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第7回 日本の対韓国外交のガイドライン(その1)

  • 2005/02/28(月) 07:51:21

 前回までは、韓国側の感情に引きずられるのは百害あって一利無しで、日本の国益が守られた事は無かったという実例として日本の政治家の失言事件をとりあげた。

 これを教訓として今後日本はどういった対韓外交をとるべきか、そのおおまかな指針・ガイドラインといったものを考えてみたい。

 これまでの日本の対韓外交政策は、”大陸”や”古代の歴史”に対する漠然としたロマン主義、「韓国は日本とよく似たお隣りさんだから大切」といった、一見説得力がありそうで、実はまったく無い感情論に影響された結果、韓国の感情的外交に引きずられがちだった。

この”感情で感情に応える外交政策”が日本を不幸にしてきた事は前述の通りである。
ただ、これまでの時代の流れからみればそれも致し方ないところもあった。

 地政学的に見て、本格的空軍が存在せず陸軍の渡海に海軍が決定的な役割を果たしていた19世紀末から20世紀はじめにかけては、ロシアが朝鮮半島を勢力圏とし冬季でも流氷に閉ざされない”不凍港”を日本海に獲得することは日本の安全にとって大変な脅威であった。

そのために日本は朝鮮半島情勢に介入し、多大な犠牲を払いながら数度にわたる戦争を経験した。
 あるいは米ソ冷戦時代、中国・北朝鮮・ベトナム・ラオス・カンボジアとドミノ倒しのように共産化が進行する東アジアにおいて、共産主義と対抗し日本が自由主義の国として生き残るために、残された日本・韓国が仲間割れを起こすような事は許されなかったし、資本主義陣営の結束のためアメリカが日韓両国に圧力をかけて、協力を強制したこともあった。

 その結果として日本は竹島問題解決を先送りして日韓国交回復を決断した。

 しかし21世紀の現在、東アジア情勢は一変している。
現代では軍事力の主役が海軍力から空軍力に移りつつあり、たとえ朝鮮半島に反日政権が生まれたとしても、日本の安全保障が死活的に脅かされるような変化が生じるという状況では無くなっている。(望ましい事では無いが)

さらに米ソ冷戦の終結によって、もはや共産主義革命のドミノ倒しが日本や韓国に向かってくる事は無くなったうえ、日本をはじめ韓国・北朝鮮・中国・台湾が、かなりの質・量を持つ軍事力を保有し、これらの内の一国が他国を完全に征服してしまうといったことは、考えにくい状況となっている。

したがって韓国が、反日国家によって軍事占領されるといったシナリオの可能性もほぼ無くなった。

 カンボジアPKOではじまった日本の自衛隊の国際協力が、東ティモールPKO・インド洋での対テロ活動とステップアップし、アジア各国の軍隊と”共同作戦”をすることによって、「日本の軍隊のイメージが変わった。もはや過去の日本では無い」といった、日本にたいする信頼の声が東南アジアの軍関係者からあがっている。

戦後の日本人がまじめに働き、アジアで最も自由で民主的な国を必死になって建設した結果、アジアからの信頼はほぼ取り戻したと言えよう。

 戦後から現在に至るまで、中国・韓国・北朝鮮の”オオカミ少年三兄弟”は「日本というオオカミが来るぞ!軍国主義がくるぞ!アジアをまた侵略するぞ!」とまじめに働いてきた日本人を侮辱するような悪質なデマをアジアを含めた世界中に言いふらし、各国を不安におとしいれてきた。

が、もはやオオカミ少年たちのデマを信じるものはいなくなっている。

(いったい、いつになったら日本がアジアを侵略するというのか? そもそも、民主主義を否定しアジア侵略を政策としてかかげる政党が、日本の議会で一議席だって取った事があっただろうか?)

 いまだに信じているのは、せいぜい教育鎖国におかれている”オオカミ少年三兄弟”の国民ぐらいだろう。
いや、むしろ80年代まで軍事独裁政権だった韓国と、現在も軍隊が人々の自由を奪っている中国・北朝鮮こそ、オオカミそのものではないか。

したがって日本がこれ以上オオカミ少年達の言いふらすデマに神経質になる必要もなくなった。

 また安全保障面だけでなく経済面においても日本が韓国に決定的に依存しているわけでは無い。石油などのエネルギーや鉄鉱石などの鉱物資源を韓国から輸入しなければ日本経済の活動がストップしてしまうということもない。

むしろ韓国経済(特に機械産業)が、日本から輸出される高度な工作機械や精密機器の中間部品・半製品などの生産財や、技術特許などの知的所有権に大きく依存していることは、日韓の貿易構造を調べれば簡単にわかることだ。

これらのことを踏まえれば、もはや過去のように日本外交が韓国の感情に過度に配慮し流される必要性、感情に感情で応える外交をする必要性はやはり無いという結論が導き出される。

これからは感情主義・ロマン主義からつねに朝鮮半島問題に介入するような愚を排除し、冷徹に日本の国益をみつめながら主体的に対韓外交政策を策定するべきである。

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第6回 韓国と、どうつきあっていくべきか?(その5)

  • 2005/02/28(月) 07:31:23

 また”従軍慰安婦の強制連行問題”についても石原信雄官房副長官の証言の通り、政府内部の調査で日本政府による強制連行の資料がなかったにもかかわらず、韓国や中国の感情に流されて、当時河野洋平氏が「日本政府が強制連行した事実があった」とありもしないことを発表して謝罪した。

これで事件が解決するとでも思ったのだろうが韓国や中国との問題はおさまらず、国連まで舞台を広げる大騒ぎとなった。

これらの経験から導き出される教訓は、韓国(あるいは中国・北朝鮮)の感情に配慮したために外交政策が流されて、日本の国益が守られた事はほとんど無いということである。

逆に政策が流される事によって日本の人的物的な損害はかえってふくらみ、世界における日本の名誉と信頼が激しく傷つけられた。

 日本人の中には韓国人(あるいは中国人)は自分たちとよく似ているといった幻想を抱いている人も多いのではないかと思う。
しかし実際のところは日本人と韓国人・中国人のメンタリティーはかなり違うところも多い。

日本人は、人間関係の潤滑油として、自分が悪くなくてもすぐ謝る。しかし、このような習慣が通用するのは日本だけであって、顔が似ているからといって、韓国人や中国人相手に通用するものでは無い。

韓国には「泣く子は餅をもう一個もらえる」ということわざがあるという。

本当にあるのかどうかは定かでは無いが、ともかくこの表現を借りると、韓国が感情にまかせて泣くたびに、日本が「これが最後の一個ですよ」と言いながら、ずるずると餅を一つ、また一つとあげてきたというのが、これまでの日韓関係であった。

日本にしてみれば、この”最後の一個”さえあげれば、すべて問題は解決されると信じていたのだろうが、”感情”にはここまでいけば”限界”とか”底”といったものは無い。

結局、日本が無限に餅をあげ続けなければ、韓国が泣きやまない”底無し沼の二国間関係”となっていた。

日本が話を聞くべき時は聞かなければならないし、過ちを修正すべきときはそうしなければならないが、そうではない時は毅然とした態度で、我々をしつけてくれた日本の古き良き母親のように「勝手になさい。もう餅はありません」と言うべきなのである。

くりかえすが、韓国側がいかに「韓国の国民感情に配慮して、あやまちをみとめよ」と要求してきても、 日本に責任がないのならば、そのような要求を飲む必要はまったく無いのだ。

第5回 韓国と、どうつきあっていくべきか?(その4)

  • 2005/02/28(月) 07:12:37

 前回は日韓関係の縮図としての失言問題をとりあげたが、それではこのようなことを繰り返さないためにはどうすればよいだろうか。

その答えを出すにあたって、石原都知事の「三国人発言問題」が多くのヒントを与えてくれるように思う。

 「三国人発言問題」の顛末は、第2次大戦終結時におけるアメリカやイギリスといった戦勝国でも日本のような敗戦国の国民でも無い、第三国の国民という意味で、石原都知事が韓国人・朝鮮人を「三国人」と呼称したことについて、「差別発言だ」と韓国などのマスコミがかみついたというものである。

いつもなら「お騒がせして申し訳無い」と謝罪して「都知事を辞任」というのがパターンだが、この時の石原都知事は違った。
前述の理由を発言の根拠として「”三国人”というのは決して差別発言では無い」と韓国側を説得したのだ。

韓国側が自らの非を認める事はなかったが、それ以上「三国人問題」が尾をひくことはなかったし、石原都知事が辞任せずとも日韓関係に大した影響はなかった。

今までは日本側が、悪くなくても相手の感情に流されて「とりあえず謝罪」するために、かえって日韓関係はこじれていた。

たとえるなら、万引きをしてもいないのに韓国人の店主が怒っているからという理由で、とりあえず万引きを認め謝罪したら、いつのまにかその日本人が殺人犯にされていたというのが、今までの失言事件の本質だ。

やっていないものはやっていないと主張する、こんな当たり前の事ができなかったからこそ、不毛な事件を繰り返していたのだ。

似たような例で82年の”教科書事件”、”従軍慰安婦の強制連行問題”がある。

教科書事件は検定で、日本の高校教科書の「アジアを侵略した」という部分を「アジアに進出した」と書きかえたというマスコミのデマに、韓国や中国がかみついたのが発端だ。

「このような事実は無い」と反論して終わるはずの問題にもかかわらず、当時の日本政府は韓国側の感情にながされて、日本の歴史教科書に韓国や中国が口出しする口実を与えることになる教科書検定に関する”近隣諸国条項”というものを定めた。

結局日本政府の意図とは全く逆に、問題はこの時だけで収まらず今日まで続いてしまっている。(”近隣諸国条項”は廃止すべき。でないなら歴史を歪曲している韓国や中国の教科書への日本の介入をみとめるべき

 以前、自民党の安倍晋三氏が日本の教科書問題にしつこく介入する韓国に対して、民族のためという大義のもと政府が唯一の教科書をつくって単一の歴史観を国民に強要する韓国とは違って、日本は検定制度のもと比較的自由な歴史観に基づいて教育していることを説明して反論したが、全くの正論であった。

もっと早くこうした当たり前の事ができれていれば教科書問題もここまでこじれる事も無かっただろう。

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★もっとくわしく知りたい人は...
kokusi.jpg
新版...世界の教科書シリーズ
◆ご存じ、韓国政府絶対指定の高校歴史教科書、「国史」。1500年以上生きたとされる檀君が実在の人物とされるところからはじまり、漢の武帝の朝鮮征服を記述せず、高麗の日本侵略を「日本をこらしめた」と書くなど、まさに歴史歪曲のデパート。歴史教科書というよりは「韓国の歴史がこうだったらよかったのに」という希望を書きつづった、作文といった方がふさわしい。
ぜひ客観的な歴史本や世界史の教科書と読み比べて欲しい。

第4回 韓国と、どうつきあっていくべきか?(その3)

  • 2005/02/28(月) 06:38:36

 今回は国交回復後くりかえしおこった、日本の政治家の失言事件をとりあげる。

なぜならこの事件こそ、ゆがんだ戦後の日韓関係の縮図であり、今後日本がどう韓国と向き合ってゆくかについてのヒントがおおいに隠されているからだ。

とはいってもひとつひとつの事件を詳細には取り上げない。
この問題の実態は本当に幼稚でバカバカしく実際のところ、論じる気にもならなかったというのが、正直なところだ。しかしさけては通れない問題なのではっきりと結論をだす。

 では本題に入るが、この問題が発生してからおさまるプロセスは共通している。
まず日本の政治家が過去の歴史について”問題発言”をする。
これについては政治家が自らすすんで発言する場合もあるし、左翼マスコミが微妙な歴史問題について発言するよう誘導尋問する場合もあるようだ。

次に日本の朝日・毎日といったマスコミがそれをとりあげて「韓国が反発するのは必至だ」などと大騒ぎする。火に油をそそいで日韓関係の悪化をアオルのは彼らだといえる。

(場合によっては彼らが問題そのものをデッチあげることもある。82年の教科書問題では「教科書検定で日本がアジアを”侵略した”という部分を”進出した”と書きかえた」というデマ報道がひとりあるきした)

 それをみた韓国(あるいは中国・北朝鮮)マスコミがその政治家や日本政府を激しく非難する。その場合伝言ゲームのように当初の政治家の発言が別のものにすりかわっている場合もあるようだ。

かつて「当時の南京市の人口(二十万人)から見て、三十万人虐殺という”数字”はデッチあげではないか」という発言をした政治家がいたが、それが韓国や中国で報道された時は「事件そのものがデッチあげ」つまり日本軍は南京で中国人を一人も殺さなかったというふうにすりかわっていたように記憶している。

南京で何人の人が亡くなったかについては、当時の南京市にいた中国軍・民間人の人数も考慮しながら検証する過程で様々な説がでてくるのはまったく問題が無い。

 あるいは「日韓併合時において日本は朝鮮半島でいいこと”も”した」と発言した政治家が居て大騒ぎになった。これについては日本人からすすんで言いふらすべき事ではないけれども、人から問われればYESと答えざるを得ない。

戦後の北朝鮮がまずまずの水準を維持しながら工業国として出発できたのも、意図はどうあれ日本が半島北部に発電所・重化学コンビナートを建設し、独立後の北朝鮮の人々がそれら社会インフラを自分たちのために役立てたからである。(関連資料

