初めていらっしゃった方へ

ノ・ムヒョン大統領の”日本叩き逃げ”を許すな!

  • 2005/03/31(木) 21:04:49

中山文部科学相が最近、各種教科書作製の基準となる学習指導要領に竹島を日本の固有の領土として明記すると表明したが、全くの正論である。

http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20050330-00000006-san-pol


一方、町村外相も前回の日韓首脳会談で「過去の問題にはもうふれない」としたノ・ムヒョン大統領が、帰国後さほど経たないうちに過去をとりあげて日本を激しく叩くなど、国際的な約束をいとも簡単にひっくり返し、政策をころころと変える事に対して批判するコメントを出した。
これもうなづけるものである。

http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20050330-00000141-kyodo-pol


 実際、ノ大統領の政策には戦略や一貫性というものがみられない。
日米韓の同盟から距離をおいて自主防衛力の整備をはかり、東アジアのバランサー役になると言ったかと思えば、3月30日、米韓同盟を堅持せよと突然の政策変更?

日韓関係については、「侵略と支配の歴史を正当化」し「反省と謝罪を白紙化した」とまで日本を叩きながら、「韓国政府は日本に周期的に繰り返し謝罪を求めているわけではない」などとうそぶいている。

ノ大統領にたいする支持率がとうとう50%台に突入したそうで、瀕死状態だったノ政権も日本叩きという”麻薬”でいつものように起死回生となったし、いささか調子に乗りすぎたのでここらで止めておくかという事なのだろうか?

http://japanese.chosun.com/site/
data/html_dir/2005/03/30/
20050330000050.html


はっきり言って今現在、世界で最も発言が軽く、かつその発言にひとかけらの信用さえ無い国家元首がノ大統領であろう。

彼の口から発せられるのは単なる音であって、そこにこれっぽっちの意味・信頼性・責任といったものは存在しない。

もはや韓国政府と条約を結んだり、韓国が宣言した国際公約が守られると信じたり、韓国の政策の戦略的一貫性に期待するのは、全く馬鹿げたことだと言わざるを得ない。

 しかしながら相手にするのもバカバカしいが、ほうっておけば日本の損失は膨らむばかりである。むしろ今まで放置していたからこそ、日韓関係が現在のようなものになっているのである。

たとえば韓国政府がなにがしかのコメントを発表し、それが日本にとって受け入れられないものであっても、日本政府が論理的に反論することは極めてまれであった。

おおかた日本政府としては、問題を先送りにすればいつか解決できるだろうと考えたのだろう。

しかし結果として韓国社会で恐るべきうそ、根も葉もないウワサが韓国国民にとって疑う余地のない”常識”となってしまった。

今回の竹島問題にかぎらず、謝罪や賠償の問題しかり、歴史教科書問題しかりである。

はては日本人の祖先はすべて韓国人だったとか、天皇家は韓国出身だとか、日本文化はすべて韓国起源だとかいう、全く根拠のない妄想を大まじめで訴える韓国人さえ出現する始末である。

竹島・歴史問題でも韓国側の主張は「事実に決まっている」という思いこみだけが根拠の単なる妄想にすぎないが、ここまで問題がこじれたのも日本がいちいち反論して、しらみつぶしにしてこなかったことが大きな原因だったといえる。

 今回の日韓の閣僚同士での言葉の応酬に、はやくも日本側から懸念の声が上がっているようだが、こちらが悪くもないのに発言を引っ込めるといった日本でしか通用しないやりかたを適用すべきでないし、相手の発言に対しYESかNOで応じず、コミュニケーションを拒否するのも、結局相手をバカにし日本自身をも傷つける態度である。

日本政府としては、論理的に根拠をあげつつ相手をはっきりと論破すべきで、いつものように発言した当初は良いが、そのあと内外の反響にびっくりして謝罪する・発言を引っ込めるなどといった不毛な事は繰り返すべきでない。

むしろお互いの考えを明確にして、徹底的に討論しあい、両国民にどちらの主張が説得力があるのか広く示すべきであって、外交官が裏でコソコソやったり、ウヤムヤにしたりするのはなんら利益をもたらすものではない。

武器を交えるならともかく、両国の主張が対立している以上、議論を盛んにするのは大いに歓迎すべきことである。

ノ大統領の”日本叩き逃げ”を断じて許さず、中山・町村両大臣には腹をくくって、日本の国益のために徹底的に韓国側の責任を追及していただきたい。

今こそ日韓関係打開の好機である。

  • 2005/03/28(月) 18:47:31

 韓国のノ・ムヒョン大統領の日本に対する感情ぶちまけ政策は、外では日本の国連安保理の常任理事国入り活動への嫌がらせを行ない、国連人権委員会へ日本の教科書問題を持ちこむことを計画し、

内では、ウェルブムのfenestoro2さんが紹介なさっている様に、
http://blogs.yahoo.co.jp/
fenestro2/archive/2005/3/21

韓国政府のやり方に反対するものには言論弾圧・思想統制を徹底するという、さながら極右民族ファシズムの様相を呈している。

 しかしノ大統領が「外交戦争」と名づけたこのようなやり方に対して、さすがに韓国国内からも批判の声があがり、「日本をたたけば国民から100%の支持が与えられ、かつ韓国が強固な一枚岩になるはずだ」といった思惑がはずれ、ノ大統領は「外交戦争」発言を撤回するなど、とたんに動揺をみせている。

 日本としてはノ大統領の立場がぐらつき、流れがこちらに向いている今こそ問題解決のための絶好の好機である。
外交の裏ルートでうやむやにしたり、この問題の先送りをするのではなく、今ここでこの問題を完全に決着をつけるべきである。


首相もしくは外相が、きちんとした根拠をあげつつ竹島が日本の固有の領土であること、日韓基本条約締結で過去の謝罪と賠償の問題は完全に解決している事、教科書や対馬の問題など日本の主権を侵害するような行為は断じて許さない事を声明として発表すべきだ。

 私は結局のところ韓国が望む理想的な日本の姿というのは、韓国側の言う事はなんでも「ハイ、ハイおっしゃる通りでございます」と言って受け入れ、そのとおり行動する韓国の奴隷なのだと考えている。

そしてたった一言でも「韓国が間違っているよ」と言えば、「おまえは軍国主義者だから間違っている。俺の言うとおりにしろ」と罵倒してくるわけだ。

 しかし大切な友人が過ちを犯していたら「間違っているよ」と言ってやるのが本当の友人なのではないだろうか。

その意味で韓国の求める日韓関係は友人と友人の関係ではなくて、韓国という主人が歴史という名の鎖で日本という奴隷を永久にしばりつけようとするものだといえる。

日韓基本条約で謝罪・賠償問題が完全決着しているにもかかわらず、韓国政府が「日韓基本条約で問題が決着したとはいえ、日本はさらなる責任を果たすべきだ」と訳のわからない声明を発表しているのが、その証拠だ。

わかりやすく言えば、いくら日本が謝罪しても賠償を済ませても「韓国の奴隷としての日本は絶対に逃がしてやらない」ということだ。

当然そのような関係は日本として到底受け入れられるものではない。

 最近、拉致問題・竹島問題で中国が北朝鮮・韓国のために援護射撃をするような行動をみせている。

3月16日の国連人権委員会で日本が北朝鮮による日本人拉致を非難すると、中国はこの件とは全く関係のない歴史問題を持ち出して、「日本は過去を直視しない」と北朝鮮のために援護射撃を行なった。

また今回の竹島問題では、中国政府の代弁機関である新華社が「竹島は歴史的にみて韓国の領土だった」と韓国のために援護射撃を行なっている。

http://japanese.joins.com/
html/2005/0328/
20050328174408200.html


 歴史という名の鎖で永遠に日本を自分たちの奴隷としてつなぎとめておくという事では三カ国の利害は一致している。

これらの問題に対処する場合、三カ国をいっぺんに相手にするのではなく、一ヶ国づつ問題をつぶしていく”各個撃破”戦略をとるべきなのは戦略論の常識だ。

 しかし今のように韓国の国民感情が沈静化するまで待つなどといった問題の先送り策をつづければ、いつか日本は自分が極めて不利な状況で中朝韓三カ国をいっぺんに相手しなくてはならなくなるだろう。

 今、日本がすべきなのは日韓関係の問題の先送りではなく、完全解決である。そしてノ大統領がぐらついている今こそ絶好の好機なのである。

日本がとるべき対韓外交を今一度考える。

  • 2005/03/25(金) 07:06:23

 韓国のノ・ムヒョン大統領の日本に対する誹謗中傷が止まらない。

http://japanese.joins.com/
html/2005/0323/
20050323170203200.html


竹島問題どころか教科書問題、歴史認識問題などを総動員して日本叩きを行なっている。

おかげで30%まで下落していた支持率が40%台にまで回復したそうである。

 これに対して小泉首相も町村外相も、適切な反論を行なう事も無く、これまで40年以上くりかえしてきた問題の先送り策に終始している。

そもそも韓国側が「竹島を韓国のものと認めるのか?」といっているのに対し、日本側の「日韓関係の基本は友好ですから」というのは全く答えになっていない。首相も外相もコミュニケーション能力に根本的な問題があるのではないのか?

