。

独裁国家へ亡命して、独裁者をヨイショするお抱えジャーナリストへの転職を勧める。

 ”強行採決”非難を正当化する理由として「話し合いが尽くされていないからだ」と平気で言い訳をする野党議員がいるが、まったく言い訳になっていない。

日本人には「話せば必ずわかりあえる」という”話し合い原理主義者”が多いが、話し合いが尽くされれば皆がわかりあって、必ずそれで国民全員の意見が一致するようになるというのは原理主義者がつくりだした幻想である。

もしそんなことが現実に起こったら気味が悪い。それこそファシズムだろう。

むしろ、どんなに話し合いが尽くされてもわかりあえなくて、意見が多数派と少数派で分かれ、少数派である民主党の意見が多数派の自民党に受け入れられないという事態が発生する事のほうが、可能性としては高い。

 しかし、現実はどんどん前へと進み我々を待っていてはくれない。 国家も現実にあわせてどんどん針路の選択をしていかなければならない。

「話し合いが尽くされていないから意見が一つにならない」といって、多数決を取らずに針路を選択しないのであれば、国家はマヒ状態に陥り、問題は何一つ解決されず国民が苦しむことになる。

だから全員の意見が一致しなくても、いつかは多数決を取らなければならない。

 それを”強行採決”だと言って非難し、議長を力ずくで押し倒して多数決を取らせないようにしたり、野党がその後の審議を拒否したりするのは、暴力による民主主義の破壊であり、少数派による独裁政治の正当化である。

国民はこういったアホ政党に、投票すべきではない。

そういったことを何の疑問も無く平気でやる野党と、本来ならそれを批判しなくてはならないのに、”強行採決”を阻止しようとした野党に同情する低レベルのマスコミ。

だから始めに「日本の民度はいつになったら上がるのか」と言ったのである。

 国会の審議で、少数派の野党が多数派の与党が出してきた法案を批判するのは構わないし、どんどんやって欲しい。

しかし採決の時には、”数の論理”という民主主義のルールに粛々と従うべきである。

当然、多数派が提出した法案が可決されることとなるが、もしその法案によって取られた多数派与党の政策が失敗だったと国民が判断した場合は、与党は厳しく責任を追及され、少数派野党の主張が国民から見直されることになるだろう。

もし、それまでの多数派与党の政策の失敗が国民の許容範囲を越えれば、次の選挙で今まで少数派野党が多数派与党になり、多数派与党が少数派野党に転落して政権交代が実現し、失敗した政策は放棄され国家の針路に変更が加えられる。

これが民主主義のメカニズムが正常に機能している状態である。

(多数派の意見が実は間違っていることも充分あり得るが、それは問題にならないと言ったのは、このメカニズムがあるからである)

もちろん、多数派与党が失敗していないと国民が判断すれば、政権交代は起こらないが。

 ところが今までの日本では、一見民主主義を擁護しているようでいて実は正反対の少数派が「多数派の横暴だ」などとワケのわからない事をいって、民主主義ルールを守らずに幼稚なダダをこね、

それに対して多数派が毅然と対処しないために、全員の意見を足して参加者数で割ったような、中途ハンパな政策を取ることが好まれてきた。

少数派には野党だけでなく、超然主義の復活をもくろむ官僚達もいる。

その結果、もしそのハンパな政策が失敗しても多数派・少数派みんなの意見を足しているから、誰に失敗の責任があるのかわかりにくく、責任追及がウヤムヤになり、再び同じような過ちを繰り返すというのも、日本型民主主義とオールドジャパン型のリーダー達の特徴だったように思う。

いつまでもそのような失態を繰り返すのであれば民主国家として本当に情けない。  
 
 これからは、多数派与党のリーダーである首相がトップダウンでスピーディーに国家の針路を決断し、野党も国民も官僚も取りあえずそれに従い、成功も失敗も起きた結果はすべて首相と多数派与党が負うというように、簡潔で明快な意思決定プロセスを持たなければ、この日本は激動の世界で生き残ってはいけないだろう。


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本当のアジア重視とは?

  • 2006/05/18(木) 00:30:38

 「上海は韓国の古代王朝の領土だった」と主張する韓国の学者の歴史書が、中国で韓国への反発をよんでいるという。

「上海商報」などによると、韓国大田大学の元教授・林均沢氏(69)は、二〇〇二年末に出版した著書「韓国史」の中で、「韓国の古代王朝・新羅が唐の時代に中国大陸に進出し、上海を含む中国東部の大半を支配下に置いた」などとの見方を示した。さらに当時の地図を紹介。それによると新羅の勢力範囲は今の上海、福建省まで及び、一方、唐は四川省、雲南省など中国の西南部の一部の地域にとどまった。林氏は哲学科教授だったが、定年後、韓国古代史の研究を行っているという。

 上海大学文学院のある歴史研究者は中国メディアに対し「韓国の古代王朝の領土範囲は朝鮮半島を出たことはない」「荒唐無稽(むけい)だ」と切り捨てた。韓国の駐上海領事館も「著書は林教授の個人的な見解であり、韓国では主流の学説になっていない」「この本は教科書としては使われていない」と説明しているという。(矢板明夫)

(産経新聞) - 5月17日4時8分更新



引用記事 

 2002年のサッカーW杯後に韓国に巻き起こった、韓民族優越主義や領土拡張主義の”熱病”にやられた韓国の学者が書いたトンデモ本が、中国で問題になっているようだ。

韓国の在中国公館はこの本を「教科書として使われているわけではない」と弁解しているようだが、韓国の歴史教科書とて、このトンデモ本と大差ないと思う。

96年度版の韓国の国定歴史教科書”国史”には、かつて半島に存在した古代王朝・百済が、朝鮮半島のみならず九州北部から中国東北部まで支配していたかのような記述や地図が掲載されていて、これを使って歴史教育を受けた韓国民に誤解を与えかねない内容となっているからである。

こうしたトンデモ本レベルの韓国の歴史教科書が「上海は韓国の古代王朝の領土だった」と主張する学者をはじめとする、多くの韓国民が不正確な歴史認識を持つことに多大な影響を与えているのは間違いない。

 よく日本の左翼系知識人が「日本には教科書検定があってケシカラン!」とエキサイトして訴訟沙汰を起こしたりするが、左翼が歴史認識のマニュアルとしている韓国や中国・北朝鮮では、検定どころか政府が作った、たった一つの歴史教科書を国民に長いことおしつけて教育してきたのであって、韓国や中国などの政府が国民の思想を統制してきたことを左翼系知識人がほとんどスルーしているのは奇妙で不可解だ。

 さらに問題なのは、韓国や中国・北朝鮮の政府が思想統制までして行っている歴史教育の中身で、自国に不利な歴史から一切目をつぶり、時には歴史的事実を捏造してまで、自民族優越主義が味わえるようになっている。

特に韓国はひどく、韓国人のほとんどが使ったであろう国定歴史教科書”国史”は「朝鮮半島は古代から先進国で、日本は原始社会だったが、朝鮮が文明を教えてやった結果、日本文化は発展した。 しかし日本はその恩を仇で返し、朝鮮を侵略したので朝鮮は先進国から発展途上国へと転落した」といった荒唐無稽なストーリー仕立てになっている。

北朝鮮では、反日パルチザン闘争をしていた金日成が帽子に松の葉を入れると、帽子から兵隊が出てきて日本軍をやっつけたとか、金日成が地面を縮めて数歩で何百キロも移動して、複数の日本軍部隊をほぼ同時に撃滅したとか教えられているそうだから、南も北も血はあらそえないものだ。

 韓国や中国などの人達の歴史認識というのは儒教文明が強く影響を与えていると思われるが、このように極めて不正確な歴史認識が対日感情の基盤となっており、そうしたことが、竹島問題や靖国問題などが発生した大きな原因となっている。

極めて不正確な歴史認識が、韓国や中国の人達の対日感情を形成している以上、それを日本人が「韓国や中国の人達の対日感情は絶対に正しいマニュアルなのだから配慮しなければ」と言って鵜呑みにしてしまっては事実は歪められ、様々な悪影響を日本に与えることになる。

しかし、ものごとの判断をマニュアルや他人の意見に頼るばかりで自分の頭で考えようとしない、あるいは自分の頭で考えることのできない、官僚や政治家など多くの日本の”エリート”達は、韓国が右といえば右へフラフラ、中国が左と言えば左へフラフラ、挙句の果てにロバ(日本の国益)を橋の上から深い川底へと落っことすような事をしてきた。

 最近、一部の官僚や政治家・マスコミから「アジア重視」などということが盛んに言われるが、多くの場合二つの意味で間違っている。

たいてい「アジア重視」と言った場合の「重視」とは、極めて不正確な歴史認識がつくりだした韓国や中国の人達の対日感情を、正しいかどうか全く考えず日本人が受け入れろという意味で、

「アジア重視」の「アジア」とは、政府が歴史教育を支配して極めて不正確な歴史認識を国民に植え付けている韓国・中国・北朝鮮の儒教文明三カ国のことを指している。

しかし「アジア重視」とは、「相手が怒っているから取りあえず謝罪して相手の主張を全面的に受け入れよう」といったような、「対アジア屈従」のことであってはならないし、アジアは中・朝・韓のたった三カ国で成り立っているわけでもない。

タイやベトナムといったASEAN諸国やインド・パキスタンなどの南アジア諸国、カザフスタンやウズベキスタンといった中央アジア、イランやサウジ、シリアだってアジアだし、イスラエルやトルコだって地理上はアジアである。

しかも、こうしたアジアの国々は儒教文明の中・朝・韓とは違って、不正確な歴史教科書を使って自国民の反日感情をあおり立てるようなことはしていないのである。

 最近「『アジア重視』でなければアジアで日本は孤立するよ」というプロパガンダを左翼マスコミが盛んに流し、一部の政治家や官僚が何の疑いも無く鵜呑みにして行動しているようだ。