それは日本によって主に穀倉地帯とされた半島南部が独立して韓国となったとき、韓国はアジアでも後進国レベルであったことからも逆に証明されるだろう。

(この事実と、日韓併合の是非は関係無い。日韓併合が”非”だったとしても日本が半島に社会インフラを整備した事実が消えるものではない

 その後、韓国(中国)の官民あげての激しい非難に、発言した政治家が驚き、日本政府からの圧力もあるのか「おさわがせして申し訳無い」と自分の発言について正しいと思っているのか、それとも過ちを認めたのか、どっちつかずの訳のわからない謝罪をする。

発言を撤回する人もいるし、場合によっては閣僚などのポストを辞任する。

韓国(中国)側はこの”謝罪”と”辞任”を持って「そらみろ!やっぱり発言が間違ったもの、妄言であることを認めた。日本人は絶対反省しない」と満足する。
この問題は多くの場合こういったストーリーで終わる。

 この問題の構図も結局、科学的・論理的な検証もせずに(実際韓国側が冷静に分析できるとも思えないが)韓国側が日本側へ感情をぶちまけ、日本側は相手の感情に流されて、事件の沈静化をはかるために「とにかく謝っておこう」といった日本人特有の態度で事件のうやむやな幕引きをはかる。

結果として日本側の意図とはうらはらに「日本の政治家が過去の犯罪を正当化する妄言をはき、韓国(中国)に叱られて自らの過ちを認め謝罪した。日本人は過去を反省できない民族だ。」という誤解が”歴史の事実”として人々の記憶に刻まれる。

 これらの事件で本当に問題なのは、意見の違いから目をそらし、正面からの議論を避けて「とりあえず謝っておけば、そのうちおさまるだろう」といった姑息な態度、相手に配慮し、尊重しているようでいて実は相当バカにした日本側の態度だ。

こういった態度は日本の名誉をいちじるしく傷つけ、問題はおさまるどころか先送りにしただけで、数年後おなじようなことを繰り返している。

韓国側にも変な誤解と不信感を与え、日韓間のコミュニケーションの行き違いが両国関係を非常に不幸なものとしてしまっている。こういった関係の一刻も早い改善が必要だ。

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★関連図書―もっとくわしく知りたい人は...
hannichi.jpg

「反日」の構造―中国、韓国
◆韓国・中国の反日洗脳教育と、日本国民に真実を伝えないマスコミの実態をするどくえぐる。日本国民はネット言論にこそ、希望を見出すべきなのか...

第3回 韓国と、どうつきあっていくべきか?(その2)

  • 2005/02/27(日) 15:57:19

 その後1965年に日韓基本条約が結ばれ、日韓間における過去の問題がこの条約によって完全かつ永久に解決されると宣言された。

日韓請求権並びに経済協力協定(1965年)
(当ブログ関連記事

 しかしその後の日韓関係も82年以降断続的に発生している教科書問題を含む歴史認識問題に代表されるように、韓国側が自分の感情をひたすら日本にぶちまけ、日本はひたすら韓国の国民感情に配慮し我慢するといったいびつな二国間関係であった。

 それでも日本は韓国に対する経済援助を継続した。
戦後日本が韓国に援助した金額は約11億8000万ドル以上、日本人技術者の韓国派遣2617人、韓国人研修生の日本受け入れ5838人にのぼる。

 また民間協力においても、新日鉄の技術が浦項製鉄(現POSCO)を、三菱自動車が現代自動車、マツダが起亜、スズキやホンダが大宇、日産が三星自動車を育成することになった。

97年に起ったアジア通貨危機では債務不履行と破産に直面した韓国経済を救うため、日本政府は100億ドル規模の融資を表明し、翌98年には韓国の短期債務返済くりのべを日本の銀行団に要請して説得し、120億ドルのロールオーバーを実現させた。(他の債権国銀行団を含めると総額は240億ドル)

 その後、外貨の底がついた韓国のキム・デジュン大統領が訪日して、彼の援助要請をうけて33.5億ドルの融資を行ない、これらは石油など不足するエネルギー資源確保に使用された。
さらに韓国通貨ウオンの暴落危機に備えるため、新宮沢構想として70億ドルに及ぶ通貨スワップ協定でウオンの信頼性を保障している。

 キム・デジュン訪日以後しばらくは韓国も未来志向をうったえ日韓関係が好転するかに見えた。
しかし日本から助けてもらうことは恥という意識があるのか、韓国の指導者達やマスコミは事実を国民に教えない。

結局97年の経済危機も”IMF危機”と呼ばれIMFの支援を受けながら韓国国民の努力で脱出したとされているし、そもそも韓国の高度経済成長・”漢江の奇跡”も”韓国政府経済5ヵ年計画”の成果であり、すべて自主的に達成されたかのように国民に教育されていて日本の協力を知る韓国人はほぼいない。

 その後、”のどもと過ぎれば熱さ忘れる”のたとえ通り、経済が危機を脱すると韓国は日本の足を引っ張り始める。

歴史認識問題が再燃し、韓国の漁船がロシアに占拠されているのをいいことに日本の北方領土水域で操業しようとし、日本が抗議すると損害賠償として代替漁場を要求するというハレンチぶり。

北朝鮮の日本人拉致事件や核開発問題では日本に非協力的な態度をつらぬき、最近では「日本海はそもそも東海と呼ばれ日本の韓国侵略時に日本海という名に強制変更された」というストーリーをデッチあげて国際社会に反日工作を展開している。

また韓国は、途上国への経済援助は微々たるものであり、国連分担金も8100万ドル(81億円以上)滞納するなど、経済規模の割に国際貢献も少なすぎる。

にもかかわらず、「日本に常任理事国入りの資格があるかないか評価してやる」といった態度で、中国と歩を一にしながら日本の常任理事国入り反対運動を行なっているのも片腹痛い。

 結局のところ戦後の日韓関係とは日本が韓国の”感情”に配慮し、ひたすら流されながら、日本が韓国を助けることで「ついに友情が芽生えたか」と思って安心して後ろを向いた瞬間、日本の背中を韓国がナイフで刺してくるような、極めて不幸な関係であったといえよう。

第2回 韓国と、どうつきあっていくべきか?(その1)

  • 2005/02/27(日) 15:11:49

 韓国の情勢が不透明さをますなか、日本として今後韓国とどうつきあっていき、日本の国益のためどのような外交政策を策定すべきか考察してゆく。

 今年は日韓国交正常化四十周年の記念の年、日韓友情年だそうだが、皮肉な事に戦後日韓のあいだに真の意味で友情が存在した事など一度も無かった。

 第二次大戦後、米ソ冷戦がスタートし、そうしたなか韓国は独立した。
地政学的に見て、当時北朝鮮と背後から北をバックアップするソビエト・中国と対峙していた韓国にとって日本との友好関係は極めて重要であり、日本を敵に回せば韓国は360度ぐるりと敵国に囲まれ国家滅亡の危機に立たされる状況であった。
そうした意味で背後の日本は、まさに生命線・命づなであった。

 それは1950年におきた朝鮮戦争の歴史が証明している。
韓国軍を釜山に追い詰めた北朝鮮軍の背後の仁川にアメリカ軍が上陸し、北朝鮮軍とソ連・中国との補給路が絶たれたとき北朝鮮軍は壊滅的打撃を受けた。

逆に、もし朝鮮戦争の時、日本が永久に沈まぬ空母・補給艦として米軍に出撃拠点を提供し軍需物資を半島に送りつづけなければ、米軍の介入は困難を極め、北朝鮮の金日成の野望であった”朝鮮半島の赤化統一”が達成されていた可能性は高い。

 しかし韓国は安全保障上のライフラインの提供という恩恵を日本から受けていたにもかかわらず、日本を敵に回すような後先を考えない感情的な外交政策ばかりを続けてきた。

日本が韓国を支援していた朝鮮戦争中の1952年に突然、韓国政府が日本海に李承晩ラインを設定して一方的に日本漁船に発砲・拿捕し、約4千人の日本人が拉致され40名以上のかたが亡くなっている。
まもなく韓国は竹島を不法占拠し現在に至っている竹島問題が生起した。

 もしこれ以後、日韓で竹島をめぐって武力衝突といった事態が起こっていれば、同時に韓国の背後から北朝鮮軍も侵攻し、はさみうちされた韓国は崩壊するといったシナリオも充分あっただろう。

韓国の安全がこれまで保たれてきたのも、日本のガマンにガマンを重ねた、外交政策の結果と言える。

第1回 韓国の将来

  • 2005/02/27(日) 14:35:41

 このシリーズでは、しばらく南北統一は無いというシナリオを前提として、韓国の将来がどうなるのか日本の取るべき対韓外交政策について考えてゆく。

 韓国の将来を占う上で、経済面はさほど重要では無いかもしれない。
今後の韓国の経済政策がうまくいけば、先進国レベルへ到達するシナリオもあるだろうし、債務不履行を繰り返す南米の中進国のようなレベルで停滞してしまう失敗のシナリオも考えられるだろう。

しかし、経済が破綻状態の北朝鮮を今すぐ吸収・統一した場合を除き、よほどのことが無い限り韓国が破滅的状況、たとえば世界の最貧国まで転落するようなことは考えにくい。
(かろうじてあるとすれば、第二次朝鮮戦争の勃発でソウルが焼野原になるぐらいか)

であるならば、今後韓国の将来にとって大きな変数となっていくのは韓国の政治面である。

 冷戦期の韓国は一応はアメリカと同盟関係で結ばれ、北朝鮮・ソビエト・中国と対峙してきた。
しかし、キム・デジュン政権の登場で北朝鮮に対して宥和的な太陽政策がスタートし、きわめて民族主義的で反米・親北朝鮮的な若い世代が中心となって誕生させたノ・ムヒョン政権になるとその外交政策は、ほとんど血迷ったといっていい迷走ぶりをみせている。

 在韓米軍装甲車が韓国市民をひいたことがひきがねとなって爆発した韓国国民の反米感情のたかまりもあって、韓国政府は自分自身の力で身を守るべきだと主張して”自主的国防政策”をかかげるかと思えば、在韓米軍の撤退に官民あげての反対キャンペーンを展開し、今まで”主敵”としていた北朝鮮の核開発に対して、ノ・ムヒョン大統領は「北の核は自衛目的であり一理ある」と述べ、韓国の核開発が露見すると、「研究目的」「少量だから問題無い」「政府は知らなかった」と苦し紛れの言い訳。

500人以上の韓国国民を北朝鮮に拉致されているにもかかわらず、返還要求どころか、このことを交渉のテーマにさえしようとしない。ノ・ムヒョン大統領はさらに日米の対北強硬策をたしなめて「対話だけが問題を解決する」とくり返している。

 韓国世論においても、将来の同盟国として民主国家のアメリカや日本ではなく独裁国家の中国がふさわしいと考える人の割合が増えるなどまったくわけがわからない。その場の感情やムードだけが韓国の舵取りを決定している感さえある。このような韓国の将来を予測するのは不可能に近いだろう。

 将来の韓国が、親北朝鮮的で若年層から支持を受けるノ大統領率いるウリ党のような左翼勢力によって主導されていくのか、ハンナラ党のような右派がもりかえすのかは予測がつかない。
(あえていうなら若年層の支持があついことからみて今後も左翼政権がつづく可能性が高いか?)

しかし左右どちらにふれても”民族主義”がまったく衰えないのは驚くべき現象だ。
「民族のために過去を清算する」と称して、ウリ党が”親日狩り”をはじめ、ウリ党幹部自身が”親日派”であることが発覚して、辞職するという茶番劇もあった。

 韓国の”民族主義”は往々にして他のすべての価値よりも優先されがちで、言論・思想・表現の自由といった人類普遍の価値観も”民族”のためには平気で踏みにじられてきた。

この意味で韓国の民主主義はきわめて脆弱で、危険な芽が常に土から顔をのぞかせている。
この点からみて他の民族主義・愛国主義をかかげる独裁国家である中国やロシアと親和性があるのではないだろうか。

 以上見てきたように将来の韓国はきわめて不透明といわざるを得ない。
そして韓国との間には日本の言論・思想・表現の自由・民主主義といった価値観とは、あいいれない部分・埋められないミゾが相当あることは事実である。

第10回 北朝鮮の核兵器開発問題にどう対応すべきか

  • 2005/02/25(金) 17:40:37

 北朝鮮の核開発問題について日本はどう対応すべきだろうか。
それに対して適切な答えを出すためには北の核開発がどの程度まで進展しているかが関係してくる。

しかしながらそれについては、まだ脅威となるレベルまでいっていないという意見から、数発の核爆弾を完成させたという情報も有り、信頼の置ける確実な情報はない。

北の核開発が初期段階であればアメリカ軍の先制攻撃というシナリオも可能性としてありうるが、情報が不足している現在、先制攻撃というオプションはリスクが高すぎる。

 日本政府は主に六ヶ国協議を通して北朝鮮に核開発を中止させる政策をとっているが、この政策に多くは期待できない事、北朝鮮は各国の説得をふりきって、核兵器と弾道ミサイルの実戦配備まで突き進む可能性が高いことは以前述べた通りである。(第4回参照)

日本としては日朝交渉や六ヶ国協議を通じて北朝鮮に核開発を中止するよう働きかけ続ける事はもちろん重要だが、北が核ミサイル配備を済ませてしまったシナリオを想定して政策を策定すべき段階に来ていると思う。

その場合に日本の選択肢は限られている。アメリカの核兵器によって防衛された日本が、核保有した北朝鮮に応対するミニ冷戦の開始である。

そしてみずからの武装の重みに押しつぶされるなどの北朝鮮の失策を辛抱強く待ち、北朝鮮の体制崩壊をもって核兵器の武装解除と拉致被害者の奪還をはかるのである。

重武装の負担に耐えきれなくなった北朝鮮が、再び交渉のテーブルにつかざるを得なくなるシナリオも充分あるだろう。

 かつての米ソ冷戦を終わらせたのは、共和党・レーガン政権の毅然とした安全保障政策であった。ソビエトはその重武装ゆえの重みに耐えきれず自壊した。彼は自由主義世界を全体主義から守ったのである。

だがレーガンの前任者、民主党カーター政権はまったく対照的であった。

”人権外交”をかかげたカーターは”ソビエトの善意”に期待してアメリカの核戦力を一方的に削減したが、アメリカの軍事力の低下と力の行使を表明しないカーターの政策がもたらしたものは、皮肉な事に新たな戦争と革命の混乱だった。

クレムリンの独裁者(ソ連首脳)はカーターを”いい人”というよりむしろ”腰抜け”とみた。

そしてアメリカの反発と軍事介入は無いと確信して、中東での影響力拡大のためにアフガニスタンにソ連軍を侵攻させた。これが今日まで続くアフガニスタンの内戦と混乱の発端である。(忘れ去られた内戦

同時期にイラン帝国でイスラム原理主義革命がおこったときも、カーターは皇帝パーレビを”見殺し”にした。結果としてアメリカは中東における第一の同盟国を失ったのみにあらず、のちにサウジやクウェートなど他の同盟国を守るために多大な苦労をする事になるのである。(1979年に生まれたロキの子供たち?