ともかく、このままノ大統領が日本叩きによって支持率上昇という”勝利”をかちとれば、日本叩きという名の”麻薬”は次の大統領、そのまた次の大統領にも受け継がれて行くだろう。

そしてそのたびに日本国民の名誉を失い、この無限ループにうんざりさせられるわけだ。

 小泉首相にはこの無限ループから日本国民を脱出させる義務がある。

 まずアメリカ大統領、国務長官を説得してアメリカの対韓政策を転換させよ。 これまで米ソ冷戦の惰性でアメリカは韓国防衛の任務を負っていたが、もはや時代は変わった。

今や韓国は明確に北朝鮮を支持し、台湾問題ではアメリカの協力要請を断り中国にいい顔をして日本のみならずアメリカにとっても、許しがたい背信者となった。

韓国は今や日米韓三カ国同盟のくさりのなかで最も切れやすい輪である。

もし北朝鮮問題が重大な局面を迎えた時、まっさきに切れるのが韓国という名の輪であり、そうなった場合の日米の被る損失は計り知れない。
在韓米軍の完全撤退も含め、北朝鮮問題に対しては、韓国をはずし日米であたるべきである。

そのうえで日米安全保障条約のいわゆる極東条項から韓国を除外し、韓国の有事の際には日本が中立政策をとることを韓国政府に通告せよ。当然これには有事の際の韓国軍航空機・艦船の日本避難の拒否を含めなければならない。

 また、ウオンの暴落に備えるために韓国との間で結んだ70億ドルの通貨スワップ協定を破棄せよ。

 当然韓国側から抗議がくるだろうが、日本が韓国に与えているこれらの有形無形の援助を再開するかどうか決定するのは、韓国が日本のパートナーとしてふさわしい義務を果たしてからである。
その義務とは、

1.韓国政府が国民に対し、1965年の日韓基本条約締結によって、完全かつ最終的に謝罪・賠償をふくめた、すべての歴史問題が解決した事を認める事。(その場合、日本が放棄した半島の財産について国民に説明する事。)

2.過去60年間民主国家を築くために絶え間無い努力をしてきた日本国民を、あたかも侵略者・軍国主義者であるかのように誹謗中傷を繰り返してきたことについての謝罪と発言の完全撤回。

3.今回のような誹謗中傷と教科書問題や在日韓国人の参政権付与問題など、日本に対する内政干渉を今後一切しないと誓う事。

4.竹島返還のための交渉のテーブルにつくこと。

5.対馬がかつて一度も韓国領となったことのない日本固有の領土であることを認め、今後一切、対馬に対する領土的野心をみせないことを日韓両国民に誓う事。


以上の5点である。

 おそらく困った韓国側は「我々のメンツを立てたかたちで幕引きをしよう。もしそうしてくれれば次回からは未来指向でいこうじゃないか」といってくるに違いない。

しかし感情に流されて韓国の甘言にのり、ウヤムヤの幕引きをはかるのが日本外交として一番やってはいけないのだ。

韓国のメンツとやらを立てて、日本の国益になったためしがあっただろうか?

せいぜい、未来指向という言葉にだまされて後ろを向いた瞬間、日本の背後から韓国のナイフが飛んでくるのが関の山だ。今回の様に。

 ここは韓国政府の愚かな言動で徹底的にメンツを失わせ、これに懲りてもらわなければならない。

である以上、最低限上記の”5つの義務”の履行を韓国政府が受け入れなければ、韓国に対するいかなる援助も与えてはならないし、水面下の外交ルートで、うやむやのまま手打ちにしてノ大統領による、日本の叩き逃げを許す事も断じてあってはならない。

 小泉首相に再び以下の言葉を贈ろう。

あなたの両側に断崖がある。慎重すぎるという断崖と、大胆すぎるという断崖だ。   

ウインストン・チャーチル

対韓外交へのヒント―にんにく戦争

  • 2005/03/22(火) 01:05:05

 99年に中韓間でおこった”にんにく戦争”をご存じだろうか?

事のいきさつはこうである。
99年に中国産の安価な、にんにくが韓国市場に大量に流入し、これによって韓国のにんにく農家が大打撃を受け、農家は政府に圧力をかけ始めた。

その結果韓国政府は、中国に対し韓国のにんにく農家の怒りを代弁する形でセーフガードを発動、中国産にんにくの関税を約30%から300%に引き上げた。

 もし中国の立場が日本だったらどうだろう?
たぶん「韓国側も怒っているし、相手農家の感情に配慮して、にんにくの輸出をやめるか自主規制しよう」となるのではないだろうか?

しかし韓国の扱い方がわかっている、中国は違う。
すぐさま韓国から中国に輸出されている工業製品のうち、携帯電話・自動車・ポリエチレンの輸入停止措置で報復(しかえし)したのである。

「韓国がカンカンに怒っているのに仕返しなんかしたらダメだよ、しかえし合戦になっちゃうよ」と日本ならかんがえてしまいそうだが、中国には冷静な読みがあった。

 韓国の貿易構造は、日本から高度な工作機械と部品を購入してある程度まで国内で組みたて、その半製品を労働コストの安い中国に進出した韓国企業に輸出して、そこで最終組みたてをしてアメリカ・日本などの市場に輸出するという中間加工貿易といえる。

結局韓国は、高度な部品・工作機械の調達先としての日本と、組み立て地・製品市場としての中国の2ヶ国無しには生きられないのだ。

実際、当時(2000年)のデータをみると韓国の貿易黒字のうち半分は中国から稼ぎ出したものだ。

 中国は「韓国は自分たちとけんかできない。すれば破滅するのは韓国のほうだ。だから必ず韓国は譲歩する。」と、事実を冷静に見切っていたからこそ、韓国の中国産にんにくへの関税引き上げに対して、韓国製工業製品の輸入差止め策にうって出たといえる。

 この策は当然ながらバッチリ決まる。
たとえ韓国がさらなる報復として中国産にんにくを全面輸入差し止めにしたとしても被害額は1500万ドル。

これに対して韓国製工業製品の中国の輸入差止めで、韓国企業が被る損害予想は5億ドル。

勝負は明らかだった。韓国企業は推定で総額1億ドルの実損害を受け、韓国政府は中国産にんにくへの関税を約300%から、2万トンまで以前の30%に引き下げるという屈辱的な譲歩を受け入れたのだった。

 「自国の貿易黒字の半分をかせがせてもらう国とは、けんかできるはずがない」と考えるのが普通の国の外交だが、感情外交の韓国にはそれが出来ない。

韓国政府は、にんにく農家の圧力に屈して中国相手に床にねころんで、手足をバタバタやってみた。

しかし中国から返ってきたのは、1億ドルの損失というげんこつだった。以後、にんにくの話題が中韓間の深刻な外交問題とは、なっていない。

 対韓外交で、日本がやるべきことの答えについて、多くの示唆に富んではいないだろうか。 

というか、もうずっと以前に答えは出ているのだが。


参考文献


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笑わせる、韓国の新対日ドクトリン

  • 2005/03/19(土) 18:44:11

 韓国政府は、最近の日韓摩擦に対応するため、新・対日ドクトリンなるものを発表した。

>4大基調として、
一つ、人類普遍的価値と常識に基づいた日本側の態度の再確立を要求。
二つ、独島挑発など日本の行動に対しては、過去の植民地侵奪のと同じ枠内で認識し、対処する。
三つ、国際社会において、韓国の立場の大義と正当性を鮮明にし、日本の態度変化を促す。
四つ、日本の退行的態度にもかかわらず、基本的なパートナー関係は傷つけない。経済、文化、人的交流は続ける。

http://japanese.chosun.com/
site/data/html_dir/2005/03/17/
20050317000040.html


4大基調とやらも5大対応とやらも、新・ドクトリンどころか、これまでの日韓国交回復後の40年間の韓国のやりかたと何の変わりも無いところが、笑わせる。

 4大基調も1.2.3.は、「現在の日本は不倶戴天の敵であって許せない」ということを表明しながら、最後の4で「でも経済・文化・人的交流で日本にこれまでどおり助けてもらいます」という、あいかわらずの恥知らずなものになっている。