しかしアジアで日本と対立しているのは、儒教文明の三カ国、中・朝・韓だけで、残りの四十ヶ国以上のアジア諸国とは相変わらず良好な関係にある。

しかもあれほどの外交摩擦が発生している中国や韓国などとの関係で、これまで日本が相手の間違っている点を指摘したからといって、何か実害をこうむったわけでもない。


「『アジア重視』でなければアジアで日本は孤立するよ」というのは、結局のところ何ら実体の無い幻想である。

むしろ、これまでハイハイと言って従ってきた日本が、自分達の思い通りにならなくなったので、中・朝・韓が腹を立てている結果、日本と外交摩擦を起こしていると言った方が適切である。

 四十ヶ国以上のアジア諸国のうち、たった三カ国の、それも間違った歴史認識によって形成された対日感情に、何の疑いも無く従ってきたことが、様々な害を日本に与えてきたのであり、日本人がこういった誤った態度を改めないのであれば、これからも様々な害を日本に与えることになるだろう。

中・朝・韓の儒教文明三カ国ばかりに目を奪われて、彼らの言うことを丸呑みするのではなく、日本に対して歪んだ感情を持っていない、仏教・イスラム・ユダヤ・ヒンズー・キリスト教など多種多様な文化を持つ、四十ヶ国以上のアジア諸国にも高い関心を持ち、相互理解と交流を深めるのが本当の「アジア重視」ではないだろうか。


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関連記事・”左翼”を解剖する(その1)

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関連記事・盧武鉉のクレージーな歴史認識

ハイド委員長の靖国批判

  • 2006/05/17(水) 00:19:14

 アメリカ議会下院・外交委員会のハイド委員長(共和党出身)が、6月に訪米する予定の小泉首相が靖国神社参拝を止めないかぎり、米議会で演説することの有効性は疑問だとする書簡を、ハスタート下院議長に出していたという。

書簡は4月下旬に出され、「委員長は書簡の中で、議論の的になっている靖国神社への参拝を続けている小泉首相への(議会への)招待の有効性に疑問を呈した」(同報道官)という。

 ハスタート下院議長の事務所は書簡を受け取ったことは認めたものの、その内容や小泉首相が訪米した際に議会で演説する可能性についてはコメントしなかった。
 ハイド委員長の報道官も、書簡の中身の詳細については明らかにしていない。

(ロイター) - 5月16日11時15分更新



引用記事 

 今回のハイド委員長の書簡の詳しい内容については、はっきりとはわからないが、報道内容が正しいという前提でとりあえず話をしたい。

ちなみに、昨年ハイド委員長は「靖国神社はアジアや世界において第2次世界大戦の未解決の歴史、さらに太平洋に戦争を引き起こした軍国主義的な姿勢のシンボルになった」といった内容の書簡を、在米日本大使館にも送っていた。

 中国は日本を屈服させたり、意のままに操ることに失敗した時、「日本は中国を侵略した過去を反省していない」と世界中にわめきちらすという、使い古された手を何度も使ってきた。

その理由は簡単で、「日本は過去を反省していない」というその一言さえ言えば、これまで中国が日本に対してどんなにムチャクチャな主張や理不尽な要求をしても、中国側の主張の正しさを矛盾の無いように論理的にクドクド説明して証明することもなく、日本人の行動を支配することが出来たからだ。

「日本は過去を反省していない」という”魔法の一言”が、相手が日本人にしろアメリカ人のような中立な第三者にしろ、論理的思考力を奪い、その人の思考を硬直化させて、無条件に「中国の主張が正しい」という結論を導きだしてしまう、中国のあやつり人形にするのである。

そうした中国のマインドコントロールにかからないようにするためには、強い理性で自らの感情をコントロールし、論理的思考力を奪われないようにしなければならない。

 ハイド委員長が、こうした中国のマインドコントロールの強い影響を受けた考え方をしているのであれば、非常に残念だ。

(このブログでさんざんやったので、ここで日本の神道が決して軍国主義を礼賛している宗教ではないことを、今更説明はしない)

中国は1950年の朝鮮戦争を「アメリカによる中国への侵略戦争である」と、これまで数億の子供達に教えこんできた。

1900年の義和団事変(北清事変)で、義和団と清軍を打ち破ったアメリカ軍も「中国に対する侵略者」と教えている。

もし、この中国の主張が正しいのならば、朝鮮戦争や義和団事変で活躍して戦死したアメリカ軍兵士が葬られているアーリントン国営墓地は、中国にとっては”アメリカ版靖国神社”のはずである。

しかし、アメリカ大統領がアーリントンに行っても中国は一切非難をしないし、アーリントンへ行くのを止めないと米中首脳会談を拒否するということもない。

その上、アメリカの歴史教科書で朝鮮戦争を「アメリカによる侵略戦争」と記述していなくても、中国政府はアメリカ側の歴史認識を一切問題にしないのである。

ここに中国の言う「日本の間違った歴史認識」問題の本質がある。

 中国が、アメリカの歴史認識が中国のそれとは正反対でも全く問題にしないのに、日本の歴史認識が中国のものとちょっとでも違うと執拗に攻撃を加えてくるのは、この問題が純粋に歴史認識の問題ではないからである。

もし純粋に歴史認識の問題であるならば、中国政府が子供達に「かつて中国を侵略した国」として教えている、アメリカ・イギリス・フランスなどに対しても、日本と同じレベルの非難と攻撃が加えられるはずだ。

しかし、実際はそうではない。

アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・ロシアなどの人々の中には、「わが国もかつて中国を侵略したのに、なぜ中国は日本人だけを執拗に攻撃するのか?」と感じたことがある人がいるはずである。

 たとえ日本側が「日本の首相が靖国に行っても、翌日北京や上海に日本軍が再び上陸することは有り得ない」と何百回説明したとしても全く耳を貸さず、「日本は過去を反省していない。日本の首相が靖国に行くのはその証拠だ」と中国が言うのは、

それによって日本人の行動を中国の支配下に置こうという意図に基づくもので、「日本は過去を反省していない」というのは日本人だけでなく、アメリカ人のような第三者をもマインドコントロールして、日本人の行動を中国の支配下に置く、その助けとするための”魔術”に他ならない。

 そして中国が執拗に日本人の行動を彼らの支配下にいれようとするのは、「中国は世界最高の文明度を持つのであって、アジアの序列で中国より下位であるはずの日本が、中国と対等な大国であるのはあってはならないことだ」といったような、中華思想という名の人種差別思想にその根源があるのだろう。

中国が欧米の中国侵略をほとんど問題にせず、日本だけを執拗に狙い撃ちにするのは、中華思想という人種差別思想の裏返しで「白人は中国人にとって対等な敵だから中国を侵略したのはやむを得ないが、中国人より劣等人種の日本人だけは侵略したことを許さない。」といった思想があるとしか思えない。

でないと説明がつかないではないか。

ハイド委員長もご自身の理性で”中国の魔術”を跳ね返して、そういったアジア特有の複雑な事情と日本独特の宗教・神道へのご理解をいただきたい。

 安倍官房長官は「理解してもらうよう努力しないといけない」とおっしゃっているが賛成だ。 日本側から働きかけて、ぜひハイド委員長との話し合いのチャンスをつくっていただきたい。


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関連記事・”左翼”を解剖する(その1)

関連記事・”Total Victory”の妄想にとりつかれた中国

イスラエルの生存を脅かす中国

  • 2006/05/16(火) 01:05:25

 上海協力機構の外相会議が15日上海で開かれ、イランによる核開発問題について「話し合い以外の解決方法はない」との立場で一致した。

引用記事 

また来月行われる上海協力機構首脳会議にイランのアフマディネジャド大統領が参加する意向とのことだ。

上海協力機構は、中国・ロシアにカザフスタンなど中央アジア4カ国からなる同盟だが、イランも準加盟国として名を連ねている。

核開発問題では米欧に対し強硬姿勢を貫き、「イスラエルは消滅するべき」と再三表明しているアフマディネジャド大統領率いるイランと中国の急接近は気になる。

特にイスラエルにとっては、非常に気がかりだろう。


 以前、中国とイスラエルは安全保障面で良好な関係を築いていた。

イスラエルは自国の軍需企業ラファエル社製の空対空ミサイル・”パイソン3”を中国に輸出し、中国人民解放軍はそれをコピーした物をPL-8空対空ミサイルとして戦闘機に装備している。

またIAI社製の高性能無人攻撃機”ハーピー”も中国へ輸出されてアメリカから非難されているし、最近中国で開発された”国産戦闘機”・殲撃10型も、イスラエルで開発が中止された戦闘機”ラビ”の設計が、応用されたと言われている。

 中国の軍備拡張とそれに伴う世界における中国の影響力拡大に協力してきたイスラエルだが、外交巧者として名高いイスラエルにしては、大失敗だったと思う。

全く意図していなかったとはいえ、結果的にイスラエルにとって”不倶戴天の敵”とも言えるイランの軍備拡張と影響力拡大を招いてしまったからだ。


 以前から中国は、殲撃7型(ソ連製ミグ21のコピー)や殲撃6型(ミグ19)のような戦闘機や軍用輸送機、59式・69式戦車などの兵器をイランへ輸出するなど友好関係にあるが、

世界中から石油をあさっている中国にとって原油の供給源と中国製兵器の大切な顧客としてのイランの重要性は益々高まり、

イランにとっても中国が石油をがぶ飲みしてくれるおかげで原油価格が高騰し、イランの石油収入がアップするばかりか、制裁がやりにくくなって国際社会におけるイランの発言力まで高まるという構図だ。

 こうしたことがイランの核開発問題についても、アメリカやEUの反対を押しきって核開発を強引に進めるイランの強気の姿勢を導き出しており、中国も国連安保理の場で、イランの核開発を黙認する姿勢を見せている。

(そもそもイランの核開発に多大な影響を与えたのは中国の同盟国パキスタンだ。 そしてパキスタンの核武装に手を貸したのは中国自身である。)

アメリカやEUはイランへの制裁も辞さずという強い姿勢を見せているが、中国はそれに反対し「イラン核問題はあくまでも話し合いで」とこわれたCDのように繰り返すだけだ。