イギリス外務省のシノロジスト(中国専門家)で、サッチャー首相の顧問だったサー・パーシー・クラドックは自らの回顧録で、カーターほど小平などの中国人から軽く見られたアメリカ大統領はいなかったと書いている。

 「覇権主義はとらないし我が国の軍事力はあくまで自衛的なものだ」といった美辞麗句とは裏腹に、ソビエトや中国・北朝鮮といった全体主義独裁国家のトップにとっては軍事力こそ自分の権力の源泉であり、軍事力の大小が権力の強弱に比例する。

そしてライバルの軍事力の弱さはライバルそのものの弱さであり、彼らにとって侮蔑の対象にはなっても尊敬には値しない。
である以上、日本の「軍事力は少ないほど良い」といった価値観は通用しないのである。

そういった意味でいえば近年の日本の指導者はすべて”カーター”であった。しかしながら独裁者が統治する北朝鮮に応対する日本のリーダーとしてふさわしいのは”ジミー・カーター”ではなく”ロナルド・レーガン”なのではないだろうか。

日本の一部世論には、北朝鮮のミサイルを防ぐ手段が無いから制裁はダメだというものもあるようだが、彼らは歴史から何を学んだのか?

ソ連のミサイルを防ぐ手段のなかったアメリカ・イギリス・フランス・ドイツが、ソ連の全体主義に降参しただろうか?

 最後にまとめとして、日朝関係において日本が関心を持つべきなのは拉致問題と核開発問題の解決である。

国交正常化などは二次的な問題であり、前記のニ問題が解決されるならば北朝鮮に深く介入する必要性は、日本の国益上あまり感じられない。

感情に流されながら北とかかわるならば手痛いしっぺ返しをくらうだろう。

第9回 拉致問題でどう交渉すべきか(その3)

  • 2005/02/25(金) 17:35:38

 「経済制裁をすれば日本が弾道ミサイルなどの攻撃を受ける」という見方が一部の政府の人間や評論家にあるらしいが、その可能性は極めて少ないと思われる。

北の核兵器や弾道ミサイルは、アメリカから先制攻撃を受けて金正日体制が崩壊しないためのカードであって、北からアメリカやその同盟国を先制攻撃するためのカードではないことは既に述べた。(第3回第4回参照)

ミサイルが飛んでくるから制裁は反対だという人は金正日の身になって冷静に考えたら良いだろう。

飛行機が怖くて北京どころかモスクワまで列車で行くような男が、自分の命と引き換えに日本にミサイルを打ちこんで割に合うと考えるかどうかを。たとえ日本にミサイルを発射したとしても全世界に展開するアメリカ軍のほとんどは無傷だという事実を。

 北が核ミサイルを撃つとすれば、それはアメリカの核による先制攻撃を受けた後だろう。

結局、経済制裁をすれば平壌放送のアナウンサーがヒステリックに絶叫するだろうが、どんなに勇ましい言葉を並べてみても、北はたいしたことはできまい。

もし北が公式に日本に対する戦争をほのめかすのであれば、公式ルートでもミスターXでもいいから北にいってやればいい、「日本は事態の平和的解決を願っているが、北朝鮮が日本を攻撃するなら、アメリカが黙っていないだろう」と。

 それでも心配だというなら水道の蛇口を徐々に閉めるように段階的に、日本から北朝鮮へのカネ、モノ、ヒトの流れをしぼれば良いだろう。

それでも北が拉致被害者を帰さず、交渉にのらないというのなら自滅への道を歩むだけだ。
そうなれば拉致被害者が日本に戻れるかもしれない。

 北を崩壊させまいとして中国や韓国が北を援助し、日本に対して制裁をやめるよう説得しにくるかもしれないが、その時は「拉致問題が解決すれば制裁は止める。中国・韓国が北をそのように説得すべきだ」と言えば良い。まず経済制裁カードを日本が切る事が問題解決の第一歩となる。

 このままでは北から出てくるのはせいぜい、誰のものとも知れない人骨やらニセの書類といったガラクタがいいところだろう。
これ以上拙劣な交渉をくり返し、時間を無駄にしていては、取り返せるものも取り返せなくなる。

 何の罪も無い日本国民を拉致・誘拐して殺害したことは、北朝鮮の許しがたい犯罪行為であるが、同時に日本政府・外務省の安全保障政策の手痛い失策でもあった。

政府・外務省は、もうこれ以上、失策の上に失策を重ねてはいけない。

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第8回 拉致問題でどう交渉すべきか(その2)

  • 2005/02/25(金) 17:25:08

 ただ、このままの状態では現在と変わらないので、問題の解決へ向けて前進とはならないだろう。日本政府は例によって、北朝鮮にたいして拉致被害者の調査資料の提供を要請し続けている。

日本政府・外務省の十八番(おはこ)である”要請”だが、北がこれに応じて問題解決につながるとは思えない。”要請”に応えても北朝鮮側にとって得るところは何も無いからである。

もし拉致被害者が北朝鮮の権力中枢部を知りすぎてしまった人々だった場合、拉致被害者を日本に帰国させたり、彼らの正確な資料を日本側に渡す事は北朝鮮にとって損失以外の何物でもない。
その意味で”WIN-LOSE”なのである。日朝双方にとって”WIN-WIN”でなければ、交渉がまとまることはないだろう。

(私自身は死亡とされた拉致被害者の方々は北朝鮮中枢で重要な役割を果たしていたと推測する。その何割か、あるいは全員が生存している可能性も充分あると考える。逆に蓮池さんや曽我さん達は、北の権力中枢に深く関与しなかったことが生還につながったといえよう)
 
 それではどうすれば”WIN-WIN”にもっていけるのだろうか。

まず拉致被害者ひとりひとりにたいして、賠償金を要求すべきである。
死亡者については、たとえば日本人の生涯収入に慰謝料を含めて三億円、生還者については慰謝料として一億円といった具合に格差をつければ、北朝鮮当局に「拉致被害者をなるべく生きて帰そう」という動機付けが与えられるかもしれない。

そして日本側最強のカードは経済制裁である。これを今こそ切るべきである。

第一回日朝首脳会談で金正日が日本人の拉致を認めて以降、日朝貿易はダメージを受けてかなり減少し、変わりに中国や韓国との貿易量が増えたという。それを理由に、「効果がないから日本は経済制裁をやるべきではない」という人もいる。

しかしそれはとんでもない誤りである。
殺人犯を刑務所にいれたが反省してない。刑務所は効果が無いから、無罪にして自由にしてやるべきだと言っているのと同じことだ。

それに1セントでも外貨が欲しい北朝鮮にとって日本からのカネやモノ、ヒトの流れがストップすれば打撃は決して少なくない。

朝鮮中央放送などの北朝鮮マスコミで、「経済制裁をすれば対抗措置をとる」というヒステリックな声明が何度も放送されているし、さきの日朝実務者協議の北朝鮮代表のコメントをみても、北朝鮮が経済制裁を恐れているのは明々白々だ。

もし制裁が本当に効果がないのであれば北があえて大騒ぎすることもないだろう。

逆に、「効果がないから日本は経済制裁をやるべきではない」という人は、経済制裁の効果があった結果、北朝鮮に瞬時に崩壊されても困るという事実もわかっていない。

制裁の効果は、北朝鮮にじわじわと影響が出るぐらいが一番望ましいだろう。そうでなければ、北と交渉さえできないではないか。

だからこそ、効果が限定的な現在の状況で、経済制裁という手段が有効なのである。そして経済制裁カードを切ってこそ日本の怒り、被害者を絶対に取り戻すという強い決意を北に理解させる事ができるのである。

(場合によっては「経済制裁をやるぞ」と宣言せずにこっそりとやってしまうのもいいかもしれない)

 あせった北は当然強く反発するだろう。
しかしそこで終わりではなく、日本が制裁カードを切った後、あらためて日本側から「制裁を解除してほしくば(日本から外貨を儲けたければ)拉致被害者全員を帰国させよ」「拉致被害者を全員返して、はじめて北朝鮮の望む国交正常化交渉に進む事ができる」という具合に北朝鮮と交渉するのだ。

日本人拉致被害者が日本に帰国し、日本が経済制裁を解除して北朝鮮が日本でカネもうけをする権利を再び得られれば日朝双方にとって”WIN-WIN”となる。

経済が苦しい北朝鮮にとって日本と拉致問題交渉をまとめようという、強い動機付けとなると思われる。

 また、一部マスコミで「感情的になって経済制裁すべきではない」という論調もみかけるが、まったく幼稚というほかない。

日本人は例え腹が立っても、ガマンしてガマンして、すぐにホンネを出さずに対立を避ける習慣がある。

そしてホンネを出す時、つまり口ゲンカや殴り合いになった時というのは、もはや感情が爆発して、話し合いも後戻りもできない決定的な破局を意味する。だから日本人は外国とのつきあいがヘタなのではないだろうか。

 おおかたの外国人はそうでは無い。対立をかくさずに口ゲンカをまずしてから、「じゃあ、お互いどうしましょうか」と冷静に交渉・取引に入る。

経済制裁というカードを切るということはこれと同じで、問題解決のために、冷静に波及効果を推理・分析した上でとられる高度な戦略である。そして制裁の後に当然交渉の可能性がある。

「感情的になって経済制裁すべきではない」という主張は、自分の幼稚な対人コミュニケーションと、一国の高度な外交手段をごっちゃにしているとしか思えない。

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第7回 拉致問題でどう交渉すべきか(その1)

  • 2005/02/25(金) 17:02:25

 北朝鮮の日本人拉致問題についてどう交渉するかを考えるその前に、

今まで日本側が交渉の席で拉致問題をとりあげると、机をたたいて怒り狂って部屋から出ていってしまっていた北朝鮮側が、なぜ小泉首相と金正日の日朝首脳会談に応じて自ら拉致を認め、日本と交渉する気になったのかについて整理しておく必要がある。

それはなぜかと言えば、なんといっても北朝鮮経済が手の打ちようの無い程、ゆきずまってしまったということにつきる。

 そして共産圏の同盟国が続々と倒れてゆき、もはや”友好価格”やバーター取引で必需品を海外から輸入して全てをまかなうことも不可能になった。決済にも紙くずに等しい北朝鮮ウオンを受け取る国はおらず、多くはドルやユーロ、円といったハードカレンシーを要求され貿易もままならない。

いうなれば、もはや日本側に罵詈雑言をはなち、交渉のテーブルをたたいて部屋を出て行くなどという余裕はなくなったということだ。

そのような状況で北朝鮮首脳陣からでてきたのが、拉致を認めれば日本と国交正常化が達成され、巨額の”過去の被害の賠償金”が外貨で入って来て、北朝鮮経済は一息つけるというアイデアだったのだろう。

このようにずさんな、北朝鮮にだけ都合の良い自分勝手な見通しに基づいた外交戦略を臆面も無く実行してくるあたりに、北朝鮮政府のブレーンの質がいかに低下しているかがうかがえる。

そして果たせるかな、拉致問題の完全な解決を求める日本と、拉致問題はもう解決したのだから国交正常化を(ひらたく言えばカネをよこせという意味だが)要求する北朝鮮との間で膠着状態に陥ってしまっているのが現在の状況と言える。

北の「拉致問題の解決はもう、うやむやにしたい。カネだけ欲しいのだ」といった姿勢は2004年11月9日に開催された日朝実務者協議での北朝鮮代表の鄭泰和大使の発言、「日朝関係の改善に前提条件をつけるのはよくない」や、

10日の馬哲洙局長の発言「拉致問題が残っているが双方が努力し国交正常化へ向けた進展が出来る事を希望する。国交正常化を最優先課題にすべき」といったところに如実にあらわれている。

 このような状況において拉致問題解決のためにしてはならないことは、拉致問題の完全な解決が得られないうちに、北にカネやコメを与えてしまうということである。

北が欲しいのは、いいかえれば日本に用事があるのは、まさにカネだけであって拉致問題の解決でも国交正常化でもない。

カネを先にやってしまえば北の拉致問題解決のモチベーションはゼロになるといってよい。

 勘違いしてはならないのは、日本の国益にとって最重要なのは拉致問題の解決であって国交正常化ではない。極論すれば、もし国交正常化を犠牲にして拉致被害者が帰ってくるのならば北との国交正常化など必要無いのだ。

そのことを首相から一外交官まで肝に銘じなければならない。

北と国交正常化すれば歴史に名が残り、平壌に日本大使館が開設されれば外務省員にとっての出世ポストが一つ増え、外務省の予算も増えるかもしれないが、そんなものは国益でもなんでも無い。

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★関連図書―もっとくわしく知りたい人は...