これは日本外交と韓国シリーズでさんざんクロフネが述べてきた、韓国の幼稚な常套手段である。

韓国の対日ドクトリンとやらをいいかえれば、デパートのオモチャ売り場の床に寝転んで、手足をバタバタやってる幼児が「このオモチャ買ってくれないなんて、なんてひどい親だ!許せない!」と親をののしりながら、

「こうなったらオモチャを買ってくれるまで家出してやる。でもご飯を食べに家には帰ってくるからな!」と言っているようなものだ。

もう親のやるべき事の答えは40年も前に出ている。「知りません!」といって、つきはなすに限るのだ。

 しかし、おなじような局面でこれまで何回も日本は子供におもちゃを買い与えてきた。だから子供はオモチャ売り場に寝転んで手足をバタバタすることが有効であると学び、今回もバタバタやってるわけだ。

もう手足バタバタは効き目が無いということを韓国に体でわからせるべきである。

今回の日韓衝突は、地面で手足をバタバタやる韓国に、日本がおもちゃを買い与える、これまでの無限ループに再びハマりこむのか、その不毛な関係から日本が脱出できるのかの分かれ道であり、ある意味絶好のチャンスである。

 日本政府の小泉首相は、こわれたCDプレーヤーのように「日韓関係は友好が基本ですから」とくり返し、町村外相は「なにをやったらいいかわからない」と告白している。

日韓関係が報復合戦になってしまう事を恐れて、立ちすくんでしまっているのだろうが、これについては韓国側がすでに新ドクトリンで答えを我々に教えてくれている。

4大基調の1.2.3.で、「日本とけんかするからな」と宣言しながら、その4で、「しかし日本無しでは生きていけません」と告白しているのがそれだ。

もし日韓で報復合戦になったら、韓国側が先に日本に譲歩するか、それとも韓国が破滅するかの二者択一をせまられることになろう。

韓国側はこのことを充分承知しながら、地べたに寝転んで手足をバタバタやりながら、日本がおもちゃを買ってくれることに唯一の希望、いや妄想を抱いているのだ。
その手がまだ有効である事を祈りながら。

 日韓関係のこのような事態を繰り返したくないのであれば、日本はもうこれまでの愚かな対韓政策を放棄して、韓国のそのような子供じみたやりかたが通用しない事をわからせるべきだ。
日本はもうおもちゃを韓国に買い与えてはならないのだ。

日韓のこの口ゲンカの勝敗は、日本政府・外務省以外には、はっきりとみえている。では小泉首相と町村外相には次の言葉をプレゼントしよう。

血を流す事無く簡単に勝てるというのに戦わないならば、勝利は確実だというのに戦わないならば、いつの日か、不利な条件で、しかも生き残れる可能性の少ない戦いを戦わなければならない羽目になるだろう」

ウインストン・チャーチル

フランスと韓国の間の越えられない壁

  • 2005/03/17(木) 16:56:05

 韓国のイ・ヘチャン首相は16日、「ドイツは徹底して反省しようという努力が多かったが、それに比べ日本は足りない」と強く批判した。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/03/16/20050316000021.html

日本が韓国を含めたアジア各国の賠償問題を済ませたうえで講和条約を結んでおり、過去の歴史をふまえアジアで最も進んだ民主国家を建設し、戦後一度も戦争をおこさず、反省を行動をもって示してきた事は以前述べたとおりで、韓国の首相の発言はまったく根拠のない妄言であることは言うまでも無い。

韓国では政府要人から民間に至るまで、「ドイツとくらべて日本はまったく反省をしない」といった比較をすることが好きで、このことがしばしば話題に上るが、ならば言わせてもらう。

「フランスと比べて過去をまったく清算せず、反省も謝罪もしないのはまぎれもなく韓国」である。

 第2次大戦で、フランスはナチス・ドイツに占領され、フランス中南部の田舎町・ビシーを拠点に、ペタン元帥を首班とするナチスの傀儡であるビシー政権が発足した。

ビシー政権はナチスのホロコースト(ユダヤ人虐殺)に協力するため、フランス在住のユダヤ人やロマ人(いわゆるジプシーと呼ばれるひとたち)を一説に7万人以上ナチスの強制収容所へ送ったという歴史を持つ。

ド・ゴール将軍の対ナチス・レジスタンスがフランスの歴史の光なら、ビシー政権のナチス協力は影である。

 1995年7月、シラク大統領は「フランス人、そしてフランス国家が占領国の犯罪的狂気を助長してしまったのです。文明、人権、友好を誇りとするフランスが取り返しのつかないことを行ったのです。」と演説し、ナチスに協力したモーリス・パポン元ジロンド県総務局長は裁判で禁固十年が確定した。

フランスはナチスにおどされたことを言い訳にせず、ナチスに協力してホロコーストに手を貸したことを謝罪し、歴史を清算しようとする動きがでてきている。

 ひるがえって韓国はどうか? 日韓併合以後、朝鮮の人々で過去の日本の政策に協力した人々は数え切れなかった。

政界には貴族院議員となった朴泳孝、衆議院議員となった朴春琴がいた。

日本陸軍の洪思翊中将をはじめ、中国軍部隊を撃破した金錫源少佐、1980から85年まで駐日大使を務めた崔慶禄少尉など、日本人兵士を指導した高級将校から末端の一兵卒に至るまで、たくさんの朝鮮の人々が日本軍に協力し、戦後BC級戦争犯罪人として約150人が有罪となっている。

日本の陸軍士官学校を卒業した朴正煕は戦後、韓国の大統領にまでなった。

 もし韓国のいう「日本のアジアに対する犯罪」というものが事実であったとすれば、その日本の犯罪に手を貸した韓国は戦後なにをしてきたのか?

多くの韓国人が日本に協力して中国で、香港で、フィリピンで、アジア太平洋各地で戦った事については目をそらし、黙り込んで謝罪も反省も一切してこなかった。


それどころか日本が戦争で負けたとたん、韓国は「われわれは日本の軍国主義と戦ったレジスタンスだ」とごまかしをはじめたのだ!
韓国の”ペタン元帥”たちはいっせいに姿を消し、みんなが自分を”ド・ゴール”だと言い張ったのである。

日本とドイツを比べてどうこう言う前に、まず韓国自身がフランスと比べて、これまでを反省しアジア各国に対して謝罪をしたらどうなのか?

ここで確認しておくが、「日本軍に強制されたから仕方なかった」という言い訳は通用しない。 フランスは、強制されたのをふまえた上でナチスに協力した事を反省しているのだ。

 韓国が自分たちの犯罪に目をつぶったまま60年もやりすごしながら、他人を批判し責任をなすりつけるのをこれ以上続けるのであれば、名誉と世界からの信頼を失うのは彼らである。

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マラッカ海峡で日本船襲われる

  • 2005/03/16(水) 23:06:34

 14日に日本船籍のタグボートが海賊に襲われ、金品を強奪されたうえに、乗組員3人が拉致されたという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050315-00000897-jij-int

 マラッカ海峡は、かなり以前から海賊が出没して船舶を襲う事件が多発しており、こういう事件がおこることはある程度予測できた。

しかし、マラッカ海峡沿岸各国による海賊対策は、思ったように進んでいない。

この問題の解決にはアメリカの協力があれば、さほど難しくはないと思われるが、マレーシアとインドネシアがマラッカ海峡におけるアメリカの軍事プレゼンスの増大に強い警戒心を抱いており、これが海賊対策が進まない原因のひとつと思われる。

 こうなると、この海峡を重要なライフラインのひとつとする地域大国である日本がイニシアチブをとるしかないと思われるのだが、今までこの問題に積極的であったとは言いがたい。

こういう場合でも、以前私が提案した、東アジア安保会議があれば、防げた事件だったかもしれない。

嵐が過ぎ去るのをひたすら待つしか能がない、日本の消極外交につける薬はないのだろうか?