「制裁には反対。あくまでも話し合いで」と中国がアメリカを牽制したおかげで、北朝鮮による核武装のための時間稼ぎを許してしまったのは皆さんもご存知の通りだが、

「イラン核問題はあくまでも話し合いで」という中国の主張によって安保理が事実上の機能停止状態にあり、この状態が続けば中国のアシストによってイランの核武装は現実のものとなる可能性がある。

それはイスラエルにとっては正に悪夢だ。


 座視できなくなったアメリカやイスラエルによるイラン核施設攻撃を牽制するために、イランはホルムズ海峡の封鎖まで主張しているが、その時脅威となるのは、イランが持っている中国製の対艦ミサイルだ。

イラン・イラク戦争当時、イランはペルシャ湾を通るタンカーへの無差別攻撃を行ったが、その時使われたのは中国製の対艦ミサイルHY-1”シルクワーム”だった。

現在イランは”シルクワーム”より性能が高い中国製C-802対艦ミサイルを保有し、パーレビ帝政時代に買ったアメリカ製F-4”ファントム”戦闘機か、ロシア製の攻撃機スホーイ24”フェンサー”に装備しているはずである。

イランがこうした攻撃機を使って原油タンカーを攻撃しホルムズ海峡を封鎖した場合、世界中に影響が及ぶことになる。

(もしイランがホルムズ海峡を封鎖したらそれは自殺行為だと思う。それこそアメリカをはじめ世界が黙っちゃいないだろう)

 イランの弾道ミサイル保有に貢献したのは、中国が事実上のパトロンとなっている北朝鮮である。

核や化学兵器も搭載できるイランの弾道ミサイル”シャハブ3”は北朝鮮製の弾道ミサイル”ノドン1”をコピーしたものか、ノドン1そのものとみられ、射程は1300kmでイラン領内からテルアビブを十分狙える。

北朝鮮崩壊を恐れる中国が、北朝鮮による弾道ミサイルビジネスを黙認し、そのことがイスラエルの安全を脅かすことになった。

どういうわけか、これまでイスラエルは中国に対して非常に好意的であったが、その中国がイランとの関係を深め、イスラエルの生存を脅かしている。


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関連記事・上海協力機構は第二のワルシャワ条約機構となるのか?

関連記事・パクス・シニカと世界

泥沼でもがく中国外交に変化?

  • 2006/05/13(土) 01:07:29

 日中関係の風向きが変わりそうな気配がみえる。

約1年間中断している日中外相会談を今月下旬に開催する方向で日中両国が合意した。

小泉首相は「一つの問題で首脳会談を行わないというのは『おかしい』と中国も思ってきたんじゃないか」と記者団に語り、ある政府高官も「こちらがドアを開けていたら、相手が勝手に入ってきただけ」と述べ、日本側が会談実現のために何ら譲歩をしたわけではない点を強調したという。

引用記事 

 ノ・ムヒョンの竹島バカ騒ぎさえなければ、よっぽど取上げたかったのだが、先月下旬に中国の胡錦涛主席が訪米したのはご存知だろう。

中国側の狙いとしてはまず第一に、悪化する一方の米中経済摩擦を和らげアメリカで高まる中国脅威論を打ち消すことにあった。

呉儀・副首相を露払いとして訪米させ、46億ドルでアメリカ製旅客機・ボーイング737を80機購入することを発表するなど、怒るアメリカをなだめるための使い古された手を繰り出し、胡主席もシアトル生まれのコーヒーチェーン”スターバックス”をヨイショして、米中蜜月を演出しようとした。

しかし、アメリカが強く求めている人民元の切り上げや知的財産権保護の問題、あるいは中国共産党による独裁政治と人権抑圧の問題に対して、胡主席は事実上のゼロ回答で応じ、アメリカ側を大きく失望させた。

また、胡主席の訪米の隠された目的に、ブッシュ政権に小泉首相の靖国参拝に反対する声明を出してもらうこともあったが、アメリカへの工作は完全に失敗し、中国側から靖国問題を取上げることさえできなかった。

胡主席歓迎の式典で、中国系アメリカ人の女性が中国共産党の人権弾圧を非難して胡主席をなじり、取り押さえられるというオマケもあったが、このハプニングが中国脅威論を打ち消すための胡主席訪米が大失敗に終わったことを象徴的に表していた。

 これを受けて、胡主席がアメリカを後にしたのと同じ日の先月21日からワシントンで開幕した、G7(先進七カ国財務相・中央銀行総裁会議)でアメリカは、「(米中貿易不均衡の是正に)必要な調整が起きるには、より大きな為替レートの柔軟化が、巨額の経常黒字を抱える新興国、特に中国では必要だ」という文言を声明文に挿入することに成功し、米中首脳会談で人民元切り上げを拒否した中国を異例ともいえる名指しで批判した。 

これ以外にも、知的財産権保護や人権といった問題から、北朝鮮やイランの核開発に至るまで、アメリカは一向に改善しない中国の態度にいら立ちを募らせている。

EUも中国製品にダンピング関税をかけてEUと中国の貿易摩擦が悪化している。

中国政府が「中国の大国化は平和的台頭である」という再三の訴えも空しく、
中国脅威論がかつてないほどに広がって、靖国問題や東シナ海ガス田問題をかかえる日本との関係も含めて、中国の外交は泥沼状態へと完全にハマり込んでいる。

 中国が世界外交の泥沼にここまで深くハマってしまう前に、抜け出すチャンスもあった。

それが3月末の、胡主席と訪中した日本の親中7団体との会談の時で、胡主席が靖国問題にはあえて言及せずに”名誉の撤退”を選ぶことで、外交の泥沼にハマる愚をおかすのを避けるのではないかと私は考えていたのだが、

国内の反日原理主義者を納得させなければならなかったのか、胡主席は靖国問題を再び蒸し返して日中関係好転のチャンスを逸して、外交の泥沼へハマる方を選んでしまった。

関連記事 

いくら中国が内政干渉ではないと言ったところで、靖国問題やガス田問題で中国が力ずくで日本をねじ伏せようと、もがけばもがくほど、世界の目には「中国はいずれ脅威となる。現在の日本は明日のわが身だ」と映るわけで、中国の指導部は完全に判断を誤ってしまったと言えるだろう。

 これまで、橋本元総理や高村元外相、二階経産相、谷垣財相など、従順な”しもべ”と考える日本の要人にしか会談を許可してこなかった中国政府が、決して従順とは言えない麻生外相との会談に応じるということは、四面楚歌状態からの脱出を模索する中国側が対日外交を変化させる兆しなのかもしれない。

”従順なしもべ”だけにお目通りを許し、中国側の意のままに操れない日本人は、北京の迎賓館の赤じゅうたんをふませず北京ダックも食べさせないというのは、中国の使い古された外交手段のひとつだが、

それを一旦やめたことや、中国外務省が11日までに、第2次世界大戦後に中国で収容された日本人戦犯1017人の起訴を免除した記録を外交文書として初公開したことも、日中関係の泥沼から脱したい中国側の焦りのようなものを感じる。

引用記事 

(以前、二階経産相が麻生外相に向かって「悔しかったら北京に行ってみろ」みたいなことを得意げに言っていたと記憶しているが、北京から晩餐会のお誘いが来ることがステータスだと思っているのだとしたら、本当におめでたい人だ)

中国が日中関係を”宗教戦争化”したのは、大きな失敗だった。 日中外相会談が実現するなら、中国側が3月末の失敗を再び繰り返すのかどうか、注目したい。

 日本の筋を通す毅然とした外交が着々と成果をあげているこの状況下で、経済同友会が「中国との商売に影響する」として、小泉首相の靖国参拝を批判したというニュースを皆さんもご覧になったと思うが、まったく情けないかぎりだ。

「日本外交はアメリカ一辺倒でアジア軽視。いずれ経済的に中国の方が大事になる」という声も日本国内からちらほら上がっているが、アジアと言えば中国・韓国・北朝鮮しかないと思っている”大アジア主義”の日本人も経済同友会も世界の政治情勢が全く見えていないし、世界経済全体の動きさえもつかめていないのではないか?

深刻な米中経済摩擦をかかえて訪米した胡主席とブッシュ大統領、どっちがどっちへ”土下座外交”をしていたと思っているのか?

経済同友会は、中国による日本への内政干渉・主権侵害という事実から目をつぶり、カネのためなら悪魔でも極悪な独裁者にでも魂を売り払うと言うのか?