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北朝鮮利権の真相
◆北朝鮮利権にむらがり真の国益を忘れた外交が、日本をいかに不幸にしてきたかをあばいた衝撃の本。



第6回 金正日とどう交渉するか?

  • 2005/02/24(木) 08:05:24

 それでは、しばらく北朝鮮の現体制がつづくとして、拉致問題や核開発問題で、どう日本は北朝鮮と交渉すべきだろうか。

しかし、本題に入る前にさけては通れない問題がある。それは日韓併合の後始末の問題である。

 北朝鮮は、しきりと過去の清算(つまり金銭)を日本側に要求し、かつ横田めぐみさん等を拉致したことについて日本側の過去の未清算が原因であるかのような主張もしている。
しかし北の主張には何ら正当性はない。

仮に日本が過去に朝鮮半島に何らかの損害を与えていたとしても、当時はまだ生まれてもいない13歳の少女・めぐみさんが負わなければならない責任などあるはずがない。

もし北朝鮮の言う論理で誘拐や監禁・殺人などが正当化できるのならば元と高麗の日本侵略(いわゆる1274・1281年の元寇)があったのだから、たとえ日本が朝鮮半島を侵略しても、何の問題も無いはずである。

 さらに日本は日韓併合にあたって、朝鮮半島に莫大な資産をもちこんでいる。(資料参照)

そのなかにはダムや発電所、駅や機関車・客車をふくむ鉄道、製鉄所、工場、空港、港湾、学校、鉱山、道路などの社会資本から、半島にわたった日本人の預貯金や株券などの個人資産まで幅広く含まれる。

GHQの試算では1945年8月15日の時点で、1ドル=15円とすると、日本の半島における総資産は891億2千万円、総合卸売物価指数(190)で現在の価値に換算すると、約17兆円にのぼる。

このうち朝鮮北部に残してきた資産は8兆7千億円ほどである。
これらは正当な日本国民の資産であったが日本統治終了とともに半島に置いて行かざるを得なくなったものである。
である以上、日本にそれらの財産を南北朝鮮に請求する正当な権利がある。

 一方、朝鮮半島の代表にも、日韓併合時代に日本から受けた損害の賠償を請求する権利がある。1949年にアメリカ国務省に韓国政府が提出した”対日賠償要求調書”によると要求総額は、314億円で現在の価値に換算して約6兆円ほどである。

 これらのことをふまえ1965年に結ばれた、いわば日韓の仲直りのための条約である日韓基本条約では、まず日本が韓国を朝鮮半島全体の唯一の代表者であることを認め、韓国に有利な条件にするために日本と韓国双方が財産請求の権利を放棄した。

もし相互に請求権を行使すれば日本ではなく、韓国が11兆円もの巨額の金を、日本へ支払わなくてはならなかったが、韓国のために日本はそれを”ちゃら”にしたのだ。

そのうえで日本は寛大にも韓国に対して有償・無償あわせて5億ドルの経済援助を与えた。

韓国政府は日本政府の韓国国民個人を補償する提案を拒否した上に、この五億ドルの使い道についても韓国政府が責任をもって決定するとした。(主に浦項製鉄所<現POSCO>や京釜高速道路、ソウル地下鉄建設など社会資本整備に投入された)

 以上見てきた通り、朝鮮半島の代表者たる韓国政府の同意を得て、南北含めた朝鮮半島の戦後処理を、日本は完全にかつ最終的に済ませており罪悪感を感じる必要も非難を受けるいわれも一切ない。
北朝鮮政府がどう考えようと北朝鮮の国民世論がどうだろうと関係ないのである。

もし北朝鮮政府(あるいは韓国国民個人)が補償は不充分であるというのであれば、それは韓国政府と彼らとのいわば内政問題であって、日本が関知するところでもなければ介入すべき問題でもない。

結論として北朝鮮と交渉する政府・外務省の人間(もちろん日本国民も)は、過去を理由に拉致問題や核開発問題で北朝鮮に遠慮や譲歩する必要はまったく無い。

日朝国交正常化問題もふくめて、このことを肝に銘じて交渉に臨むべきである。それでも罪悪感から賠償したいというのなら政治家・外交官が自腹を切ってすべきである。

賠償と称して国民の財産や権利を勝手に処分するようなことは完全な越権行為であり許されない。

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★関連図書
mousigo.jpg
日本帝国の申し子

◆日本統治下の朝鮮における”近代化”を、京城紡織の発展と拡大をとおして検証。




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朝鮮紀行

◆イギリス人女性旅行家がみた、日本ではまったくと言って良いほど知られていない、日韓併合以前の李朝朝鮮の真の姿をうつした旅行記。上記の本と併読すれば、日韓併合前後の真の朝鮮の姿が理解できるだろう。

北朝鮮においてきた日本の資産

  • 2005/02/24(木) 07:35:28

☆日本が朝鮮半島においてきた資産の一部
(カッコ内は現在の北朝鮮での名称)

平安北道
    
水豊水力発電所(70万kw)
(参考:日本黒部第4ダム33万5千kw)

・新義州
    
王子製紙新義州工場(新義州化学繊維工場)
鐘紡パルプ新義州工場(新義州パルプ工場)
東洋金属新義州工場(楽元機械工場)

・北中 
    
三井軽金属楊市工場(北中機械工場) 

平安南道 

・平壌
    
朝鮮小野田セメント勝湖里工場(勝湖里セメント工場)

・順川
    
日本化成順川工場(順川石灰窒素肥料工場)   

・南浦
    
南浦港
日本鉱業南浦精錬所(南浦精錬所)
朝鮮朝日軽金属岐陽工場(金星トラクター工場)
朝鮮製鉄大安電気精錬工場(大安電気工場)
三菱製鋼降仙電気精錬工場(千里馬製鋼所)

黄海北道

・松林
    
日本製鉄兼ニ浦製鉄所(黄海製鉄所)

・鳳山
    
朝鮮浅野セメント鳳山工場(2・8セメント工場)

黄海南道

日本鉱業南川鉱山

・海州
    
朝鮮セメント海州工場(海州セメント工場)

江原道

・元山    
    
元山港
住友軽金属元山工場(文坪精錬所)
朝鮮石油元山製油所(元山化学工場)

・川内里
    
朝鮮小野田セメント川内里工場(川内里セメント工場)

咸鏡南道

朝鮮電業長津江水力発電所(41万3千kw)
日本窒素肥料赴戦江水力発電所(32万5千kw)

・興南
    
興南港(400万t荷役力)
日本窒素肥料興南工場(興南肥料工場)
日本窒素肥料興南精錬所(興南精錬所)

・咸興
    
日本窒素肥料本宮カーバイト工場(咸興化学工場)

咸鏡北道

・清津
    
日本紡績清津工場(清津化学繊維工場)
日本製鉄清津製鉄所(金策製鉄所)
三菱鉱業清津製鉄所(清津製鋼)

・永安
    
日本窒素肥料永安工場(阿吾地化学工場)

・古茂山
    
朝鮮小野田セメント古茂山工場(古茂山セメント工場)

第5回 北朝鮮の将来(その5)

  • 2005/02/24(木) 07:22:20

 北朝鮮の将来について、いくつかのシナリオを想定してみたが(シリーズの第1回参照)、それでは日本にとって望まれるシナリオとはいったいどういうものであろうか。

 日本と北朝鮮との間で解決すべき問題は、1.拉致問題、2.北の核開発問題 3.国交正常化の3つである。
特に1・2は日本として絶対譲れない国益である。

これら問題の解決ということを考慮して結論をだすならば、日本にとって望ましい北朝鮮の将来は、韓国と統一してから民主化するか民主化してから韓国と統一するかはともかく、金正日と朝鮮労働党の独裁体制を捨てて、穏健で民主的な国家になってもらうことである。

(加えて言えば、日本の苦しい財政事情から、南北統一の費用は南北自身でまかなってもらうこと)

 それが達成されれば、おのずと拉致問題や核開発問題も解決に近づくだろう。
しかし現在の状況をみれば、このような未来がやってくるという良いきざしはない。
そして日本として、できることはあまり多くない。

 国内に有力な民主化勢力がいれば支援も出来ようが、民主化をもとめるような中産階級さえ育っていないのが現状だ。(金正日独裁体制に対する不満分子はいるようだが)

そしてパトロンの中国と韓国左翼政権やロシアは、金正日と朝鮮労働党の独裁の継続を直接・間接的に支援している。

日本としては、今は苦しんでいる北朝鮮国民が自ら立ちあがるのを待つしかない。
そしてその間、待ったなしの諸問題(拉致・核など)の解決のために、金正日と交渉していくより選択肢は無いと思われる。

第4回 北朝鮮の将来(その4)

  • 2005/02/24(木) 07:02:47

 日米などに核開発放棄を要求された北が「アメリカが北朝鮮への敵視政策をやめ不可侵を確約しなければ、核開発放棄はできない」としきりに声明を発表するのは、「金正日独裁体制存続をアメリカが認めなければ、核兵器は手放せない」という意味である。

 最近になって、北朝鮮はあらためて核兵器の保有を宣言した。
専門家のみかたは、本当に持っているという意見から、単なる言葉によるブラフ(脅し)とみる意見までいろいろあるようだ。

しかし私は、もう北朝鮮は何があっても、実戦で使えるレベルの核兵器保有にまで突き進むだろうと考えている。
現在の北朝鮮にとって金正日独裁維持と核保有は完全にイコールであり、核開発の失敗は独裁体制維持の失敗とイコールである。

であるならば、北の”後見人”・中国でさえも核開発をやめさせることはできまい。
たとえアメリカが不可侵を条約などで確約したところで、猜疑心の強い金正日はそのような紙切れを信用もしていないだろう。

 クリントン政権時代の94年にカーター元大統領が特使として訪朝し、「北が核開発(プルトニウム生産)を凍結する代わりに、日米韓が北にエネルギー支援をする」という話をまとめたが、なんのことはない、北は石油などをちゃっかりとせしめながら時間をかせいで裏で核開発を進め、現在の”核保有宣言”へと至ったという事実がそれを証明している。

 日本の外交筋が、六ヶ国協議で北と交渉すれば「いつかわかりあって」核開発をやめてもらえる、あるいはアメリカが「中国が北に影響力を行使すれば」核開発をやめさせられると考えているとすれば、甘いといわざるを得ない。
この六ヶ国協議とて時間がかかればかかるほど、北の核兵器と弾道ミサイルの信頼性を強固にする時間を与えるだけであろう。

 もちろん今後も世界が「核保有は絶対に認められない」と主張し北に圧力をかけていくことは必要だ。

しかし核を保有した北朝鮮とどう向き合っていくか、東アジアにおける日米対北朝鮮の、新たな”ミニ冷戦”の開始にどう対処するかを真剣に考える時期に来ていると思う。

第3回 北朝鮮の将来(その3)

  • 2005/02/23(水) 18:57:28

 前回では、北朝鮮の金正日独裁体制は、今後も案外のらりくらりと続きそうだと述べた。
それでは金正日をおびやかすような脅威は、内にも外にもまったく無いのだろうか?
答えはNOである。

 現在、金正日独裁体制にとって最大の脅威はアメリカの軍事介入だ。

 ここでポイントとなるのは91年に起こった湾岸戦争である。
この戦争は、その後の世界の軍事ドクトリン(特に東側)の大転換をもたらした、大事件であった。

この戦争の一方の当事者、イラクは与党・バース党が社会主義を志向し、またアメリカの支援するイスラエルと対抗する必要からソビエト式の軍事ドクトリンのもと軍事力の整備をはかっていた。

ソビエト式の軍事ドクトリンとは、質は並でも相手より圧倒的多数の兵器・兵力を備え、数の力で戦争に勝利するというものである。
イラクの場合、A-50早期警戒管制機、ミグ29・25・23戦闘機やT-72主力戦車などを保有し、質的にみても”ソ連軍事顧問団の優秀な生徒”であったと思われる。

(この他に、”世界一節操の無い武器商人”、フランスからもミラージュ戦闘機、中国から戦車も購入して装備していた)

戦争開始直後、T-72を多数装備したフセインの親衛部隊、”リパブリカン・ガード”を、日本のマスコミが盛んに「イラク最精鋭の大統領警護隊が...」とアメリカ軍もタダでは済まないといった感じで報道していたのを覚えている方もおられるだろう。

 しかし、実際に戦闘が始まってみると兵力的にはイラクと同等か、あるいはより少数だったにもかかわらず、高度にハイテク化されたアメリカ軍は、ほとんど犠牲を出さずイラク軍を圧倒し”フセインの最精鋭部隊”はもろくも崩れた。

ソビエトから兵器を供与され、アメリカに対し善戦した北ベトナムに代表されるように、70年代までは有効だったソビエト式の軍事ドクトリンが、アメリカ軍の質的に高度な兵器の前にまったく無力であることが白日のもとにさらされると、中国・シリア・リビアなどアメリカを仮想敵とし、イラクと同じソビエト式軍事ドクトリンをとる国々はパニックに陥った。

アメリカが”独裁体制を倒し、民主主義をひろめるため”に、これらの国に軍事介入することが、さほど難しい事では無いことが証明されたからである。

この歴史的な”軍事革命”は当然、ソビエト式の軍備体系を持つ(しかもイラクより質的に劣る)北朝鮮をもパニックに陥れたのは言うまでも無い。

そして中国のように豊富な外貨で諸外国から最新兵器を大量に購入することができない北朝鮮が出した、金一族独裁体制の維持・存続という”絶対に譲れない国益”をアメリカから守る手段の選択の答えが、核と弾道ミサイルの開発と保有だったのである。

 実は、イラクは過去二回核開発に失敗している。
一回目は81年のイスラエル空軍の空爆(バビロン作戦)により、二回目は91年の湾岸戦争の敗北が原因であった。

金正日はフセインが核開発に成功していれば、アメリカもイラクに手出しできなかったと考えた。

これを教訓とした彼はアメリカが北の”国益”を壊そうとするなら、北はアメリカかその同盟国を核で壊してやると考えたわけである。(いわゆる相互確証破壊)

日米などに核開発放棄を要求された北が「アメリカが北朝鮮への敵視政策をやめ不可侵を確約をしなければ(つまり金正日独裁体制存続を認めなければ)核開発放棄はできない」と常々言っているのはそういう意味である。

第2回 北朝鮮の将来(その2)

  • 2005/02/20(日) 13:00:03

 それでは北朝鮮の将来はどうなるだろうか?