第1回 外交官のための歴史教科書

  • 2005/03/16(水) 00:27:15

 このシリーズでは、現代の外交・安保の話題から少し離れて主に歴史について、それも近代日本の朝鮮・中国を含めた大陸政策・外交の歴史について、明治維新から第二次世界大戦の日本の敗戦までを振り返ってみたい。

なぜなら日本のこの分野における歴史教育の現状は大変おそまつであり、政治家・外交官から広く国民レベルに至るまでこの時代の基本的な知識の不足が、現代の対朝鮮半島、対中国の外交に悪影響を及ぼしていると考えられるからである。

近代日本の大陸政策というテーマは非常に敏感なものとされるせいか、感情的な議論が先行して歴史として客観的かつ詳細に論じられることが極めて少ない。

「日本は朝鮮や中国に対して悪い事をしたんでしょ」「朝鮮や中国の人達はカワイソウな人達・正義の味方で日本人はすべて悪者」という”知識”だけが近代日本の外交史のすべてであり、これさえ知っていれば歴史をすべて知っている事になり、

逆に、この考え方にちょっとでも異議をとなえれば「歴史を知らない奴」というレッテルを貼られるという極めて乱暴で粗雑なやりかたが、これまで日本でまかり通ってきた。

 少したとえ話をしよう。
ある街には19○×年に大火事がおこったという歴史があった。
しかしその街の人の歴史認識は、○×年に大火事が起こったということだけがすべてであって、クローズアップされたのは「何千人もの人がくろこげになってカワイソウ」「赤ちゃんが逃げ遅れてカワイソウ」というカワイソウ第一主義にたった視点からみた問題だけであった。

その結果、歴史の教訓として人々が出した答えは「火事に反対します!」という単なる言葉、おまじない以上でも以下でもない、まったくからっぽなものだった。「火事に反対します」と宣言すれば火事が起こらなくなるのであれば誰も苦労する必要は無いだろう。

 そして街の人が起こした行動とは、「火事は火があるから起きるのだ」といって火を使う事を禁止する条例を制定するという一時の感情に基づいたものだった。

しかし、火が使えないので三度のご飯が作れない、ごみが処分できない、暖房が使えない、自動車も動かなくなるといった事態を引き起こし、人々は生きていくことができなくなった。

そこで人々は火事を起こす火とご飯を作る火は別ものだというごまかしの論理で火を使い始め、それでも「火事が起こらないのは『火の使用を禁止する』という世界でたった一つのすばらしい条例があるからだ。」といった、わけのわからない自己満足にひたっていた。

 しかし、となり町で起きた火事が燃え広がってこの街の一部が焼け、ヨコタさん家やハスイケさん家に被害が出てしまった。それでも多くの人は「火の使用を禁止する条例が火事を防ぐのに大変効果がある」と固く信じている、いや妄想しているといったこっけいな状態が続いていた。

 本来歴史の教訓に学ぶということはこういう感情に基づいた幼稚な行動ではなく、その事件がなぜ起こったのか原因をつきとめ、それがどういう結果をもたらしたかを学び、悪いできごとはどうすれば再発を防止することができるか綿密に研究することであろう。

しかしこの街の人達は感情に基づいてカワイソウで問題のすべてを解決したため、そのような作業を怠ったのみならず、「なぜ火事が起こるのか」や「火の習性・特徴」を研究していた消防署の人達を、「おまえ達は火事が好きだから火事を研究しているのだろう?」と非難して、あげくの果てに「消防署があるから火事が起こるのだ」といったわけのわからない主張まで出る始末であった。

 たとえ話はここらへんにしておくが、あなたはどう思っただろうか? 「なんとマヌケな住民達だ」と思った人がほとんどだと思うが、このマヌケな人達こそ戦後の多くの日本人にほかならない。
火事を戦争、火を軍隊、火の使用を禁止した条例を日本国憲法第九条、消防署を安全保障の専門家と置きかえれば、マヌケなその街の実態は戦後の日本のそのままの姿
であったのだ。

 このような不毛な議論では本当の意味で歴史の教訓を得る事は不可能である。
このような無意味な議論は繰り返さないということを常に念頭におきながら、この歴史教科書では明治日本の対朝鮮外交の開始から日露戦争までを第一部、日露戦争後から第2次大戦の敗戦までを第二部とし、基本をおさえつつ、かけ足ではあるが歴史上のできごとをふりかえり、その原因・結果を分析しながら将来の外交・安保政策につながる教訓を導き出すといったことにチャレンジしてみたい。

 重要なポイントとして、この教科書では「歴史の事実」と「歴史事件の評価」を別にする。
わかりやすく言えば、「○×年に太陽が東からのぼった」という事実を述べた部分と「太陽は東からのぼることは正しかった、あるいは間違っていた」と歴史事件の評価を述べる部分は分離させるということである。

 極めて感情的な韓国・北朝鮮や中国の教科書は、歴史の主観的な評価と歴史上の事件の客観的記述がごちゃまぜであり、そのために、歴史の記述が不正確になったり、意図的に歪曲してしまうような間違いをおかしている。

たとえば、「○×年に太陽が東からのぼるのはけしからん」といって「太陽が西からのぼった」と書きかえたり、東からのぼった事実を記述しなかったりするのである。

それは「歴史教科書という科学書」というよりストーリー性のある「創作物語」であり、それぞれの国民にそのストーリーを単一の教科書として押しつけ、それ以外の真実は無いとしている。

たとえば韓国の歴史教科書は、歴史上の事実をたんたんと積み上げるのではなく、「もともと先進国であった古代朝鮮は、原始社会に等しい日本を文明国にしてやったが、日本は近代において朝鮮を侵略して悪事の限りを尽くし恩を仇で返した。そのため先進国であった朝鮮は後進国へ転落したのだ。」といった荒唐無稽なストーリー仕立てとなっており、そのストーリーにあうように事件を取捨選択し、あるいは事実を歪曲・捏造するのである。

 そのような愚をこの教科書ではくりかえさないため、それぞれの歴史に対するクロフネの評価をカッコ内に表記することにした。
筆者が未熟であるゆえ、「太陽が東からのぼった」と書いた部分について誤りがあれば、その部分については訂正するつもりだ。

しかし「太陽が東からのぼることに賛成か反対か」については、抗議を受けても基本的には撤回しない。
その部分は各人がそれぞれで考えて欲しいし、さまざまな解釈があってもよいだろう。

日本の民主主義の時計の針が逆戻り?

  • 2005/03/12(土) 15:41:24

 クロフネは、お恥ずかしながらまったく知らなかったのですが、実は「人権擁護法」という、とんでもない法律ができそうなのです。

「人権擁護」なんて一見誰も反対できないような看板をかかげながら、実は、国家が人権を侵害する法的根拠を与えるものになる危険性を秘めていると言わざるを得ません。 詳しい解説は↓

http://blog.livedoor.jp/no_gestapo/

 たとえば、誰かが人権を侵害されたと訴える事により「人権擁護委員会」が活動を開始し、人権を侵害したと疑われる人を令状もなしに呼びつけたり、家宅捜索をしたりすることが可能になるというオソロシイ法律です。

そもそも人権擁護委員会がなにをもって人権侵害と判断するのか、基準が非常にあいまいで、選出された人権委員の個人的主観に左右されて、人権擁護法が適用されたり非適用だったりするという致命的欠陥を内包しています。

個人の主観によって適用になったり、ならなかったりする法というのは、法のもとでの個人の平等を定めた日本国憲法に明らかに違反していると言わざるを得ません。

そしてもっとオソロシイのは、この「人権擁護委員会」の委員に選出される人が、日本国籍の人以外の外国人でもかまわないという点です。

 たとえば、クロフネが「北朝鮮の核ミサイルはコワイ」とブログに書いて、それをみた人が在日朝鮮人への人権侵害だと訴えたとします。(在日朝鮮人をあげたのには他意はありません。外国人の一例としてあげたまでです)

そして人権委員に選出された在日朝鮮人が、クロフネを人権侵害者と主観的に判断すれば、クロフネの家に土足で上がりこんでブログを閉鎖させることも理論上可能なわけです。

逆に在日朝鮮人のひとが、「クロフネはバカだ」とネットで発言し人権を明らかに侵害したとしても、在日朝鮮人出身の人権委員が「人権を侵害していない」と個人的主観にもとづいて、問題無しと判断することもありえます。