大恐慌の後遺症に苦しむ列強を尻目に奇跡的な経済発展をしていた”強大なドイツ”に心酔して、その独裁体制や人権侵害から目をつぶって、ナチスを賞賛していた人達を思い出してゾッとする。


 これは全くの余談になるがG7閉幕以降、ドル安を牽制するようなコメントを谷垣財務相が繰り返しているが、世界に無用の誤解を与えるのではないだろうか。

日本は中国のような新興国ではなくて、経済成長率がおだやかな成熟した経済大国であり、円も1ドル=360円から現在の110円まで急速に切りあがってきたのだから、マーケットが同じアジアというくくりで、切り上げを拒否している人民元と円を同一視するべきではないという点をコメントで強調した方が適切だと思う。

それをドル安をダイレクトに牽制するコメントだと、日本が中国とグルになってドル安自国通貨高を阻止しようとしているように世界から誤解されてしまう。 だからアメリカ財務省のスノー長官から電話がかかってくるのではないだろうか。

「日本はアジアの新興国ではない。成長率がおだやかな成熟した経済を持つ国だ。この区別はしっかりとするべきだ」

「円は1ドル=360円から日本の経済ファンダメンタルズを反映して既に充分過ぎるほど切りあがっている」

という風にコメントした方が、世界にあらぬ誤解を与えずに済んだと思うのだが。

しかし順番が逆になって、先にドル安を牽制するコメントをしているから、今から同じ事を言っても効果は半減かもしれないけれど全くのムダという事はないと思う。


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”左翼”を解剖する(その2)

  • 2006/05/10(水) 23:54:47

 前回では、左翼の本質を解剖し、「アニマルとしての人間の本能である感情を、理性でコントロールするのが苦手」「『だって左翼は正義なのだから』という感情で、殺人・暴行・拉致監禁・言論思想統制など、どんな悪いことでも正当化する人達」という結論を導き出した。

 今回は、これまで左翼がやって来たことを振り返る。

「だって左翼は正義なのだから」という感情で、ありとあらゆる悪行を正当化する、グロテスクな左翼の代表例として、カンボジアの”赤いクメール”(クメール・ルージュ)を取り上げたい。

1970年に革命が起こるまで、王制時代のカンボジアは東南アジアでは割と豊かな国で、首都プノンペンは”東洋のパリ”と呼ばれた美しい街だった。

しかし、極左で狂信的な毛沢東主義者だったポルポト率いる”赤いクメール”が中国の後押しを受けてプノンペンを陥落させ、カンボジアの支配権を握ったのは1975年だった。

そこからカンボジアの悲劇が始まる。

ポルポトは「お金というものがあるから格差社会が生まれるのだ」として、通貨リエルを廃止して交易はすべて物々交換とし、「都市住民は資本主義思想に汚染されている」として、すべて農村に強制移住させられた。

この過程で家族制度も解体され、大人の男性だけの集団と女性だけの集団、それに5歳以上の児童も親から引き離されて男女別にグループ分けされて、共同生活をしながら慣れない農耕作業を強要された。

そして教師やジャーナリスト・技術者などの知識人は「矯正不可能」としてすべて処刑された。

これによって、東洋のパリと呼ばれた美しい街・プノンペンから人っ子ひとりいなくなり、ただの紙くずになった大量のリエル紙幣がプノンペンの大通りを紙ふぶきのように舞った。

”赤いクメール”の狂気の政策によって、カンボジア全人口の1/3にあたる300万人が犠牲になったと言われる。

「だって左翼は正義なのだから」という感情で、どんな悪事も正当化していくと倫理観が破壊され、人間はここまで残酷になれるのである。

ちなみに”赤いクメール”を打倒したのは、ベトナム軍に支援されたヘン・サムリンで、中国が支援する”赤いクメール”を打倒したその報復として、中国軍は79年にベトナムを侵略した。

 この極左集団”赤いクメール”を「アジア的な優しさにあふれている」と恥も外聞も無く言ってのけた日本のマスコミがある。 

あの朝日新聞社だ。

朝日新聞1975年4月19日夕刊2面 和田俊記者 

朝日新聞1975年5月17日7面 和田俊記者 

オマケ 

和田俊記者といえば後年、テレビ朝日系の”ニュースステーション”にも出演して、しれっとした顔をしてニュース解説をしていたように記憶しているが、
朝日新聞社の報道姿勢をみると、人間としてのモラルが完全に破壊されているとしか思えない。

中国や北朝鮮のような独裁国家の悪事から目と耳をふさぎ続けたのは全く恥知らずだし、安倍官房長官と中川農相がNHKに圧力をかけたという”誤報”問題も、未だ解決していない。

朝日新聞がニュースの捏造・事実の歪曲などへっちゃらで良心の痛みも感じないのは、左翼特有の「だって左翼は正義なのだから」という感情でどんな悪事も正当化できるからであろう。

自分のやっていることが悪事だという自覚がない偽善者ほど、タチの悪い者はないが、朝日新聞・テレビ朝日・毎日新聞・TBSなど左翼マスコミが、左翼チャートに示したような矛盾に満ち満ちた善悪二元論の妄想を垂れ流して、日本国民をミスリードしてきた、その罪は重い。

不偏不党が原則のはずの”某国営放送”NHKも近年は「左向きに真剣。」で、左翼思想への偏向が顕著のように思われる。

マスコミや教育界に広がった左翼思想は、世間知らずでナイーブな”お受験秀才”たちの多くにとっては”正しいマニュアル”となって無批判に受け入れられ、その悪影響は現在も官僚や政治家に及んでいる。


”左翼チャート”

    善    |   悪
―――――――――――――――
   左翼    |   右翼
         
  アジア(特ア)|   アメリカ
         
中国・韓国・北朝鮮|  日本・アメリカ
         
   弱者    |    強者 
         
   平等    |    格差 
         
   自由    |    抑圧
         
  民主主義   |   独裁主義
         
  平和(非暴力)|  戦争(暴力)
           
国際協調主義   | 帝国主義(侵略)
         
  平和憲法   |  非平和憲法
         
  反核・非核  |  核兵器
         
  非武装    |  軍隊
         
  地球市民   | ナショナリズム


 大学の一般教養でとった人は知っているのではないかと思うが、政治学では”やわらかい方向と硬い方向”ということが言われる。

極左⇔極右 と 自由民主主義⇔社会民主主義 が、”やわらかい方向”で、例えば極左主義者と極右主義者同士は容易に転向しうるが、極左・極右が自由民主主義者・社会民主主義者に転向するのは珍しい、つまり”硬い方向”であるという説である。

ここで極右だけ定義していなかったので、このブログでの”極右”の定義をしておくが、独裁者のカリスマ性や自民族優越主義によって独裁政治を肯定する人達・体制を極右と呼ぶことにする。

”やわらかい方向と硬い方向”が正しいかどうかは知らないが、少なくとも極左と極右は容易に転向するのは事実であると思われる。

例えば中国の場合、清帝国という皇帝の持つカリスマ性に基づく専制政治(極右)から中国共産党による独裁体制(極左)となり、90年代の改革開放以後は共産主義を捨て去り、中華民族優越主義を独裁体制維持のためのイデオロギーとしたという点で、再び極右へと戻ったと言える。

私は極左と極右、いいかえれば共産主義とファシズムは、独裁体制という名の一つのコインの裏表だと思っている。

独裁体制を「格差社会阻止・平等社会建設」というタテマエで正当化したのが共産主義、独裁者のカリスマ性や自民族優越主義などで正当化したのがファシズムで、ありとあらゆる悪徳にまみれ、ろくでもないという意味では、共産主義もファシズムも全くいっしょだった。

21世紀の今でも、左翼共産主義が根強く残っているのは、ファシズムが「誰の目から見てもわかりやすい独裁」だったのに対し、共産主義が「格差社会阻止・平等社会建設」という一見、誰も反対しにくいタテマエを掲げた独裁体制だったからではないだろうか。

 私は「格差社会阻止・平等社会建設」というタテマエと「だって左翼は正義なのだから」という感情で、殺人・暴行・拉致監禁・言論思想統制・差別・報道の歪曲など、ありとあらゆる悪徳を正当化してきた左翼は、20世紀以降の現代社会における最低最悪のサギ師だと思う。

共産主義者のような極悪非道の極左をかばい続けた社会民主主義者、いわゆる左翼リベラルも同罪である。

戦後、イギリスの政権与党となった左翼リベラル政党である労働党は、格差社会の是正のためローバーなど大企業をかたっぱしから国有化した。

そのおかげでイギリス産業は競争力を失って深刻な長期不況、いわゆる”英国病”を招いた。

1974年に政権についたウィルソン労働党内閣は、”英国病”克服のために、軍事費を削減しイギリス軍をリストラしたが、その後遺症でアルゼンチン軍事政権に”なめられた”イギリスは、結果的に82年のアルゼンチン軍によるフォークランド侵攻を誘う形となってしまった。

そして現在のブレア労働党政権は選挙に勝っても、もう「イギリス産業の国有化」なんてバカな事は言わなかった。

 左翼は資本主義制度に福祉制度を導入させた点では大きな功績があったが、

結論としては、左翼なんて、大概ろくなもんじゃねえってこと。

それでも左翼になる自由、左翼思想を表明する自由を擁護するけれども。


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関連記事・”嫌韓派”を解剖する(その2)

”左翼”を解剖する(その1)

  • 2006/05/08(月) 23:57:15

 今回は以前予告した通り、”左翼”を解剖してみたいと思う。

まず左翼の定義であるが、おおざっぱに言えば、「チャンスの平等ではなく結果の平等を求めるのが左翼である」と言えると思う。

(チャンスの平等・結果の平等の定義についてはこちら

結果の平等を、暴力によって獲得した独裁権力によって達成しようとするのが共産主義者(社会主義者)で、このブログでは極左と呼ぶことにする。

他方、結果の平等を選挙で政権を獲得することによって達成しようとするのが社会民主主義者で、これは左翼リベラルあるいは狭義の左翼とでも呼んだらいいだろうか。

これらをひっくるめたものが、左翼である。

 左翼の思考パターンを分析してみると、彼らは複雑な思考が大変苦手で、この複雑極まりない世界を極度に単純化して理解しようとする。

その結果、ものごとを善と悪のたった二つに分類して、レッテル貼りをするような愚かなことをはじめる。

以下は、左翼に典型的に見られる善悪二元論をチャートにしたものである。

このチャートに共感できるほど、あなたの左翼度は高いことになる。
「このチャートのどこがおかしい? 100%正しいじゃないか!」と思った人は、完全に左翼のマインドコントロールの影響下にある。


    善    |   悪
―――――――――――――――
   左翼    |   右翼
         
  アジア(特ア)|   アメリカ
         
中国・韓国・北朝鮮|  日本・アメリカ
         
   弱者    |    強者 
         
   平等    |    格差 
         
   自由    |    抑圧
         
  民主主義   |   独裁主義
         
  平和(非暴力)|  戦争(暴力)
           
国際協調主義   | 帝国主義(侵略)
         
  平和憲法   |  非平和憲法
         
  反核・非核  |  核兵器
         
  非武装    |  軍隊
         
  地球市民   | ナショナリズム
         

本当はもっとあげられるのだろうが、取りあえずここらへんにしておこう。

もし左翼思想が正しいのであれば、同じカテゴリーに入ったもの同士は、一切の矛盾が無いはずである。 こんどはそれを検証していこう。

では左翼は本当に、弱者で平等主義・自由主義で非暴力だろうか?
答えはNOだ。

ソビエト・東ドイツ・ルーマニア・中国・北朝鮮・ポルポト時代のカンボジアなどの例をあげるまでも無く、左翼は暴力を行使して独裁権力を握った強者で弱者たる国民の自由と富を奪い、極度の格差社会を生みだして自ら特権階級となっていったのであって、リベラルも含めて左翼が平等な社会を実現した事など、歴史上たった一度の例も無い。

そうした事実を”プロレタリアート独裁”だの”先富論”などといった言葉でごまかし、それを批判する者を、殺人・拉致監禁・拷問・思想洗脳といった、悪徳にまみれたありとあらゆる手段を使って、迫害してきたのである。

それでは次に、中国・韓国・北朝鮮という国家は本当に、自由・平等・民主的な、平和憲法を持つ反核・非核の非武装国家で、そこに住む人達はすべてナショナリズムに反対する”地球市民”なのだろうか?