それを予測するのは困難だが、シナリオ1と2の間を行ったり来たりするのではないだろうかというのが筆者の考えである。

 結論から言えば、北朝鮮にとって絶対にゆずれない、最優先にして唯一の国益とは「金正日独裁支配体制の維持と、それをつつがなく後継者たる実子に世襲させること」である。
北の諸政策は、すべてがこの唯一の目的のために遂行される。

であるならば、現在の金正日独裁体制が経済的な理由から崩壊してしまうのは、絶対に避けなければならないので、金正日は中国式の改革開放政策で経済を活性化させたいと思っているはずだ。

しかしながら改革開放でいったん国民が自由と外の世界を知ってしまったら、もう後戻りは出来ず、それが金正日独裁体制を打倒しようとする勢力を生みかねない。

(北では韓国はアメリカの植民地も同然で、北より貧しい生活を余儀なくされていると教育されている。もっとも、どの程度国民がそれを信じているかは不明だが)

ということを考慮すれば、開放政策をおっかなびっくり開始し、少しでも独裁体制がゆらぐような兆しが出ればすぐに中止するといった、シナリオ1と2を行ったり来たりするような事態へとなっていくことが予想される。

 また北の最大の後見人、保護者ともいえる中国も現体制に対して不満を抱いているとされるが、かといって北が崩壊し、韓国が北を吸収して統一というシナリオはありがたくない。

そうなれば中国は北朝鮮という緩衝地帯がなくなって直接アメリカ軍が駐留する国と国境を接してしまうことになる。

中国が朝鮮戦争のとき、アメリカの参戦で崩壊しかかった北朝鮮を救うために多大な出血に耐えながら戦ったのも、まさにその理由からである。

 また韓国と中国が直接国境を接することによって中韓間で国境確定問題が浮上する恐れがある。

実は中国が朝鮮戦争に派遣した部隊の多くには、日本軍との戦闘で鍛えられていた、人民解放軍の朝鮮族部隊が含まれていた。
これは毛沢東が、将来の中国領内の朝鮮族居住地域の独立運動勃発と、独立運動のひきがねをひく役割を、人民解放軍朝鮮族部隊が果たすのではないかと恐れていたからと言われている。

毛としては朝鮮戦争で中国人民解放軍朝鮮族部隊が、金日成を助けて南北統一をしてもよし(その時中国領内には、まるごしの朝鮮族民間人しか残っていない)、もし送った朝鮮族部隊がアメリカ軍の砲弾によって半島の土に消えても中国人が死ぬわけでは無く、将来の反乱分子予備軍を、やっかいばらいもできるという一石三鳥の策であった。

かなり以前から、中国は朝鮮族居住地域の帰属問題には、気を使っていたと思われる。
しかし今、統一朝鮮の誕生となれば、半世紀前に封印された中国の朝鮮族自治区の帰属問題が蒸し返される恐れがある。

現に、中国は古代王朝・高句麗の”歴史”をテコにこの地域の支配の正当性を確立しようとし、韓国がそれに外交ルートで反発するという事態にまで発展している。

であるなら中国としては、石油・食料などの出費を覚悟しても北朝鮮の金正日体制と南北分断を維持しようとするだろう。

中国が朝鮮族自治区の分離独立を許せば、内モンゴル、ウイグル、チベット自治区といった”植民地”のドミノ倒し的な分離独立につながりかねず、それは中国の国益に直結する油田や核実験場を失うことを意味する。
台湾併合のチャンスも永遠に失われるかもしれない。

それを考えるなら対北援助など安いものだろう。

こう考えると”突然死”のシナリオも依然あるものの、案外北朝鮮はのらりくらりと存続するのかもしれない。

第1回 北朝鮮の将来(その1)

  • 2005/02/20(日) 12:28:12

 朝鮮半島は古来より日本の安全保障にとって、極めて影響の大きい場所であった。

そして現在も核や弾道ミサイルの保有、日本人誘拐と殺害、麻薬や偽ドル札の製造と密輸など、短期的にみて日本の安全保障にもっとも脅威を与えている国も、半島にある北朝鮮である。

それに加えて、ノ・ムヒョン左翼政権の登場により韓国の外交が、一時の感情に流され、軸がブレだした昨今の状況から、不透明さをますます増した半島の将来を占うのは非常に難しくなっている。

 そこでまず、しばらく南北統一は無いという仮定の上で、北朝鮮の将来について、いくつかのシナリオを想定してみるとともに、今後日本が取るべき、対北朝鮮外交を考えてみたい。

 それでは北朝鮮の将来のシナリオをいくつか想定してみる。

シナリオ1.北朝鮮が現在の金正日個人独裁体制を継続し、経済の改革も限定される場合。

このシナリオの場合、経済のさらなる悪化は避けられない。
北は中国や韓国を脅したり、情に訴えたりしながらカネを無心するだろうが、脱北者の激増・核心(支配)階層の動揺から北の崩壊というハードランディングもありうる。

シナリオ2.金正日個人独裁体制を継続しながらも、経済の改革・開放政策を積極的にすすめる場合。

この場合、経済が上向く可能性がある。
中国もこのシナリオを望んでいるとされているが、共産党官僚による集団独裁体制の中国と違い、個人独裁の北では、開放政策によって自由を知った国民、核心階層が金正日個人独裁体制に不満をつのらせ、いっきに体制が揺らぐ可能性がある。

金正日が恐れているのはまさにここで、開放して経済を立て直したいが、離反した軍・国民に処刑されたルーマニアの独裁者・チャウシェスクの二の舞にはなりたくないというジレンマに陥る。

もっとも、クーデタから労働党官僚による集団独裁体制で改革開放政策へというシナリオは、なかなか言う事を聞かない金正日に愛想を尽かし始めている中国が望んでいるホンネという話もある。

その他、金正日が体制維持のために、せっぱつまって北朝鮮軍を南進させ、韓国を武力征服するといったシナリオもあるが、それはほぼないだろう。

開戦となれば非武装ラインにはりついている、北朝鮮軍の砲兵や地対地ロケットの攻撃でソウルの一部にかなりの損害がでるかもしれない。

だが、たったそれだけで韓国が降伏するならともかく、もはや大半の兵器が旧式の北朝鮮軍では制空権もにぎれず、韓国軍の防衛ラインを突破するというのは現実的では無い。

また、北朝鮮の一部の国民に金正日独裁体制にたいする不満分子が存在するようだが、本格的に立ちあがって金正日体制を打倒するような兆候は、今のところないようである。

第5回 初心者のための外交講座(その5)

  • 2005/02/19(土) 13:34:26

 それでは次に外交とはなんでしょう?

これはなかなか難しい質問なのですが、プロの外交官に広く読まれている(はずの)ジュール・カンボン(フランスの外交官1845-1935)の著作で、彼は「外交とは交渉であり交渉とは少なくとも相当分、取引である」と言っています。

 多くの日本人は外交と言うと「友好のために外国の人と笑顔で握手」のような場面を思い浮かべるのではないでしょうか。
しかし国と国との関係が現在もなお、かつての原始時代のような公平なルールも警察も無い「食うか食われるかの弱肉強食」である以上、「笑顔で握手」は外交のほんのうわっつらに過ぎないと言わざるをえません。

むしろ北朝鮮のやる外交のように、誘拐した日本人のニセの遺骨を出してきて遺伝子検査でウソが見破られてもウソをつきとおし、約束を破るのもへっちゃらの「ルール無視の何でもあり」といった外交も確実に存在するのです。そして北朝鮮が罰を受けてそのような事をやめたことがあったでしょうか?

 結局のところ、おおかたの国は「自分さえよければそれでいい」ということを最大の目標として外交をおこなっています。
もちろんそんな、はしたない事を市民レベルにわかるようにはやりません。「世界のため・友好のため」と言いながらやるのです。

 「自分さえ良くなる」のだったら、それまでの友達を裏切って、けんか相手と仲良くなる事だってあります。「ルール無視の何でもあり」の世界ですからそうでもしないとやっていけません。
「外交に永遠の敵無く、永遠の味方なし」とか「敵の敵は味方」などと言ったりします。

もちろん、国と国の間に見返りを求めない”真の友情”が成立することがまったく無いわけではありませんけども。

 結局、外交とは”ルールなき世界における取引”と言えるのではないでしょうか。

”ルールなき世界”で、取引によって約束した事を相手に守ってもらうためには、基本的には自分の国で何とかしなければなりません。
相手が約束を破ったら何らかの罰を与えて約束を守ってもらう力を、自分が持たないといけないのです。その意味でも軍事力というのは必要になってきます。

 アメリカ第35代大統領J.F.ケネディは「アメリカ大統領の紋章の鷲は、右の爪にオリーブの枝を持つとともに、左の爪に矢の束を持つ。我々はその双方に同等の関心を持っている。」と言っています。

ケネディはオリーブが象徴する平和と、矢が象徴する軍事力の両方に同じだけの関心があるといっているのです。

また駐日アメリカ大使をつとめたアレクシス・ジョンソンは「軍事力と外交は二本の指のようなもので軍事力の裏づけなしに平和を求める事は政策ではなく、信頼性と効果の双方を欠いた単なる希望の表明に過ぎない」と言っています。

問答無用でいきなり軍事力を使うのはいけない事ですが、外交交渉だけでも問題を解決することは出来ません。
自分の国や人々の命・財産を守ること、つまり安全保障にとって、外交と軍事力は、どちらも欠かせない車の両輪のようなものなのです。

 それではまとめます...
相手が日本人あるいは外国人にかかわらず、個人対個人の関係では信頼と友情を最優先させた関係を持つことが出来ます。
逆にいつも相手を疑ってかかるのは失礼でさえあるでしょう。

しかし国を取り締まる警察も法律も無い、国対国の関係ではそうはいきません。
相手が国単位であれば、野生の小鳥のような慎重さ・用心深さが必要になります。
ただ残念な事に日本人は、この切り替えがまったくヘタです。

おそらく歴史的にみても、島国育ちで外国人と接触した経験が圧倒的に少ない日本人が、”外国”や”国際”といったものに理想的なイメージ、あこがれやロマンをいだいてしまうからでしょう。

 でも、人間や猫をみて「自分を襲ってくるだろうか?」といつも警戒している野生の小鳥に、「他人を疑ってばかりいて失礼なヤツだ!」と怒る人はいません。

これと同じことで、国対国の関係であれば警戒心を持って相手をみる事に、なんら罪悪感を持つ必要は無いのです。

繰り返しますが、一つの国の中の人と人の関係と地球の上の国と国の関係は全く違うのですから。

日本人が日本の外交を考える時は、法律や警察によって守られていて、武器をもったり相手を疑ったりする必要の無い自分という立場から考えるのではなく、

法律も警察も一切に無く、殺人やオレオレ詐欺をやっても誰も捕まらないような国、自分で武器を持って自分の身を守らなければならない国に放り出されて、生きていかなければならないつもりになって、日本という国がどのような外交をやればよいのかを考えて欲しいと思います。

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第4回 初心者のための外交講座(その4)

  • 2005/02/19(土) 13:06:22

 原始時代の話で

>「あいつはヤリの名人だから、あいつの持っている剣は一番切れるから、襲うのはやめておこう」といった具合に、相手にコワサを感じさせる事こそが自分の命や財産を守った。

と書きました(第1回参照)が、これは現在の国と国の関係でも同じことが言えます。

侵略したいと考えている国に、侵略をガマンさせる一番ききめのある方法は「あの国の軍隊は強いからこちらに大変な被害が出る。だから侵略するのはやめておこう」と思わせることです。