いわば、原告もしくは被告と同じ利害関係をはらむ人が、裁判官になれるという、あってはならない欠陥が人権擁護法にひそんでいます。
こんなものは法律ではありません。

 明治時代の自由民権運動からはじまった、日本の民主化への努力。
その努力は戦前の治安維持法の成立で死にかけました。

日本政府は治安維持法を根拠として、自由な言論・思想を持つ権利を、特別高等警察(特高警察)を使って日本国民から奪ったのです。

今回の人権擁護法というのは、「人権」というかんばんにかえただけの治安維持法であり、人権委員は特高警察とウリふたつのふたごにしか見えません。

 羊頭狗肉よろしく、「人権の看板」のもとに、日本の民主主義の時計の針を逆回転させようという愚かしいたくらみとしか思えません。

日本の周囲の韓国・北朝鮮・中国といった国は、民主主義が極めて未成熟な社会であり、各国政府による国民の言論・思想弾圧が日常的に行なわれております。

人権擁護法は外国人が人権委員になることによって、このような言論・思想弾圧を本国のみならず国境を越えて、日本国内にまで及ぼすことができるという、まったくおぞましいものであり、クロフネは断固反対します。

民主主義を後退させようという全人類への挑戦に、私達は負けるわけにはいきません。

第8回 日本は外国と、どうつきあったらよいのか?(その2)

  • 2005/03/10(木) 00:05:00

 こんなバカバカしい状態から抜け出すにはどうしたら良いかと言えば、単純に友達を選べばいいだけのことです。

(以前、警察と法律のもとでの人と人の関係と、それが無い国と国の関係を、ぜんぶごっちゃにするのは間違いと言いました。しかし友達の選びかたは、法律や警察のある無しとは、あまり関係無いはずです。)

世界のすべての国と友達になれなければ0点だと考えるのではなく、
世界のすべての国とは友達になれないかもしれないけど、日本が友達として信頼できる国、日本が生きて行くために必要なパートナーとしての国と友好関係がきずければ、80点なんだと考えるべきなのではないでしょうか。

 世界のすべての国と友達にならなければ0点だと考える人は、ある国と友好関係じゃなくなれば、すぐ戦争になると考えがちですがそうではありません。

あなたは学校や会社にいる、あまりつきあいの無い人やちょっと気の合わない人と友達じゃないからといって、いきなり殴りあいを始めますか?

殴りあいになる前に、仲は悪くないけどただ口をきかない関係、陰口を言い合う関係、口ゲンカの状態といろいろとあると思いますが、国と国の関係でもそれはいっしょです。

(なぐりあいである本当の戦争を「熱い戦争」と言うのにたいして、口ゲンカは冷たい戦争、「冷戦」と言ったりします。)

 以前、世界の国々は「自分さえよければ」と思って外交をやっていると言いましたが、それならば、国どうしがもめるのは、ごくふつうのことです。外国ともめたことがまったく無いという国なんて世界にほとんどないでしょう。

ですから、国どうしが冷たい関係になる事もよくあることなのですからビックリする必要はありません。
むしろ国どうしでもめごとが起こって、ふたつの国の意見が食い違ってからが、話し合いのスタートです。

当然相手は、”自分たちと生まれも育ちも考え方も違う外国人”なのですから、話し合いで問題が解決することもあるし、相手とわかりあえない、話し合いで解決できないといった結果も当然あります。

 問題が話し合いで解決できない結果、それで自分たちの命や財産がピンチとなるなら、なんらかの力(それは経済力であったり資源力であったり、ときには軍事力であったりします)を使って問題を解決し、自分たちの命・財産を守るというケースもあるでしょう。
(なにしろ国のための警察や法律は無いのですから)

そして、いかに本物の戦争になるのを防ぎながら、なるべく話し合いで問題を解決するか、いかに「仲良くけんかするか」が本当の外交官のウデの見せ所なのです。

ところが多くの日本の外交官・政治家は違います。

彼らは、日本が外国ともめたり外国から嫌われたりすれば、すぐ戦争になるとでも考えているのか、日本と外国の間にどんな意見の食い違いがあってもガマンしてガマンして、意見の違いが無いように見せかけることもしばしばです。

「お互い意見の違いを出し合ってからが、本当の話し合いのスタート」なのに、意見の違いを徹底的にかくして、真剣な話し合いのスタートを先延ばしにする事にどんな意味があるというのでしょう?

(彼らは外交交渉のあと「〜で意見が一致した」という声明を発表するのが大好きで、逆に交渉の結果、意見の食い違いが解消されないのがコワくて仕方ないようです。)

そして日本がガマンの限界になって、真剣な話し合いを始める時は、たいてい問題が手遅れになっているのです。拉致問題のように。

まるで日本の外交官は、人に嫌われるのを極度に恐れる「対人恐怖症」ならぬ、「対外国恐怖症」です。外国と「仲良くけんかする」スキルが決定的に欠けているのです。

(彼らの、もうひとつの問題は「話し合いをトコトンすれば、必ずお互いの意見が一つになって問題が解決される」という幻想を抱いていることです。

そのような幻想を抱いている結果、話し合いで解決できないときの対策を何も考えていない、あるいは対策がわかっていても実行しないために、たとえば北朝鮮との拉致問題交渉や中国での反日暴動の賠償要求交渉のように、話し合いが決裂すると日本は何もできなくなってしまうのです。

これも、意見の違いの存在がコワくて仕方ない彼らが、「どんなに交渉しても意見の食い違いはあるのだ」ということに目を向ける勇気がないからなのではないでしょうか。)

外国とのつきあいのプロであるはずの外交官がこれでは、給料を払っている日本国民は目も当てられません。

 理由はどうあれ、世界のほとんどを敵に回すかと思えば、こんどは世界のすべてと友達になろうとするなど、日本のやる外交は、両極端すぎるようです。

その極端さが日本人を不幸にしてきた
のです。このことは外国とのつきあいのプロであるはずの日本人外交官でさえ、あまりわかっていません。

 相手が外国だからといって肩に力をいれて、何が何でも友達になろうとするのではなく、信頼できる外国だけを友達として選んでつきあう事が、日本人の命・財産・幸せを守ること(つまり安全保障)になるのではないでしょうか。

さいわい、北朝鮮のようなチンピラは世界にそうはいません。(世界中ワガママなヤツばっかりですが)

悪いヤツに月十万円みつがなくても、こちらからけんかを売らなければ、世界でひとりぼっちになるようなことは無いでしょうし、たまに口ゲンカぐらいはするでしょうが、世界のおおかたの国とは仲良くやっていけるはずです。

日本が生きて行くために必要な、世界のおおかたの国と普通につきあっていければ、日本外交としてはそれで合格点なのではないでしょうか。

むしろこのやりかたの方こそ、世界から日本が尊敬され、それがたくさんのよい友人を日本にひきつける結果につながるのではないでしょうか。

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第7回 日本は外国と、どうつきあったらよいのか?(その1)

  • 2005/03/09(水) 23:24:17

 それでは日本はどうしたら良いでしょうか?その答えは、そんなに難しい事ではないと思います。

あなたが友達を選ぶ時、どうしているか考えてください。友達として信頼できる人、つきあうだけの価値のある人を選んでいるのではないですか。

まさか、「なにがなんでも、すべての人と友達になろう」なんて考えている人はいないでしょう。

あなたの学校や会社に、あなたが特別悪くも無いのに仲の悪い人っていませんか?その人と、なにがなんでも仲良くなろうと思いますか?

たとえばあなたは、わざわざチンピラのところへ行って「友達になりましょう」と言いますか?

チンピラに「それじゃ、毎月十万円づつ持って来いや」と言われて、毎月十万円みついででも友達になろうとしますか?
そもそもそれは友達関係と呼べますか?