答えはNOだ。何度でも言ってやる、答えは断固NOである。

中国・北朝鮮は民主主義のカケラも無い、まぎれもない独裁国家で、特権階級である共産党の支配者たちが、国民の自由や平等を奪っている。

韓国は現在は一応民主主義システムを持っているが、80年代まではれっきとした軍国主義国家であったし、国家が教育やマスコミを支配して国民の思想をコントロールする手段としてきた。

中国は平和憲法・非核反核どころか、原爆・水爆と数百発の核ミサイルを保有する国であり、北朝鮮も最近核保有国の仲間入りを果たして近隣諸国に脅威を与えているし、冷戦時代に核武装の計画を持っていた韓国も含めて、この三国は非武装どころか経済規模に見合わないほどの軍拡を続けてきた重武装国家ばかりである。

そして中国・韓国・北朝鮮の国民が地球市民なんて、全く笑えないセンスの悪いジョークだ。

むしろ中国・韓国・北朝鮮は、もっともタチの悪い偏狭かつ排他的なナショナリズムが渦巻いている国々であって、そうした自民族優越主義を背景に、中国はチベットやウイグル・モンゴルといった”少数民族”を抑圧し、韓国も含めて領土・領海拡張主義の熱病に冒されている。

1950年の朝鮮戦争は北朝鮮による韓国侵略の結果だったし、79年の中国によるベトナム侵略や南シナ海におけるベトナム・フィリピン領の島嶼占領もそうだ。 韓国は竹島を一方的に暴力で奪い取り、日本との話し合いにも応じていない。

これのどこが国際協調主義であるのか? 19世紀から20世紀にかけて吹き荒れた、あの帝国主義そのものではないか。

 左翼の頭の中で、どうしてこのような矛盾が起こるのかと言えば、左翼が、ものごとを善か悪かに振り分ける時、その判断基準として自らの感情・フィーリング・イメージを最優先にしているからである。

この複雑な世界を正確に認識するには、膨大な知識を蓄え、それを基に認識を論理的に構築していかなければならないが、大切だが骨の折れるそうした作業を、左翼が頭の中でしているとは思えない。

もしそうした作業をいとわずやっていれば、左翼チャートにみられる矛盾など起こり得ないからである。

それが起こるのは「複雑な思考などめんどくさい」という感情を最優先させて、単純な善悪二元論に逃げたからだろう。

そしてものごとを善か悪かに振り分ける時、やっぱり自らの感情・フィーリング・イメージを最優先にした結果、左翼チャートにみられる、あの救いようが無い矛盾が発生するのである。


ここで矛盾に気づいて良心が痛むような真っ当な人間なら左翼をやめるであろうが、自らの感情をコントロールできない重度の左翼病に陥っている者は、矛盾から目をそらし、さらにタチの悪い妄想にふけるようになる。

「左翼による独裁はプロレタリアートによるものだから民主主義だ」
「左翼による平等社会の建設のための暴力は良い暴力である」
「中国のものはきれいな核兵器。アメリカのは汚い核兵器」
「中国・北朝鮮など左翼国家が独裁体制で、暴力によって国民を抑圧しているなんて右翼のデッチ上げたウソだ」
「北朝鮮が核ミサイルを開発しているとか、日本人を拉致したなんてのも、やっぱり右翼のデマだ」といった具合に。

左翼の持つ「左翼は正義だから」という感情が暴走して、妄想にふけることや他人にウソをつくことをことごとく正当化していくのである。 そもそも「左翼は正義」という主張も自らの感情だけがその根拠であるが。

 1990年代のはじめに共産圏で続々と独裁政権が倒れ、左翼の総本山とも言うべきソビエトも消滅した。

これで、左翼の妄想は完全にとどめを刺されたのだが、「左翼は正義だから」という感情によって、ありとあらゆる悪徳を正当化してきたために、人間としてのモラルが破壊されてしまった彼らは、

これまで妄想にふけり、とんでもないウソを垂れ流してきたことを反省もせず、ある者は極左からリベラルへと転向したりして、21世紀の今でもしれっとした顔をして政治活動や言論活動を続けている。

おそらく「自分達が妄想にふけりウソを垂れ流してきたから、右翼だって同じ事をしているのだろう。だから自分達だけが反省する必要は無い」で、これまでの悪行の数々を片付けたのではないだろうか。

何しろ「だって左翼は正義なのだから」という感情で、殺人・暴行・拉致監禁・言論思想統制など、どんな悪いことでも正当化するのが左翼だから。

 クロフネは、人間とその他のアニマルの決定的な差は「理性の存在」ではないかと考えている。

例えば、お店の店先においしそうなフルーツが並んでいたとする。

野生のアニマルなら、そのフルーツにそのまま飛びついてかじり出すだろうが、理性のある人間ならば、まずお金を払ってフルーツを自分のものにしてから、それを食べようとするだろう。

野生のアニマルは、食欲・睡眠欲・性欲など動物としての本能や感情を制御することは困難である。人間にしつけられた場合を除いては。

人間もしょせんアニマルの一種だから、動物としての本能や感情を完全にコントロールすることはできないが、理性によって本能や感情をコントロールしようと努力するところに、人間とその他のアニマルとの最大の違いがある。

 太古の昔には人間も感情の多大なる影響を受けていた。
そうした感情が迷信を生みだし、天変地異を防ぐために同じ人間を殺して神へのイケニエとしたり、魔女狩りと称して人間を大量虐殺するような悲惨な事件を起こしてきた。

しかし人間の理性と論理的思考力が科学を生みだした瞬間、人間社会は進歩をはじめ、そうした感情・迷信が生み出す悲劇から人間を救うことになった。そのおかげで現代社会の繁栄がある。

 以上の点から、私は左翼というものをつきつめていくと、アニマルとしての人間の本能である感情を理性でコントロールするのが苦手な人達というところに行きつくと思う。

近代社会へのスタートが遅れ、感情のコントロールが苦手な中国・韓国・北朝鮮の人達と、左翼の人達との相性が非常に良いのも同様の理由からだろう。

左翼の人達は、理性で感情をコントロールする能力がないのではなくて、ただその訓練を積んでいないだけだと信じたいが。

 左翼が理性によって己の感情を制御するすべを身につけない限り、妄想にひたり続け、それを他人に向けて垂れ流しにするのをやめることは無いだろうと思う。

そして「左翼は正義」で、ありとあらゆる悪行を正当化し続けるかぎり、どんなに話し合っても左翼以外の人達と議論がかみ合うことも無いだろう。

 もちろん、左翼には軽度の左翼と重症の左翼がいて、彼らの言うことがすべて間違っているわけではないことを念押ししておくとともに、私が左翼ではなくても、人が左翼思想にハマッて左翼的主張を表明する自由を擁護するものであるのは言うまでもない。

左翼にありがちな「自分は正義」という感情から、言論・思想統制を行って「左翼になる自由を奪おう」と考えるほど堕落はしていないつもりである。

つづく

-----------------------------------

二十歳までに左翼運動に傾倒しない者は情熱が足りない。
二十歳を過ぎても左翼運動に傾倒している者はオツムが足りない。

共産主義は宗教である。共産党はイエスのいないイエズス会のようなものだ。
 
               ウインストン・チャーチル

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盧武鉉のクレージーな歴史認識

  • 2006/05/07(日) 00:41:40

 韓国のノ・ムヒョンが3日、政府機関である”民主平和統一諮問委員会”の在米代表団を前に、1時間近くにわたって”歴史講義”を展開した。

【ソウル=黒田勝弘】「米国にはたしかにお世話になった。しかし韓国は大きくなったからもう米国には頼らない。独自の道を選択してもいいのではないか」「日本は昔から"兄貴面"をするので問題が起きる、中国や日本に強大な勢力が現れるといつも朝鮮半島に戦争が起きる」「しかし、心配はあるが韓国はすでに力をつけた。過去のような侵略や支配、抑圧の歴史は決して繰り返されないものと信じる」-。

このところ、歴史づいている韓国の盧武鉉大統領が、また長々と"歴史講義"を展開し話題になっている。政府機関である「民主平和統一諮問委員会」の在米代表団を前に3日行ったもので、東アジア情勢から米韓、中韓、日韓関係などについて歴史を引用しながら1時間近く熱弁を振るった。

米国については「過去、50年間、大いに世話になった。感謝している。永遠の友人だ。しかし友人を疑うわけではないが、国家の選択はその時々で変わるものだ。いつまでも頼ってはおられない」と述べ、かねてからの"対米自主"論を繰り返した。

一方、対日関係では「歴史問題でケンカしている」とし、最近の日本の動きは、(1)古代・朝鮮半島に対する支配権の主張(「任那日本府」の話?)(2)豊臣秀吉による壬辰倭乱(文禄・慶長の役)(3)日韓併合による植民地時代-に続き、「日本が自慢、自信感から国家的栄光を求める4度目のもの」だという。