 しばしば日本の政治家が「自衛隊は、まわりの国に脅威をあたえないようにしなければ」と言いますが、これはある意味間違いです。

周辺国より圧倒的に強すぎる軍隊を持つのは好ましいものではありませんが、まわりの国がコワイとぜんぜん思わない程度の軍隊では、まったく意味がないのです。

もっとも戦争が起りにくい状況は、対立している二つの国の軍隊の強さがちょうど同じぐらいの時で、二つの国が両方とも「あいての軍隊は強いからこちらに大変な被害が出る。だから侵略するのはやめておこう」と同じことを考えている時です。
これを均衡(バランス)状態と言います。

現在の外交や安全保障政策において一番重要な事は、この均衡(バランス)という状態を作り出すことなのです。逆に均衡(バランス)がくずれると、戦争が起りやすくなります。

戦争が一番起こりやすいのは、ある国のリーダーが「今戦争をやれば勝てるかもしれない。戦争に勝てば問題が解決するかもしれない」と考える瞬間です。
負けようと思って戦争を始めるリーダーはまずいないでしょう。

ですから、となりの国のリーダーに「A国に戦争をしかければ勝てそうだ」と思わせること、そして実際に戦争をしかけられてしまう事は、A国の安全保障政策としては完全な失敗なのです。

かつてヨーロッパで、フランスの軍隊が飛びぬけて強い時期がありました。17世紀の国王ルイ14世がおさめた時代です。

一方、周辺のベルギー(当時は南ネーデルラント)、オランダ、ドイツの小国・ファルツ伯領などはフランスに比べれば軍隊がずっと少ない国でした。

「軍隊がなくなれば平和になる」という人たちの言葉が正しければ、これらの軍隊の少ない国々は軍隊の多いフランスより平和になっていたはずです。

しかし実際の歴史ではこれらの国々はヨーロッパ最強の軍隊を持っていたフランスに侵略されてしまい、大切な平和を失ってしまうのです。

安全保障政策において均衡(バランス)がいかに大切かがおわかりいただけるかと思います。

また原始時代の話で

>一族の別の誰かが常に相手に仕返しができる態勢をとっていれば、襲う方も仕返しが恐くて襲うことをガマンするでしょう。

とも書きました。(第1回参照
現代の世界の国々でも同じ事をやっています。

例えば、A国の軍隊が少なすぎて、軍隊をたくさん持っている隣の国と均衡(バランス)状態がつくれないときには、仲の良い別のB国と「A・Bどちらか一方が外国に攻撃されたら、もう片方の国も攻撃してきた相手に仕返しをして、いっしょに協力して戦う」と約束することによって、A・B二つの国の軍隊の力を合わせることで相手との間に均衡状態をつくったりします。
これを集団的自衛権といいます。

東西冷戦時代に日本はアメリカと組むことで、日本より軍隊の強かったソ連と均衡(バランス)状態をつくりだして、平和を維持していたわけです。

「軍隊が無ければ平和になる」という人達がよく言うように、”憲法九条”があったからではありません。”九条”に違反して、日本が軍隊を持ち、アメリカと組んでいたからこそ日本は戦争をしかけられずに済んだのです。

(たいした軍隊を持たず、アメリカのような強い同盟国も持たなかった、アフガニスタンは1979年にどうなったでしょうか?調べてみてください)

 おさらいします。

安全保障とはその国の人々の命や財産を守る事であり、そのためには軍事力が必要不可欠であることが、悲しい事ですが目をそむける事の出来ない、現在の事実なのです。

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参考:スイス政府が国民に配布している安全保障読本”民間防衛”より

☆世界とともに平和に生きることを欲しないスイス人があろうか。戦争を非としないスイス人がいるだろうか。

我々が軍隊を国境に置いているのは、我々が平和に生きられるよう、他の国がそっとしておいてくれるようにである。

人類の幸福は我々には重要なことだ。我々は、力の及ぶ限りそれに貢献している。赤十字の活動、開発途上国への援助、戦争状態にある国の利益代表など。ところが現実はこのとおりである。

それを知らないとしたら、我々はお人よしであり、軽率だということになろう。

我々を取り囲む国々が武装しつづける限り、我々は自国の防衛を怠ることはできない。(略) 我々はニセ平和主義者が武装するのをやめないでいることを確認している。(略)

我々は誰一人殺そうとするつもりはないが、ただ正当防衛を確保しなければならぬ。

我々が武器を使用せざるを得ないようなことがないように!我々はこれ以上に真摯な願いを持たない。

☆自由と独立は我々の財産の中で最も尊いものである。

自由と独立は断じて与えられるものではない。

それは絶えず守らねばならない権利であり、言葉や抗議だけでは決して守ることができない。

自由と独立は手に武器を持ってはじめて得られるものなのである。

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第3回 初心者のための外交講座(その3)

  • 2005/02/19(土) 12:27:30

 前回では人々はその国の内側にいるかぎり、法律と警察に守られているという話をしました。それでは国は、何によって守られているのでしょうか?

結論から言えば、国を守ってくれるものは、いまだに地球上に存在していません。
人々を守ってくれる法律や警察というものはありますが、国を守ってくれる法律や警察というものは無いのです。

「だって国際法があるし、国連だってあるじゃないか」と思う人がいるかもしれませんが、国際法は法律ではないし、国連は警察ではありません。

例えば、ある人が「他人のものを盗んではいけない」という法律を破ったとします。当然、その人は警察に逮捕されて裁判の後に罰を与えられるでしょう。
罰を与えることによって、他の人にも法律を守らせるようにするのです。

 一方、例えば「他の国を攻撃してはならない」という国際法があったとして、ある国がそれを破ったとします。しかし、国連には「国のための警察」にあたるものを持ちません。

もしある国が国際法を破ったとしても、その国に罰を与えることはできないのです。
ですから国際法というものは法律ではなくて、「なるべく守りましょう」という努力目標でしかありません。

その努力目標を世界の全ての国が守ってくれればいいのですが、当然守らない国が出てきます。
しかし、守らないからといって罰を与えて守らせることは、しょせん努力目標ですからやっぱりできません。

ときたま、強くて大きい国が弱くて小さい国に向かって「国際法を守れ!」と言って、守らせることがありますが、国際法を破った強い国に、弱い国が「国際法を守れ!」と言って、守らせたという話はあまり聞きません。
このように不公平なものを、法律と呼ぶことはできないでしょう。

たとえば突然、日本政府が「あなたの家に泥棒が入っても捕まえたり、罰を与えたりするのをやめる。そして泥棒には、あなたの家になるべく盗みに入らないよう努力してくれとたのむことにします。」と宣言したらどうしますか?

あなたは「じょうだんじゃない、そんなもの法律じゃないよ!泥棒が入らないという保証なんかあるもんか。」と思うでしょう?その「じょうだんじゃない」ものが国際法というものなのです。

 以前、国も法律も警察も無かった原始時代は、人々がみずから武器を持って自分の身を守っていた話をしました。

現代の人と人との関係では、人の上に国があり、法律と警察があって公平に人々を守っています。
しかし、国と国の関係は、実は法律も警察も無い”原始時代”もいいところなのです。

公平でしっかりとした、国のための法律や国のための警察が無いのですから、それぞれの国は原始時代の人と同じように、自分の身は自分で守らなければなりません。
国が自分で身を守るということは、国が軍隊を持って自分の身を守るということです。

 原始時代の人間世界は「正義の人が得をして、悪人が罰を受ける」のではなくて、「強い者が得をして、弱い者が罰を受ける」社会システムだったことを、以前話しました。
現代の国と国の関係も、いわば原始時代なのですから同じことです。「強い国が得をして、弱い国が罰を受ける」社会なのです。

襲ってきた国が強かった場合は、襲われた国がどんなに正しくても人々の命も財産も奪われてしまいます。当然警察も来ませんし、襲った国が罰を受けずに済む事だってあります。

悲しいことですがそれが現実です。 その現実から目をそらしたところで、それが消えてなくなるわけではありません。

 日本には「軍隊がなくなれば平和になる」と言う人たちがたくさんいます。

しかしこの人たちは、日本国内で法律と警察に守られていて、ふだん武器を持って守る必要が無い自分と、武器つまり軍隊を持たなければ自分の安全が守れない国とが、ごっちゃになっています。
一つの国の中の人と人の関係と、地球の上の国と国の関係をごっちゃにするのは間違いのもとです。

 将来、国連が全ての国に公平な”国のための国”になり国連軍が”国のための警察”になって、世界各国から軍隊がなくなれば理想的なのかもしれません。

しかし、少なくとも世界の多くの国が軍隊を持っている現在の状況で、自分の国だけ軍隊をゼロにするのは、警察の無い原始時代に人間が武器なしで生きようとするのと同じ、自殺行為なのです。

 昔から現代の世界に至るまで、よい国だけが存在するのではありません。外国を侵略したり、別の国の人間を誘拐して殺しても、なんとも思わないような国が存在するのです。

ですから、こちらから侵略戦争を始めるのはもってのほかですが、自分の国を守るために軍隊を持ち、襲われた時にいつでも反撃できる態勢を取っておく事が、国の安全とその国に住む人々の命と財産を守るために必要なことなのです。

(世界には軍隊がほぼ無い国もありますが、そういう国は、たいてい軍隊を持つ国に守ってもらっています。)

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第12回 明日の中東のために

  • 2005/02/17(木) 07:37:31

 最後に、このシリーズをしめくくるにあたって中東での”不幸の連鎖”を終わらせる外交・安保政策を考えてみたい。

それを実現させるカギは、なんといってもパレスチナ問題の解決にあるのは論を待たないだろう。
そのためには

1.イスラエルはヨルダン川西岸とガザ地区の入植地から完全撤退し、両地区をあわせて東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の建国をもってパレスチナ問題の解決とする。

2.そしてユダヤ人右派もハマスやヒズボラといったイスラム原理主義過激派も含めて双方はそれを認め、相手に対する攻撃をすべて停止する。同時にイスラエルとパレスチナ国境には国連軍がはりつき双方を監視する。

3.ユダヤの聖地・嘆きの壁とイスラムの聖地・岩のドーム、キリスト教の聖地・聖墳墓教会があるエルサレム旧市街は当面、国連もしくはそれに準ずる組織が非武装エリアとして統治し、その警察組織が治安維持に当りイスラム・ユダヤ・キリスト各教徒の聖地への自由なアクセスを保障する。

この3点が重要だろう。
これら政策の実現には多くの困難が伴うだろうが、中東で手を血で汚しておらず、イスラム側ともイスラエル側とも友好関係にある日本の果たせる役割は少なくないはずだ。

また日本が主導となって石油に代わる次世代エネルギー源の開発を世界全体によびかけ、それに成功すれば中東地域のさらなる安定に寄与しよう。

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★関連図書―もっと詳しく知りたい方は...
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まんが パレスチナ問題

◆イラストで複雑なパレスチナ問題をわかりやすく解説。

第11回 ”誤爆”とその後始末(その2)

  • 2005/02/17(木) 07:24:30

 また前述のセム系アラブ人とは別の民族であるイラン系スンニ派のクルド人もフセイン独裁が倒れた事で今回はじめて政治に参加する権利を得た。

クルド人はイラクだけでなく、トルコ・シリア・イランにまたがって住んでおり人口はニ千万人以上といわれる”世界最大の少数民族”である。

彼らの悲願は、各国にまたがるクルド人居住地域をあわせた民族国家”クルディスタン”の建国であり、トルコ東部ではトルコ軍とクルド人ゲリラの抗争が以前から続いていた。

(湾岸戦争でアメリカに協力したトルコが、イラク戦争では逆に反対したのは、フセイン独裁という”フタ”がとれれば箱の中からクルド民族主義が出てくるからであり、それはトルコ国内での独立闘争激化という事態を引き起こすからであった)

今回の選挙で彼らは”クルド同盟”を結成して、当面はクルド人居住区の自治の拡大、そして将来的にはイラクからの分離独立と”クルディスタン”建国を狙う。

おさらいすれば一部過激派を除くシーア派とクルド人は自分達を虐げてきたフセイン政権をアメリカが打倒してくれたことを歓迎し、選挙で政治参加の道を開いてくれた事に感謝さえしているだろう。

(自衛隊がいるサマワはシーア派地域なので比較的治安が良いのである。だからこそアメリカはサマワを自衛隊担当地域に選んだわけだ。)

反対にフセイン政権下で特権を享受してきたスンニ派はそれを恨んだ。

だからアメリカ占領軍やイラク暫定政府に対してテロ攻撃をしていたのは、アメリカに恨みのある旧フセイン政権のスンニ派残党グループ、国外からイラクに紛れ込んだアル・カイダ系原理主義組織、イランとつながりの深いシーア派過激組織のサドル派民兵であり、アメリカにとっては、掃討作戦で市民を巻き添えにして国際的な非難を受けてでも、つぶさなければならない相手だったのだ。

このようにそれぞれのグループが自分達の利益のみを考えて勝手にうごめいているというのが戦後のイラク情勢だった。

そこには決して”単一民族イラク人”など存在しないのだが、日本の一部世論は「弱いイラク人を強いアメリカ人がいじめている」「アメリカは早くイラクから撤退しろ」「でもアメリカはイラクの治安に責任をもて」「アメリカがイラク人を殺しているのはイラク原油が目的」などと単純・幼稚で矛盾した主張をくり返し、アメリカの占領政策に協力した小泉政権を「親米ポチ」とあざ笑って「アメリカの侵略に日本が引きずられる」などと無責任な主張を展開していた。