 実はこの、「たとえ月十万円みついででも、すべての人と友達になろうとした」というのが、戦後の日本だったのです。

北朝鮮に、日本人を百人以上誘拐されても「米と石油持って来いや」と言われれば持って行き、日本でカネをかせがせろ、それを禁止したら(つまり経済制裁をしたら)戦争になるかもしれないぞ」とおどされて、北朝鮮にカネをかせがせているのが日本なのです。

その結果、誘拐された日本人はいっこうに日本に帰れません。日本に帰るのを夢みながら北朝鮮で亡くなっているのです。

 もしあなたの学校や会社に、「みんなに嫌われたくないから」といってカネを配り、たとえ誰かにぶたれても、みんなの言うことはぜんぶ「ハイハイ」と賛成して、すべての人と友達になろうとしている人がいたとしたら、あなたはどう思いますか。

そんな人を尊敬するでしょうか? いや、たいていの人はバカにするはずです。

そのみにくい姿こそが世界の国々からみえる、まぎれもない日本の一面なのです。

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第6回 日本外交がこれまでしてきたこと

  • 2005/03/09(水) 22:57:47

 前回は「外交とは何か?」について考えました。

今回からは、日本がこれまでやってきた外交のやり方を振り返りながら、これからどうやったら日本が外国とうまくつきあっていけるのかを考えてみたいと思います。

 第2次世界大戦後の日本外交を一言で言えば、平和・友好より大切なものは無いと考えて「誰からも嫌われないようにして、全ての国と友達になろうとする外交」だったといえるのではないでしょうか。

これは理由はどうあれ、戦争でアメリカ・イギリスなど世界の多くの国々を敵に回し、日本が焼野原になったのですから、無理もないことだと思います。
「これまでの日本外交で悪かったところなんて無いじゃん」と思う人もいるかもしれません。

それじゃあ、お聞きしたいと思います。
「日本は平和と友好を大切にしているのに、なぜ13歳の少女・横田めぐみさんをはじめとする百人以上の日本の人々が北朝鮮に誘拐され、殺されねばならなかったのでしょうか?」

(「昔日本が朝鮮に悪い事をしたからだよ」という人に言います。たとえそうであっても、北朝鮮が日本人を誘拐して殺したという事実が無くなるわけでも、誘拐が正しかった事になるわけでもありません。
もしそれが正しいのなら、「1274・81年に高麗王朝が日本を侵略したのだから日本が朝鮮を侵略してもよいのだ」という主張が成り立ってしまいます)

「なぜ私たち日本人は平和と友好を大切にしているのに、北朝鮮の核ミサイルを心配しながら暮らさなければならないのですか?」

「なぜ日本は、平和と友好を大切にしているのに、日本国民の財産である竹島や北方領土を韓国やロシアに奪われたままになってしまい、尖閣諸島をたえず中国に狙われているのでしょう?」

(「そんな島なんかどうでもいいじゃん」と言う人は、どうぞあなたの今住んでいる、「どうでもいい」土地を韓国や中国の人達にプレゼントして下さい)

平和とか友好というものは、そもそも日本人の命や財産を守る目的のためにあったんではないでしょうか?

 日本は平和と友好より大切なものは無いと考えて、世界の全ての国と友達になろうとして外交をやってきました。そして世界でひとりぼっちになりたくないとがんばってきました。

しかし、それがいつのまにか手段と目的が逆転して、平和とか友好のために日本人が死に、財産が奪われるようになってしまったのです。

 わかりやすいように実例を挙げましょう。
北朝鮮は1970年代前後から日本にスパイを潜入させて、百人以上の日本人の誘拐をはじめていました。

また日本でハイテク機器を買ってそれを本国に持ちかえり、それを北朝鮮の軍隊を強くするために使いました。スパイを日本に忍び込ませる、スパイ工作船にも日本製のレーダーやナビゲーションシステムが使われていました。

 それでも日本は北朝鮮と友達になるために、あるいは北朝鮮に嫌われたくないから、お米や石油をプレゼントしたのです。

しかし北朝鮮は「日本がくれると言うからもらってやったんだ」と言って、感謝もせず北朝鮮国民にも知らせませんでした。

そして日本からの援助と日本でもうけたお金を利用しながら核爆弾やミサイルを作って、日本人拉致事件に抗議した日本に対して、さらった日本人を返すどころか逆ギレを起こして核ミサイルでおどかしているわけです。

もし日本が北朝鮮に嫌われてもいいから、誘拐された日本人のためにもっと早く強い抗議をして、お米や石油の援助もやめて、北朝鮮が日本でお金もうけをするのを禁止(経済制裁)していたら、たくさんの日本人が殺されずに日本に帰れたかもしれません。

核爆弾やミサイルを作ることも不可能になり、私達が北朝鮮の核ミサイルを心配しながらくらす必要も無かったかもしれません。

結果としてみれば、日本は北朝鮮との平和・友好を大切にして、日本人の命を犠牲にしたのです。

いや、日本の求めていた平和・友好とは単なる言葉・かけ声であって、たいした中身など無かったのです。

日本人が百人以上も誘拐されて殺されて、平和だった・友好的だったと言えるでしょうか?


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第15回 歴史認識問題にどう対処すべきか?(その2)

  • 2005/03/07(月) 07:40:35

 中国近代史における中国の偉人といえば、まず孫文(孫中山)があげられる。

孫文は革命をおこして、清朝の専制政治を倒し、民主的な国家を建設しようとした近代中国のリーダーであり台湾・大陸を問わず尊敬されている。

 しかし孫文の革命事業は始めからうまく行ったわけではなく、何度も挫折し命を狙われたりもした。そのような困難な状況で彼を助けたのはほかでもない日本人だったのである。

映画で財をなした梅屋庄吉は、孫文に革命活動の軍資金として私財をなげうって、現在のお金で十億円以上もの援助をしたし、日本に滞在した彼を熱心に世話をした。

他にも直接革命に参加して命を落とした山田良政、あるいは中国革命同盟会結成に尽力した宮崎滔天もいる。

 東京はいわば中国近代革命のゆりかごだったのである。
実は孫文の別名で、孫中山の”中山”(中国各地に中山公園・中山路がある)も日本の中山伯爵が由来とのことである。

このことを中国国民の何割が知っているだろうか?いや日本外務省の人間でさえ知らないものがいるに違いない。

 またこういう事実もある。
1945年の太平洋戦争の日本の敗戦直後、中国東北地方の瀋陽郊外にある奉集堡飛行場に駐屯していた、林弥一郎少佐率いる関東軍第ニ航空軍第一○一教育飛行団第四練成飛行隊・約300人は、中国共産党の八路軍に降伏し武装解除された。

ところが彼らが日本軍のパイロット達だとわかると、空軍を持たないために、蒋介石の国民党空軍の攻撃に煮え湯を飲まされてきた八路軍は、有名な林彪や彭真(のちに北京市長になる)を派遣して、中国共産党が空軍を持つために、中国人パイロットや整備士を養成してくれるよう彼らを説得した。

これに応じた林弥一郎少佐は林保毅と中国名に改名し、九九式高等練習機や戦闘機”隼”など旧日本軍機をかきあつめて、実質的な校長となり”東北人民解放軍航空学校”を開校した。

これこそ、のちの”中国人民解放軍航空学校”の前身であり、中国人に飛行技術を教えていた日本人教官のうち、何人かは事故で犠牲になってもいる。

(彼らの魂は靖国にいったのだろうか?ならば中国空軍の先生が眠る靖国を中国政府が非難はできまい。)

1949年までに560人の卒業生を生み、ここから巣立った人材は人民解放軍空軍のみならず、中国の航空分野すべての基礎となったのである。

大げさに言えば、現在の人民解放軍・空軍パイロットから中国の有人ロケットの宇宙飛行士までが、当時の日本人教官の生徒の生徒といえるのである。

 日中戦争で中国人と戦ったのも日本人なら、中国革命を助けたのも中国人パイロットを生み出したのも日本人。

中国政府は歴史教育において悪い日本人しか描きたがらないが、こうした歴史の多面性をすべての中国国民が知ってこそ健全な歴史観をもつことができる。

 なぜこうした歴史的遺産を日本政府・外務省は生かさないのか?

こういった日本人がいたことを日本の閣僚が中国マスコミにアピールする、中国で大々的なイベントを行なう、TV番組や映画をつくるなど、歴史イメージ向上戦略を実施すれば、日中関係の改善に役立つかもしれない。

歴史に積極的に立ち向かう勇気を、受身で消極的な日本政府・外務省に強く求めたい。

第14回 歴史認識問題にどう対処すべきか?(その1)

  • 2005/03/07(月) 07:20:31

 次に、中国がしばしば主張する「日本は歴史から目をそらし、過去を反省していない」という批判についてはどうだろうか?
これについて反論するのは簡単だ。

 日本は歴史の教訓をふまえ、言論・思想の自由が認められたアジアで最も進んだ民主主義国家を建設し、現在も維持している。

これまで「アジアをもう一度侵略せよ」と主張する政党が選挙に勝った事も無い。

そしてなにより、戦後一度たりとも戦争行為を行なっていない。過去の反省と歴史の教訓を頭の中に思いうかべるだけでなく、行動をもって実践したのだ。


これ以上何が必要だというのか?
「我々は行動をもって、反省していることを全世界に証明した。」と主張して堂々としていればいい。

 そのうえで「中国は大日本帝国を独裁主義・侵略主義・領土拡張主義に狂奔した国と批判するが、もしそれが正しいなら、現在の中国とウリふたつの双子の兄弟ではないか」と逆に中国の主張の矛盾をつき、中国の独善性に猛省をうながすべきだ。