さらに、日本は中国(唐)のマネをして「皇帝(天皇)」をつくったため、その下に「王」が必要になって琉球や韓国を「王」にし、自分は"兄貴風"を吹かしてきたが、中国を"兄貴"と思ってきたわれわれにはこれはとんでもないことだとし、こうした背景もあって盧大統領は「今日の日本に国粋主義傾向を感じる」という。

また16世紀の「壬辰倭乱」についても「陶磁器技術など産業基盤が完全に崩壊され、知識人や農業技術者など10万人が日本に連れていかれ、農地は3分の1に減った。こうした被害がなければ韓国は近代化過程で産業的に相当発展していたかもしれない」などと"アマチュア歴史談義"を披露している。

そして、「東アジアでは中国が強くなってもコトが起き、日本が強くなってもコトが起き、韓国は被害を受けてきた」としながら、韓国が力をつけ独自の"戦略"を選択することで「歴史の繰り返し」から逃れられるという。持論である日米中と等距離の"東アジアの均衡者"という理想論を、あらためて力説したかたちだ。

【2006/05/05】



引用記事 

 はっきり言って、ノ・ムヒョンの歴史に対する知識は、まるっきり韓国の一般市民の間に広まっている”民間信仰”レベルで、「この程度の教養で、よく国家の指導者になれたな」とあらためて驚かされる。

さすがに2002年サッカーW杯で、のぼせ上がった韓国民がその時の勢いだけで当選させただけのことはある。

このノ・ムヒョンの歴史観は、韓国政府が韓国に不利な事実を一切排除して編纂させた国定教科書”国史”の歴史観そのものであり、ノ・ムヒョンも、韓国政府による洗脳教育の結果出現した哀れなあやつり人形と言えるだろう。

 韓国国定教科書の歴史観のベースにあるのは”中華思想”であり、これこそ日本と韓国・中国の外交摩擦のもっとも根源的な原因である。

中華思想とは「儒教発祥の地である中国こそ世界の”中”心であり、文明の”華”を咲かせた唯一の国である」というものだ。

中華思想は韓国にも伝わり、ある意味、本家である中国よりも強化され「朝鮮半島国家は数千年間、中国の属国として儒教文明の忠実な模倣者つまり”小中華”であったのであり、中国から朝鮮半島までが文明圏である。よって、朝鮮半島人は周辺の日本人や満州人・モンゴル人といった未開人より優秀で文化的に優れている」という”小中華思想”とでもいうべきものが生まれた。

「日本は中国(唐)のマネをして”皇帝(天皇)”をつくったため、その下に”王”が必要になって琉球や韓国を”王”にし、自分は"兄貴風"を吹かしてきたが、中国を"兄貴"と思ってきたわれわれにはこれはとんでもないことだ」という、ノ・ムヒョンの歴史認識が韓国特有の”小中華思想”のすべてを物語っている。

 小中華思想に従えば、「中国は長男・韓国は次男・日本は出来の悪い末っ子で、末っ子は長男・次男の言うことには絶対服従しなければならない」のであって、こういう歪んだ人種差別的な歴史認識や思想を韓国が持ち続ける限り、日本と正常な外交関係を結べるわけが無い。

「靖国問題・ガス田問題・竹島問題などで、出来の悪い末っ子が年上の長男・次男に口答えするな」というわけで、どちらの言うことが論理的で正しいかなどまったく関係が無く、はじめから「年長者である長男・次男が正しい」ありきなのである。

また、長男の中国・次男の韓国より出来の悪いはずの”末っ子”日本がアジアで最初の先進国となったことも、長男・次男としては決してあってはならないことで、一番に成功した”末っ子”への嫉妬とコンプレックスに悶え狂った長男・次男はあの手この手で嫌がらせをして足を引っ張ろうとする。

韓国が要求しているのは「韓国が上、日本はその下」という前近代の極めてアジア的な国際関係である”華夷秩序”を日本が受け入れる事であって、「国力の大小はあっても、近代国家同士は名目上、対等の関係を有する」という、近代ヨーロッパで生まれ、現在の国際社会を規定している普遍的な原理など、まったく無視されている。

日本がそのような妄想を受け入れられるワケが無い。

日韓関係悪化の諸悪の根源は「国家は対等ではない」ということが前提となっている、前近代的な華夷秩序を、21世紀にもなって復活させようとたくらむ韓国側にあるのである。

だから日本の対韓外交がうまくいかないことと、日本が過去を反省したとか謝罪が充分かどうかなんて、ほとんど関係が無いことだ。

日韓関係を正常化させたいのであれば、韓国側が人種・民族間に生まれつきの優劣はない事、独立国家間の関係は平等であることを認めることが、他のなによりも重要なのである。

 またノ・ムヒョンの歴史認識の内容そのものも全く間違っている。

日本が中国のマネをして天皇をつくったというよりは、東アジアにおいて独立国家の長がエンペラー(皇帝・天皇あるいは大王やハーンも含まれよう)であったのであり、エンペラーに服属した国の長がキング(王)だったのである。

日本はどこかの属国ではなく独立国家だったから大王や天皇がいたのであって、天皇をつくるために琉球や朝鮮を属国にしたなどという主張は、本末転倒の妄言もいいところだ。

だいたい、琉球を征服したのは17世紀の島津氏であり、天皇という称号が用いられはじめた7世紀より千年後の話だ。 ノムヒョンの言うことはデタラメすぎる。

ノ・ムヒョンの言ったことを現代に置きかえれば、「韓国はアメリカのマネをして大統領をつくった。それはとんでもないことだ。」といったところか。 だったら韓国の首長は今後、州長官と呼ぶ事にしたらどうだ?

ノ・ムヒョンが日本に天皇がいたことを非難するのは、裏を返せば長いこと中国のエンペラーの属国で、キングしか名乗ることを許されなかった、朝鮮半島の歴史的事実からくる嫉妬が原因なのだろう。

そもそも歴史上の朝鮮半島国家が堂々と独立国家としての地位を求めて努力していれば良かったのであって、日本人に嫉妬をぶつけるのは全くのやつあたりだ。

それを「日本は弟、韓国は兄なのに、中国の支配者はエンペラーを名乗るのは当然だが、日本の支配者が兄貴風をふかしてエンペラーを名乗るのは許せない」というのである。 なんと差別的な思想だろうか。
 
「(秀吉の朝鮮出兵で)陶磁器技術など産業基盤が完全に崩壊され、知識人や農業技術者など10万人が日本に連れていかれ、農地は3分の1に減った。こうした被害がなければ韓国は近代化過程で産業的に相当発展していたかもしれない」という部分も、

「朝鮮半島は古代から先進国で、日本は原始社会だったが、朝鮮が文明を教えてやった結果、日本文化は発展した。 しかし日本はその恩を仇で返し、朝鮮を侵略したので朝鮮は先進国から発展途上国へと転落した」という韓国の国定歴史教科書史観そのもので、まったくのデタラメである。

 特に中世以降、日本と朝鮮半島の社会発展の差は急速に開いた。

極端な重農主義に陥り、商工業を蔑視してその発展を阻害したために、貨幣経済さえ未発達だった李朝朝鮮とは対照的に、日本では鎌倉末期から室町以降、商人や職人などが力をつけて商工業が栄え、江戸時代に成熟期を迎えた。

農業技術においても、日本では稲作において田に直接種をまくのではなく苗床で稲の苗を育ててから苗を田に植える田植え(移秧法)が8世紀ごろには始まっていたが、朝鮮半島で移秧法が始まるのが日本より約900年も遅い17世紀のことである。

 また、日本や中国の文化と朝鮮半島のそれとを比較すると、朝鮮半島の文化には深みと幅が欠けるように思う。

深みとは独創性、幅とは文化の担い手のことだ。

日本は中国から文化的影響を受けたが、日本人に合わないものは捨てられたり改変されたりした。

遣唐使をやめた9世紀末以降、日本文化は独自の発展をとげて文化の深みを増した。このころに日本独自の文字である”ひらがな”や”カタカナ”も生まれた。

商工業が発展した室町以降、貴族や武士といった権力層だけでなく、裕福になって力をつけた町人が文化を生みだし、その消費者ともなり、文化の幅が広かったことも、日本の特徴である。

茶道を確立した利休も町衆であったし、蒔絵で有名な本阿弥光悦も同様だ。

江戸期には、町人から歌舞伎役者が出現したり浮世草子のような小説が盛んに書かれ、こうした文化を消費したのも同じ町人だった。

浮世絵は”ジャポニスム”の代表としてヨーロッパに伝わり、ゴッホのような印象派の画家達に影響を与えている。

 一方、朝鮮半島の文化は、両班貴族のような支配層が主に生みだし、それを消費するのも彼らであって、幅が狭かった。

両班貴族は中国文化の模倣に努めたので、絵画にしろ陶磁器にしろ、中国のものとあまり変わりが無い。 朝鮮半島独自の文字の普及にいたっては、朝鮮の支配階級が漢字で読み書きしていたために、まったく振るわなかった。

ハングルが普及し始めるのは日韓併合以後で、日本のひらがな・カタカナに遅れること、千年近くになる。

近世ヨーロッパで”ジャポニスム”(日本趣味)や”シノワズリー”(中国趣味)といった芸術ジャンルが確立するが、朝鮮半島の文化が独自ジャンルを築いたという話は、寡聞にして知らない。

 以上のことから「日本人は韓国人より人種的・文化的に優れていた」などと言うつもりは毛頭無いが、秀吉の朝鮮出兵以前に、日韓の社会発展の度合いにはかなりの差があったし、日本だって応仁の乱以降の戦国時代を乗り切って江戸時代の繁栄を築いたのである。

近世以降、日韓の社会発展の差が決定的に広がった原因は、朝鮮出兵よりも李朝支配層の商工業蔑視の方がむしろ大きかった。

「(秀吉の朝鮮出兵の)被害がなければ韓国は近代化過程で産業的に相当発展していたかもしれない」というノ・ムヒョンの歴史認識も、

「朝鮮半島は古代から先進国で、日本は原始社会だったが、朝鮮が文明を教えてやった結果、日本文化は発展した。しかし日本はその恩を仇で返し、朝鮮を侵略したので朝鮮は先進国から発展途上国へと転落した」という韓国の国定歴史教科書史観も、まったくのデタラメであることが理解頂けると思う。