 筆者もイラク戦争はアメリカの誤爆であり、適切では無かったと思うが、このような日本人達のどこにアメリカの中東政策を非難したり、小泉政権を「ポチ」などと言う資格があるのだろうか。

現代日本人が2リッター、3リッターエンジンの自動車を乗り回し、石油を燃やして発電した電気でパソコン、TV、DVD、エアコン、冷蔵庫などを使い、プラスチックやビニールなどの石油製品をポイポイ捨てるようなゼイタクな暮らしができるのも、アメリカの中東政策が日本に石油の安定供給を保証したからではないだろうか。

その意味で言えばアメリカの意図はどうあれ「これまでの日本の繁栄はアメリカの若者が流した血の上に成り立っていた」と言っても過言では無いだろう。

「弱いイラクを強いアメリカがいじめている」「日本は親米ポチ」などと言う議論が、いかに無責任でフェアで無いものかが、おわかりいただけるかと思う。

 そういった発言をする者に問いたいのは「じゃあ、明日から車やプラスチックなどの使用を禁止して石油をまったく使わない暮らしができますか?」
あるいは「アメリカに頼らずに日本の消費を全てまかなう量の石油を、日本が独力で確保できる方策が示せますか?」ということだ。

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クルド人もうひとつの中東問題

◆世界最大の少数民族と呼ばれる”クルド人”は、フセイン政権崩壊後に、イラクの将来のカギを握る勢力となった。

国家を持たない民族がいかなる運命をたどったのか、”世界市民””東アジア共同体”などといった空虚な理想に浮かれる日本人への警鐘ともなろう。

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イラク戦争と自衛隊派遣

◆安全保障分野の第一人者として定評のある森本氏や、中東問題の専門家である大野氏らによる共著。 イラク戦争をどうみるか専門家の意見も参考にして欲しい。

第10回 ”誤爆”とその後始末(その1)

  • 2005/02/17(木) 07:07:29

 それでは「もし誤爆だったのならばなぜアメリカはさっさとイラク占領から手を引かないのか?」という疑問を持つ人もいるだろう。

アメリカがイラクからすぐ手を引けない理由は、全ての問題が振り出しに戻ってしまったからだ。

つまりイランとつながりの深い、人口の6割のシーア派アラブ人がイラクを支配すれば、サウジやクウェートなどの産油国がイランからのイスラム原理主義の波の前に丸裸になってしまい、イラクのみならず中東全体の石油が危なくなるという問題だ。

アメリカが目標とするイラクでの選挙が民主的に実施されればされるほど、シーア派が勝利する可能性が高まるというジレンマにアメリカは陥っている。

アフガンでは選挙で民主的に穏健派のカルザイ政権を発足させることに、なんとか成功したアメリカも、イラクではいかに選挙で民主的に、しかも内戦を勃発させずにイランの影響力を排除しながら穏健派の政権を発足させるか、難しい舵取りを強いられるだろう。

 フセインを打倒することで、アメリカが開けてしまったパンドラの箱。
そこから出てきた、ちみもうり...失礼、仲間達をざっと紹介しよう。

まず人口の6割を占めるシーア派には世俗勢力宗教色の強いグループがある。
世俗勢力としてはアラウィ氏がひきいる”イラク国民合意”がある。この政党を中心として”連合会派イラク”を結成してイラク国民議会選挙にたった。

アメリカとしても多数派のシーア派を無視して新生イラクを発足させれば内戦を誘発しかねず、かといってシーア派主導だとイラクがイランの衛星国家となりかねない。
そこで宗教色の薄い、つまりイランとの関係が比較的弱いこの勢力に戦後のイラク政権を担当させたいというのがアメリカのホンネではないだろうか。

ちなみにアラウィ氏は戦争後のイラク暫定政府首相としてアメリカが担ぎ出した人物であり、それを裏付けている。

つぎに宗教色のやや強いシーア派勢力としてはハキム師ひきいる”イスラム革命最高評議会”が代表的である。

この勢力はイラン・イラク戦争当時からイラン・シーア派指導者の親衛隊・イラン革命防衛隊(パスダラン)の援助を受けて反フセイン政権活動を行なっていたのは前述したとおりである。
彼らが中心となって”統一イラク同盟”という会派を結成して選挙に臨んだ。

彼らが今もイランとつながっているかは定かでは無いし、彼らも政治に宗教をリンクさせないと表明しているがどこまで本当かはわからない。(結局選挙の結果、どうやらこのグループが第一党となったようだ。さてアメリカはどうする?)

またこのグループの最強硬派としてはサドル師ひきいる”マハディ軍”があるが、彼らはイラク戦争がはじまった2003年から現在もイラン革命防衛隊と密接なつながりがあると言われる。

サドル派はアメリカの占領政策に反対してアメリカ軍を攻撃したが、聖地やモスクを基地代わりとして武装蜂起を行なったため、シーア派最高指導者シスターニ師など他のシーア派グループからは総スカンを食って孤立してしまい現在は力を失っている。

 そして少数スンニ派で世俗的な穏健派勢力としては今回の選挙でいえば”イラク人”と”独立民主同盟”がそれにあたる。

特に”イラク人”はアメリカが担ぎ出したヤワル暫定大統領が率いており、シーア派とスンニ派の穏健派世俗勢力が協力して新生イラクを引っ張って欲しいというアメリカのホンネがここでもうかがえる。

 しかしスンニ派の主力勢力は選挙に参加しなかった。
彼等はフセイン政権下で支配者層にいた人々が多く、アメリカに特権を奪われた恨みがある上に、選挙に参加すれば数でまさるシーア派に負けるのは確実だからである。

いっぽうスンニ派の過激な宗教勢力は国外からイラクに流れ込んだ原理主義組織が主力とみられ、ムサアブ・ザルカウィが率いる”イラク・アルカイダ聖戦機構”や”アンサール・イスラム”といった組織が代表的なものである。

第9回 結論・イラク戦争とはなんだったのか?(その2)

  • 2005/02/17(木) 00:36:41

 最後通牒をフセインが無視したことでアメリカは予告通り、2003年3月19日イラクに先制攻撃を加えた。イラク戦争の開始である。

同時にアメリカは安保理を見限り、国際社会からアメリカを支持してくれる有志を募った。
アメリカ単独では”十字軍”というイメージがぬぐえないからだ。これではアラブを含めた国際世論の印象も悪くなってしまう。

 これにはイギリス・スペイン・イタリア・日本などの国々が加わった。残された大国ドイツはEUでフランスと外交の共同歩調をとっているため反対にまわった。

 イラクに侵入したアメリカ軍は史上最速ともいわれる電撃作戦を展開してバクダッドに迫った。

少数スンニ派のフセイン政権打倒と多数シーア派の台頭は、アメリカが絶対開けてはならないパンドラの箱だったのは前述した通りだが、今回はアメリカもパンドラの箱を開ける覚悟ができていた。

アメリカ自身の安全がかかっている以上、サウジ・クウェートなどGCC諸国とその油田が少々危険になっても、完全にフセイン政権を打倒し大量破壊兵器がアル・カイダの手に渡る前に取り上げねばならない。

そしてアメリカ軍はバクダッドに侵攻し、フセイン政権はとうとう倒れた。
フセイン自身を逮捕するのはそう難しい事ではなかったが、大量破壊兵器は今も見つかっていない。

 結局、イラク戦争とはなんだったのか?という問いの答えは、「イラク戦争そのものが誤爆だった」ではないだろうか。

 戦争直前にアメリカが「イラクが大量破壊兵器を保有している」とはっきりと断定していたので、”エシュロン”という世界最大規模の諜報網を持つアメリカのことだから、確固とした証拠をつかんで言っているのだろうと筆者も思っていた。

どうやら反フセインのイラク反政府組織のメンバーが「フセインが大量破壊兵器をビン・ラディンに渡そうとしている」という情報をドイツの諜報機関に流し、情報提供を受けたアメリカ首脳陣が、何の疑いも無くそれを鵜呑みにしたというのが真相のようだ。

それはともかく「殺(や)られる前に殺(や)らなければ自分が危ない」というアメリカの恐怖心がイラクへの先制攻撃をひきおこし、大量破壊兵器発見が不可能となった時点で「フセイン独裁打倒とイラクの民主化」という理由を、アメリカは戦争の目的としてあとづけした、今の時点ではそう考えるのが妥当なのではないだろうか。

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エシュロン―アメリカの世界支配と情報戦略

◆アメリカ(いや「アングロ・サクソン文明の」と言った方が適切だろうか?)の情報戦略の一翼を担う”エシュロン”の真相に迫る!

第8回 結論・イラク戦争とはなんだったのか?(その1)

  • 2005/02/16(水) 21:05:44

 追い詰めながらもラディン逮捕に失敗してしまい、焦るアメリカに驚愕の情報がもたらされたと言われる。
それは「核や毒ガスといった大量破壊兵器を保有するイラクのフセイン大統領が、ラディン率いるアル・カイダに、それらを渡そうとしている」というものだった。

過去に核開発や毒ガス使用の前科があるフセインから手に入れた大量破壊兵器で、アル・カイダが報復の自爆テロを起こせば大変な事になる。

例えばアル・カイダの工作員がニューヨークのど真ん中に放射性物質やサリンのような毒ガスをばら撒けば、工作員は死ぬかもしれないが(もっとも彼らは死ぬ事を恐れていない)ニューヨーク市民に大変な数の犠牲者が出るのは容易に予測できる。

 アメリカはその恐怖ゆえに、国連を通じて大量破壊兵器を保有していないかどうかの査察を受けるよう、イラクに要求した。

(イラク戦争でアメリカはいきなり武力に訴えたわけではない。湾岸戦争・アフガン戦争も同様)

 しかしフセインは国連による完全査察をのらりくらりとかわしていた。
ビン・ラディンを依然逮捕できないアメリカに残された時間はなく、アメリカは期限を切って国連の完全査察を受けなければ先制攻撃すると最後通牒をつきつける。

 アメリカの先制攻撃宣言に対してフランス・ロシア・中国が反対した。
しかしそれは日本の一部世論の言うように、戦争狂いのブッシュとは対照的に仏・露・中が平和愛好グループだったからではない。

彼らはフセインと長年にわたりビジネスを行ない巨額の債権・利権を持っていたからというのが反対した一点目の理由である。

仏露中は長年イラクに武器を売却した主要三カ国である。彼らはれっきとした、いわゆる”死の商人”であり、”平和愛好グループ”であったかのように言うのは、たちの悪いジョークだ。
(特にイラクとイラン双方に武器を売却した中国は、イラン・イラク戦争は笑いが止まらなかったのではないか)

 また仏露中三カ国は国連安保理の常任理事国である。
常任理事国には拒否権という”伝家の宝刀”があり、たとえ国連加盟の約200ヶ国が賛成したとしても米英仏露中のうち、たった1ヶ国でも拒否権を行使すれば、その議案は葬り去られる。

その意味で仏露中は国連における特権貴族なのだ。そして”特権貴族”としての地位をフルに生かすことがこれら三カ国の外交の基礎となっている。
しかしアメリカは安保理の枠組を無視して単独行動でイラクに先制攻撃を加えようとしていた。

もしアメリカの単独行動を許せば国連安保理がいかに無力なものであるかが白日のもとにさらされる。
安保理が無力化・空洞化すれば、仏露中は”特権貴族”から、スワジランドやアンチグア・バーブーダといった国々(もちろん日本も含めてだが)と同じ”平民”に格下げになったも同然だ。 

”平民”に落ちぶれて外交パワーを大きく減衰してしまう、このような事態を仏露中が受け入れられるはずがない。
だから単独行動をしようとしたアメリカに強硬に反対し、あくまで国連安保理の枠内で共同歩調をとるよう(ということはアメリカのイラク攻撃はなくなる)仏露中は求めたのである。

つまり仏露中が国連での”特権貴族”としての地位を守ろうとしたというのが本当の理由の二点目だ。
その意味で「自分勝手なブッシュは悪で国連を尊重する仏露中は正しい」という日本の一部世論も全くナンセンスである。

(多くの日本人が抱きがちな「国連=公平中立な平和団体」という考え自体が、そもそもナンセンスなのだ)

今から考えると、イラクが大量破壊兵器を本当に持っていなかったのならば、堂々と国連の完全査察を受ければよかったのではないかと思うのだが、仏露中のバックアップと安保理の力を過信してアメリカの単独先制攻撃はありえないと読んだのか、フセインはアメリカの最後通牒さえつっぱねてしまう...