 また、いわゆる教科書問題でも政府・外務省は日本の教科書検定制度を説明しながら「歴史は様々な見方がある」とだけ中国あるいは韓国に主張して受身に終始している。

しかし日本人も中国人も平等であるならば、中国政府とて歴史教科書を歪曲するのは許されないはずである。

その中国政府こそが国民に単一の教科書をおしつけ、過去の中国の侵略戦争にほとんどふれず、あるいは侵略戦争を防衛戦争であったかのように記述しているのである。

 政府・外務省は相互主義の観点に立って、この点を積極的に非難し、問題の多い中国の歴史教育を世界的にクローズアップすることによってこそ、中国に日本の内政に干渉する事の愚かさと、それがどういう結末をもたらすのかをわからせることができるのである。

 教科書問題もそうだが、日本政府・外務省は、こと日中間の歴史問題となると消極的になって、どうやったら嵐が過ぎ去るかということしか頭にないようだ。

歴史というのは中国政府の歴史教育にありがちな、正義のヒーロー対悪い怪獣の戦いといった、幼稚なものではない。

こういった中国政府の未熟な歴史認識を改善し、歴史の多面性を中国国民に認識させるために、もっと外務省は積極的に動くべきで、感謝もされない対中ODAより、こういったことにこそ予算を投入すべきである。

第13回 靖国問題にどう対処すべきか?(その2)

  • 2005/03/07(月) 07:02:34

 靖国問題について、それでも中国政府が日本人の宗教観など知ったことではないし、わかりたくもないとばかり、不毛な従来の主張をくりかえすのなら中国自身が陥っている矛盾をつけばよい。

 中国は国定歴史教科書において、1950年の朝鮮戦争をアメリカの中国に対する侵略戦争と位置付け、中国の子供達に熱心に教育している。
一方アメリカは朝鮮戦争で戦死したアメリカ人兵士をアーリントン国営墓地に埋葬し、現職の大統領も参拝することがある。

そこで中国の首脳が靖国問題で日本を批判するたびに、彼らに聞いてやればいい。「朝鮮戦争はアメリカの中国に対する侵略戦争だと本当に思っているのか」と。

もちろん国民に教育している手前、中国首脳も「アメリカの方が正しかった」とはいえまい。必ず”是”(YES)と答えるだろう。

そこで「アメリカ政府はアーリントン国営墓地に中国政府がいう侵略者、つまり朝鮮戦争で戦死したアメリカ軍兵士を埋葬し首脳も参拝する。しかし中国政府はそのことを全く問題にしていない。ならば日本の場合も問題はない。」と言ってやれば良い。

 それでも中国が靖国を批判するならば「中国が『朝鮮戦争はアメリカの侵略戦争だ。アーリントンの朝鮮戦争戦没者の埋葬も認めない』と強く批判していたとアメリカの友人に伝えておこう」と言ってやれば良い。
この問題をさけて通ってきた中国首脳はあわてふためくだろう。

それでもやめないならアメリカ大統領やABC・CNNのような、アメリカマスコミにでも中国の主張をリークしてやればいい。

中国製品の市場と対中投資に関してアメリカにべったり頼っている中国としては歴史問題なんかで、せっかくの米中関係が悪化するのはなんとしてもさけたい、しかし国民の手前、いまさら「朝鮮戦争はアメリカの侵略ではありません」とは言えないという深刻なジレンマに陥ることになる。

騒ぎが大きくなればなるほど中国自身が苦しみ、歴史をもてあそんできたツケを中国が払う事になる。

ほどなく中国は歴史問題の沈静化に奔走し、靖国問題についても黙らざるを得ないだろう。

第12回 靖国問題にどう対処すべきか?(その1)

  • 2005/03/07(月) 06:49:36

 前回は中国の理不尽な対日批判に対して、日本は毅然とした態度で論理的に反論すべきことを述べた。
今回からは中国の対日批判の内容を個別に検証し、どう反論すべきかを考える。

 日中間の現在一番の懸案は、いわゆる靖国問題であろう。中国は首相・閣僚の靖国参拝を過去を反省していない証拠、軍国主義復活を狙う暴挙などと批判している。

これに対して、安倍氏を筆頭に一部の自民党政治家からは中国への毅然とした反論が聞かれるが、外務省からは全く及び腰としか言いようのない対応と沈黙が続いている。

 この問題の日中すれ違いの原因のひとつは、日本人と外国人の”神”への認識の違いだろうと思う。

外国人が思い浮かべる”神”は、全知全能で絶対的な善としての存在である場合が多い。多数の中国人が想定している”靖国の神”もおそらくそのようなものなのではないだろうか。

そしてそれはいきおい「日本人は善としての”戦争の神”を崇拝しているのだ」といった誤った結論を導いてしまう。

(韓国も靖国問題を批判する時、「靖国神社にある位牌をなんとかしろ」と言ってくるが、位牌はそもそも儒教のものであって、神社に位牌があるはずが無い。 彼らが、いかに何の知識も無く日本独自の宗教を攻撃しているかがわかる。)
 
しかし日本の神は、決して一神教的な全知全能の善なる神ではない。

山・湖・大木・巨石といった自然の存在も神々であるし、普通の日本人も死ねば神になる。本来日本の神々は完全無欠の存在というよりは、泣き・笑い・怒りそして恋も悪さもするような非常に人間に近い存在として祭られてきたのである。

(もし興味があったら、古事記日本書紀をぜひ読んで頂きたい)

 また、日本人が神を祭る意味のなかには、神々をほったらかしにしておいて、それが人間世界に悪影響を及ぼす原因にならないようにするということも含まれている。

政敵の陰謀で失意のうちに亡くなった菅原道真公の霊をなぐさめる大宰府天満宮などが、その代表だろう。

同様に日本人が戦争で亡くなった人達を靖国神社で祭るのは、様々な思いを抱いて現世を離れざるを得なかった人達を常に思い、それをなぐさめるためであって、彼らが絶対正義の存在かどうかといった問題は存在しないのではないだろうか。

その意味で日本の神々はキリスト教のゴッドやイスラムのアラー(実は両方とも同じ神のことだが)よりも、むしろ古代ギリシャやゲルマンの神々に近い。

(ギリシャ神話のゼウスは浮気性であるし、ゲルマンの神々は自らの失策でラグナロク<神々の黄昏>を招いて滅びてしまう)

 まずこういった日本独特の宗教観をわかりやすく首相から一外交官にいたるまで、中国側や諸外国に対し何度もくり返して、ことある事に説明すべきである。

それを怠りあるいは沈黙を続けてきたからこそ問題をより深刻にしてしまったといえるのではないだろうか。

 なにも靖国問題に限ったことではないが、諸外国の外交官から「我々が信仰する○×教の教義・思想とはこういうものだが、日本の宗教の思想はどういったものか?」と問われて、自国の伝統文化・思想について明確に説明できない者は、日本の外交官として恥ずべきことではないだろうか。

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第11回 日本の対中政策の失敗(その5)

  • 2005/03/06(日) 17:52:18

 中国は過去をしつこくとりあげて、なぜ日本だけを狙い打ちにして攻撃するのか?