ちなみに、朝鮮を侵略した秀吉軍が連れ帰った陶工には、農民が使う粗末な飯茶碗のような雑器をつくっていた者が多く含まれていた。

当時日本で流行していた、粗末なもの、はかないものにも価値を見出す”わびさび”の影響で、大陸の雑器が人気を集め、高値で取引されていたからである。

韓国側が言うように、必ずしも朝鮮の陶工は高い技術を持っていたから連れてこられたというわけではないのであって、大きいもの、豪華なものにしか価値を見出せない、韓国人ならではの勘違いである。

 韓国の多くの人達がこうしたデタラメな歴史認識にこだわるのも、「本来日本は弟、韓国は兄なのに、長兄である中国が韓国より進んでいるのは当然だが、日本が韓国より進んでいるのは許せない。」という人種差別思想から発生したコンプレックスの裏返しである。

「弟である日本が兄である韓国より進んでいるのは許せない」から、「野蛮な日本に韓国が文明を教えてやった。だから日本文化のルーツは韓国だ」とか
「日本が韓国を侵略して何もかも奪っていったから、もともと先進国だった韓国は発展途上国へ転落したのだ」といった、デタラメなストーリーをデッチ上げて白昼夢に浸ることで、日本へのコンプレックスを解消し精神的安定を取り戻さなければならないのである。

(韓国文化が日本文化の起源なら、たとえ日本に奪われたとしても、なぜ韓国人自身の手で復元できないのか?)

だったら、朝鮮半島の支配層が中国文化のコピーなんかせず、独自の文化に誇りを持ってそれを発展させていけば良かったのであって、日本独自の文化を野蛮とみたり、そのルーツは韓国にあるといったデタラメを言いふらすのは、日本人に対するやつあたりというものである。

何度も言うが、韓国側が「日本人も韓国人も人種・民族的に優劣は無い」「独立国同士は対等である」という事実を受け入れて人種差別思想である中華思想や華夷秩序の妄想を振り払わない限り、健全な日韓関係の構築は有り得ない。

 また、日本人もこの事実から目をそらすべきではないし、政府や外交関係者も韓国の”小中華思想”(中国の”中華思想”も)をもっと研究すべきである。

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関連記事・近代日本の対朝鮮外交 (その2)

特集 竹島を奪還するにはどうすべきか?

  • 2006/05/03(水) 23:14:54

 最近、竹島問題が日本と韓国の間の懸案として、いつになくクローズアップされている。

そこで今回の特集は、日本がどうすれば竹島を奪回できるのかについて、考えてみたい。

 先月、竹島近海の水路調査が問題になった時には、「全面戦争も辞さず」という声が両国の一部国民から上がったし、日本の官民には「国際司法裁判所など出るとこへ出て決着をつけよう」という意見も多かった。

 韓国が武力でこの問題の決着をつけるというのなら受けて立つべきだが、日本から先に軍を動かして戦って勝つなど下策である。

また、日本の調査船が拿捕された時に訴えるぐらいなら問題無いが、竹島の帰属の決着を国際司法裁判所など国際機関に委ねるというのも、諸手を上げて賛成はできない。

竹島が日本のものであるのは言うまでも無いし、領有権の根拠となる資料にも事欠かないが、国際機関が必ずしも”正義の味方”になってくれる保証があるわけではないからである。

韓国は、歴代大統領の近親者や大財閥を支配する一族が続々と汚職で逮捕されることからもわかるように別名・腐敗共和国とも呼ばれ、カネや異性を使って人を誑し込む(たらしこむ)文化の発達度にかけては、日本は遠く及ばない。

カネや異性を贈った事実をネタに一旦誑し込んだ相手を脅迫するテクニックさえ持っている。 

(さっそく韓国は国際水路機関<IHO>にカネを贈ったようである。)

国際司法裁判所に竹島問題を持ちこんで、公正な裁判が行われ日本が勝つ保証が120%あるなら反対はしないが、「国際機関は絶対に中立公平だから、そこへの裁判にさえ持ち込めれば日本は必ず勝てる」と決めつけるのは、いささかナイーブだと言わざるを得ない。

日本の方が国力は断然上なのだから、日韓の二国間のサシの勝負に持ちこんでこの問題の解決を目指した方が確率は高いし、国際司法裁判所に訴えるのは最後の手段として取っておいたほうがよいだろう。

 それではサシの勝負に持ちこんだ後どうするかであるが、まず日本から韓国への一切の協力関係を絶つ。

日韓の通貨スワップ協定は全て破棄し、たとえ韓国ウオンが通貨危機に陥っても静観する。

韓国が北朝鮮や中国から武力侵攻を受けても、日本が直接攻撃を受けない限り、中立を保つことを予め宣言しておく。

それには、韓国から避難してくる民間人や韓国軍所属の航空機・船舶の日本受け入れの一切の拒否も含む。

また問題が無ければ、日本の全経済水域から韓国漁船を締め出し、一切の操業を禁止する。

このようにして、日本は韓国の妄想をこれ以上許さないという姿勢を明確にする。

 国際社会に対しても韓国による竹島不法占拠の事実を周知徹底させ、国際社会から日本への支持と韓国への圧力をかけてもらうために、日本の竹島領有の根拠を記述するとともに、韓国側の主張の矛盾点を指摘したパンフレットなどを作成して、首相から一外交官まで政府関係者が諸外国を訪問して要人と会うときには、必ずそのパンフレットを渡し、日本への支持を訴えかける。

韓国側の竹島領有権の根拠は、ワンパターンで稚拙、矛盾に満ち満ちているから論破することはそう難しいことではない。

対中国・北朝鮮をにらんで、日韓が安保面で対立するのを快く思わないアメリカが介入してくるかもしれないが、

竹島問題は日本に全面的な理があり、日本としても絶対に見過ごすことの出来ない問題であること、アメリカは理のある方へつかなければならないこと、アメリカもさんざん経験してきたように韓国は決して誠実な同盟相手ではないことを説明するとともに、アメリカからも竹島を返還するよう韓国への説得を要請する。

たとえアメリカが韓国を説得してくれなくても、最低限中立を保っていてくれれば、それでよい。

 それでも竹島返還に応じないようであれば、北朝鮮や中国との武力衝突勃発や、中国による朝鮮半島全体の属国化、あるいは国家破産などで韓国が自滅するのを長いスパンをかけてじっくりと待つ。

韓国が望んで中国の衛星国となる可能性を心配する人もいるかもしれないが、それでも良い。

中国による北朝鮮の属国化と南北分断の永久固定、それに高句麗歴史問題などで中国に骨の髄までしゃぶられた後、韓国はいつもの”裏切りの虫”が騒ぎ出すだろう。

そうなれば中国も韓国を持て余すようになり、中国陣営は獅子心中の虫をかかえガタつく可能性が高い。

こうなると韓国は完全に孤立し、脆弱な状態となる。

 いよいよ韓国が自滅するような時が来た場合に、韓国の命運と竹島を交換するような交渉をあらためて持ちかける。

もしそれに応じるようなら、韓国の竹島領有権の根拠は、歴代政権がデッチ上げたデタラメであったという事実を、韓国政府自身が国民に説明し、日本も陰ながらそれをフォローしてやる。

現在のところは以上のような、数十年先を見越した長期戦略でいくのがもっとも良いと思われる。

 竹島は、断崖絶壁の小島で人が住むのに適さず、竹島の近海で海底資源も発見されていない。

そうした理由から「竹島やその近海を日韓の共同管理にしたらどうか」と考える日本人もいるのだろうが、それは明らかな誤りである。

何度も言うように、両国の竹島の領有権の根拠にグレーゾーンはなく、完全に日本が白、韓国が黒である。

にもかかわらず日本が敗北主義に陥って、韓国の火事場泥棒的な侵略を見過ごした場合、韓国以外の周辺国に「日本はいったん侵略されてしまえば、泣き寝入りする国なんだ」という間違ったメッセージを与えることになる。

そうなれば、北方領土問題に悪影響を与えるばかりか、中国による尖閣諸島侵攻など新たな侵略戦争を呼びこむようなものであって、将来の世代に災いの種を残すことになりかねない。

1965年に竹島問題を棚上げにして日韓国交回復をしたことが、現在の日韓外交摩擦に発展しているように。

竹島問題は、単に資源の乏しい小さな島の問題というだけでは決して無い。

 左翼思想の強い影響を受けていた日本では、

韓国は日本に侵略されたかわいそうな国
     ↓
だから平和を愛する国
     ↓
だから正義の国

という神話が幅広く信じられていた。

この神話から日本人の多くは、韓国が過去のことをいつまでも非難しつづけるのは、戦争や軍隊を憎み平和を愛する国だからだと思いこんできた。

だから、戦後日本は韓国や他のアジア諸国から非難を受けないよう一切の戦争を起こさなかったし、それではあき足らず「自衛隊を無くせ」と訴える人さえ多かった。

 しかしそのような神話は真っ赤なウソで、韓国が気に入らないのは日本が韓国を侵略した場合のみであって、逆に韓国が日本を侵略した場合は、ヘリクツをつけてそれを肯定するのである。

竹島侵略が正にそうだし、韓国の歴史教科書が、元・高麗による日本侵略つまり元寇を「日本を懲らしめた」と書いていることもそうだ。

そして日本に「平和憲法を守って非武装になれ」と言いながら、韓国自身は自らの経済力に不釣合いなほどの軍事力を保持し、その強化に余念が無い。

韓国は決して「戦争や軍隊を憎み平和を愛する国」ではない。100年遅れでやって来た帝国主義国家なのである。

 帝国主義国家の領土拡張の企てを防ぐのに、一番やってはいけないのが、敗北主義に陥って彼らの理不尽な行動を見逃したり、交渉で彼らの理不尽な要求を受け入れる宥和政策を取ることである。