第7回 アル・カイダ登場

  • 2005/02/16(水) 07:19:06

 アフガンゲリラの仲間割れによる内戦開始に幻滅したビン・ラディンは祖国サウジに帰った。
しかし彼は激変してゆく祖国に大きく失望するのだった。

もともとサウジはイスラム国家の間では、第一の聖地メッカを守護する宗教上のリーダーであり、 当時、異教徒・外国人にはサウジ人の紹介が無ければ入国ビザが発行されない(当然観光ビザが存在しない)半鎖国国家であった。そして飲酒などの戒律破りを宗教警察が厳しく監視していた。

しかし湾岸戦争で”アラブの大義”をかかげたフセインとイラク軍を叩きのめした、異教徒であるアメリカの大軍が、戦後も聖地メッカをかかえるサウジに駐屯していたのである。

ビン・ラディンはアメリカに対する激しい反感を抱き、アメリカを支持するサウジ王室を公然と非難する。
その結果ビン・ラディンはサウジから追放された。

 一方泥沼の内戦に苦しむアフガン南部に1994年、ある武装集団が彗星のように現れた。オマル師率いるタリバンである。

タリバンはパキスタンに亡命したアフガン人(パシュトゥン人主体)の神学生で構成された武装組織で、内戦とゲリラ各派の失政に疲れきっていたアフガンの民衆は、イスラムの教義で鍛えられた厳しい規律を持つタリバンを支持した。人々の支持を受けてタリバンは破竹の進撃を始める。

 これに目をつけたのはパキスタンであった。
パキスタンはもともと多数派パシュトゥン人のヘクマチアル派を支援していたが、いっこうにアフガンを統一できないグルブディン・ヘクマチアルにいらついていたのも事実だった。
そこでパキスタンはヘクマチアルを見限って、タリバン支援に乗り換えた。

武装ゲリラ各派は反タリバン同盟を組んだが、パキスタンの後押しを受けたタリバンは、あっという間に首都カブールを陥落させ、国土の9割を支配。同盟側はアフガン北部に追い詰められた。(以後北部同盟と呼ぶ)

 政権をにぎったタリバンは、反欧米のイスラム原理主義的な政策をかかげ、女子の教育・労働参加を禁じ、コカコーラやハリウッド映画からサッカーまでも禁止した。

 また、サウジを国外追放になったビン・ラディンを呼び寄せてアル・カイダに活動拠点を提供した。アフガンを根拠地にアル・カイダは世界各地でテロ事件を起こす。ケニア・タンザニア・イエメン...

そして2001年9月11日ついにアメリカの中枢部、ニューヨークとワシントンにハイジャックした航空機を突っ込ませるという世界を戦慄させるテロが起る。

その犠牲者は約3000人と言われるが、湾岸戦争の米軍の戦死者が150人前後と言われるから、アメリカにとってはまさしく戦争、それも建国以来はじめて首都が大規模に攻撃された戦争であり、アメリカが受けたショックはハンパではなかっただろう。

 なぜなら、テロリスト側はいつでもどこでも自爆という形で、テロが実行できることを、実戦で証明してみせた(”combat proven ”ほど説得力のあるものは無い)のだから。

これに対して日本のマスコミの論調は産経あたりを除けば、どこか遠くの国の出来事といった感じで「テロはよくないが、調子に乗っていたアメリカもいけない。いい気味だ」「報復は報復しか生まない」といったアメリカに冷ややかなものだった。
こうしたマスコミの態度が、その後の事件を正しく把握できない原因となったのではないだろうか。

 アメリカはテロ実行者をアル・カイダと特定し、彼らをかくまっていたアフガンのタリバン政権とパキスタンにビン・ラディン引渡しを要求し最後通牒をつきつけた。

タリバンは拒否し、パキスタンは「もはやタリバンは我々の言うことを聞かない」と逃げを打った。
こうしてはじまったのがビン・ラディンとオマル師逮捕をめざす、アフガニスタン戦争である。

もっとも、アメリカは犠牲者の出やすい地上戦を北部同盟にやらせて、自らは空爆や特殊部隊による側面支援にまわった。

アフガン民衆がタリバンの原理主義支配にうんざりしていた事もあり、あっけなくタリバン政権は崩壊、北部同盟がアフガンのほぼ全土を掌握した。

(しかしアメリカはアフガンの指導者に、北部同盟のリーダーであるタジク人のブルハヌディン・ラバニではなく、パシュトゥン人のハミド・カルザイをすえた。多数派のパシュトゥン人を無視すれば内戦の再開は必至だからだ。その後カルザイは、選挙で民主的に正式な大統領として追認された)

こうしてみてくると、「アフガン戦争は石油のためのアメリカの陰謀」といった当時の一部の世論も適切なものだったとは思えない。 

 しかしアメリカはラディン逮捕に失敗してしまう。焦るアメリカに驚愕の情報がもたらされる。

第6回 忘れ去られた内戦

  • 2005/02/16(水) 06:56:29

 ここでいったん話を1979年に戻す。79年におこった大事件の内のもう一つ、アフガニスタン内戦を取り上げなければならない。

 アフガニスタンで王制が打倒され、ついで社会主義革命が勃発すると、1979年にソ連はそれを口実にして大軍をアフガンに侵攻させた。

アフガンをソ連の衛星国・勢力圏として確保すれば、ソ連の同盟国インドといっしょに、アメリカ・中国の同盟国であるパキスタンをはさみ撃ちにできるし、同じくソ連の同盟国・イラクを支援することもできるからである。

問題はアメリカの出方だが、カーターはすっかり臆病風にふかれてしまっているので、ソ連軍のアフガン侵攻を指をくわえて見ているだけだろう、クレムリン(ソ連)がそう読んでの作戦であった。

 これに対してアフガンの民衆が立ち上がり、ソ連軍に対しゲリラ戦を挑んだ。 
アフガニスタン内戦の開始である。

アメリカは遅まきながらアフガンのゲリラ組織を支援し、他のイスラム国家からも義勇兵がアフガンへ続々と駆けつけた。 

その中にはサウジ人で後にアル・カイダの指導者になるウサマ・ビン・ラディンや、後にイラクで日本人を誘拐・殺害することになるヨルダン人、アブ・ムサブ・ザルカウイの姿もあった。

 アフガンゲリラは善戦し戦闘は10年に及んだ。 
ソ連経済は疲弊し、ペレストロイカをかかげるゴルバチョフが、1989年にソ連軍のアフガン撤退を決断する。

アフガンゲリラがとうとう十万のソ連正規軍を追い払ったのである。そして92年にはアフガンのナジブラ社会主義政権が倒れ、ゲリラ側の勝利が確定した。

 これでアフガンに平和がやって来るかと思いきや、ゲリラ各派がアフガンの支配権をめぐって仲間割れ、再び内戦を開始してしまった。

内戦のプレーヤー達の主なものをひろってみると、スンニ派で最大人口を誇るイラン系パシュトゥン人主体のヘクマチアル派、スンニ派でイラン系タジク人のラバニ・マスード派、スンニ派でトルコ系ウズベク人のドスタム派、シーア派でモンゴル系ハザラ人のマザリー派などである。

そして国境を接するパキスタン・タジキスタン・ウズベキスタン・イランや地域大国のインド・サウジなどが、それぞれお気に入りのゲリラを支援していた。
そのゲリラがアフガンを統一すればアフガンへの強い影響力を持つ事ができるからである。

 ただ、ソ連軍が撤退したこともあってアフガン内戦への西側先進国の関心は急速に失われてゆき、周辺国は別にしても”世界から忘れ去られた内戦”になりつつあった。

しかし忘れ去られたアフガンが、世界を戦慄させる集団のゆりかごになるとは、この時誰も予測してはいなかった。

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アフガニスタン―戦乱の現代史

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第5回 アメリカ、”軍事革命”の勝利

  • 2005/02/16(水) 00:20:17

 イラクのクウェート侵攻という事態に対してアメリカは迅速に動き、国連を通じてイラク軍のクウェートからの即時撤退を求め、最後通牒をつきつけた。

イラクの同盟国・ソ連が調停に動いたがフセインはそれを拒否し、米・英などを中心とする多国籍軍がイラク軍を攻撃した。

 フセインは弾道ミサイルを、今回は全く関係の無いイスラエルに打ちこんで挑発すると共に、この戦争をアメリカやイスラエルの”十字軍”を撃滅するためと位置付けた。

反イスラエルという”アラブの大義”に戦争目的をすりかえた事で、フセインは各国に散らばるパレスチナ難民を中心に、アラブの市民レベルには熱狂的に支持された。

 しかし肝心の戦闘の方は一部のマスコミの予想に反して、ハイテク化されたアメリカ軍を中心とする多国籍軍がイラク軍を圧倒し、あっという間にクウェートから追い出した。

ベトナム戦争で血の犠牲を払って教訓を得たアメリカは、軍の情報化とそれを支えるハイテク化を進めてきた。
その意味で湾岸戦争の完全勝利はベトナム戦争の”トラウマ”からアメリカを完全に立ち直らせる事となった。

その証拠に、これ以後ソマリア内戦やユーゴスラビア・コソボ紛争への介入など国際問題の解決に、アメリカが軍事力を”気軽に”使うようになる。

朝鮮戦争やベトナム戦争の例を挙げるまでもなく、もともとアメリカは軍事力の行使を外交の選択肢のひとつとして持っている国である。

”ベトナムでのトラウマ”を払拭した湾岸戦争以後は、アメリカが立ち直って元に戻ったと言え、ネオコンが登場して突然アメリカが侵略を始めるようになったかのように言う最近の一部の議論は、的外れと言えるだろう。

その後クウェートから撤退するイラク軍を追って、アメリカ軍はイラク領内深くへと破竹の進撃を続けていた。
しかしイラク軍を首都バクダッドに追い詰めながらアメリカ軍は突然進撃を止めてしまう。

その理由については諸説あるが、最も有力と思われるものはフセインを倒せなかったのではなく、わざと倒さなかったという説ではないだろうか。

そもそも、イラクに単一のイラク民族というものは存在しない。

スンニ派アラブ人シーア派アラブ人、そしてイラン系のクルド人などが住む多民族国家、それがイラクの実態である。

もっと言えば、全イラク人口の60%にあたるシーア派アラブ人とその他クルド民族を、わずか人口の30%のスンニ派アラブ人(つまりフセイン・イラク政権)が支配していたのである。

もしアメリカが少数スンニ派のフセイン政権を打倒すれば多数派であるシーア派がイラクを支配するという目が出てくる。
イラクのシーア派アラブ人は同じシーア派を国教とするイランと密接なつながりがある。

(イランがイラク国内のシーア派反政府組織・”イスラム革命最高評議会”を支援していたのは前述のとおり)

また、イラクにはナジャフやカルバラといったシーア派の重要な聖地もあり、イラクがイランの勢力圏・衛星国となるのは願ったりかなったりである。

そうなればサウジやクウェートと、シーア派原理主義国家となったイラクが国境線を接する事になってGCC諸国(湾岸産油国)はイランの前に丸裸となってしまう。

そうならないために、これまで西側諸国はイラクを支援してきたわけで、このようなシナリオは断固として受け入れられない。

フセイン打倒とシーア派の台頭は絶対開けてはならないパンドラの箱だった。だからアメリカはわざとフセインを打倒せずイラク軍を温存したのではないだろうか。

パパ・ブッシュが成し遂げられなかったフセイン打倒をブッシュ・ジュニアが成し遂げるためにイラク戦争をはじめたといった話に説得力があるようには思えない。

 しかし兵力30万人以上・戦車二千両を含むイラク軍(数だけでいえば陸上自衛隊の2倍)を温存させた以上、再び暴発しないよう監視する必要が出てくる。
そのためアメリカはサウジアラビアの基地を中心とした湾岸地域にアメリカ軍を駐留させつづけた。

このことがさらに次の出来事の伏線となってゆく。

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戦場のIT革命 湾岸戦争データファイル


◆現代戦の様相を一変させ、中国や北朝鮮などソ連型軍事ドクトリンをとる国々を震撼させた、アメリカの”軍事革命”を実戦例をあげて解説。 

現代戦の実態を理解していなければ、適切な安保政策は立てられないが、その意味で安全保障政策の関係者必読の書。 

第4回 飼い犬に手を噛まれる

  • 2005/02/16(水) 00:03:41

 イラン・イラク戦争の長期化はイラク経済の疲弊を招き、石油資源によって豊かな生活が約束されているはずのイラク国民に、こんなはずでは無いというとまどいと、フセイン大統領の失政への不満が高まっていった。

 そのような状況に、新たな敵が欲しかったフセインが目をつけたのはクウェートだった。 
フセインは「クウェートが国境付近のイラクの油田から石油を盗んでいる」と非難声明を出し、イラク軍を電撃的にクウェートに侵攻させた。

 クウェートをはじめGCC諸国はイラクを自分達を守ってくれる防波堤、あるいは番犬のように考えていた。

そのためにイラクに援助を与えていたが、彼らGCC諸国自身はサウジを除けば軍事力の整備には、あまり熱心ではなかった。

手の汚れる仕事はイラクに任せ、自分たちは莫大な石油がもたらす収入で繁栄をおう歌していたと言えるかもしれない。

 そんなわけでイラクの大軍に勇敢に立ち向かったクウェート軍だったが、赤子の手をひねるようにつぶされて、クウェートはたちまち占領されてしまった。

クウェートにしてみれば、まさに「飼い犬に手を噛まれてしまった」のである。
この戦争のフセインの狙いは

1.イラク国民の反クウェート感情をあおって、国民の不満を自分ではなくクウェートにそらす
2.クウェートの莫大な資産で疲弊したイラク経済の立て直しを図る

ことの2点にあったと思われる。
これが1990年に勃発した湾岸戦争の開戦のいきさつであった。

「飼い犬に手を噛まれた」のは、アメリカをはじめとする西側欧米先進国も同様であった。

欧米諸国にしてみれば、イランの原理主義革命を封じるためにイラクという”番犬”を育てたのに、その”番犬”が守るべきクウェートに手を出したのである。

フセインがクウェートのみならず、サウジやカタール、UAEに手を出せば、中東の石油資源の大半を握る事になる。

もしそうなれば、西側世界がフセインの行動にブレーキをかけることが不可能になるのは目に見えていた。

                

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