その理由は二点あり、「中国をトップとする東アジアにおける秩序の外側にいる白人は対等な敵・ライバルだが、東アジア秩序で中国の下にいた日本が、最上位の中国を侵略したのはナマイキで許せない」といった、伝統的な、いわゆる”華夷秩序”の考え方の影響がまず一点、

そして前述のように日本側が一切中国側の批判に反論しないので、ボクシングに例えれば、いわば日本はいつも”打たれっぱなしのサンドバック状態”であるのが(当然ボコボコに打つのは中国)もう一点であろう。

そして後者の方がより深刻に影響を与えていると考えられる。

 もしアメリカやフランス、ドイツなどを歴史問題で激しく非難しても反省などは聞かれず、「だったら我々が過去におこなった投資と中国の被害を相殺しよう」といった(当然中国が欧米に金を払うことになる)痛烈な反論が中国側に帰ってくるだろうし、

そのような歴史認識摩擦が悪化すれば、アメリカはGMやクライスラーやhp、フランスならトムソンやシトロエン、ドイツならフォルクスワーゲンやシーメンスといった外資系企業の中国への投資はにぶり、中国の経済発展はバブルで消し飛びかねない。

だから中国もあえて歴史の水掛け論などという不毛な議論より実益をとるのである。

 しかし日本は違う。
日本はどんなに批判しても一切反論せず、また対中国投資を引き揚げるような”制裁”を行なうこともない”打たれっぱなしのサンドバック”である。
だからこそ”イケニエ”にはうってつけ
なのである。

そもそも日本人同士でしか通用しないような、問題を穏便に解決するためにあえて反論しないという日本政府・外務省の考えかた(あるいは価値観)は、当然外国である中国相手には通用せず、政府・外務省の意図とは全く反対の、つまりますます中国に日本を攻撃させる方向へと導いてしまったのである。

 また世界のふつうの価値観からすれば、中国政府や国民は「日本人が我々の『日本人は過去をまったく反省していない』『軍国主義復活をたくらんでいる』といった主張に反論しないのは、反論できないのであって我々が正しい事を認めているからだ」と考えていることだろう。

と同時に「なのに日本は、自分が悪く中国が正しい事をしりながら、中国の言うことをきかない。全く日本人は何を考えているかわからないし信用できない」という疑心暗鬼状態におちいっているのではないだろうか。

そしてこうした疑心暗鬼状態が、さらなる日本への警戒心と執拗な攻撃へとつながっているように思われる。

 私自身中国のそのような主張の内容に肩を持つ気はさらさらないが、いくら批判されてもだんまりをきめこみ、かといって中国のいうとおりにもしない政府・外務省を、何を考えているのかわからず気味悪い存在に感じるのもわからないではないのである。

また第三国の人にしてみれば当然「日本が中国に反論しないのは日本自身に後ろめたい事があるのだろう。だから中国の主張の方が正しいのだろう」と考える。

これは日中間の問題に無知な人であればあるほどその傾向が強くなると考えられる。

しょせん世界が日本の”大人の対応”を評価するといった考え方は、世界には通用しない単なる日本政府・外務省の自己満足でしかない。

(本来外交官は外国とのつきあいのプロであるべきだが、日本の外交官は自国でしか通用しない価値観をふりまわすばかりで、なぜ外国とのつきあいかたがヘタなのか?

拉致被害者が帰ってこないのに北朝鮮へ米支援をするのを批判されて「日本には敵に塩を送る習慣がある」とぬけぬけと言ってみせた元日本外務省員がいたらしいが、国民を笑わせてくれる)

 結論として日中間の不毛な歴史の水掛け論をやめたいなら、日本政府・外務省は日本でしか通用しないようなやりかたはやめて世界の多数派のルールを採用すること、つまり中国の不当な対日批判に対しては、論理的に断固反論することだ。

今まで日本は、中国の”サンドバック”だったのだから(つまりだまって日本が殴られるのは中国の既得権だから)、日本がにわかに反論をはじめれば、中国も既得権を失ったことを不当に感じて、短期的には日中間の摩擦は激しくなるかもしれない。

しかし日本側が論理的に反論し中国側を断固論破し、歴史論争の不毛・不利益を認識させれば、中国自身から歴史論争を終わらせるだろう。

 ただ勘違いしてはならないのは、摩擦が終わっても日本と中国がベタベタの”恋人”のような関係にはならずに、”反抗的な中国の子分”からアメリカ・フランス・ドイツと同じように、”対等な敵”あるいは”ライバル”の関係になるのだという事である。

第10回 日本の対中政策の失敗(その4)

  • 2005/03/06(日) 17:12:35

 前回では共産党独裁の維持・少数民族独立運動の封じこめ・元官僚である江沢民の軍掌握など国内問題の解決の為に、中国が若者世代を中心に反日教育を施し、日本を外交ルートやマスコミを総動員して叩いてきた事、そしてその転換点が1994年ごろであった事を述べた。

 それではその間の日本政府・外務省の対応は、どうであったかというと、ただひたすら中国側の主張に対し”沈黙”していたことも以前に述べた。

この”沈黙”には、まともに反論すれば日中関係の悪化を招くから、とりあえず黙っていて”嵐”が過ぎるのを待とうという意図と、中国の子供じみた言動に対して、日本がそれを相手にせず”大人の対応”をみせれば第三国も日本を支持し、中国もみずからの言動を反省するだろうという意図があったものと思われる。

(日本の外交官が勉強不足で本当に反論できなかった可能性もあるが)

しかし結論から言えば、これこそが日中関係をここまでこじれさせてしまった日本側の原因と言えるのではないだろうか。

 過去に中国を侵略した国は何も日本だけではない。
アヘン戦争・アロー号戦争で香港を奪ったイギリス、アロー号戦争のどさくさに沿海州を奪ったロシア、青島を奪ったドイツ、清仏戦争を戦ったフランスや、1950年の朝鮮戦争で戦ったアメリカも侵略者であると中国の子供たちには教えられている。

しかし中国はこれらの国々の”過去への認識”や”教科書”を問題にしたり、反省や賠償を求めたりしてはいない。

 1997年の香港の返還式典で、イギリス側から香港を150年近く奪ってきた過去の反省などは示されず、チャールズ皇太子は「英国統治のおかげで香港は発展できた」とまでスピーチした。

そして王室ヨット”ブリタニア”にのってユニオンジャックをひるがえし”威風堂々”と帰っていった。

この当時中国側から”侵略を正当化した”イギリスに対して抗議があったとは寡聞にして知らない。

中国政府が”朝鮮戦争で中国を侵略した”と主張するアメリカは、アーリントン国営墓地に朝鮮戦争で戦死した、中国にしてみれば”戦争犯罪人”を埋葬し、大統領みずから参拝することもあるが、中国側から「アメリカは過去を反省していない。アーリントン墓地参拝を止めろ」などと非難声明がでたとは聞いた事が無い。 

ではなぜ日本だけを狙い打ちにして中国は攻撃するのだろうか?

第9回 日本の対中政策の失敗(その3)

  • 2005/03/06(日) 16:16:08

  江沢民は93年に中国の最高権力者の地位についたとはいえ、”前任者”の小平が革命第一世代の抗日ゲリラ戦の指導者という人民解放軍のカリスマであったのに対して、官僚あがりの江沢民には軍人としての経歴がなく、軍での指導力・影響力に不安があった。

また市場経済の導入で国民も、いまさら共産主義を信じるでもなくなっていて共産党一党独裁の正当性も揺らいでいた。

80年代末からの中国の民主化の影響で激しくなった、チベットやウイグル民族の独立運動などで中国は分裂の可能性が高まっていた。

彼には軍や中国をまとめる”敵”が欲しい状況だった。

そのような状況のもと94年に愛国主義教育実施綱要が発表される。これが対日政策の大転換点であったのである。

 中国の中学校歴史教科書中国の高等学校歴史教科書を読むと、この愛国主義教育の特徴がよくわかる。

まず歴史上、中国がおこした侵略戦争が、ほとんど書かれておらず、逆にいかに中国が侵略されてきたか、特に日本がいかに残虐であったかが詳しく述べられている。

(だから多くの中国国民は、中国は絶対にまちがいを犯さなかった”神”であり、日本はまちがいだらけの”悪魔”と考えるようになる)

そして我々が連想するいわゆる中国人・漢族だけでなく、中国に居住する少数民族である、モンゴル・チベット・ウイグル・ミャオ・朝鮮族を全て中華民族という、ひきはなすことのできない同族であると定義した。

(モンゴルの英雄チンギス・ハンやチベットの偉人ソンツェン・ガンポさえ中国の教科書では”中華民族”である。これでモンゴルもチベットも中国のものだというわけだ。)

同時に日本軍と戦った少数民族を愛国的な”英雄”として強調して、少数民族の敵は、漢族でなく日本人であることが強調される。

そしてこの綱要にしたがって全国に抗日戦争博物館など”愛国主義教育基地”を建設し、子供から大人まで日本人への憎しみを植え付け、国民を”教育”したのだ。 

つまり天安門事件に対するアメリカやEUからの制裁が解除されれば、もはや江沢民にとって”日中友好”など不要になったのである。

 日本という敵をつくってもう一度、江沢民と共産党に対する求心力をつくり、国民のみならず少数民族の分離独立運動を封じこめようとした。 

 また 江沢民が日本を「過去を反省していない」などと激しくたたくことによって”日帝と戦う現代の抗日戦指導者”であることを人民解放軍幹部に印象づけることによって、軍での支持を強固にしようとしたのではないだろうか。

そして10年にわたる、この”愛国教育”のかがやかしい成果がアジアカップでの反日暴動であったのである。

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