それはイギリス首相・チェンバレンの宥和政策が第2次世界大戦を防ぐことに失敗した歴史からも証明されている。

国民の毅然とした態度と国家が持つ軍事力・経済力といったパワーだけが、帝国主義の無謀な行動を防ぐのであり、日本はそれを十二分に持つ。

歴史から充分に学び、その能力もあるのに、なぜ正しい行動をとることをためらう必要があるのだろうか。

「竹島の返還を実現するために韓国の自滅を待つなんて」と思う人もいるかと思うが、自らの支持率アップのために隣国にしつこくケンカを売ったり、帝国主義的な領土拡張政策を推し進めるような大統領を選び、国民がそうした政策を熱狂的に支持することの方がそもそも間違っている。

イギリスの首相だったウインストン・チャーチルが「あおられた敵がい心は、破滅への近道」と言っているとおり、そのような国が自滅するのは歴史の必然である。

自民族優越主義に酔いしれて、領土領海の拡張に熱狂するような愚かな国には、日本がレッスンを与えてやらなければならない。

----------------------------------

・宥和政策を支持する人間とは、自分を食べるのは最後にしてくれるものと期待しつつ、ワニを育てる人間である。

・中途半端な手段による信念の無い行動は、―信念の欠如はあやまって「慎重」と呼ばれているが― 最悪の危険を冒すことにほかならず、それまでの苦労が無駄になる。

・名誉を犠牲にすれば、次は命を、それも自国民の命を犠牲にしなければならなくなる。

・血を流す事無く簡単に勝てるというのに戦わないならば、勝利は確実だというのに戦わないならば、いつの日か、不利な条件で、しかも生き残れる可能性の少ない戦いを戦わなければならない羽目になるだろう

ウインストン・チャーチル



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新しいエリートを育てよう!

  • 2006/05/01(月) 23:52:50

 今日は本題に入る前に、ちょっとおとぎ話をしよう。 これは有名な話だから知っている人も多いだろう。

むかしむかし、あるところに老人と少年がいた。

ある日、彼らは自分たちの貴重な財産であるロバを町まで売りに行くことになった。

二人がロバを引いて歩いていくと、前から見知らぬ人がやって来てこういった。

「年寄りを歩かせるとは何事だ。ロバに乗せてやればいいじゃないか」

そこで老人はロバに乗った。

すると、また見知らぬ人が声をかけてきた。

「子供だけ歩かせて大人はロバに乗って大いばりだ」

そこで、老人は少年をロバに乗せてやった。

すると、やっぱり見知らぬ人が二人を見てこういった。

「あんな小さなロバに人間が二人も乗るなんて無茶だ。ロバが気の毒だ」

そこで二人は、ロバの足を棒に縄で結わえ付けて、老人と少年でロバをかついで運び出した。

二人がロバをかついで、川にかかった橋の上にやって来た時、ロバは恐怖から突然暴れ出した。

二人はバランスを崩しロバを川に落してしまい、足を縛られたロバは泳ぐことも出来ず溺れ死んでしまった。

こうして二人は大切な財産のロバを失ってしまった。

 このおとぎ話の教訓としては、「他人の意見を聞くのもほどほどにしなさい」「ものごとの善悪の判断をするための思想・哲学といった人間の芯・背骨となるものをしっかりと持ちなさい」といったところだろう。

 近年、日本を指導してきたエリート層をみていると、私はどうしてもこのおとぎ話を思い出してしまう。

ものごとの判断をマニュアルや他人の意見に頼るばかりで、自分の頭で考えようとしない。 自分の頭でものを考えないから、人間としてのしっかりした芯(哲学・思想・愛国心または郷土愛でも良いが)が無い。

マニュアルが想定していない困難な事態が起こっても、決断を先送りするだけ。

誰かが引いてくれたレールの上を走ることにかけては、抜群の才能を見せるけれども、レールの無いところはまったく走れない。

しかも自分が走っているレールの先に、高さ100mの断崖絶壁があってもレールを信じるばかりで、疑うことすらしない。

例えれば顕微鏡のようなもので、自分の専門分野についてはミクロン単位の細かいところまで良く見えるのかもしれないが、国家をトータルでみた場合の将来については見とおすことが出来ない。 顕微鏡をのぞいても5m先さえ見えないのといっしょで。

 国内政治では、メンバー全員の意見を取り入れて参加者数で割るような、政策が決定するまで時間がかかりすぎて、しかも責任の所在がどこにあるのか極めて不明確な、コンセンサス政治となってあらわれる。

そうでなければ、首相官邸の他に、財務省や外務省が政府内政府として官邸を無視し、勝手に決めて勝手なことやって、失敗しても誰も責任は取らない。

戦前の帝国陸軍・海軍と関東軍のように。

財務省や外務省の当の官僚連中は「自分たちのやっていることは正義で、戦前の軍部とは全く正反対だ」と思っているのだろうが。

外交について言えば、アメリカが右といえば右へフラフラ、中・韓が左と言えば左へフラフラ、挙句の果てにロバ(日本の国益)を橋の上から深い川底へと落っことす。

アメリカの通貨・金融政策に盲目的に従って、バブル経済の発生とその崩壊、”失われた10年”と呼ばれるその後の社会混乱を招き、教科書問題や慰安婦問題などで中・韓の内政干渉を唯諾々と受け入れて、”内政干渉権”ともいうべき既得権益を守ろうとする中・韓と”不平等条約改正”を求める日本との今日の外交摩擦の原因をつくりだした。

これが、東大を頂点とする”一流大学”を出て大蔵省(現・財務省)や外務省に入り、さらに官界から政界に転じて自民党入りするような、宏池会(旧宮澤派)に代表される自民党ハト派と、歴代の官房副長官や財務省・外務省などの少なくない官僚を含む、オールドジャパン型のエリート達がやって来たことだ。

(これに続くのが、福田康夫氏や山崎拓氏、あるいは谷垣財務相になるのだろうか?)

 上海領事館員自殺事件やガス田問題、竹島問題への対処など、外交・安保から財政再建・税制改革問題に至るまで、オールドジャパン型のエリート達には、本当に限界を感じる。

以前は、日本の官僚や官僚出身者の政策立案能力は高いと言われていた。

アメリカに軍事やインテリジェンスといった、つらくて手の汚れる仕事を任せて、日本がひたすらアメリカが引いたレールの上を走っていくだけで済んだ時代には、こうしたオールドジャパン型のエリートが掲げた政策でもよかったのかもしれない。

しかし、そんな時代はとうの昔に過ぎ去った。

世界が激変するなか、日本は独立国家として一人立ちし、”普通の国”にならなければ生きて行かれない。当然、手の汚れる仕事だって自分でしなければならない。

以上のことを踏まえれば、時代も日本国民も国際社会もマーケットも、もはやオールドジャパン型のエリートを全く必要としていないと思う。

彼らを必要としているのは、日本の弱体化を望む中国・韓国・北朝鮮ぐらいだろう。

 これまで、このブログで派閥政治のようなコンセンサス政治や官僚による超然主義を一切排除し、首相がトップダウンでスピーディーに政策を決断・実行し、他の閣僚も官僚もそれに従っていく新しい政治システムの必要性を訴えてきた。

任期の少ない小泉首相も次期首相も指導力を発揮し、こうしたことを一刻も早く実現するために動いて欲しい。 官僚の人事権を首相が完全に掌握することも不可欠だ。

これに抵抗する官僚は、民主主義と憲法への挑戦者であり、厳罰に処すべきである。


しばらく実務能力が落ちても仕方ないから、改革に意欲的な若手官僚を要職にどんどん抜擢して職務に習熟させるとともに、改革に抵抗した官僚は懲戒免職にした方が良い。

また、官僚の給与を大企業並に引き上げたり長時間勤務の見直しをする一方、天下りを完全に禁止してムダな公益法人などは、かたっぱしからつぶす必要もある。

 これに加えて、新しい時代に対応できるエリート(政治家・官僚)を養成するための、国立の政治大学設立を提案したい。

明治時代に近代国家・日本を担う官僚を養成するため、東大を頂点とする教育システムがつくられ、これが現在まで続いている。

しかし、東大を始めとする日本の大学教育にもはや限界を感じる。

日本の大学や国民全体の意識が変わるのを待ってはいられないので、国立の政治大学を新しくつくって、政治家・官僚など(企業家・ジャーナリストも含む)次世代を担うエリート層を養成するべきだ。

 愛国心と日本人としてのアイデンティティーを土台・人間の芯として、日本文化と民主主義という日本の価値観を尊重しつつ外国文化にも理解を示し、ノブレス・オブリージュ(地位の高い者としての義務)を果たす、士気の高いエリートを育成する。

特に、民主的な憲法の条文を丸暗記しながら、民主主義に反する超然主義を平気で振りかざし、省益のために国益をないがしろにする官僚のような、”論語読みの論語知らず”の人間が現れないよう注意する。

また政治学や経済学・語学の他に、地政学や軍事学も必修とする。

授業は、教授が板書するのを多数の生徒がひたすら書き写すよりも、教授と小人数の生徒がマンツーマンに近い形でやったほうが良い。

生徒には、マニュアルから学ぶとともにそれを常に疑うクセをつけさせて、単に学ぶだけでなく自分で考える能力を養わせる。

さらに教授陣の人選にも注意して、自虐思想や空想的平和主義に侵されている人が教授陣に含まれないようにする。

それに文句のある生徒・教授は入学をご遠慮願って、東大でも京大でも他の国立大学へ自由に行ってもらう。

高い能力があるにもかかわらず、金銭的余裕が無いという生徒のために、奨学金制度や寮などを整備しておく。

これが軌道に乗れば、他の大学に同様の学部を設けても良い。

 この政治大学から巣立ったエリートが、政治家や官僚として国家の中枢を担って活躍するようになれば、中・韓の言いなりになって「私は中国・韓国とのパイプだ」などと恥知らずな自慢をするような、売国政治家・売国官僚の影響力を一掃できると確信するのだが、どうだろうか。


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